嫌がらせします!
私は、今嫌がらせ中である。
勘違いしてほしくはないのだが、“される側”ではなく“する側”だ。
さて、嫌がらせを行っている私だが、別にイジメっ子というわけじゃない。
これには正当な理由がちゃんとある。
この高校には、ある非常に気に食わない男がいる。
奴は常に女子が横にいて、本人の性格も悪くない上にイケメンらしくすごくモテる。
話すと面白い人間で男子からも人望の厚い、らしい。
イケメンでいい奴なら、いいじゃないか。なんで気に食わないんだ、と思っただろう。
けど、奴には欠点がある。
奴は、女関係が非常にだらしないのだ。つまり、チャラい、たらし。
女をとっかえひっかえして、彼女という肩書を持つ子が途切れることはない。むしろ、たまに重複してるときもある。
え?お前がその彼女なのか?
いやいや。あいつの彼女なんてまっぴら御免だ。
こんな奴と関わりあいたくなんてない。
今までだって、学年が同じなのは変えようがないから仕方ないが、クラスが同じにならないことをいいことに絶対に関わらないようにしてきた。
友達がアレを見て、キャーキャーやっているときも、先に移動教室を済ませてしまうくらいだ。
私自身にはアレに対して、全くの興味も関心もない。
じゃあ何が気に食わないんだ?って?
よくぞ、聞いてくれた!
そう、それは先月のことだった。
私には、めちゃくちゃ可愛い、もう私と同じ遺伝子を持っているなんて疑わしいくらいに美人で自慢の姉さんがいる。実際、小さいころから似ているとはあまり言われない。3こ上の姉さんは大学生で、目がパッチリしてて髪もフワフワ、まるでお人形さんみたいだ。可愛いだけじゃなくて優しいし、勉強もできるしスポーツもできるし、料理も上手し姉さんが作ったお菓子は高値で売れるんじゃないかって出来栄えだ。姉さんは女神だと思うし、私は姉さんラブだ。姉さんの魅力を語ろうと思ったら1日じゃ時間が足りな――おっと。
今は、明日の朝まで姉さんのことを考えている時間の余裕はなかったんだった。
話を戻そう。
そう、私には姉さんがいる。
その姉さんが先月の日曜日、私を買い物に誘ってくれた。
私と姉さんのデートだ!もう、行くに決まっている。
けど一緒に出掛ける時、姉さんは家で私に化粧をしたり、服を見立ててくれたりするけど、私は姉さんみたいに可愛くないから申し訳なくなる。
私は姉さんと違って地味なので、着せ替え人形をしていても面白くないと思う。それなのに、嬉々としている姉さんはやっぱり優しい。ああ、姉さん大好きだ。
普段、メガネで髪は一本に括って化粧もせず、女子力?何それ?みたいな、女を捨てた状況だけど、姉さんによって化粧をされコンタクトにし髪も下した。私だけなら絶対履かないような可愛らしいワンピースを着せられる。非常に恥ずかしいんだけど、姉さんが選んでくれたものだから着る。
それでも恥ずかしくてモジモジしていると、
「ひーちゃんは可愛いんだから、自信を持って!」
と言われた。ちなみに、ひーちゃんとは私のことである。
確かに姉さんが選んでくれたものが可愛くないはずがない。私を褒めてくれるのはお世辞だとわかっている。服屋さんのマネキンのように、着ている服を主張しよう。私の役目はマネキンになりきることだ、と言い聞かせて家を出た。
向かったのはたくさんの服屋さんや雑貨屋さんがあるジョッピングモールだ。さすがに休日だから、友達同士やカップルなどすごい数の人がいる。
これだけたくさんの人がいると、私の敵も多い。
私の敵とは姉さんを見つめる男共のことだ。
おい、お前は横に彼女がいるだろう。顔を赤らめるな。こっち見んな!
お前らはこっちを指差すな!お前らみたいな奴が姉さんを見るな!
と、直接言うことはできないので、私は視線で周りを威嚇しながら姉さんを守る。
「ひーちゃんが可愛いから、すごい注目されてるね」
と、姉さんが言うけど、あなたが可愛いのですよ。私に注目するようなのはいないのです。
「分かってないなー。ひーちゃんは、黒髪ロングですっごい美人なのに」
と、言われてしまう。分かってないのは姉さんだ。
ああ、姉さんはちょっと天然だから、やっぱり私が守らないと!
姉さんが服を見て、時々私も試着室に入れられて、やっと一息ついた。
今、私たちはカフェでケーキを頼んで休憩中だ。
姉さんがちょっと席を外して私が一人になった時、それは起きた。
「あの……」
携帯を弄っていた私は、声のした方へ顔を向けた。
そこには一人の男が立っていた。
いつものように横に女の子を連れてはおらず、一人で。
いつものような笑顔ではなく、若干ぎこちない笑顔を浮かべて。
そう、同じ学校のアイツだった。
この時点では、私はなぜ話しかけられたのは分からず首を傾げた。
学校で話したことも、接点すらもないのだ。当然である。
「なんでしょう?」
「えっと……」
奴は、しばらく視線があっちこっちに彷徨ってから、急にこちらを凝視して真剣な顔をした。
「突然ですけど、俺とお友達になって下さい!」
……ぽかーん。である。
ぶっちゃけ、何を言ってるのか意味が分からなかった。
けれど、すぐに私は閃いた。
こいつはきっと私と姉さんが一緒にいるところを目撃したのである。
つまり私と友達、知り合いになれば姉さんとも知り合えると考えたのだ。
ならば私がすることは1つだ。
「お断りします」
姉さんに近づく悪い男は排除である。
姉さんには今彼氏がいないが、もしもできたら私がしっかり見極めるつもりだ。シスコンとでも何でも呼ぶがいい。何度も言うようだが、私は姉さんラブなのだ!
「ダメですか?お願いします!」
「結構です。いりません」
なんでコイツ捨てられた子犬みたいな顔をするんだよ。コイツがイケメンだからか、周囲の女子が奴の味方についた。イケメン、このやろう。
すぐさま切り捨てた私をカフェにいる女子が鋭い視線で見ている。まるで、私が悪者みたいじゃないか!
私じゃなくて、コイツが姉さんに近づこうとするのが悪いんだぞ。
あっちが引かないせいで、ずっと「友達になって」「ヤダ」の問答を繰り返している。そのせいで、ますます周りからの刺さる視線が痛くなってきた。そのうち精神的にだけじゃなく、物理的にも刺さると思う。コイツ、私に何の恨みがあるんだ。
そんな終わらない問答をしている時、
「ひーちゃん、ごめんねー」
ああ、姉さんが来てしまった!この男の視線に晒されたら姉さんが汚れてしまう!
「あら?どうしたの?」
「なんでもないの。ねえ、もう帰ろう?」
一刻も早く奴から離れなくては。姉さんを守るんだ!
状況が掴めなくて戸惑う姉さんの背中を押して店を出る。
私たちが奴の傍を離れると、店にいた女の子たちがアイツのことを囲んで話しかけていた。
「あの子じゃなくて、わたしたちと友達になろうよ」
と聞こえる。ああ、ぜひそうしてくれ!
奴が囲まれて動けないうちにさっさと逃げよう。と、そそくさと離れる私に聞こえるほど大きな声が響いた。
「ひーちゃんっていうんだねー。俺、諦めないからー!絶対、見つけ出してみせるから!」
こわっ。ストーカー予備軍か。姉さんへの執着が半端ないな。
絶対紹介しないからな、諦めろよ。追いかけられる前に家に帰ろう。
姉さんに何かあったら困るから、家に着いたら姉さんに防犯グッズを渡そう。
アイツに会ったら走って逃げるように注意してもらわなきゃ。
逃げて安心。と思っていたわけではないけど、会わなければ諦めるだろうと思っていた私は甘かった。
それを認識させられたのは、翌日。
学校へ着いたとき、女子の雰囲気がおかしいことに気付いた。
聞いてみると、なんとアイツが彼女を全て切ったらしい。全てというのは、彼女という肩書を持つ子もそうだけど、別れたら次に付き合う子というのがだいたい決まっているらしい。その順番待ちをしていた子全ての申し出を断ったらしい。
しかもその断り文句というのが、本気で一目惚れした子がいるから遊びは終わり、とかなんとか。
女子はその相手は誰なんだ、と殺気立っているし、男子はコイツが一目惚れする子ってどんだけ可愛いんだって盛り上がってるし。
姉さんがアイツに見つかったらヤバい。男子のいやらしい視線に晒されて穢れてしまう。いくら姉さんが可愛くても、女子には自分の方がカワイイという自意識過剰な勘違い女がいるし、そんな頭のおかしな女の嫉妬を買ったら、か弱い姉さんが危ないっ!姉さんの危機である。私は顔面蒼白だ。
アイツはアイツで、本当に諦めずに探しているらしく、毎日いろんな所でうろついている情報が入ってくる。
ああ、どうしよう。どうしたら諦めてくれるんだ。
と、考えて、考えて。無い脳みそを絞り切って、私は思いついた。
諦めたくなるくらいまでメンタルをボロボロにすればいいんだ、と。
アイツが本命の姉さんを探してるにしても、姉さんは大学生で高校生の私たちとの接点は少ない。活動範囲も今のところ入ってくる情報の中には被っている場所はない。だから、姉さんとアイツが出会う可能性は少ない。
会いたくて探していても実りがなければ、精神的にダメージがくるだろう。
そして、それに加えて、同じ学校の私が嫌がらせをしたら、奴の精神状況はズタズタになるはずだ!
嫌がらせなんてしたことがないし、したくないけれど、姉さんを守るためだ。向こうが諦めたらちゃんとやめる。学校では地味に過ごしている私なら、コソコソやればバレないはず。
と、そんな経緯で嫌がらせをしている。
今回の嫌がらせはペンケースの盗み。わー、ぱちぱち。
今までやった嫌がらせは、教科書を盗むことと、靴を盗むこと、傘を盗むこと、ジャージを盗むこ……。
盗んでばっかりじゃん、と突っ込むなよ。
だって、汚したり壊したりして弁償するのイヤじゃないか。ゴミ箱に捨てるのも可哀想だから、盗んだ物はアイツのロッカーとか下駄箱に2、3日後ちゃんと返している。だから、盗んでも弁償の心配はない。
んふふ、私頭いい。
ペンケースは一昨日盗んできたから、今日返そうかな。
下駄箱に返しておこう、と向かうと、なんとタイミングの悪いことにアイツがいるじゃないか。
早く帰ってくれないかな。返せないんだけど。
携帯を取り出して昇降口で人を待っている風を装う。
アイツは1人じゃなくて、友達と話しているようだ。
「お前の一目惚れの相手、まだ見つかんねーの?つか、どんな子なんだよ?」
うわ、その話題を話してるのか。
「ああ、全然見つからないんだよ。清楚な感じで、見た瞬間に俺の中に雷が落ちて運命の人だと思ったんだ」
声が沈んでいる。よし、メンタルへの攻撃はちゃんと効いているな。しめしめ。
ていうか、運命の人って。姉さんの運命の人はお前じゃないからな、絶対。認めないぞ、私は。
「いい加減、諦めろよ。見つからねーって」
おお!友達、もっと言ってやれ!諦めさせろ。
壁に寄りかかっていた私の前を2人が通り過ぎた。
ちらりと目線だけで一瞥すると、アイツもこちらを見ていて目が合った。うわ、最悪。
携帯に視線を戻す。
携帯の時計を見つめ、1分が経った。
周囲を見渡して人がいないことを確認する。目が合ってしまったけど、アイツも帰ったようだ。
まあ、姉さんがいた時と今では恰好が違いすぎて気付かないだろう。
ペンケースを奴の下駄箱へ返す。
さて、帰ろう。
と、踵を返して、足を止めた。
うわ、やっちゃったー。なんでいるのよ。
「最近俺の持ち物が無くなると思ってたら、君だったんだ」
ヤバいよ。コイツに嫌がらせがバレてしまった。
どうする、どうする?
外へ走って逃げようか?いや、外への出口と私との間に奴がいるから逃げられない。
しらばっくれるか?いやいや、今絶対に返した状況見られてるし。
どうしようか考えてるうちに距離を詰められた。
後ろ、下駄箱だ。逃げ場がない。
「な、なんで、戻ってきたの?」
とりあえず、逃げる隙を窺おう。
あまりにも距離が近いからって、テンパってるわけじゃないぞ。無計画に口から出てきちゃったわけじゃないからな。
目の前の男はニッコリと笑って、私の顔のすぐ横に手をついた。
え?えっ!これ壁ドンってやつじゃないの?!逃げれねー!!
「携帯が同じだった。目を見て似てると思った」
あ、あれ?なんか雰囲気おかしくない?
なんかこの男から怪しい気配を感じるよ。
「え、ちょっ!」
メガネを取るな!無くちゃ見えないわけじゃないけど、返せー。
言いたいことは頭に浮かぶけど、口からはちゃんとした言葉になって出てこない。
「やっぱり、君だったんだ。俺の物を盗るなんてカワイイちょっかいかけて、構ってほしかったんだね、ひーちゃん?」
わーー!!
もう無理!
目の前の男を思い切り突き飛ばして、私は走って逃げた。
顔が熱い。心臓バクバクしてる。
「なんなんだよ、あのオトコー!」
走って逃げた私を熱っぽい視線で見ながら、
「見つけた」
なんて、満面の笑みで言ってたことなんて、私は知らない。