大神の素顔
高天原の中央に位置する神殿……その奥ではアマテラスがコウが来るのを今か今か、と待っていた。
刻はもう既に昼を回っている。彼に後から来るよう伝えたものの、それは今朝方……本当ならばだいぶ遅れている。
けれどもアマテラスは激昂することもなく、ましてや誰かに呼びに行くよう伝える訳でもなく、ただジッとその場で待っていた。
すると、そんな彼女の耳にある声が聞こえてきた。
「だいぶ遅れてしまったな……」
「仕方ないよ。もし責められたらボクが事情を説明するから……」
コウとツクヨミの声である。
どうやら、彼らはアマテラスの居る謁見の間の前まで来ているようだ。
アマテラスはホッと息を吐いた。
その瞬間、扉を叩く音が聞こえる。
「姉様居る? ツクヨミだけど……」
「どうぞ」
アマテラスは外に居る彼らに中に入るよう促す。
その言葉を受け、ツクヨミとコウはそれぞれ「失礼します」と一礼した後、中に入ってきた。
中に入ってきた二柱の身なりは朝見たものと変わっていた。
ツクヨミが以前から好んで着ていた紫の神衣は紺色の神衣に変わっており、背には三日月を模したであろう刺繍が施されている。
その隣に居るコウも朝とは違い、綺麗な衣袴と一際大きな衣をその上に羽織り、その衣の背には八雲の紋を背負っている。
更に、彼の首には琥珀の玉の首飾りが下げられていた。
身なりを整えてきた二柱の姿にアマテラスは一瞬目を見開くもすぐに元の表情へ戻った。
「遅れてすまない」
「いいえ」
「…………事情を聞かないの?」
言葉短く答えたアマテラスの様子にツクヨミは恐る恐る尋ねる。
アマテラスは静かに返した。
「何か理由があったのでしょう? あなた方を信じると決めた以上、あれこれと聞く必要はありません」
「あ、左様ですか」
きっぱりと言い放つアマテラスの言葉にツクヨミは少しばかりたじろぐ。
だが、どこか安心したかのように胸を撫で下ろした。
「ところで、あなたを呼んだのは―――」
「あぁ、承知している。万神の件についてだな?」
「はい。ついてはツクヨミ……あなたはこの場から離れて下さい。私はこの者と話しがしたいので……」
「はいは~い。それじゃあ、アラハバキ。また後でね」
ツクヨミは同席を断られたことに不満の意を示す訳でもなく、あっさりとその場を離れてしまう。
アラハバキはそんな背を見て、彼女が出て行った後……アマテラスに尋ねた。
「……嫌いなのか?」
「えっ?」
「過去にツクヨミと何があったかは知らないが、アイツは良い奴だ。そろそろ仲違いを治めてくれないか?」
「……嫌いなんかじゃ無いわ。ただ私はあの子が少し苦手なだけ……あなたが心配することでも無いわ」
身内のことについて語った為だろうか、アマテラスは今まで話していた時とは違い少し砕けた口調になっている。
コウはそれを聞いて特に顔色を変える様子は無かったが、逆に話したアマテラスがハッとなって顔を背けてしまった。
それから暫くの間、沈黙が場に流れる。
コウは初めの内、アマテラスが口を閉ざした意味が分からずその様子に訝しんでいたが、やがてその原因に思い当たると自ら彼女に向かって言葉を放った。
「心配するな。今聞いたことは誰にも話さない。俺や心許す者達が居る時にありのままの自分を出すと良い。俺もそのつもりで接する」
そのコウの言葉を聞いた瞬間、アマテラスの顔が光を差したかのようにパッと明るくなった。
そして、彼女はようやく閉ざしていた口を開き始めた。
「ありがとう。正直、誰に対しても丁寧に接すると疲れちゃって……お陰で言葉数も少なくなっちゃうわ」
「あぁ。それは俺も分かるぞ。普段使い慣れていない言葉を使うと気を使ってすごい疲れるからな」
「あら、あなたもそうなの?」
コウの同意の言葉を聞いてアマテラスは顔に笑みを浮かべた。
花が咲いたような笑みだ。
コウは高天原に着いて初めて彼女の笑う顔を見た。
その微笑みはまるでワカヒルメと最初に河原で会った時に見た彼女のものととてもよく似ていた。
「昔はスサノヲやツクヨミともこんな風に話していたのだけれど……今は難しい時期なのかしら? あの子達にも丁寧に接するようになってしまったわ」
「まぁ、神々も人間同様……喜んだりすれば怒ったり、泣いたりするからな。複雑な時というのはあるものだ。だが、それも同じ時によって自然に治る。今は見守る、というその選択は間違いじゃないな」
「そう? でも私も姉として厳しくしなきゃいけないとは考えているのよ。特にスサノヲ……最近のあの子ときたら―――」
それからアマテラスの独り語りは暫く続いた。
コウはそれに対して適度に助言をしたり相槌を打ったりして話しを聞いていた。
恐らく、相当に鬱憤が溜まっていたのだろう。
公衆の面前に居る時とは違い、彼女は饒舌だった。
自分自身を隠して生きる……それは自分やツクヨミだけでなくアマテラスも同じだったのだ、とコウは感じていた。
そんな彼女に同調してしまった為かコウはそのまま話しを聞いてしまい、気付けば刻は昼から夕へと変わり始めていた。




