避難トリップ
仄かな香りのする柔らかな日差しが、窓辺の机と私の頬をそっと照らす。時折ゆらゆらと揺れるそれは、気持ち程度に教室に影を落とすカーテンだ。
ゆさっ、ゆさゆさっ。
「おーい、いい加減に起きろって。あと10分でテスト終わるぞ、しっかり見直さないと知らんぞ。」
試験監督の若い先生が優しく声を掛けてくれた。
そう、いまは大事な期末考査試験の真っ最中である。
ついつい、いつもの調子以上に、昨夜は…というか、今朝4時まで?ゲームに熱中していたのだ。昨日の試験が終わって一目散に帰宅し、昼ごはんと3時のおやつと夕ごはんをそれとな~く食べて、お風呂も“ちゃぷんっ”程度で、あとはずうっとMMORPGをやってました。てへっ。でもねでもね、一応は今日のテストの予習はしようとはしたんだけど…休憩のつもりでゲームにどっぷり。しっかり嵌っていたのである。
ちょうどタイミングよく、期末考査初日の午後15時にとあるゲームのオープンベータテストが開始された。通称OBTと略されるんだけど、部分的なシステムが徐々に開放されながらゲームを利用者とともに創りあげていくことを目的としたもの。で、その初日のスタートダッシュの情報を偶然見つけた私は、歳の離れた「兄」にパソコンの設定を「テスト勉強するからやっといてぇ」という猫なで声と、「兄」の背中にムネを押し付けながらの肩もみで押し付けた。まぁ、アレだ、妹な私が言うのも何だけど、「兄」も“男の子”なわけよ。
コロッと騙されてるにもかかわらず、ちょっとアレなサービスのお陰で、メモリの増設というおまけ付きでパソコンが帰ってきた。もちろん兄は笑顔だ。
ちなみにいうと、「兄」と言っても、本当の兄妹ではない。母の再従兄弟だから親戚のお兄さんになるんだけど、一昨年までうちに下宿して大学に通っていたため、私は本当の兄妹のように親しみを込めて「お兄ちゃん」って呼んでいるのだ。
かなり早くなったパソコンでログイン。わくわくしながらも、じっくり1時間掛けてキャラメイクして新作MMORPG「空想物語」の世界にある「夢想の花園」というスターターエリアに、その一歩を刻んだのだった。
私がこのゲームをやろうとした理由は、何と言ってもキャラクターの可愛さとクエストの豊富さ、そして初心者ユーザーへのサポート体制までもが充実していたからだ。
「う、うん。 たぶん、大丈夫ですぅ。」
いかにも眠たそうに私は答えた。そうだった、いまテスト中じゃん。
って、ただでさえ残り時間無いのに、なんで「空想物語」のこと考えてたんだろう。
先生は呆れ気味に「しっかり見直すんだぞ、あと3分な。」と最後通告をしてきた。
そう、私は起こされたのにもかかわらず、うとうとと7分も消費していたのだった。
それも、まるで解説者のように…、ってテストの確認しなきゃ…。
キーン コーン カーン コーン
「後ろから集めてくれ。」チャイムがなるとともに、テストの答案用紙が回収されていく。
しっかりと私の分の答案も回収されたはずなのだが、
「おい、おーぃ、もう寝てんのか?おいってば!」
「・・・・・」
「江波、おい、江波!」
コツン。出席簿の角で小突かれた。むぅ、地味にイタイ><。
「ふぁぃ?なんですか?」
「何ですかじゃないだろ、名前も番号も書いてないじゃないか」
「名前は書きましたよ。ほらぁ」
「だから寝るなっての!それにペンネームだかサインだか分からんやつじゃなくて、ちゃんとフルネームで書かんか!それと番号も!ほら早く書きなさい。」
「えーっ、書いてく・・・れないですよね。はぁ、しょうがないですね。」
ぶつくさとボヤきながら、書いたつもりでいたモノを一旦消して、「4番 江波 梨華」と書きあげると、すぐに答案を持って先生は職員室へと駆けていった。
ふわりと風が窓辺の私の頬を髪とともに撫でていく。
そこへ、前の席の内田智康(あだ名を「トノ」という)が気兼ねなく声をかけてくれた。
「なぁ、江波っ、大丈夫か?」
「・・・・」
なんとなくだが、すこーしだけ意識が浮上しつつある私は、ホントになんとなくだが内田智康が声をかけてくれているということだけは感じていた。
「まぁ、さっきの先生は優しいからいいけどさ・・・」
「・・・ふみゅ~・・・・」
つい、ふぅって息を吐いたつもりだったのだが、なんともなしには起きれていてない。
「って、やっぱ寝てんのか。てかヤバイだろ、そろそろ担任来るって・・・」
ガラガラガラ。
「なんだ、やっぱ、寝てんのかナミは。」
担任様のご登場である。
「キョーちゃん、なんでナミってこんなに今日は寝てんのか知ってるー?」
いつも通りのノリで担任を愛称で呼びながら、隣の席の熊田隆治ことリュウが声をかけたのだが・・・。
「あー、そいつな、俺と同じネトゲやってるんだが、昨日というか今朝というか俺はPT解散したの2時だったかなぁ。」
「えー、いいなぁ。」
「キョーちゃん、ずるぃ~!」
「そんでそんで?」
どっと笑いが出たあと、教室はざわつきだす。
「そんでな、一応、12時の時点で『もう、寝ろよ』って声かけてな、グダグダ言ってた“ナミ”だけをPTから外したんだが・・・今朝出勤前に気になって、“ナミ”のログ確認したら5時までやってたっぽいんでな。」
「おいおい。それでも教師かー!って、一応注意はしてるんだな?つまり、ナミが悪いんだな。」とトノ。
豊南工業高校 情報システム科 2年担任 滝村恭一こと我らが担任キョーちゃんは、頭をポリポリ掻きながら気まずそうにしている。
「で、先生、今日はもう、帰れるんでしょ?」他の生徒が疑問を投げかけた途端、
ウーッ!ウウーッ! 「訓練、訓練! 家庭科室より・・・・」
いきなり放送が入って、みんなびっくりである。
「・・・・・・・。」 しーん。
静まり返りつつも呆れ混じりな視線を担任に向ける生徒たち。
「あ、あぁ、そ、その、なんだ、つまり、あれだな。ナミの話をしてて話すの忘れてたんだよ。」
おいおい、ひとこと言えばいいじゃん。
ってか、朝のSHRの時に連絡してよ~! と、周りで落胆の声が上がる。
「つうことで、俺はなんとかナミを連れだすから、お前らは副担の市川先生の指示に従って避難するように。市川先生、そういうことですみませんが・・・」
副担の市川麗奈先生はおっとり系美人の女性の先生なのである。そして、たまに、おとなしすぎるのでみんな市川先生がいるのを忘れていたりするのだが・・・^^;
「はい、いいですよ~。しょうがないですもんね。あ、でもですね、たしか点呼は担任がって鬼の沢木先生が…」
「えっ?そうでしたっけ?それに鬼って^^;あぁ、市川先生って沢木先生の教え子でしたっけ。まぁでも俺が残りますよ。すみませんが、市川先生が先導してください。」
市川先生の[鬼の沢木]発言で教室はまた騒がしいおどの笑いで包まれていく。
「はぁ、じゃぁ、先に行きますので早く来てくださいね。」
市川先生が颯爽と、っていうか逃げ足だけは早いらしく、すでに廊下には居なかった。
その昔、特に悪さをしていたわけでもなく、<地毛が赤毛混じりの黒髪にも関わらず、さらにドライヤーの熱で全体的に茶色化が進んでいて、冷え性だからと某レディースのような超ロングのスカートを履いていただけなのに(市川先生の自己紹介談より抜粋?)>という。
スカートの件は無許可だし、今も金髪に近い茶髪ってそういえば、校長先生よく許したなぁ。
沢木先生ってその当時から生徒指導部で、ガンガン激を飛ばしていたのかな?
「おい、おまえら、早く出ろ。そして、ホームルーム委員長は、ナミ以外の全員が揃ったら、人数を確認して学年主任の阿南先生に報告しろ。いいな、わかったらはよぅ行け、ビリにはなるなよ。」
「イェっさー!」ノリの良いクラスである。
そんなこんなのゴタゴタも、夢現になりながらも、耳だけはピクピク動かして状況だけは把握していた。
でも、眠いのだよ。本当に眠いのだよ。そして、日差しと風がポカポカとしていて、気持ちいくらいに眠気を誘う。「ふみゅ~」とたまに腑抜けた吐息を出しながら、さらに…。
だって、4時までゲームしてて、その後思い出したようにテストのための学習して、やっぱ寝ておこうって思って寝たのが朝の6時である。90分だけ寝て7時半には起きて登校。
眠気は2限目の途中でやってきた。さすがに徹夜は堪えたようだ。
「ほ~ら、ナ~ミ。 …江波、出来れば起きろ。もしくは、おんぶしていってやるから、少しだけでも目を開けて、俺の背中に掴まれ。 さぁ、早く!。」
そう、急かされた私は、歩かなくていいことに安堵し、何も考えずにキョーちゃんの背中に掴まった。
むにゅっ!
そう、私は列記とした「おんにゃのこ」である。
当然というか、一般には巨乳に類されるほど豊満なムネの持ち主だったりする。
そして、おぶさってくれる担任教師は男性。それも、女性経験もまだないらしい独身である。
「役得、役得!なぁ、ナミ、明日は早めに寝ろよ?」などとホンネも混じりながら、優しく諭してくれるあたりは“キョーちゃん”だなぁと感じてしまうが、まぁ、特に気にすることもないかと思う。
適度に揺れるキョーちゃんの背中は、おっきくて安心できる心地よさであったりする。
私をおぶさりながら、キョーちゃんは階段を駆け下りて、グランドを目指す。
しかし、グランドには、滝村恭一と江波梨華の2人は現れなかった。
「あの二人、駆け落ちしたんじゃねぇ?」と揶揄する生徒もいたが、一行に出てこないし、学校にも居ない。
警察沙汰にもなったが「行方不明・神かくし」という結論で片付けられたらしい。
部分加筆・部分訂正しました。
訂正[つぎの現国の監督って]を[そろそろ担任来るって]に変更しました。




