表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,04
99/104

ep,095 竜の谷(1)

 ショーマ達は山岳用の装備を整え『竜の谷』へとやって来た。

「谷の最下層に、妾のためにあつらえた『陣地』がある。そこで休息出来れば力は取り戻せるだろう」

「一応聞いておくけど……楽な道では無いよな」

「妾が一人だけでは辿り着けない程度にはな。……やっぱりやめておくか? 妾としても、別の誰かに頼んだって構わぬのだからな。これでも結構気の長い性質であるし」

 少しだけ不安を抱くショーマに、竜神の少女は笑いかけた。軽そうな態度だが、嘘をついているようには見えなかった。無理強いをするつもりは無いようだ。

「いや、行くよ。……君だっていつまでも力を取り戻せないのは困るだろう?」

「ふ、お人好しなのだな」


 先頭をショーマ、続いてメリル、真ん中に少女、それからセリアと並び、殿をステアが務め、山道を下っていく。

 勾配などでの険しさはさほど感じないものの、人の往来がほぼ無いこともあって足場があまり良くないことが疲労感をじわじわと高めさせていた。道案内を少女が行ってくれるので迷うことが無いのは幸いである。

「ここまで来てあれですけど……あの名無し娘が我々を嵌めるつもりだったら、どうしましょうかね」

「そんな悪い人じゃないと思うけど……でもちゃんと、いざという時の準備はしているし」

 ステアの今更な疑念にセリアが答えた。帰る時に迷わないよう道中に目印もちゃんと付けてきているし、周囲への警戒も払っている。竜の扱いにはメリルが手慣れているから、野生の竜に襲われるようなヘマも無いはずだ。

 ちなみに竜神の少女は名前を持っていない。名前とは個々を識別するために必要とされるものだがそれはあくまで人間社会における話だ。竜達にとってそんなものは必要無いし、人間達の都合で勝手に名前を付けられるのは誇りが許さない。例外は一つ、力の共有契約を結んだ場合のみである。

 結果として竜神の少女とは会話する上で若干の不便が生じてしまっているが、まあ耐えられる範囲である。

「……ていうか、ここまでして私達に何かしようなんて考えるかな」

「それはわかってますけどね。何と言いますか、ショーマお兄さんの人の好さに付け込まれているというか、そんな感じがします。随分こちらにとって都合の良いタイミングで現れましたし」

「それはまあ……そうかも」

 情報収集を試みた結果、事情に明るい人物に出会えたことはさほど不自然ではない。ただその相手が相手だから、つい疑ってしまいたくなるものなのだ。

「運命の出会い……とでも思ってもらってはどうかな」

 そこへ竜神の少女自ら、そんな皮肉じみた回答が返ってくる。

「ご冗談を……」

 神位にある存在から直々にそんなことを言われ、メリルが笑みを引きつらせる。

「まあ全部が全部本気で言っている訳でもない。妾ももう長いことあの酒場で人を待ち、この谷へと誘いかけてきたものだからな。だからいずれ貴様達のように、気まぐれや欲にまみれた者とは異なる、真に妾の力を欲する者が現れたとしてもおかしくはなかったさ」

 自嘲気味に少女が笑った。

「ここには……何度か来たことがあるんだ?」

「うむ。貴様らで……十二組目かな」

「結構、いるんだな。……その人達はどうなったんだ?」

 ショーマが問いかける。これまでの十一組は、少女を無事に谷の最下層まで連れて行くことは出来なかったのだろう。……皆、死んでしまったのだろうか。

「勇敢な者も、無謀な者も、賢明な者も、愚かな者も、たくさん居たよ。貴様の様に、お人好し過ぎる者もな。……足を踏み外して谷底へ消えたり、竜に食われたり、これ以上は無理だと諦め撤退したり……結果も様々だったさ」

「そっか」

 取り敢えず全滅、という訳では無さそうで少しほっとする。

「貴様は……どうであろうな」

「俺は……俺だって、君をちゃんと送り届けてあげたい、って思ってるよ」

 どこか寂しげな気配を感じる問い掛けに、ショーマは素直な気持ちを返した。振り返って、少女の瞳を見つめ返しながら。

 その時、ふと気付く。

「あれ……?」

 少女以外の三人の姿が、いつの間にか見えなくなっていた。

 辺りにはいつの間にか深い霧が立ち込めている。霧のせいで見えなくなってしまったのだろうか。

「メリル! セリア! ステア!! おーい!!」

 呼びかけてみるも、返答が無い。

「……?」

 いつの間にかはぐれていたとは思えない。ついさっきまで話し声が聞こえていたのだから、ショーマの声が届かなくなるほど遠くへ行ってしまうことは無いはずだ。

 それに、少女の目の前にはメリルが居たはずだ。はぐれてしまって気付かないはずが無い。

「もしや……この谷が本当に単なる谷だと、思っていたわけではあるまい」

「!」

 不自然さを感じたショーマの考えを見抜いたかのように、竜神の少女が口を開いた。

「やっぱり、この霧が……?」

 十一組もの人間達が挑み、しかし誰も最下層へ辿り着くことが叶わなかったという谷。何かあるとは思っていたが、いきなり仲間と分断されてしまったら流石に焦りを抱かずにはいられない。

 とにかくまずはメリル達の無事を確認する必要がある。いざという時に備え身を守る防御魔法をかけているから、その効力が残っていることを感じられれば無事の確認は出来る。

「……大丈夫、みたいだな」

 不安は外れ、魔力の感知に成功する。三人とも防御魔法が発動するような危険な状況には陥っていないようだ。

 だがあくまでそれは現時点での話だ。今後危険な目に遭う可能性は十分ある。

「どうする、仲間の保護に向かうか?」

 またも考えを見抜いたように少女が問いかけてくる。実際その通りにしたいのは山々であったが、このあからさまに不自然な霧の中で迂闊な行動を取るのは危険すぎた。

「その前に、この霧が何なのか、どういうものか教えてくれないか? 君ならわかるんじゃないか」

「ああ知っているとも。そして教えよう。この霧は侵入者を阻止するためのいわば防壁よ。目を塞ぎ耳を塞ぎ、心を惑わす。断固たる意志が無ければそこから何も為すこと叶わずに……命を落とす」

「!」

 問いかけには面白いくらいあっさりと回答が返って来た。

「さあ、どうする」

 竜神の少女の重い口調を受けショーマは考える。

 まともに考えれば、メリル達の救助に向かうべきである。何よりも優先すべきは彼女達の安全であるのだから。

 しかしその選択は同時に、最下層への到達を諦めることも意味する。何の予兆も無く霧が現れ分断されてしまったのだ。無事合流出来たとしてもまたすぐに同じことの繰り返しになってしまう可能性は高い。その危険を承知の上で進む事は出来ない。

「……ならまずは、この霧を何とかする!」

 ショーマは魔力を練り上げ、霧の正体を探りながらそれを振り払う手段を模索する。

(……やっぱり、魔力を感じる。これも何らかの術式で発動されてる『魔法』なんだ)

 となればどうにかする手段は必ずあるはずだ。術式に介入するなり、魔力を変質させるなり、この魔法を構成する要素を崩してやれば効果を打ち消すことは出来る。

 ……はずなのだが。

「何だこれ……?」

 術式に介入出来ない。あまりにも強力な防護がかかっているのだ。

 となれば魔力を変質させたいところだが、こちらも上手く行かない。手を入れる傍からあっという間に自動で修復されていく。通常では有り得ない話だ。

「無理だな。いかな貴様とて」

「……!」

 そこへ無情なる一言が投げつけられる。

「これは神位にある者が仕掛けた仕組み。例え常人を遥かに凌駕する力を持つ貴様であろうと、貴様が人の枠組みに収まっている以上どうすることも敵わぬ」

 そう。この霧はこの竜神の少女が力を失う前、竜神としての力を十全に有していた頃に仕込んだ侵入者を防ぐ罠だった。少女自身が力を失ってしまった今でも罠だけが残り続け、もはや仕込んだ当の本人すらもその侵入を拒んでしまっているというわけだ。

「間抜けな話であろう? まあ所詮自業自得であるがゆえ……貴様が逃げ帰りたいと言うのであれば止めはせぬし、仲間達を救助したいと言うならば手も尽くさせてもらう」

「…………」

「……退くべき時に退くことは恥ではないぞ。妾のことであれば、次の機会を待てば良いだけのことだから気にしなくとも構わぬし」

「…………」

「で、どうする?」

 少女はどこか投げやりな口調で選択を迫った。

 そしてショーマは、その表情をきっかけに決意する。

「わかった。みんなを探して、一旦帰ろう」

 その言葉は、少なからず少女に落胆を与えるものだった。

 しかし、

「そしてみんなを安全な所に連れて行ったら、もう一度俺と二人で谷底を目指そう」

 続く言葉が、それ以上の衝撃を与えた。

「……本気か?」

「ああ」

 仲間に頼らず、たった一人の力で谷の最下層を目指そうとショーマは言うのだ。

「成程、貴様は……愛すべき仲間達を足手まといと切り捨てるわけか」

「そうじゃないよ。確かにここでみんなを守りきれると断言は出来ないけどさ、でもそれを足手まといって言う訳じゃない。……みんなが俺を待っていてくれるから、絶対に無事で帰ろうって思えるんだよ。それが、俺の力になる」

「ふ……物は言い様だな。良かろう、やって見せるがいい」


   ※


 竜神の少女が気配を感じ取ってくれたおかげで、メリル達と合流するのは難しいことではなかった。谷の上方へ戻るほど霧が薄くなり防壁魔法の効力も弱まっていたことが要因の一つであるが。メリル達も不用意に動き回っていたりはしなかったことも幸いである。

「……本気なの?」

「ああ。みんなが心配する気持ちもわかるけど、頼む」

 谷の入り口に戻ったショーマはメリル達に事情を説明する。当然のように渋るメリル達ではあったが、

「わかった、信じて待ってる」

 早々にセリアがその言葉を口にしたことで、受け入れてしまう空気が出来上がってしまう。

「まあ私はここじゃあまりお役に立てなさそうですし」

 渋々、といった風にステアも同調する。

「……わかったわよ。でも、必ず無事に戻って来てね。例え、その方の願いを諦めることになったとしても」

 そして最後にメリルが妥協を見せた。

「ありがとう。……ちゃんとこの子の願いも叶えて帰って来るよ」

「もう……わかったわよ」

 三者ともあまり納得はしていないようではあったが、取り敢えず同意を取る事には成功する。申し訳無い気持ちを抱きつつ、ショーマは少女を伴って再び谷の最下層を目指すのだった。


 霧の中を、ゆっくりと進んでいく。

「足元、気を付けなよ」

「うむ」

 はぐれないよう、少女の手を取りながらともなると進みは更に遅くなる。

「……少し、雑談でもしながら行こうかの」

「雑談?」

 これは時間がかかりそうだと考えたのか、少女が話題を振って来た。

「こう見えて妾は人に話を聞かせるのが結構好きでな」

「……ふうん」

 ショーマは妙な茶目っ気を見せ始める少女に戸惑いつつも、竜神という程の存在が一体どんな話を聞かせてくれるのか興味を抱いた。

「貴様が興味を持ちそうなことと言ったら、やはり……魔族と呼ばれる者どものことかな」

「魔族……」

「彼奴らはな、元を辿れば異世界から迷い込んできた存在なのだ」

「……?」

 その内容はいきなりにして大胆な真実であった。そんな話聞いたことも無い。

「この世界とは何もかもが異なる常識が支配するであろう世界からやって来た彼奴らは……我らの言う所の生命体とすら言い難いのかも知れぬが」

「いきなり話が大きくなりすぎじゃないか?」

「貴様とて異世界からやってきたのは同じであろう。彼奴らは貴様とはまた別の異世界からやって来たというだけの話だ。そしていくつもある異世界にはいくつもの常識があるものよ」

「まあ……確かに。俺がいた世界はこの世界によく似た世界みたいだけど、他の世界は全然違うとしても変な話じゃないか」

「彼奴らは目に見えぬほどの極小の粒子状生命体群で、今で言う所のマナエネルギーに良く似た存在だ。ついでに言っておくとマナエネルギーというのも彼奴らと同じ世界から流入しているエネルギー体なのだが、まあそれはどうでもいいことか。

 ここから便宜上、彼奴らのことを『原種』と呼ばせてもらう。原種達は体質的にこの世界で生きてゆくことが難しかったため、この世界の生命体と融合して生きていくことを決めた。そして生まれたのが貴様達が言う所である『純魔種』の始祖だ。しかし原種達は生存の意思が強すぎたためか、融合した生命体の姿をあまりに大きく変質させすぎてしまった。強靭な生命力を持ち、異能を操り、この世界の生態を乱しかけたのだ」

「……マナエネルギーを浴びて体を変質させたのも魔族って呼ぶみたいだけど、違うのかい?」

「似て非なる者、だな。原種と融合した者が純魔種、マナエネルギーと融合した者が魔族、といった所かな。マナエネルギー自体は原種と異なり意思を持たないが、思念を媒介させる。この地に残留した怨念の類と交わったことで魔族を生み出してしまったのだ」


 これまでに色々な機会でショーマが聞いてきたことと合わせてまとめてみると、まず最初に元々この地に暮らしていた人間なり動物達が居て、そこに異世界からやって来た原種が融合して純魔種が生まれた。

 その後東方からやって来た移民の人間達と争いが起き、結果、純魔種が敗れた。

 そしてその時の戦いの時に残された怨念を利用して、とある純魔種の生き残りが魔族を生み出して再び人間達と争いを起こした。

 その戦いを納めるため歴史に名を残す英雄達の活躍がブランジア王国建国のきっかけとなった……。という形だ。


「うむ。大体そんな感じだな」

 ショーマが自分なりのまとめを少女に確認してみると、少女からお墨付きが貰えた。

「今の戦いって……やっぱり魔族、というか純魔種の生き残りが復讐を望んで起こしている戦いってことでいいんだよな」

「だろうな」

「じゃあ、フュリエスも?」

「あの娘もまた自身の復讐心を利用されている。ただそれは少なからずあの娘自身が望んだことでもあるのだが……ま、簡単に言い切ることは出来ぬさ。人の心ほど複雑なものも無い。たとえ妾が神であろうとその全てを完全に読み取ることは無理だ」

「……やっぱりそこは本人に聞くしかないか」

 ブランジア王国王女フェニアスの妹でありながら魔族の女王を名乗り、王国へと宣戦布告したフュリエス。その目的が単なる復讐だと言い切ってしまえば単純明快ではあるが、同時にとても悲しいことである。

 本当はただ利用されているだけであってほしい。そう思うのはおこがましいことだろうか。

 ショーマは少女との会話の最中、未だ顔も見知らぬフュリエスの心中に思いを馳せるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ