辿り着いた琉球
アイヌを旅立ち、暫くの月日が経った頃……コウはようやく琉球の地へと辿り着くことが出来た。
行く道中には自身の故郷である出雲があったが、国津神達に見つかるのを避け、海を泳いでここまで来た。
コウ自身、今まで魚の神であることを深く考えたことは無かったが、これほどまでに魚の神で良かったと感じたのは今回ぐらいであろう。
「……ここが琉球か。出雲よりも暑い地だな……アイヌの地と真逆だ」
琉球の浜辺に立ち、辺りを見渡すコウはそんな言葉を漏らした。
琉球の周囲は海によって囲まれ、蒼天の空からは灼熱の光が降り注いでいる。
だが、それ以上に……
「何も居ないな……」
琉球という島の入り口だからだろうか、周りには見た事も無い異様な木々ばかりが生えているのみで、神はおろか人の姿すら無い。
取り敢えず、アイヌラックルから教えてもらった犬の姿をした神を探すのが確実だろう。
そう考えたコウはゆっくりと歩き始める。
けれども、尋ね人ならぬ尋ね神はコウが十歩も歩かぬ内にその姿を見せた。
「助けて下さい《タシキークィミソーレ》!」
突如、近くにある茂みから異様な言葉を発しながら犬の姿をした者が出てきたのだ。
その者は追われているらしく、後ろからは黒い影のような人の姿をした者達が迫っていた。
「この土地の者か?」
けれども、コウは驚く様子もなく冷静にこの状況を見ている。
別に彼自身、鈍感な訳ではない。
何年も掛けて、あらゆる土地を巡り、色々な者達と出会ってきたからという経験に基づいてであった。
様々な土地に行けば、言葉や姿などはその土地に合ったものになる……それを踏まえている故にコウは別段驚かなかった。
そして、意味は分からずとも助けを求めている、ということを瞬時に悟ったコウは犬の姿をした者の横を通り過ぎると、その後ろに居る黒い影の者達の前に立ち塞がる。
「下がってろ」
コウは手元を煌かせ、一本の光の筋と共に使い慣れた太刀を出現させるとそれを横一閃に大きく振った。
黒い影の者達は音を出すこともなく、コウが彼らの背後まで行くと同時に何事も無かったかのように消え去る。
もはや、どれ程の数が居たのかさえ分からない程、勝負は呆気無く着いた。
「……大丈夫か?」
何も付いてはいないものの、ついいつも癖で太刀に付いた血を払う素振りをしたコウは犬の姿をした者へ声を掛ける。
よく見ると、その者はまだ少年であった。
「……子供か。親はどうした?」
少年に向かって問い掛けるも、彼はコウの言葉が分からないのか……首を傾げるばかりで何も応えない。
だが、助けてもらったことには感謝しているのか、頭はちゃんと下げる。
「……俺の言葉が分からないのか? 仕方ない、昔アイヌラックルに使ったのと同じように紡技で……」
手にしていた太刀を消し、少年に近付くコウ。
けれども、その瞬間……どこからか風を切るような音がコウの耳に入ってきた。
それに気付いたコウは咄嗟に腕を上げ、顔を覆う。
「っ……!」
腕に何かが当たる衝撃とカランッという乾いた音にコウは腕を下げて、辺りを見る。
すると、地面に二本の木の棒を紐で結び付けた奇妙な物が落ちていた。
「なんだ、これは?」
初めて見る物に戸惑いつつも、拾ってみようと近付くコウだったが、彼が近付く前に何者かが奇妙な棒の所に降り立ち、拾い上げる。
「まさか、ワンのヌンチャクが防がれるとわー……」
「やっと、言葉が分かる奴と会えたと思えば……随分な挨拶だな。これが琉球の習わしか?」
「いいやー、ワンはただ怪しい奴を襲って、追い払おうとしただけさー」
ヌンチャクと呼んだ木の棒を拾い上げた、その者は上の半身は裸、下の半身は大きな葉で隠した奇妙な出で立ちな上、橙色の髪と褐色の肌……そして変わった言葉遣いをした若者であった。
「ワンはこの島の守り神、君手摩。アンタがどこの誰だかは分かんないが、これもワン自身の務めを果たすだけさー。悪いなー」
「……別に良いぜ」
ヌンチャクを振って構えるキミテズリに対し、コウは肩を僅かに動かして首を回す。
「それがお前の務めなら仕方ねぇさ。だが、こっちもここまで来て追い返される訳にはいかない…………全力で抵抗させてもらうぜ。…………安心しろ、太刀で斬るようなことはしない」
「あははははー! アンタ面白いなー、名は?」
「…………荒神、アラハバキだ。よろしく頼むぜ? キミテズリ」
猛暑の光に濡れた島国、琉球……この地にて対となる守護神と荒神はこうして対峙した。




