炎の湖
洞窟から外に出たコウはその先に広がる光景を見て思わずその足を止めてしまった。
コウの様子の変化を袖の中で感じたネネは訝しげに外を覗き、言葉を失う。
彼らの前にあったもの……それはまさしくタケミカヅチが言った通り、炎の湖であった。
コウ達の入った洞窟は窪地になっている頂上へと繋がる洞窟である。
そして、頂上には赤々とした溶岩がまるで沸かした湯の如く、ぐつぐつと恐ろしい音を立てながら凄まじい熱気と異臭を放っていた。
恐らく、天金山は活火山であったのだろう。この頂上にある火口が何よりの証拠であった。
「これは……また凄いな」
「まさしく炎の湖……落ちたら火傷じゃ済みませんよ!」
「熱も相当なものだ。それに妙な臭いもする……どちらにせよ、あまり長居は出来そうに無いな」
「急ぎましょう!」
ネネの言葉にコウは頷くと、目の前にある火口に注意しながら先に進む。
洞窟の外からは火口の周りを囲むように細い一本の道があった。
コウがその道を進んでいくと道のあちらこちらに黒っぽい石が幾つもある。
玉鋼だ。
しかもその量はコウが洞窟の入口で見たものより多く、その上採りやすい道の脇にあった。
「熱いが……しかし、ここなら楽に玉鋼が採れるな」
コウは少し多めにとばかりに玉鋼を採っては袋の中へ入れていく。
けれども、火口からの熱がコウの体力と集中力をいとも容易く奪っていく。
袖の中に隠れているネネは彼よりも更に熱いだろう。
コウはある程度、玉鋼を採るとその場を離れて道を戻ろうとした。
だが、そう思った矢先―――彼の視界にある物が入ってきた。
「なんだ……あれは?」
コウの目に入った物、それは変わった鉱石であった。
火口の岸辺にあるその鉱石は太陽のように紅く輝いており、先程洞窟で採ってきた紅く輝く鉱石よりも一際輝きを放っている。
しかも不思議なことにその鉱石は火口の傍にあるにも関わらず、他の石のように溶け落ちるといった様子は無かった。
コウはそれを見て興味を持ったが、行くのに少し躊躇してしまった。
というのも、火口の傍にある為に容易に近付くことは出来ず、まして近付いただけで崩れる恐れがあったからだ。
更には熱によって時々、立ち眩みも起こる……すぐにとって引き返す程の体力が無かった。
「諦めるか……」
そう呟き、背を向けたコウだったがそれを袖から出てきたネネが引き止めた。
「お待ち下さい、コウ様」
「どうした?」
「あの石が採りたいのですよね? ならばこのネネにお任せ下さい! 私なら荒御魂で飛ぶことが出来ます!」
「駄目だ、それはあまりにも危険過ぎる!」
コウは必死に止めた。
確かに彼女が滑空出来ることはコウも知っている。
だからこそ、万が一にも落ちるような危険を考慮したのだ。
けれども、ネネも引かなかった。
「ご安心を……その為にコウ様にも助力を乞わせて頂きます」
「どういうことだ?」
「私があの石のある所まで飛んでいきますので、コウ様は私の身体に紡糸を付けて危ないと思ったら引き戻して下さい。一度だけで構いませんので……」
こんなに言われてはコウもネネの思いを無下にすることは出来ない。
けれども、危険な為に本当ならば行かせたくはない。
悩んだ末、コウは溜め息を吐きながら頷いた。
「……分かった。でも一度だけだぞ?」
「お任せ下さい!」
ネネは言うが早く荒御魂を解放し、眼を黒から灰色へと変えると両腕に付いている薄い膜を大きく広げて火口の岸辺目掛けて一気に飛んでいく。
コウはそんな彼女の背中に紡糸を何本も付ける。
やがて、ネネは鉱石のある岸辺に辿り着くとその場を漁り始めた。
コウはその様子を見ながら、注意深くその辺りをみつめる。
すると、ネネの近くにある溶岩の泡が突然激しく泡立ち始めた。
コウはそれを見て、あることを思い出した。
昔、旅をしていた際に似たような現象を見たことがある。
それはお湯であったのだが、それと同じだとするとこの後大変なことになる。
コウは瞬時に紡糸を引っ張った。
「わっ!」
採っていた最中に突然引っ張られたネネは驚きのあまり声を上げてしまう。
だが、ネネがその場を離れたその瞬間―――先程まで泡立っていた場所から勢いよく炎の柱が天に向かって噴き上がった。
それはコウが昔見た間欠泉そのものであった。
「あぶなかったな」
コウは戻ってきたネネに声を掛ける。
彼女は数々の突然の出来事に一瞬付いていけない様子であったが、言葉にするよりも頷きを一つ返した。
けれども、安心したのも束の間……先程の炎柱が今度は火口の至る所で起き始めた。
コウはそれを見てネネの手を取る。
「走るぞ!」
「はい!」
ようやくネネも返事をし、立ち上がる。
そうして、炎柱が噴き上がり火の粉が雪のように舞う中、二柱は辛くも元の洞窟の中へ戻ることが出来た。




