ep,090 未来への道筋
「法律が間違っているというならそれを変えてしまえばいい。人にはその権利があるわ」
ショーマが王になること。
メリルにとっては前々から、ぼんやりとだが考えていたことではあった。
一国の王ともなれば一夫多妻も普通だし、新たな法を作り罪を罪でなくしてしまうことも可能だろう。
他にも三百年前の英雄が行われた仕打ちと、それが隠蔽されたという事実を明らかにすること。存在しないことにされた王女の妹フュリエスの名誉回復。
それらこれまでに知った、隠された真実を正すためにも権力があるに越したことはない。ショーマの悩み事は、これで大体解決出来るのだ。
もちろん国を作るなんて言うのは並大抵のことではない。何の備えも無ければあっさりと押し潰されてしまうだけだ。それでもやる価値はあるのではないかと考えていた。
「いや……そういう問題じゃないだろ」
衝撃的な提案に面食らってしまったショーマだが、落ち着きを取り戻し反論する。
確かにメリルの言うことは概ね同意出来ることだ。だが譲れない所もある。特に罪が罪でなくなるかという話だ。
「法律で許されるなら人殺しをして良いってわけじゃないだろ。ましてや法律の方を捻じ曲げてだなんて……」
「もちろんそんな極論を言うつもりは無いわ。しかるべき罰は与える。けれどその内容は、王が決めるの」
「……っ」
「例えばオードラン元将軍の行いは死罪確実のものだけれど、罪というのはそれ以上の功績があれば打ち消されることだってあるものよ。貴方が王になり、オードラン元将軍を召し抱え大きな功績を上げてもらえば」
「でも……それで殺された人達や、彼らを大切に思っていた人達は納得出来るのかな」
「それはそれとして、納得してもらえるまで、頑張るの」
「……!」
「……私だって……」
「メリル……」
罰を受けることは禊ぎのようなものだ。罪を償い、許されるための行い。
個人の心情的に許されるかどうかはさておき、法的に許されるかどうかを決めるのは法でありそれを作った王だ。
一見無茶苦茶に思えるその提案をショーマは真面目に考えてみる。
ふとそんな風に考えたことが、前にもあったような気がした。
「…………。みんなで幸せになりたいって思うなら……多少は強引にいかなきゃ駄目だよな」
欲張りたいなら、その分たくさん頑張らなくてはいけない。そう考えたことがあったはずだ。
「出来ないかもしれないからやめておこうなんて考えじゃ……駄目だ」
石橋を叩いてばかりでは、いつまで経っても渡れない。
だから。
「わかった……やってみるよ、俺」
覚悟を決める。今度こそ、本気の本気で。何もかもを乗り越えていく気概を持って。
「うん……頑張って」
その勇ましさに、メリルも柔らかな笑みを浮かべる。
この姿を見ることが出来たなら、ようやく少しは自分の気持ちを認められそうだと思いながら。
「でもさ、メリル」
「……え?」
「俺に罪滅ぼしがしたい、なんて気持ちでいるのはやめてほしいんだ」
「……それは、でも」
「俺達は、互いに支え合うんだろ」
「……うん。そう、だったね。……ごめん」
※
翌朝。
「お爺さん。実は俺達、ある目的があって旅をしてるんだ」
ショーマはまず、オードランに改めて自分達の現状を話すことにした。
フェニアス王女の死んだはずの妹フュリエスが魔族の女王を名乗り、王国に宣戦布告したこと。
そして王国軍との戦いで手遅れになる前に、フュリエスをフェニアスに引き合わせわだかまりを解消させ、ひいてはこの戦いを納めたいと思っていることを告げる。
そのために今は、魔族の本拠地があるとされる死都ゼヴィナスという地を探しているということも。
「お爺さんにも、力を貸してほしい。そしてそれを……お爺さんにとっての贖罪の一つとしてほしいんだ」
「……そうか」
「だから、事が終わるまではお爺さんも王国に自首したり自分で自分を罰するような真似はしないでほしい」
「わかった。良いだろう」
「これはあくまで俺の個人的な考えで……って、え、良いの?」
気合を入れて説得するつもりがあっさり受け入れられてしまい、ショーマは拍子抜けする。
「元よりお前に裁いてもらうつもりだったのだ。形が少し変わったに過ぎない。……こんな老体で良いならば、使って見せてくれ」
あまりの潔さに驚きつつも、ショーマは胸を撫で下ろす。少なくともこれでオードランが早まったことをしないでくれそうではあったから。
「それにしても、死都ゼヴィナスか」
「お爺さん、何か心当たりが?」
「私が、ではないがな。知ってそうな人物に心当たりがある。スヴェルムという男だ」
オードランが上げたその名前にショーマは記憶を探る。聞いた覚えのあるような名前だった。
しかし思い出すよりも先に、横からメリルが指摘してくれた。
「『幽招将軍』の名を持つ王国騎士団の将軍よ。魔法や魔族の研究者でもあるわ」
「ああ……」
そんな人がいるとは聞いていたが、直接顔を合わせたこともなければ仲間内に関係者がいるわけでもないとやはり印象が薄いものだ。
「お前達はダグラス城塞へ向かうんだったな。なら私が出向いてスヴェルムに話を付けに行こう」
「え、でもそれは……」
「奴は合理的な考え方をする男だ。私の行動が何らかの益をもたらすとわかれば、それまで罪を裁こうとはすまい」
「……わかった。気を付けてくれよ」
「ふっ。侮られたものだな」
そう言ってオードランは笑みを浮かべる。その表情はどこか獰猛さを感じさせるものであり、彼がかつて勇名を馳せた戦士であったことをはっきりと思い起こさせるものだった。
「ウェナ。留守を任せる」
「はい。お気をつけて」
少ない言葉でオードランとウェナは想いを交わし合った。その姿を見てショーマはふと思う。
「なあ、ウェナさんも狙われたりはしないかな。大丈夫?」
メリルにそっと聞いてみる。
「大丈夫でしょう。騎士団もそこまで暇じゃないわ」
「そういうものかな」
「例えばオードラン元将軍なら彼の積み上げてきた信頼と実績で十分本人の証明になるだろうけど、王族ともなればそうはいかないわ。ちゃんと王族の証明になるような特別な装飾品なりを持っていないと、今の彼女は小さな田舎に暮らす若妻でしかない」
「……確かに」
王家に連なる者となれば相応の権力が与えられる。ならばこそ相応の証となる何かを持っていなければならない。でなければ偽者の出現にも繋がりかねないからだ。
騎士団の重要戦力と言えどもあくまで一国民とでは比較にならない。
「失礼ですがウェインナリア様はそういった何かを……?」
メリルはウェナに直接問いかけた。
「さあ……そういう類の物は、重たいので逃げる時に深い谷底へ捨ててしまったかと」
「ですって」
「あ、そう……なら大丈夫、なのかな」
そんなものかとも思ったが、オードランのことだ。そういう所はしっかりしているのだろうなと思い、納得しておいた。
※
オードランは王都へ向かい、ウェナは村に残り、そしてショーマ達はダグラス城塞へと旅立った。
村人達はそれについての事情に興味津々で色々と話を聞きたがっていたが、そこはウェナが何とかしてくれた。
本当の子供でもいたら良い母親になりそうだなと、その姿を見てショーマはふと思った。
もしくは、自分がその立場になっても……とは、少しだけ考えて、すぐに考えることをやめた。
村へ到着するまでにステアと話していた馬車を宙に浮かせるという手段は、多少手こずりはしたものの何度か練習している内に出来るようになった。
今は念のためにと、隣でメリルがサフィードに乗って随伴飛行してくれている。何かあった時にはまあ、何とかしてくれるだろう。
「やってやれないことも無いもんだなあ」
馬と馬車を直接浮遊させるだけでは、特に馬の方が慣れない感覚に戸惑うようで安定しなかった。そのため、それに加えて空中に魔力で足場を作ってやることでだいぶ安定するようになった。常に進行方向へ足場を形成し続けなくてはならないので、ショーマの負担が大きい点は問題だったが。
しかし苦労のおかげで移動速度はかなり向上した。障害物が無いことや、荷台が浮遊していることで馬が身軽になったことが影響しているのだ。
「この調子なら今日の内に到着出来るわね。それにしても……うーん、この魔法は絶対色々なことに応用出来るわよ。術式を整えて誰にでも使えるようにすれば特許料でいくらでも稼げそう……」
何かがめつい想像をしているメリルのことについては面倒なことになりそうなので誰も追及しなかった。
「ところでショーマお兄さん。村でのことなんですけどね」
「ん?」
不意にステアがショーマに話を振った。
「何と言いますか……面倒臭く考えすぎじゃないでしょうか。罪だの罰だのがどうの、法律がどうのと……」
「まあ、自覚はあるよ……」
「私が思うに……もうちょっと後先考えないで、その場のノリとか、勢いとか、そういうのに身を任せるのも一つのあり方じゃないでしょうか」
ショーマが悩んでしまうのは個人よりももっと広い、社会全体を見据えて考えてしまっているからだ。ぶっちゃけた言い方をすれば融通が利かないのである。
それもこれまで出会った人々に色々と影響を受けてしまっているからなのだが、だからと言って責任転嫁も出来ず結局余計に苦しんでしまっているわけだ。
理想と現実の食い違い。普通はどこかで折り合いをつけなければならないものであるが、そう簡単にはいかないものなのだ。少なくともショーマにとっては。確かにステアの言うような考え方が出来れば楽なのだろうが。
「あんまり考え込みすぎると……禿げますよ」
「……それは、嫌かな」
「まあ、どんなにみすぼらしい姿になっても私だけは見捨てないでおいてあげますのでご心配なく」
「そりゃどうも……」
それから昼過ぎ頃になって、早くもダグラス城塞の姿が見えてくるようになった。
「さすが、空を飛んで行けると速いわね」
馬車の隣を飛ぶメリルが嬉しそうに言った。
長時間馬車に乗り続けることは何かと苦痛だ。対して空を飛べるというのは快適な点が多い。メリル単独ならともかく他の三人や荷物類を持ってサフィードに乗ることは出来ないので、ショーマの作り出した新しい魔法は大変ありがたいものである。
「やっぱりこの魔法、術式を整えて一般に広めれば一時代を築くことも可能ね……。流通革命は間違いなし、売り方次第ではいくらでも稼げそう……。ふふ、うふふ……」
「何かぶつぶつ言ってますよ」
「放っておこう」
近年の魔法技術において飛行能力はあまり開発が進んでいない。例えば竜や鳥の背に乗って飛ぶといった手段はあるが、誰でも簡単に出来るわけでは無い。ゆえに空路を利用した交易は殆ど無い。そのため市場規模はいくらでも拡大し得る。その先駆者となることが出来れば、確かにとんでもない大金を得られることだろう。
「よし、そろそろ降りましょうか。誰かに見つかって騒がれたら困るわ」
「そうだね困るね」
メリルの考えはさておき、変に目立って必要以上に注目されても迷惑なのは確かだ。ダグラス城塞には出入りする人も多いので、ここは少し離れた場所に着地してそこからは普通に陸路を行くことにする。
魔力で形成された道を少しずつ地上へ向けて下ろしていき、慎重に着地させる。馬車を曳いていた馬達も、馴染みある感覚が足元に戻ったことでどことなく安堵しているようにも感じられた。
「セリア、大丈夫だった?」
「うん。平気だよ」
ショーマは荷台の中に顔を向ける。
「悪いな、荷物番させちゃって」
「ううん、ここからでも窓から外の様子は見えたし、楽しかったよ」
初めての空の旅ということもあって何かと不安要素はあった。その一つが荷台の中身である。変な揺れ方をして荷が崩れたり、最悪地上へ落下などしようものなら大事である。
セリア一人にそれらの注意を任せてしまい、ショーマは少し罪悪感を感じてしまっていた。何より話し相手がいないというのも退屈だっただろうから。
「お二方、お話はそのくらいで良いですかね」
「ん?」
ふとステアが何事か話しかけてくる。ただならぬ雰囲気という程ではないが、何かしらの問題に直面しているかのような雰囲気が言外に感じられる口調だった。
表に出て確認してみるとそこには、
「あー……」
近隣住人らしき中年の男二人が、岩陰から現れこちらの様子を窺っていた。
「誰かに……見つかっちゃいましたね」