カムイツチ
「カムイツチは……ある日突然この集落にやってきたんです」
その際、やってきたカムイツチと名乗る若い神は雪のように白い銀色の髪を持ち、目は炎のように紅く煌めいていたという。
このカムイツチがやってきた時、アイヌの集落は今より小さく出来たばかりで、まだまだ始まったばかりであった。
「カムイツチは当時としては珍しい神で炎と鉄を扱うのに長けていました。それまで木の道具を使っていたアイヌにとって鉄が使えるのはとてもありがたいことでした。無論、炎も…………アイヌの神々や人々にとって、カムイツチはいつしかアイヌにとって無くてはならない神になったんです」
「……そのカムイツチは一体、どんな奴だったんだ?」
「物腰が柔らかく、どんな者にも丁寧でしたよ。……今、思えば不自然なぐらいに」
「……話しを続けてくれ」
目に怒りの炎が灯ったアイヌラックルを見て、コウは話しの続きを促す。
「はい……それから数十年、そんな平和な日々が続いて皆がまとまり、集落も大きくなってきたある日でした。突然、集落の家々から火が上がり始めたんです」
それは当時、少年英雄として活躍していたアイヌラックルが狩りから戻ってきた時だった。
森から狩りの獲物である鹿を背負い、集落へと戻るアイヌラックルの目に黒い煙が幾つも空へと伸びる光景が入ってきた。
驚いたアイヌラックルが獲物を放り投げ、急いで集落へと行くと、そこには大火に包まれ、阿鼻叫喚が響き渡る無惨な光景が広がっていた。
「……正直、悪夢かと思いましたよ。夢なら醒めてくれ、と切に願ったものです。ですが、夢では無かった。人々の叫び声、鉄錆と肉の焼ける臭い、我が身を通り抜ける灼熱の風……その全てが俺を現に戻し、望みを絶った…………そして、その炎の中にただ一柱、アイツが居たんです」
少年だったアイヌラックルはその炎の中、薄ら笑みを浮かべ自身を見つめるカムイツチの存在に気付き、その瞬間全てを悟った。
そして、気が付いた時には身に付けていた刀を手に取り、カムイツチに斬りかかっていた。
「子供だろうが関係ない……俺は全ての仇を討つ為、カムイツチに挑みました。けれど、奴は自身の身体を鉄に変え、俺の刀を防ぐと……代わりに神力で普通では消えぬ炎を出し、俺に放ちました。お陰で今でもこの有り様です」
アイヌラックルは燃えている鞘尻と裾の焦げた着物を見せる。
そこからは当時の激闘を伺い知ることが出来た。
「その炎を消すことは出来ないのか?」
「神力を使えば消すことが出来ます。でも、俺は敢えて残しているんです。戒めの為に……」
コウは鞘尻を燃やす炎を見て、スイが死んだ時のことを思い起こす。
そんなコウを見たアイヌラックルは事を察し、慌てて刀をしまった。
「……すいません、こんな時に見せる物じゃ無かったですね」
「いや、大丈夫だ」
「ありがとうございます……では、続けます。奴と俺じゃ力の差は歴然でした。俺は死を覚悟でカムイツチと戦いました。ですが、やがて他の神々達がやって来ると奴は分が悪いと思ったのか、俺を殺さず立ち去っていきました。その時に俺に明かした名がカグツチだったんです」
「……そういえば、どうやってお前はカグツチが天津神だと知ったんだ?」
「……実は、コウさんが初めてこの地を訪ねて来る少し前に俺もカグツチが何者かを調べる為にこの地を離れたんですよ。と言っても、六日だけですが……その際、本土の神から少し話しを聞いて……カグツチというのが天津神だ、ってことを教えてもらったんです」
「そうだったのか……」
「……でもね、コウさん。少し妙なんですよ」
「何がだ?」
コウが尋ねてから暫くの間、なぜかアイヌラックルは黙り込んでしまった。
しかし、何かを決心した後……ようやく口を開いた。
だが、その口から語られたことはコウにとって到底信じられないこだった。
「カグツチという神は……もう死んでいるんですよ。俺達が生まれてくる前に……」




