鍛冶神
高天原の“まち”の外れ……その一角に古めかしい小屋が一件建っている。
ここはタケミカヅチが贔屓にしており、高天原一の鍛冶の神と謳われる天津麻羅という神が務めに励んでいる鍛冶小屋である。
その小屋の前にタケミカヅチに連れられ、コウとツクヨミがやってきた。
「ここは?」
「アマツマラという鍛冶の神がいる小屋だ。この高天原において鍛冶に関してはアマツマラ殿をおいて他にはいない」
「あぁ、ボクも聞いたことがあるよ。最も会ったことは無いけど……」
「ツクヨミ様を始め、ほとんどの神々はここを訪れませんからな……アマツマラ殿! いるか!」
タケミカヅチがそう叫び声をするも小屋の中から誰かが出てくる様子は無い。
「……留守かな?」
「いや、中から気配はする……いる筈だ」
「はい。アマツマラ殿が仮に留守だとしても代わりにもう一柱の金屋子神殿がいる筈です」
ツクヨミの言葉にコウとタケミカヅチは口を揃えてそう言う。
けれども、その間にも中からは誰も出てくる様子は見られない。
「だが、都合が悪いのかも知れない……また日を改めるか?」
「いや、アラハバキ殿。そこまで気を配ることは無い。大方、鍛冶に集中しているのだろう……暫し、ここで待たれよ」
タケミカヅチはそう言うとただ一柱小屋の中に入っていく。
そうして暫く時間が経った後、彼は小屋から出てきた。
「お二方、お待たせしました。さぁ、中へ……」
「良いのか?」
「あぁ。やはり鍛冶に集中して聞こえていなかっただけみたいだ」
笑って答えるタケミカヅチに続き、コウとツクヨミは小屋の中へと入る。
小屋の中に入るとそこは異様な熱気に包まれていた。
コウが中を見渡すと小屋中はススで至る所が汚れており、火が焚べられ赤々とした炉や鉄を打つ金床などがある。
そんな場所の中央にて二柱の神々が頭を垂らし、伏していた。
「務めに励んでいたとはいえ、ツクヨミ様の来訪に気付かず申し訳ありません!」
「……申し訳ありません」
両者は謝罪するもそれぞれ一向に頭を上げようとしない。
恐らく三貴子のツクヨミがこの場にいるからだろう。
「どうして顔を見せないの?」
「お前がいるからだよ」
「ボクのせい!?」
「良いから、お前は少し外で待っていろ。俺はこの方々に話しがある」
「ボクだけ仲間外れ……」
「……こんな熱い所で長々といて、急に倒れられても俺が困る」
不貞腐れるツクヨミに対してコウは彼女の耳元で呟くようにそう話す。
ツクヨミの額や首筋には小屋の熱気のせいか汗が滲み出ていた。
「……気付いてたんだ」
「あぁ、少し外の風に当たれ。また入ってきた時には幾分楽になる筈だ」
「……分かった。でも、すぐに終わらせてよ」
ツクヨミはそう言うと渋々と外に出る。
タケミカヅチは後半の会話はほとんど聞き取れなかった為、なぜツクヨミが外に出ていったのかが分からない。
そんな彼にコウは「すぐに戻ってくる」と伝えるとアマツマラとカナヤコに向き直った。
「今、ツクヨミは外に出たぞ。顔を上げてくれ、少し話しがしたい」
コウにそう言われて両者は揃ってようやく顔を上げる。
両者はそれぞれ男女の神々で男神の方は無精髭を生やして片目を布で覆っており、女神の方は顔をススで汚しながら頭を布で隠していた。
両者は先程からツクヨミに対等に接していたコウを驚愕の表情で見る。
「俺は天照大神の従神、アラハバキ。今日は突然押しかけてしまって申し訳ない。このタケミカヅチに腕の良い鍛冶の神を紹介してもらうように頼んでここに来たんだ」
「アマテラス様の従者様でありましたか!? これは申し訳―――」
「そんな畏まらないでくれ。普通で良い、俺のこともアラハバキで構わない。俺はツクヨミと違って普通の神だからな」
「は、はぁ……」
「それで……重ね重ね申し訳ないが、どちらがアマツマラでどちらがカナヤコだ?」
「私がアマツマラです」
「……あたしがカナヤコ」
「こら! カナヤコ!」
いきなりのカナヤコの物言いに男神のアマツマラは彼女を咎める。
だが、女神のカナヤコは平然と口を開いた。
「……大丈夫、アマツマラ。この方はそんなことで腹を立てない。寧ろ、アマツマラの態度こそが失礼……」
「失礼とまでは言わないが……カナヤコの言う通りだ。アマツマラ、俺には普通に接してくれ……そんな態度でいられると俺も固くなってしまう」
アマツマラが困ったような顔でタケミカヅチを見る。
目を向けられたタケミカヅチも困ったように笑いながら、
「このアラハバキ殿はそういう神だ。アマツマラ殿も固くならなくて良い」
と答えた。
「……分かった。アラハバキ」
両者の説得もあってアマツマラはようやく心に縛っていた紐を解いた。
そんなアマツマラにコウは改めて頭を下げる。
「改めて……いきなり押しかけてすまない」
「いや、良い。だが、ツクヨミ様が来られるとは思ってもみなかった……このような格好で会うのは申し訳ない」
「……あたしも恥ずかしい」
アマツマラとカナヤコは顔を俯かせる。
そんな双方にコウは言い放った。
「そんなことは無いぞ。さっきまで務めに励んでいたのだから仕方がない。それに、その格好のどこが恥ずかしいというんだ? 俺には必死に務めに励んでいる立派な姿にしか見えないがな……」
コウの言葉にアマツマラとカナヤコは再び顔を上げる。
「そろそろツクヨミを呼んでくる。アイツだってお前達の姿を馬鹿にしたりしないさ。それに……俺の友は他者を見掛けで判断するほど愚かじゃない。寧ろ、聡明だ」
そう言い終えると共にコウは外にいるツクヨミを呼びに小屋を出る。
それを見たアマツマラ達は不思議そうな顔でタケミカヅチを見た。
「このタケミカヅチもアラハバキ殿に同意だ。誰も貴殿達を笑ったりしたりしない……ツクヨミ様なら尚更だ」
「……あのアラハバキという神は変わっていますな」
「……不思議」
「この高天原に来た時から変わっていた。だが、気持ちの良い変わり者だ」
「誰が変わり者だって?」
タケミカヅチがアマツマラ達とそんなことを話しているとコウがツクヨミを伴って再び中に入ってきた。
「キミだよ」
「俺か?」
「うん」
首を傾げるコウとクスクスと笑うツクヨミ。
そんな彼らのやりとりを見ている内にタケミカヅチやアマツマラ、カナヤコまでなんだかおかしくなってきて笑い出してしまう。
そうして、ついには全員の笑い声が小屋中に響き渡った。




