03.猫かぶりな王子様と麗しき白の姫君
「遅かったな」
飄々とそんな言葉を吐いてくださる王子に引きつる笑みを返しつつ、アメリアはその斜め後ろについた。城の入り口の扉の前に、大勢が道に沿ってずっと向こうまで並んでいる。扉の前は階段で、王子はその最上段にいた。イシュメルはきっちりとした装いをしており、集まった貴族達の目を引いているのがわかる。この性格さえなければ完璧な王子なのだが。
「ミアラーヌ王女、御登城!」
衛兵が叫び、こだまするファンファーレ。……あまりに派手じゃないですか? 思ったのも束の間、アメリアは目を零れんばかりに見開いた。
「王子……」
「なんだ」
ファンファーレと歓声でかきけされそうなアメリアの声を、イシュメルはちゃんと聞き取ってくれた。いえ、それがどうとういわけでもないのだけれど。
一瞬動揺した頭の中をクリアにして、呟く。
「あんな馬車、実在するんですね」
ゆっくりと、整備された道を進む馬車。それはどれだけメルヘンチックなんですかと問いたくなるほど愛らしかった。ピンク色の塗装は車輪にまで及び、形はよく言えば花の蕾、悪く言えばたまねぎ型。キラキラかつテカテカで、太陽の光を反射して眩しいことこの上ない。馬はもちろん白馬。そして馬を引く乗車さえも、……ピンク。
「俺が一番嫌いな人種だな」
イシュメルは顔を歪め嫌悪感を隠そうともしない。ひらひらふわふわの砂糖菓子のようなお姫様。世間知らずで自分では何も出来ない、そんなお飾りの姫君がイシュメルは嫌いだった。
「自分のことぐらい自分ですればいい。いつまでも親のすね齧っているような嫁は俺は貰わん」
ちょっとまてあなたそれ自分のことではないですか。いいたかったけれど、やけに真面目な顔をしていたから、アメリアは言い返すことはできなかった。
気付けば既に馬車は階段のすぐ下に止まっていて、乗者が丁度馬車の扉を開けるところだった。
かつん。
そんな音でも聞こえてきそうな踵の高い靴が地に下りた。その色はやはりピンク……ではなかった。す、と馬車から降り立ったのは。
ドレスや靴もド派手なピンクかと思いきや、反してそれは清楚な純白。小さな首飾と頭のティアラのみが装飾品で、豪奢すぎていた馬車には似つかわしくない、可憐で小さな少女だった。
透き通るような白い肌が太陽の光を反射する。相反するように、その長く真っ直ぐな髪は闇のような漆黒。宝石のように大きく輝かしい黒い瞳が、階段の上で待つイシュメルに向けられたのがわかった。
ひゅっ、とイシュメルが小さく口笛を吹く。どうやら予想外な展開に、彼のお姫様は王子のお気に召したようだった。イシュメルと目が合ったのだろう、お姫様が柔らかな春の陽光のような微笑を浮かべた。
イシュメルは彼女をエスコートするため、完璧な動きで階段を下りていく。小さな姫に見惚れていたアメリアは、慌てて自分の主の後ろについた。
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