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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,04
91/104

ep,087 ブランシェイル、出立

 ショーマが交戦した植物の魔物と、まったく同じ姿をした別の魔物が少し離れた場所にいた。

「…………」

 その魔物は今、胸の内に激しい動揺と怒りを燃やしていた。

 それを表現するための表情も、呪詛の言葉を発する口も持ってはいなかったので、誰かがその様子を見ても理解は出来なかっただろうが。


 ……何故こうなる。何故上手くいかない。

 奸計と謀略を得手とするその魔物は、ここ暫くの間連続する失敗に苛立ちを覚えてばかりであった。

 人間ごときの下らない浅知恵によって肉体は焼かれ、新たに得たこの肉体の一部もあの異世界人に滅ぼされた。忌々しいことこの上ない。

 しかし魔物は烈火の如く怒りを燃やす一方で冷静な部分もあった。このままでは同じ轍を踏むばかり、何か本格的に対策を講じなければならない。と。

 今のこの二つ目の肉体は不意打ちで挟撃を仕掛けるために隠していたものではあったが、一体目がやられるのがあまりに早すぎた。このまま出て行った所で同じ目に遭うだけだ。ならば無駄に消耗することはない。この場は引きつれてきた雑兵にでも任せ潔く撤退し、次の策を考えることにする。

「…………」

 自身の体を地面に埋めていく。分身がやられてしまったため魔力が分散し空間転移が使えなくなってしまったものの、こうして地中を移動すれば余計な障害に阻まれることなく安全に帰還が出来るはずだ。


 魔物はショーマに気付かれないよう、ひっそりと距離を離していく。

 しかしショーマには気付かれなくとも、他にも魔物に気付く存在はいたのだった。

「……!?」

 地中を進む途中、不意に自身の体の一部が斬り裂かれた。

 植物のように柔軟なこの肉体を斬り裂けるものなどそう多くは無い。ましてや、地中に埋まっているようなものでは。

「……かかったか」

 地上に感覚を伸ばすと、そんな声が聴こえてきた。

 ……罠にかけられた、とでも言うのか。

 魔物の胸中に再び怒りの感情が湧き上がってくる。だがそれを必死に抑え込み、落ち着いて周囲に注意を向けていく。

 するとひっそりとではあるが、ある一定の魔力の気配がそこら中から感じられた。これが先程体を斬り裂いたものの正体であるらしい。この肉体ではそれがどんなものかまでは確認しきれないが、とにかく危険であるらしいことだけはわかった。

「この真下か……ふむ。掘り起こすには少し手間がかかりそうだな」

 そうこうしている内に先程の声が再び聞こえた。口振りからして罠にかかったネズミを確認しに来た、という所であろうか。

 声に油断を感じ取った魔物は、撤退前に一泡吹かせるくらいのことはしてやろうという気になってしまった。冷静になるべきなのは重々承知の上だが、それでも、この怒りはあまりに大きかった。

 無茶をするつもりは無い。地中から一撃を決める程度に留めておくだけだ。この状況ではどうやったって不意打ちになるだろう。仕留めることまでは難しいかもしれないが、手傷を負わせるくらいなら十分だった。

「!!」

 周囲の土から養分を吸収し、体の一部を地上へ向けて急成長させる。

 鋭く尖った蔓を伸ばし、地上で油断している人間を串刺しにしてやるのだ、と。


 だが、それこそ油断だった。

「……っ!!」

 地上にいたカイゼルは音も無く急速に伸び上がって自分に迫った蔓を見切り、寸前で回避した。

 確かに不意打ちではあった。予期せぬ攻撃であった。否、並の人間だったら予測していても避けられない程の攻撃だっただろう。

 だがカイゼルは避けた。尋常ではない動体視力と判断力と身体能力が合わさったことで、回避してのけたのだ。

「……ふんッ!」

 しかも更に、カイゼルは伸びてきたその蔓を手で掴み取った。

 鋭い棘があちこちから生えていたが、厚い装甲に覆われた籠手を貫けるほどではなかったので意味は無かった。

「おおォ……ッ!!」

 そして掴んだその蔓を、力任せに思いきり引き上げる。

 深く積もった土の層の下から引っ張られて、言うなれば『根』が這い上がってくる感覚があった。その根は随分長く、そして重かったが、カイゼルにとっては些末な問題である。

「……!!?」

 魔物が驕ったわけでは無い。それは理不尽とさえ言っていい程の、カイゼルならではの離れ業であったというだけのことだ。

 異常な回避能力と、超人的な怪力。そんなものを持っている人間、そうはいないのだから。

「……っ!」

「ほう、それがお前の姿か」

 カイゼルはやたらと長い蔓を振り回し、その先にくっついていた本体を地面にべしゃりと叩き付け、その顔を確認した。

「……顔が無いようだが、まあいい。何となく考えていることはわかるからな」

 よろよろと立ちあがる魔物に向けて、カイゼルは獰猛な笑みを浮かべて呟く。

「まあこれくらいは人間でも……魔族の血なんぞが入ってなくとも出来るということを、証明したまでのことだ」

 カイゼルの鍛え上げられた肉体は、そんな意思によって作られたものだった。

 かつて共に同じ紋章を掲げたステアという半魔の少女。人ならざる怪力を持つ彼女に、あくまで人の身で並び立つ必要が、長であるカイゼルにはあったから。

 だからその身を鍛えに鍛え上げただけのこと。

 それは権威の証明であると同時に……彼女が孤独ではないことを示すためのものだった。

 当の本人がそのことを理解してくれているのか疑わしいことが難点であったが。

「さて」

 カイゼルは腰の鞘から神位剣ゼルグランドを抜き放ち、切っ先を向ける。

「吐いてもらいたいことは色々あるぞ。口が無いから喋られないとは……言わせん」

 この魔物が只者ではない……他の魔物とは違うことは感じ取っていた。

 あの少年が欲しがるような情報を、持っているかも知れない。

 そう考えカイゼルは慎重に魔力を高めていく。

 そして、

「……!!」

 一振り。ただ一度神位剣ゼルグランドを虚空に振り抜いただけで戦いは決着した。

「!?」

 逃走を図ったその魔物は、首から下に相当する部分を一瞬にしてばらばらに断ち斬られた。

 神位剣ゼルグランドの持つ、空間に斬撃を実体化させる能力。その能力を高めたことでカイゼルはたった一振りで無数の斬撃を多方向から射撃することが出来るのだ。

 その結果は、この通りである。

「!」

 残された頭に相当する部分を、カイゼルは地面に落ちるよりも先に掴み取った。流石に頭だけでは文字通り手も足も出せないだろうが、地面に潜るくらいは出来るかもしれない。それを避けたのだ。

「…………」

 冷酷な視線と、瞳無き視線が交錯する。

「騎士長殿! お見事でした……!」

 その時、少し離れた場所で待機していた他の騎士達が駆け寄って来た。邪魔にならないよう隠れていたのだ。

「こいつを連れ帰って……色々と調べたい」

「わかりました」

 カイゼルが魔法の得意な騎士に魔物の首を差し出す。騎士は安全に確保しようと、その魔物に封印の魔法をかけようとした。

 だが、

「……いかん!」

「えっ」

 カイゼルは危険を察知し、魔物の首を天高く放り投げた。

 その瞬間、首の表面に無数の術式が表れた。内部に残っていた魔力を源に、術式が起動する。

「防御を!!」

「はい!!」

 そして空高くの位置で、大爆発が起きた。

 魔物はもはやこれまでと見て、自らその身を爆破したのだ。

「……何と、まあ……」

 爆炎の残滓である煙を見上げながら、騎士達は思わず唖然とする。

 体内に発火性の成分を有した岩石類が魔物化し、自爆攻撃が出来るようになった魔物というものは彼らも聞いたことがあった。

 だが自分の体に爆発魔法の術式を纏わせることで自爆をする魔物というのは、流石に聞いたことが無かった。

「魔物について我々は知らないことが多い……どんな時も油断をしてはならない」

「ええ、そうですね……肝に銘じておきます」


 結局、今回の戦闘はあっさり片が付いたものの、敵の目的は何だったのかはわからずじまい。更に未知の情報を得ることに失敗したなど、カイゼルにとっては消化不良なものになってしまったのだった。


   ※


「魔物が……消えた?」

 上空から地上を観察していたメリルは、先程の爆発と共にあちこちに存在した魔物達の姿が消えていくのを確認した。

「ひょっとしてもうやっつけちゃったの?」

 魔物が配下として別の魔物を使役することはよくあることだ。その場合使役者が死亡すると、それに連動して使役されている魔物も消滅してしまう場合がある。それ自体はおかしな話ではない。

 おかしいのは、こんなにも早く消えてしまったという点である。

「……ショーマ!」

 遠く離れる程長く飛んでもいなかったので、メリルはショーマ達とすぐに合流出来た。サフィードの背から降りて近くへと集まる。

「ああ、お帰り。大丈夫だったか?」

「え、ええ。私は……。貴方は? 魔物、もうやっつけちゃったの?」

「うん」

「うん、って……」

 そう頷いて笑うショーマは、何だかこれまでにない力強さに満ちていたように見えた。

 そして気付いた。

 これまでこつこつ積み上げて来た努力なんて、本当は彼には全く必要の無かったものだったのかもしれないと。


「……とんだ出発になってしまったな」

「まあしょうがないですよ」

 再びカイゼルと合流し、再び別れの言葉を交わすショーマ達。

「どうも俺目当てで現れたみたいですから。……やっぱりここには長居出来ないみたいです」

「そうか。ならば仕方無い、か」

「ところで……さっきの爆発は?」

「何か情報を引き出せるかと思ったのだがな。失敗した」

「ああいや、それは良いんですけど……そうじゃなくて、街に被害とかは?」

「無い」

「そうですか、なら良かった。……それじゃそろそろ」

「ああ」

 それだけ伝え合うと、ショーマは馬車へと乗り込んでいった。そんな様子が随分素っ気無いように思えて、メリルとセリアは視線だけで会話する。剣を交えた者同士、多くの言葉はいらないというやつだろうかと。

「ステア」

 ふと、続いて搭乗しようとしたステアをカイゼルが呼び止めた。

「……何ですか」

 不満げな表情でステアは答える。

「いや……なんだ、その」

「?」

 怪訝な顔を浮かべるステア。カイゼルが変に言い淀む姿など初めて見たかもしれないから。

「……達者でな」

「はぁ」

 そのやり取りに再びメリルとセリアが視線を交わし、今度は小さく笑った。

 こちらはもう明らかに、言葉が足りていないことがわかってしまったから。


   ※


「落ち着いたらまた来ましょうね」

「ええー……」

 出発した馬車の中、メリルがからかうような口調でステアに告げた。

「そうだなあ。色々面白そうな街だったけど、楽しめる余裕も無かったし」

「ふふ、そうだね」

 露骨に嫌そうな顔をするステアをよそに、ショーマとセリアもそれに同調した。

 旅人が集まっていたり、国中から避難して来た人達が暮らしていたり、密やかなようで賑やかな、どこか変わった都だった。そしてそれらを取りまとめる教会という組織。

 ショーマ達はそのほんの僅かな部分にしか触れていない。この都に生きる人々のことをほとんど知らない。

(他にもそんな場所はたくさんあるんだろうな……)

 思えばリヨールの街だって王都パラドラだって、暮らしていた時間の割には行ったことも無い場所がたくさんある。

(みんなとのんびり巡れたら、楽しそうだ)

 ショーマはついそんな風に思ってしまう。ぜひ観光旅行もしてみたい。

 だが今は、別の目的がある。自分でやると決めたことだから後悔は無いが、先の長さを考えると少し憂鬱になってしまう。

 結局はまず目先の問題を片付けなければ何も始まらないのだ。ならばもう全力を尽くすだけ。

(何を考えても最後はそうなるわけか……)

 かくして気を取り直し、一行はまた次の目的地へと向かう。

 カイゼルに教えてもらった旧国境地帯、ダグラス城塞へ。そしてその途中にある小さな山村にも。

 そうやって少しずつではあるが、彼らは『核心』へと近付きつつあった。


   ※


 闇の中で魔人ルシティスが笑っていた。

 魔人アーシュテンがせっかく与えた新しい肉体、その三つの内二つをあっさりと失ってしまっていたからである。

 ショーマとカイゼルが撃破した二体の他にも、万が一に備え最後の一体をアーシュテンは残していたのだ。そして実際、最後の一体だけは無事のままこうして残っていた。

「いやはやこれが笑わずにいられるだろうか。笑われるお前は業腹だろうが我慢してもらいたいな。仕方無いだろう、我慢出来んのだから。っくく」

「…………」

 濃厚な魔力と共に三体目の肉体が充填された培養液の中で、アーシュテンは怒気を発する。だが手も足も出せない状況ではそれもルシティスの笑いを誘うだけだ。

 アーシュテンは今度こそ治癒に専念することを決める。無事肉体が再生したらまずはこの怒りを解放しなければならないだろう。

 適当に人間の街でも滅ぼしてやろうか。それとも。

 そんなことばかりに思考を巡らせながら意識を沈めていく。

「……。眠ったか、アーシュテンよ。……今はそれで良い。そうでなくては、困る」

 ひとしきり笑い終えたルシティスは、もはや聞こえていないのを承知で呟いた。

 そして上方へと首を巡らせる。

 そこには玉座がある。魔族の女王、フュリエスの座する玉座が。

「…………」

「陛下はお疲れのようだ」

 しかしフュリエスは今、玉座に力無くもたれかかり、どこへともない視線をぼんやりと向けているだけであった。

「復讐も折り返し、といった所。……お休みなされるのも結構ですが、その想い、半端な所で投げ出すことだけはありませぬよう……」

 フュリエスの、自分を捨てた者達への復讐は終わっていない。

 育ての親を殺し、産みの親を殺し、次はこの国の民を殺す予定だが、それは最後の肉親である姉フェニアスを捕えてから、最高の特等席に座らせてしっかりと見せつけてやる必要がある。

 だが生憎フェニアスは現在雲隠れ中だ。計画は一時中断せざるを得ない。

 そうやって暇が出来てしまうとフュリエスはつい、物思いにふけってしまう。

 考えることは自らの行ってきたことだ。

 殺した相手はどれも憎いからこそ死に追いやった者ばかりとは言え、強く縁のある人物達だった。

 考える時間が出来てしまうと、どうしても小さくない後悔が生まれてしまう。何せ人は死んだら生き返らない。やってしまったことを無かったことには出来ないのだから。

 ひょっとしたら違う道も選べたのではないか。無駄だとは思いつつもそんなことを考えてしまう。

 だがルシティス達にとっては、そんなことを考えられては困るのだ。

(やはり所詮は人間か……)

 つくづく思う。魔族の女王としてフュリエスは必要な存在ではあるが、やはり根元の部分では相容れられない存在なのだ、と。

(まあいいさ……いずれ時が来れば、その必要も無くなるのだ)

 そして邪悪な笑みを浮かべると、ルシティスは闇の中へとその姿をくらました。

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