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ジンダイ  作者: 吉田 将
第三章 高天原
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新たな装い

 忌服屋までワカヒルメを送ったコウはその小屋の前にある岩の上に腰掛けていた。

 そんな彼の元に今起きてきたばかりであろうツクヨミが大きな欠伸あくびをしながらのそのそとやってきた。


「ふぁ~あ、おはよう。そして、万神のお務めご苦労さま」


「……まだ休んでいなくて良いのか? 夜の務めもあるだろう?」


「大丈夫だよ。ボクそんなに寝ないから……それよりも新しい神衣は出来そうかい?」


「今、織ってくれている」


「そう。そりゃ良かった」


 そう言うとツクヨミはコウの隣に来るとその場でごろんと横になる。

 とても三貴子の一柱とは思えない……コウは思わず呆れてしまった。


「おいおい、いくらなんでもだらしないんじゃないか?」


「良いの良いの。こういう時じゃないとのんびり出来ないんだからさ」


「おまたせしましたー!」


 ツクヨミが気を緩めかけたその時、忌服屋の中からワカヒルメが扉を開けて出てきた。

 その為、ツクヨミはすぐに横になったにも関わらず思わず飛び起きてしまった。

 彼女にも一応体裁というものがあるらしい。

 それを見たコウは思わず苦笑した。


「どうかしましたか?」


 そんな彼らの様子を見たワカヒルメは見ていなかったのか純粋な目で見つめながらコウに尋ねる。

 コウは笑いを堪えつつ答えた。


「クク……いや、なんでもない」


 隣でジーッと見つめるツクヨミの視線にも晒されながらコウは当たり障りのない言葉を返す。

 見ると、ワカヒルメと共に出てきたであろうハヅチオも背を向けて肩を震わせていた。

 恐らく、見てしまったのだろう。


「オホンッ! いやいや本当になんでも無いよ。……今、出てきたってことは衣が出来たのかな?」


「はい、出来ました。ですが、ツクヨミ様の神衣はハヅチオ様が持っておられます。私が持っています衣はアラハバキ様の物です」


「じゃあ、ボクはハヅチオの方に行こうかな」


 ツクヨミはそう言うとコウとワカヒルメの元から離れる。

 その途端、笑いを堪えていたハヅチオの顔が急に強張るのをコウは見てしまった。


「アラハバキ様?」


「あ、いや……本当になんでもない。すまない」


 コウの見た方を振り向こうとするワカヒルメを彼は全力で止めた。

 彼女の後ろでやっている二柱の神々の姿を見せたくなかったからだ。

 そんなコウの思いとは裏腹にワカヒルメは持っている衣をコウへと差し出した。


「今日はお召しになる衣を依頼しにきた、とのことでしたので本日のお礼も兼ねて私が織らせて頂きました。……申し訳ありません。本当はハヅチオ様の織られた物の方が良かったですよね?」


「そんなことは無い。それよりも礼を言うのは俺の方だ。戻ってきて早々に織ってくれたのだから……ありがとう、ワカヒルメ」


 ワカヒルメは彼のその言葉に頬を僅かに染め、顔を俯かせるとそっと持っている衣をコウに手渡す。

 コウは衣を受け取ると早速それをその場で広げてみた。

 神衣は二着あった。

 一着は神々がよく着用する衣袴きぬばかま……筒袖の衣にゆったりとした袴、腰には倭文布しづりの帯に手足にはそれぞれ結ぶ為の手纏たまきの紐に足結あゆいの緒が付いている。

 もう一着は少し大きめの天色の衣であった。その衣の背には丸い大きな紋が描かれていた。


「これは?」


「八重の雲を模した紋です。私なりにこの天上の高天原に来られたアラハバキ様に相応しいものを考えたところ、この八雲が思い浮かびました。……気に入って頂けませんでしたか?」


 不安そうに顔を覗き込むワカヒルメの顔を見返すより、コウはその紋に目を奪われていた。

 神の紋……神紋しんもんは普通な神々なら持つことは無い。特に国津神であるコウは尚更それに縁などある筈が無かった。

 それがここに来て紋を得たのである。

 しかもその紋が八雲……コウは何かを感じずには得られなかった。

 八雲はその模様が表す通り、幾重にも重なった雲のことである。

 先行きが見えない……立ちはだかる障害……それを表す。

 だが、その雲を抜けた先には必ず光がある。それは雨の後に虹が出るのと同じだ。

 それに雲はコウの居た出雲を思い起こさせる。

 彼にとってこれ以上に相応しい紋は無かった。


「いや、気に入った。ワカヒルメ……ありがとう」


 そう礼を述べるや否やコウは新しい衣袴に着替える前にその八雲の衣をすぐに羽織った。

 風が靡く度に八雲の紋がはためく。

 ワカヒルメはその姿に見惚れていた。


「ここではすぐに替えられないな……この衣袴はあとで着るとしよう。おい、ツクヨミ」


 コウはワカヒルメの後ろにいるツクヨミに呼び掛ける。

 ツクヨミはハヅチオと何やら話していたが、その声に気付いて彼から貰った衣を手にコウの元に戻ってきた。


「おっ、良いねぇ~!」


「……さっきからハヅチオと何を話していたんだ?」


「なに、くだらない話しだよ。本当にくだらない話しさ」


 ツクヨミの言葉を受けてコウはハヅチオを見る。

 彼はどこかホッとしたように息を吐いていたが、その顔色はどことなく悪かった。

 だが、ここで掘り返したらまた面倒なことになる……そう感じたコウは敢えて触れなかった。


「さて……じゃあ、そろそろ姉様に会いに行こうか?」


「そうだな……ハヅチオ、ワカヒルメ。急な申し出にすまなかった。衣を作ってくれてありがとう」


「いえ、そんな……こちらこそ色々とありがとうございました。道中、お気をつけて……」


「あぁ、行ってくる」


 ハヅチオとワカヒルメの見送りを背にコウとツクヨミはアマテラスの待つ神殿へと向かって行った。





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