この世で一番怖いのはイチジクだよ
「この世で一番怖いものは何だと思う?」
「人間かなあ。この世で最も邪悪だからな。」
「君はまだこの世の闇を知らないようだね。この世で一番怖いのはイチジクさ。」
「イチジク?」
この会話がなぜか俺の頭にこびりついて離れなかった。誰といつどんな時にした会話かは覚えていない。あの男は誰だったのだろうか。
無花果≪イチジク≫
漢字の由来は花を咲かせずに実をつけるように見えることからきている。ヨルダン渓谷に位置する新石器時代の遺跡から、1万1千年以上前の炭化した実が出土し、イチジクが世界最古の栽培品種化された植物であった可能性が示唆されている
俺は常にあの男のことを思い出そうとしていた。わだかまりが神経にこびりつくように、もやもやが晴れることはない。あの男は何者なんだ?なぜあんなことを言ったのか。
ある時、子供や妻の顔が時々イチジクに見えるようになった。
視界にもイチジクが出たり消えたりする。
つまり、イチジクと向き合う時間が増えたのである。
時々ふいに現れるイチジクをよく観察しているうちにあの男の正体に気付いた。
「イチジクはお前だったんだな?いや、お前がイチジクか」
イチジクから返事はしない
代わりに俺の脳が自問自答を繰り返す。
人間に怖いものなんてそれほどないのではないか。
イチジクが怖いと聞かされた。だからイチジクが怖くなったのではないか。
恐怖を作り上げるのは自分の脳なのだ。
脳がこたえる
「イチジクに似ているんだよね、俺」