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邪なる神々の子たち

強運の男

作者: あきら

 ねえ、神に愛されるってどんな気持ちか分かって?

 恵まれた生き方が出来る。不幸を避けれる。

 そうね、人は皆うらやましがるわ。

 

 でも、わたくしは愛されなどされたくなかったわ。

 だって、人としていきたかったんですもの。





 強運の男。神々に愛された兵。それが私の二つ名となってどれほどの時がたったであろうか。

 始まりは何時だったのか思い出せない。ただ、強烈に記憶に残った最初の事件は少年兵として辺境の砦に配備された事だろうか。


 その頃のこの国といえば貧しいことが取り柄のつまらない国であった。誰も彼もが真っ当な食事にありつけないで居た。もちろん、私も。

 腹を満たすために兵士になった。毎日の食事が保証されていて、楽園の様に感じていた。この頃は他人を蹴落とす事に何ら罪の意識も無かった。食べられれば幸せだった。

 そんな中、砦は襲われた。山賊の一団だった。いや、後で知ったことだがそれは賊だけではなく近隣の住人も大量に混じっていたらしい。狙いは一つ、食料だ。彼らもまた食べるために必死だったのだろう。もしかすると、私が食べていた食事は彼らの物だったのかもしれない。でなければ兵士に配る食事がどこから出たのか。

 恐ろしく多い人数であった。

 数十人居た兵士たちは皆果敢に戦った。倉庫を封鎖し、絶え間なく現れる賊を斬り捨てる。あまりに激しい戦いだった。

 私は最初の頃は剣を持ち相手を斬っていたように思う。だが、次第にその人数に恐れ慄き、砦の隅に隠れた。崩れた石が折り重なっている所だ。随分と目立つところに隠れたものだ。

 でも、かえって良かった。砦を捨て逃げた者達は皆外に居た別働隊に見つかり殺されたという。

 そんなんだったから生き残ったのは三人だった。その中に自分は居た。

 この時点ではせいぜい運がよい子供だろう。


 再起不能になった砦から引き上げた後送られたのは最前線だった。隣国が攻めてきたのだ。

 私は必死で生きることに縋り付いた。今度は正規兵だ。鎌や包丁を持って来るのとは訳が違う。訓練させた男たちが、鉄で出来た武器を振るった。

 死ぬ、そう思った。そう思う度に、仲間が敵を殺した。あるいは私ではなく仲間が犠牲になった。私は逃げも隠れもせずに争いの一番激しいところで武器を振るった。

 それなのに、生き延びてしまった。


 革命の波、賊との小競り合い、内戦。何十人何百人と言う人数が死ぬ戦場で私は必ず生き残った。

 それだけでは終わらない。私が生き延びるのは常に勝者側であった。

 噂は走った。私自身は才覚も何も無く生き延びただけだというのに。気がつけば地位を与えられ、ありとあらゆる戦場の一番前線に送り込まれる、そんな状態になっていた。お腹を満たすだけではなく、豊かな暮らしまで。私は嬉しかった。なのに、その内染みのように消えない不安が浮き出てくる。



 どうしたら、終わらせられるのだろうか。

 最近はそればかり考えている。



「お前なんて殺してやる! 私が地の果てまで追っかけて、必ず殺す。お前が死んでいたとしたらお前の子供を。子供が居なければ孫を。子孫全てを消してやるからな!

 少女の青いはずの目が真っ赤に見えた。

「お前なんて殺してやるからなああ」

「こっちに来い、女。無駄口をたたくな。ムチが欲しいのか」

 厳しい声。それは質問でも何でもなかった。私は見たくなど無かった。関わりたくなど無かった。しかし、彼のムチは言葉を言い切る前から彼女に目掛けて落とされる。

「……っ!」

「行くぞ」

 縄を引いて彼女を引きずられていく。全身から血が滲んで見ているこちらが痛みに鳥肌が立ちそうだ。


 たぶん、だ。自分はこの兵士という職に向いていない。

 戦場に出て敵国の兵を斬り捨てる。勝てば国が豊かになる。豊かな国であれば家族が幸せに暮らせるだろう。もちろん自分も。

 実際それはその通りになった。

 我が国は今年に入ってからだけでも二つの国を潰している。小さいながらも豊かな国をだ。食事は末端まで行き渡り、民は豊かな暮らしを知った。今回の戦でまた国は潤う。

 赤く染まった砂が舞い上がる。

 生き延びる事が辛かった。

 自分ほど多くの死体を見た人間は居ないだろう。戦争で出来た死体など見るものじゃない。肉は裂け血が飛び散る。夏であれば一晩、冬でも数日すれば蛆が湧く。血は黄色い腐臭を放つ水となり地面に溜まる。二度と行きたくないと思う地獄へ何度も行く事になる。

 いや、そこが本質ではない。

 誰にも心を開けないことが苦しいのか。人は余りに脆い。情を移してもあっという間に消えてしまう。狂ってしまえればどんなに幸せだったろう。自分だけが生き延び続けるというのは余りに辛かった。



***



 その男は真っ直ぐと私に向かって歩いてきた。この辺の住人には詳しいつもりで居たが、見たことがない。砂埃で汚れたその服装もその考えを後押しする。

「お兄さん、神を信じてないねえ」

 酔っているのか、あるいは薬の類でもやっているのか。すれ違いざまの初対面の人間に質問されるとは思わなかった。

「悪いか」

「悪かぁ無いよ」

 くっくっと笑われる。小さな声だ。横に顔をそむけフードをずらし顔も隠した。それでこちらに配慮したつもりか。残念ながら非常に不愉快な気持ちにさせられた。

 だが、こちらはいい大人だ。こういった輩にいちいち声を荒だてたりしない。

「それだけか? ならば失礼させていただこう」

「いやまだだ。もう一つ言わねばならない」

 

――神はお前を愛している。


 追加された言葉も全く想像してなかったものだった。呆気にとられた一瞬の隙に男はひらりと私を抜いていく。

「待て!」

 直ぐ様振り向いたつもりだった。しかし既に男は居なくなっていた。



***



 男のせいでとにかく気分が良くなかった。ああ、ほんとに何が言いたかったのか分からない。しかし悔しいことについ意図を掴もうと考えこんでしまう。

 神に愛されているということはどういうことなのか。自分は、何が人と違うのか。戦場で生き延びてしまうことに何か理由があるのか。

 男自身に問い詰めれなかったのは惜しいことをした。

 分かった所でこのもやもやとした気持ちが晴れるだけだ。それだけの事なのだ。だから、気にしないようにせねば。それが正解だ。

 必死に自分に説得するが、その思考すら気になっている証であるような気がした。

「くそっ、唯のイッてしまった人間の戯言に」

「おい、ハンネス。お前上に呼ばれてるぞ。ちょっと行って来い」

 それは、直属の上司からの呼び出しだった。


「何でしょう」

 そこに居たのは髭を蓄えた男だた。彼はなるほど公正な男で、運を頼りに生き延びてきた自分を蔑まなかったし、むやみに持ち上げることもしなかった。こんな立派な、理想的な人間が居るものなのかと思ったものだった。

 と、同時にこの人もまた自分より先に逝ってしまうのか、と言う不安も頭をもたげる。

「ハンネス、次の仕事だ」

「……また戦争ですか」

 まだ前の戦から帰ってきたばかりで、同じ戦に立った者達は休んでいる。国に帰ったり、傷を癒やしたり。

「そうだな」

 彼は鋭い目線でこちらを見つめてきた。口元はあくまで穏やかに。

「私は……」


 もう、終わらせたい。

 知っている誰かが目の前で死ぬ所を見たくない。知らない誰かでもできれば見たくない。死体の中を掻き分けて帰りたくない。自分だけが生き残って孤独を味わいたくない。

 もし許されるなら、許されなくとも私は、

――死にたい。


「行かないと言う選択肢は私などには」

「もちろん無い。お前が居れば勝てる、そう信じている輩もおるのだ」

 言外に自信を滲ませる。彼は胡散臭い男の幸運などに頼らなくても実力で勝てる、そう信じて動いているのだ。ただ、使えるものは使うだけで、彼自身は運に頼っていない。

 強い男だ。そして、好感が持てる。

 幸運という奴に付き合うのはほとほと疲れた。気にしない人間がいると一瞬だけでも心が休まる。

 そうだ、そんな彼に最後付き合うのも良い。彼が戦う戦に一緒に付き合おう。国のため、尊敬できる人間のために私は戦う。そして知り合いの体が血に染まる前に、自分の生を終わらせよう。

「最後です。私はこの戦いを最後にすることをお許し下さい」

 頭を垂れ、願う。

「これが最後だ、ハンネス。存分に戦ってこい。そして勝利を取ってこようぞ」

 ならばこれで終わりだ。

 とうとう終了できるのだ。



***



 轟音と砂埃。既にあふれんばかりに広がる死体の海。

 これまでの総決算をするに相応しい悲惨さだった。兵の死体の側に時々子供の腕が、足が、頭が紛れていて、民間人も巻き込まれたことが分かってしまった。

 話では森を想像していた。国境の、山間にある小さな土地。実りが豊かでおまけに銀山が付いてるという。取り合いに成らないわけがない

 分かっていた。匂いが、焦げた匂いが強すぎて自分からも漂っているかのようだ。森も畑も焼かれたのだ。ただ黒い灰が、その土地の土の様に振舞っている。


 私は望みを叶えるべき積極的に前に出た。一歩でも先に出ようとする味方がいればそれを制止、全力で前に出る。目の前で、殺させはしない。

 仲間を助ける、自分の命を捨て去る。そんな馬鹿げた望みを同時に成り立たせるのだ!

 さあ、私を刺してくれ。お前たちの仲間を殺したのは私だ。今もまた味方を守るため切り捨ててる。私が彼らの死を見ないで済ませる為に。

 さあ、私を殺しておくれ!

 

 そして、望みは、叶った。


 足が軋み、動きが硬くなった頃だった。

 鎧の間から冷たい風が差し込む。ひんやりとしたその風は私の体の奥深くまでその冷たさを持ち込んだ。

 真っ赤に染まるズボン。すぐさま倒れこむ体。立っていられない。痛みは不思議となかったが、倒れこんだ感覚も無かった。

 これで終わりだな。


 世界に暗闇が降りてきて、幸福な男の話は幕を閉じた。




 くっくっ、あれで終わらせたつもりなのか。

 神々が許してくれるはずなど無かろうに。

 全ては邪なる神々の手の内なのに。


 ああ、おかしいね。



 何か真っ白い物が、真っ黒い世界を切り裂く。

「うっ……」

 何があったのだとまぶたを開けば、強い光が激しく攻撃してくる。直ぐ様目を閉じるが痛みは中々引かない。

 じわじわと目を世界に慣らしていく。薄く目を開けては直ぐ様閉じて、今度はもう少し開ける。何度か繰り返すうちに長く大きく開けることが出来るようになった。

 屋根が無かった。太陽が眩しく差し込んでいた。道理で眩しいはずだ。遮るものがない光は凶器だ。

「あら、目覚めましたか」

 冷たい布の感触が知らない女性の声とともに降ってくる。

「大丈夫、もう血は止まりました。……失ったものは戻りませんが気を落とさないで。私どもは味方ですから、ゆっくりと休みましょう」

 彼女は体にかけられていた毛布を首のところまでしっかりとかけ直す。仕上げにそっと頭を撫でて次のベッドへと足を運んだ。

「あ……」

 何を、と聞こうとした。立ち上がって彼女を捕まえようとそうしたかったのに、体が重い。腰から下に力が入らない。

 結局体を深く薄汚れたベッドに沈めて静かに息を吸う。時が静かに流れて、今聞こうとしたことさえサラサラと砂の城のように崩れていく。ああ、頭が痛いのは太陽のせいだけではない気がする。



 ふふ、次の話は片足を失った男の話よ。

 彼は一本しか無くなった足で器用に歩いてね、死のうと努力するの。

 可笑しいわ。とてもおかしい。

 死ぬために努力するだなんて!

 

 でもねえ、死ねなかったの。

 ありとあらゆる災厄が彼の元から逃げるから、彼は老いて動けなくなるまで生き続けてしまったんですって。



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