力の応用
紡糸で岩から岩へ飛び移り始めて暫く……コウはようやく山の中腹辺りに差し掛かった。
そして、手近な岩場に着地するとふぅ、と息を吐きながら前を見つめる。
その目の前にはポッカリと小さな洞窟が口を開けて待っていた。
コウは洞窟を一瞥すると今まで登ってきた場所を振り返る。
渡り歩いた岩場はもう既に崩れ落ちてしまい、後には薄い雲に覆われた断崖絶壁が広がっている。
この道はもう使えないだろう、と考えたコウは今度は上を見た。
山の中腹とはいえ、頂上までの距離はあまり変わっていないように見える。
しかも、今いる場所から頂上までは手頃な岩場が無い。
だが、岩肌にはタケミカヅチが言った玉鋼らしき黒っぽい石があちらこちらに点在していた。
「……あれがタケミカヅチが言っていたものか?」
「玉鋼石……でしたっけ? ですが、随分と急な場所にありますね」
コウの袖から出てきたネネはその場所を見て応える。
玉鋼らしき鉱石はいずれも壁のような崖にあった。
足を滑らせたら一気に下まで落ちるであろう……しかも、草木が無いこの山に限っては落ちたら死ぬのは確実である。
「まぁ、紡糸で伝いながら登れば採れないことも無いが……いささか面倒だな。それよりもこの穴はどこに繋がっているんだ?」
無理は禁物……そう考えたコウはようやく目の前の洞窟に目を向けた。
ネネは袖から洞窟をジッと見た後、彼に進言する。
「…………僅かに風の流れを感じるのでどこかに抜けているとは思いますが、この山ですし抜けた先がどうなっているのか予想がつきませんね。それに……」
「それに?」
コウは先を促す。
ネネは一旦言葉を区切った後、洞窟から僅かに流れる風を再び感じ、口を開いた。
「……なんでしょう。この風は何だか熱い気がします」
「熱い…………か。もしかしたら、タケミカヅチが言っていた“炎の湖”と何か関係があるのかもな。……行ってみよう」
「はい!」
コウの言葉にネネは頷くと再び彼の袖の中へと隠れる。
それを確認するとコウは洞窟の中へと進んだ。
洞窟の中は不思議と外同様に明るかった。
注意深く見ると、洞窟内にある鉱石が至る所で光り輝いている。
青に紅に橙に黄金に白銀……こんな風に光る石をコウは今まで見たことも無かった。
恐らく、高天原特有の鉱石なのだろうがそれはとても幻想的で神秘的だ。
「綺麗なものだな……」
思わず声を漏らした後、コウは橙に輝く鉱石を採って翳した。
これなら火を起こし、松明を作らなくても暗い場所を歩ける。
ついでに彼は他の色の違う鉱石も幾つか採って袖の中に入れた。
それを袖の中にいるネネが落ちないように身体で覆い被さって抑える。
その姿を見たコウは思わず声を掛けた。
「……大丈夫か?」
「ちょっとこれ以上は……厳しいですね」
「こんなことなら皮の袋でも持ってくれば良かったな……」
コウは申し訳なさそうに呟くがそれを聞いたネネはハッと何かを思いついたらしく袖から飛び出した。
「そうです! 袋ですよ! 袋! コウ様なら作れるじゃないですか!」
「作れる? 俺が? だが、俺は草も皮も持って―――」
「紡糸があるじゃないですか! 糸を何重にも編み込めば丈夫な袋になりますよ!」
「……なるほどそうか! その手があったか!」
ネネの言わんとすることをようやく理解したコウは早速紡糸を無数に出してそれを交差するようにして重ねた後、編み込んでいく。
そうして、すぐに虹色に輝く袋をその場で作った。
「これならまだ持っていけるな……でかしたぞ、ネネ」
「えへへ……」
コウに褒められ、照れたネネは採った鉱石をその袋に入れると再び袖の中へと入っていった。
少し重くなった袋を片手で背負い、コウはなおも洞窟の奥へと進む。
その道中では鉄鉱石は勿論のこと、瑠璃色に輝く石や金剛石なども見つけ、彼はそれらも袋の中に入れていく。
そうして様々な鉱石を集めながらゆっくりと歩いていたコウは自身のいる先に出口があるのを発見した。
「ようやくだな」
ここまで色々な鉱石を手に入れてはきたが、まだ肝心の玉鋼は一つも手に入れていない。
そろそろ欲しい、と思っていた所で洞窟の出口が見つかった為、コウは歩みを早めようとした。
けれども、出口から入ってきた風を受けた途端……彼はその歩みを止めてしまった。
風は洞窟の入口で感じたものよりもとても熱かった。
一瞬で身体中の水が蒸発し、喉も激しい渇きを訴える。
更には今まで出てこなかった汗も額から急に滲み出てきた。
この状態になってコウはタケミカヅチが再三注意した「頂上には無理して行くな」という言葉の意味を知った。
けれども、約束の玉鋼をまだ手に入れていない以上ここでその歩みを止める訳にはいかない。
それにコウ自身、あの出口の先がどうなっているのか見てみたいという気持ちもあった。
「ネネ、もし無理ならここで待っていても良いぞ?」
「何を今更言ってるんですか? ここまで来たんですからこのネネも一緒にお供致します!」
「そうか……けれど、無理はするなよ?」
同行者であるネネに確認を取った後、コウは出口へ向けてその一歩を踏み出した。




