着せられた濡れ衣
「……はぁ、はぁ……っ……ここまで来れば大丈夫だろう…」
「すまないな、コウ……」
ミズチを担ぎ、思い出の多く残る河原へとやってきたコウはようやく荒御魂を抑え、地に寝転ぶ。
ニ柱の身体は傷だらけの満身創痍……それでもニ柱は身体よりも心に大きな傷を負った。
「スイ……」
ミズチの呟きにコウは無言になって空を見上げる。
空はとても青く澄んでいた。
とてもさっきまで激しい戦いを繰り広げていたとは思えない程、そこには平和な時が流れていた。
「俺も……あそこに行きてぇなぁ。あそこに行けば……スイも死なずに済んだし、俺達もこんな戦いをしなくて済んだかもしれない……」
空を見て話すコウの言葉にミズチは彼が高天ヶ原のことを言っているのだと思った。
しかし、コウが言っていたのは高天ヶ原のことではなく、平和な地……遠い先だったり、別の今の話しである。
だが、ニ柱共それについては深く話そうとせず、ただ無言の静寂が続いた。
そんな時、近くにある茂みが音を立てて動く。
「誰だ!」
もう来たのか、と思いながらコウは太刀を握る。
ミズチの剣はコウを助ける際に投げられ、今は手元に無い……この場で戦えるのはコウだけなのだ。
「……さっさと出てこい」
構えているも、いつまで経っても茂みから出てこない相手にコウは告げる。
すると、その言葉に応じて数柱の国津神達が出てきた。
「流石は魚の神で“虹の紡糸”の異名を持つコウだ。洞窟から瞬く間にミズチ様を連れ去り、ここまで来るとはな……」
「……は? 何を言っている? コウは我を助けただけだぞ!」
「ミズチ様、もうよろしいですよ。この者に脅され、無理に言わされているのでしょう? しかし、安心して下さい。今から我々があなたを救い出します!」
そう言うと、国津神達は次々と剣を手に持ち、コウへと向ける。
「コウ! 貴様の行ったことは全て知っている! 貴様は自身一柱だけが国津神の長になる為、邪魔者であるミズチ様を亡き者にしようとしただろう!」
「その上、ミズチ様を助けに来たスイ様まで殺め、手負いのミズチ様を洞窟から連れ出し、殺めようとは……許されぬ所業!」
「待て、俺はスイを殺めていないしミズチを殺めようともしていない。スイを殺めたのは奇妙な面を被った別の者だ!」
「そのような偽りを信じられるか!」
「お前はミズチ様の護衛であるツチグモ様にも傷を負わせ、他の国津神も殺めた! そのような者の言葉などとるに足らん!」
「お前達、いい加減にしろ!!」
コウやミズチの説得にも耳を貸さず、国津神達は血気盛んに口々にまくし立てる。
それを見たコウは、軽く息を吐くとミズチの方へと向いた。
「……ミズチ、どうやら俺は国津神の長には向いていないようだ」
「おい、何を言っている!? これから先はお前の力が……」
「いくらお前に必要とされても、お前以外に必要とされていないんじゃ意味は無い。……こいつらはお前一柱だけが長になることを望んでいるんだ」
コウはそう言うと、川の中へと足を踏み入れ水の深みへと向かう。
「……ミズチ、俺が再びお前と出会う時は……面の者の正体を明かし、俺自身の無実が証される時だろう……」
「おい、待てよ……せっかくまた会えたのに……コウ!」
「来るな!」
同じく川の中に入り、コウを追おうとするミズチだったが、その歩みは友の一喝によって止まった。
「ミズチ…お前は国津において必要な存在だ。だから俺の所には来るな……」
「コウ……」
「俺はお前らにとって都合の悪い奴なんだろう……それならそれで良い。好き嫌いが無い奴なんて居ないんだからな。だが、これだけは言っておく…………俺はミズチを傷付けていないし、スイを殺めてなどいない!!」
「き、貴様! まだ言うか!?」
コウの気の入った宣言に国津神達はたじろぎ、コウを追おうとする足を止める。
殺気立った連中を臆させる程、コウの放った言葉には力が込められていた。
「俺は必ず戻ってくる。面の者の正体を暴いてな……その時まで、国津神の兄弟達よ……暫くの別れだ!」
そう告げるとコウは川の中にザブンッと身を沈め、魚の姿となって川を下って行った。
「コウーッ!」
「しまった! 逃げられたぞ!」
「追え! 国津神の力を持って探し出せ! 奴がこの中つ国に居る限り、逃げ場は無い!」
国津神達の喧騒の中、ミズチの悲痛な叫びだけが思い出の河原にこだました。




