02.溜息ばかりの護衛と忘れられた庭園
鏡の中から、黒髪に黒い目の見慣れすぎた人間がこちらを見返している。調子の良い時でもこの容姿は中の中の上。他者の意見を否定したいとも思わないし、自分でも自負している。
そんな中途半端な、それでも16年付き合ってきた容姿に向き合う気になった原因は、あの馬鹿王子以外の何者でもない。
そんじょそこらの女の子よりもよっぽど綺麗な顔をした王子様は、さきほど衛兵に引っ張られて部屋に戻ったはずだ。
そしてここは、アメリアの自室。王宮から少し離れた、兵士用の宿舎の中だ。
「はあ……」
溜息も何度目だろう。
さっきの命懸けのちょっとした空中飛行は、イシュメルの部屋が2階だったことも幸いして、あざの一つですんだ。が、肝心な所はそこではないのだ。
――――そんなことになったら俺が貰ってやるから心配するな。
馬鹿王子様は、真面目な、本当に真面目としか言いようのない顔でそう言った。しかし、そんなものは信じられるはずも無く、信じたいとも思わない。……そのくせ自分の容姿をもう一度確認したことについては、矛盾していると自覚しているが。
「私を貰ってくださるとか言う前に、婚約の件をもっと前向きに考えてくださいよ……」
頭に響く鈍痛に目を伏せながら、鏡に背を向け飾り気の無い部屋を出る。
もうすぐ隣国の姫――ジュナス国のミアラーヌ王女が王宮に到着するらしい。王子も迎えに出るはずなので、アメリアも行かないわけにはいかない。
宿舎を出る。王宮までは庭園の裏から入るのが近道だと知っているのは、おそらくアメリアと、イシュメルぐらいだろう。誰も手入れのするもののいない、荒れ放題の庭をぬけつつ、ふと昔を思い出した。
アメリアとイシュメルは、身分の違いを無視すれば「おさななじみ」だ。
まだそれほど王子とただの少女、ということを意識していなかった何年も前、毎日のように二人で王宮をかけまわった。
そのころはまだここも綺麗に手入れをされていて、季節ごとに色とりどりの草花が、上等な絨毯のように咲き乱れていた。
今では新しい庭園が造られ、ここは忘れ去られている。だが、アメリアにとってここは思い出の場所だった。考え事をしたり落ち込んだときには、ここで一人過ごすのが習慣だったりもする。
そういえば、どうしてここが心に強く残っているのだろう。ここだけじゃなくて、もっと城内なんかも毎日のように歩き回ったはず――。
「っ!」
考えに耽っていたら、膝丈のズボンから除く素足に何かが掠った。
「………………薔薇?」
足元、とても低い位置に、その薔薇はあった。
蕾だが、色は赤だろう。幾つかの蕾が風に揺れる。きれいな物には棘がある――よく言ったものだと苦笑する。手入れのするものがいなくなったのに、やけにこの薔薇の周りは綺麗な気がする。相当に生命力が強いのだろうか。
足からは多少血が滲んでいるが、さっきのあざに比べれば何ほどのこともない。
ポケットから予備のハンカチを取り出して適当に血を拭いてから、今度は足元にも気をつけながら庭をぬけた。
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