ep,086 新たなる力
「そうですか、姉は元気でやってますか……」
ショーマ達は教都ブランシェイル居住区にあるフィオンの実家を訪れ、フィオンの妹達と話をしていた。
実家とは言っても、あくまで建前上は一時的に間借りしているという形なのだが。
教都の居住区は、様々な事情で本来の暮らしを捨てることになった人々に対して開放されているものだ。フィオンの家族は以前暮らしていた町が戦火に見舞われたために避難してきたのだという。
戦争は終わり平和にはなったものの、全ての国民の暮らしが豊かになったというほどでは無い。改めて引越しをする余裕が無いので、フィオンの家族は今もここに残り続けているというわけだ。
「あの子も優秀だから、きっとそう遠くない内に良い立場に就いて、貴方達にも楽をさせてあげられるようになると思うわ。それまでは、少し時間がかかるかもしれないけれど……」
「お気遣いありがとうございます。私としても、送り出した甲斐があります」
フィオンの一つ下の妹、フィラが小さく胸を張った。姉とは違いはきはきとした態度を見せてくれる。
「フィオンへ騎士になることを薦めたのは君なのかい?」
「ええ。姉はああいう性格ですから……頭は良い癖にやたらと自信が無いというか、人を押しのけられないというか……。誰かが強引に背中を押すか、引っ張ってもらうかしないと駄目なんですよね」
「……そっか」
フィオンの家は小さいながらも妹や弟達が四人も居て中々に騒がしい。そんな妹弟達を昼間は働きに出ている両親に代わり、次女であるフィラが面倒を見ているという。
フィオンは家族に対してすらあまり積極的な性格では無かったそうで、手間のかかる相手が一人減って楽になったとフィラは冗談めかして言っていた。
そんなフィオンも今は自分の能力を発揮して研究職見習いとなり、その芽を開こうとしつつある。いずれ相応の地位に就ければ報酬も増え、ひいてはこの家の暮らしも楽になるかもしれない。
そうなったら、ショーマも改めて挨拶に来ることになるのだろうか。
「ねえねえ、お兄ちゃん達はお姉ちゃんと同じ学校に居たんだよね。なら魔法使える? 魔法!」
「ん? 使えるけどここでは見せてやれないかな。危ないんだぞー?」
「大丈夫だよー。お願い見せて!」
「だーめ」
「けちー」
「けーち」
少しくつろがせてもらっていると、家の奥から下の妹達が現れショーマに絡み始めた。まだまだ幼いようで、礼儀も知らなければ魔法の危険さも知らないようだ。そんな子供達をショーマは軽くいなしていく。
「…………」
そんなショーマをメリルは少し意外そうな目で見つめるのだった。
※
「それじゃあ、またいつか。ご両親によろしく」
「またねー!」
「え。あ、ええ……そうですね。また、いつか」
適当な所でフィオンの実家を後にするショーマ達。フィラは再び会う機会があることを考えていなかったのか、返事に戸惑いが込められていたが。
「またいつか、ね……」
騎士団に借りている部屋に戻る道すがら、メリルは何か言いたげな視線をショーマに向けた。
「あの子たちも貴方の義妹なり義弟なりになってしまうのかしらね」
「……それはまあ、その時になってみなきゃわからないって」
「そうね。勢いで好き放題言っちゃってた節あるものね」
「……気に入らない?」
「む……」
具体的な未来図が垣間見えると、メリルもつい嫌味な発言が口をついてしまう。
一夫多妻だなんて、やはりふしだらに感じてしまう気もするし、何より……自分との時間が減ってしまうではないかとも思ってしまうから。
「……ぐふふ」
そんなメリルの様子を見て、ステアが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そして隣を歩くセリアに目で合図をすると、
「うりゃ」
「えい」
それぞれがショーマの左右に回り込み、その腕を抱いた。
「ちょっ……!」
ショーマも普段なら別にこの程度で動じたりはしないが、流石に人目のある場所でこういうことをされると穏やかではいられない。
「……何のつもりかしら?」
「別に大した意味はございませんが」
「そうそう、好き合う人同士なら普通のことだよ」
眉をひくつかせるメリルに挑発的な態度を取るセリアとステア。つられてやってしまったセリアは少し恥ずかしそうにしていたが。
「あの……程々にしておいて、欲しいかな……」
※
そして宿舎へと戻って来る。
「……実際どうなんです、あれ」
ショーマの部屋で二人きりになった途端、ステアはそう問いかけた。
「あれってどれ」
「メリルさんのことですよ」
「ああ……」
ステアが何を言いたいのかショーマは大体察する。
現状保留のような形になっている関係性をどうするつもりなのかとか、そういうことだろう。
「ゆっくりと時間をかけていこうと思ってるよ。メリルは真面目な性格だから、『一時の気の迷いかもしれない』って思っちゃうのが嫌なんだと思うんだ。だから、さ」
「なるほど。じゃああんまりせっつくのは良くなかったですかね」
「うーん。あんまり気を使いすぎると、それはそれで悩みそうだし」
「ああ、面倒臭い人なんですね。誰かさんによく似て」
「……そうかもね」
翌日。ショーマ達は改めてカイゼルの元を訪ねた。
「傷の具合はもういいのか」
「ええ、だいぶ。……そろそろ、ここも出発しようかと」
「そうか」
取り敢えず聞いてみたいことは聞けたし、ステアに関するわだかまりもいくらか解消出来た。フィオンの家族にも会えたし、いつまでもこの街に残る必要は無い。ただでさえ到着前に一騒ぎあって余計な時間を取られてしまっているのだから。
「……死都ゼヴィナスを探すのか」
「……なるべく早めに、魔族の親玉に会いたいんです」
ショーマの答えにカイゼルは眉をひそめた。
当然ではある。何の目的があってそんなことを望むのか、そんなことカイゼルには想像もつかないことだったから。
「旧国境地帯……ダグラス城塞近辺が怪しいと、私は見ている」
「え」
しかしカイゼルは敢えて、ショーマに自分が持っている情報を譲った。
それは教会騎士団による、ごく最近までの調査によって浮かび上がってきた候補地の一つである。
とは言え確証はまだそれほど多く無く、しっかりとした部隊を派遣出来るほどのものではない。
当たりの可能性も高いが外れの可能性も高い、と言ったところだ。
「わかりました。取り敢えず……その周辺で何か情報収集とかしてみようと思います。……みんなも、良いかな」
「ええ。悪くないと思うわ」
「うん」
「同じく」
メリル、セリア、ステア、三人の承諾も得て次の目的地を決定させる。
(おじいさんの村も途中に寄れるかな)
旧国境周辺ならば、ショーマが初めてこの地に召喚された際に世話になった村もその進路上にあるはずだ。寄り道も可能かもしれない。
「色々と、ありがとうございました。カイゼルさん」
「約束を忘れるなよ」
「それはもちろん」
「うむ、ならば良し。……?」
「?」
そして別れの挨拶を交わしていると、ふと一同は妙な気配を感じるのだった。
「これは……」
特に敏感に感じ取ったのはメリルだった。ほんの少しの間だったとは言え、自身の体を蝕んだあの嫌な感覚。
「魔族の気配……ですね」
ほぼ同じタイミングで、半分だけ同族のステアもその気配を感じ取る。
しかもこれは……。
「何か、覚えがあるやつだな」
そう。ショーマにとっても因縁深い相手の魔力によく似ていた。
「私は騎士団に迎撃命令を出してくる。君達は……おとなしくしていろと言っても聞かなさそうだな」
「そうですね」
「ならせめて、無茶はするなよ」
「はい!」
魔族の気配を感じる方向……市街地へ向かうショーマ達。まだ陽も低いためか、人の姿は少ないことが幸いだ。しかし逆に考えると、もし建物の中に魔物が入り込めば逃げ場がない状況になってしまうとも言える。
それは、困る。
(俺はここにいるぞ……!)
ショーマは自身の周囲に魔力を生成し始める。自分の存在を誇示するかのように。
魔族の狙いがショーマならそれで寄ってくるかもしれない。そうでなくとも、脅威になりうる危険な存在を排除する為にと積極的に狙いに来てくれるかもしれない。
「みんな止まってくれ!」
「?」
そしてその魔力は、何も目立つ為だけに用意したわけでは無い。
「ぶっつけ本番で悪いけど、みんなを守る為の魔法をかけておこうと思うんだ」
「はあ」
突然の申し出を訝しるステア。ショーマは説明するよりも実際に行った方が早いと考え、ステアの鎧に包まれた肩に手を置き、そこから魔力を送り込む。
術式は省略し、独自の考えで練り込んだ魔力そのものを送り込む。すると、ショーマの望んだ形でその魔力は固定化されていく。
「おお……? なんか、妙な感じですね」
それはショーマが早速この場で独自に作り出してみた魔法だ。術式も無ければ魔力の練り上げ自体も感覚で行った為、他の誰かが同じ魔法を使うことは出来ないし、ましてやショーマ自身も全く同じことは二度と出来ないものだろう。
だがショーマにはそれが、自分にとって何よりも扱いやすく感じられた。もっと早くからこうしていれば良かったと思う程に。とは言え実現出来たのはこれまで培った魔力制御技術の賜物なのだが。
「それで、これはどういう魔法で?」
「いざという時にその魔力自体が盾になって身を守ってくれる……って能力だよ。それから、ステアにとっては周囲の人の代わりに魔導エネルギーを吸い取る対象にもなる」
「へえ。それは……」
「試してないからちゃんと発動してくれるかもわからないし、それに改良の余地も大いにあるだろうから、過信はしないでくれよ」
「はい。……ちゃんと効果ありそうですけどね」
「ありがとう。……二人にも、同じ様な身を守ってくれる魔力と、少し、運動能力を高めてくれる魔力を与えておく」
ショーマはメリルとセリアにも向き直って、同様に魔力を与えた。
「!」
「うわわ」
二人は注がれた魔力が全身に巡り行く感覚に奇妙なこそばゆさを感じる。
その様子にショーマも不安になってしまった。
「え、何か違和感ある?」
「ううん、そういうわけでは」
「安心感みたいなのはあるんだけど……ちょっと、くすぐったいっていうか」
「……なら、良いけど。やばそうだと思ったらすぐに言ってくれ」
何だかもじもじとして言いにくそうにするその様子をショーマは怪訝に感じる。まあ問題があるならちゃんと言ってくれるだろうと思い直し、すぐに気持ちを切り替えた。
もう目に見えるところに、魔物が現れていたから。
「来るぞ!」
不意に地面から植物の芽が出て来たかと思うと、それは急速に成長し人の様な姿を取る。そして相対するショーマ達に対して、あからさまな敵意を向けてきた。
「マンドラゴラの類かしら」
「いや……」
察しを付けるメリアの言葉をショーマは否定する。
「あいつだよ」
「!」
それは因縁ある魔人アーシュテンとよく似た魔力を放っていた。全く同じ、という程ではないのが奇妙に感じられるところではあったが。
「お兄様に倒されたと思ってたけれど……しぶといのね」
「ああ、普通に生き延びてたっていうのとはちょっと違う感じだけど……取り敢えずあいつは俺がやるから、みんなは、他のを頼む」
「他? ……!」
腰から引き抜いたクリスセイバーに刀身を形成させながら、ショーマは指示を出す。
周囲には他にも魔族の気配が現れつつあった。それを感じてメリル達は警戒を強めると共に気を引き締める。
「……気を付けてね」
「ああ」
メリルは契約竜であるサフィードを呼び出し空からの遊撃を開始した。セリアとステアは協力して別地点にいる魔族との戦闘。そしてショーマは、目の前のアーシュテンらしき魔物と一対一で相対する。
「お前……俺に用があるのか?」
「…………」
魔物は問い掛けには答えず、ぎょろぎょろとその不気味に盛り上がった目玉を回すのみであった。言葉を発する器官が無いようにも見えるので、返事をしたくとも出来ないのであろうか。
それでも、何となくだがその意思は感じ取ることが出来た。
怒りとか、敵意とか、そういった悪感情が、はっきりとショーマへと向けられている。
「リノンさんに植え付けられてたのは取っ払ってやったよ。それが気に入らないのか?」
ショーマは問い掛けを続ける。だが答えを求めているわけでは無い。意思だけは返ってくるが、別にそれだってどうでもいいことだ。
ただ色々と、胸の奥にしまっておいたものが、因縁の相手を前にして溢れ出してきているのだった。
「何でわざわざ俺の前に出て来たんだ?」
言葉を発するたびに、胸が熱くなる。心が昂ってくる。
その原因となっている感情は……怒りだった。
「リノンさんのことは絶対許せなかったけど、俺は仕返しとか報復とか……復讐とか、そういうのあんまり好きじゃないから。お前がグランディス兄さんにやっつけられちゃったんなら、それはそれで良いと思ってた。……でもこうして、のこのこと目の前に出てこられちゃったら、流石に黙ってはいられないよ」
「……!!」
そしてその一言を皮切りに、魔物が動く。人間で言えば腕に当たる部分の蔓を突き出して、それを一気に急成長させる。
矢のような速度で、鋭い腕がショーマに迫った。
しかし、
「!?」
ショーマが軽くクリスセイバーを振るうだけで、その腕はこれ以上伸びることが出来なくなる。ましてや動かすことすらも出来ない。
魔力を集め、その腕を縛り上げ拘束したのだ。
「……ふっ!」
更にショーマはその魔力を魔物の全身へと巡らせていく。それはやがて腕だけでなく、全身の動きまでもを拘束するのだった。
「やれば出来るもんだな、本当に」
ショーマは自分のことながら軽く驚いてしまう。もはや、何でもありなのではないだろうかと。
だが、心強い。
「!! ……!?」
一方の魔物は現状に困惑を隠せない。鳴り物入りで得たこの新しい体であったが、決して劣悪な性能という程のものでは無かった。何か罠が仕込まれていたという訳でもない。自分が扱えば並の人間とて相手にはならないはずだ。
そう、だからこれは、この人間の方がおかしいのだ。以前戦った時とは比べ物にならない程成長している。
否、これは成長と言えるようなものなのであろうか。もっと何か、根本的に別次元の能力に目覚めているのではないか。
何があったというのか。それとも、最初からこうだったのか。ただ本人が気付いていなかっただけで。
……このままは何かまずいことになる予感がした。
今この場だけではなく、もっと、先の段階においても。
ここは口惜しいが撤退して、もっとよくこの人間のことを見定めなければならない。
そう思い魔力を練り上げようとしたその時、新たな違和感に気付く。
「!?」
「また逃げようとしたな。そうはさせないよ」
魔物の全身を覆うショーマの魔力は、まるで防壁の様に内外を問わず魔力の移動を妨げていた。それはつまり、体を動かすことはおろか、ほぼ全ての魔法を行使することが出来なくなっていたことを意味していた。
空間転移魔法などもってのほか、というわけだ。
「やっぱりそうやって閉じ込めておけば、逃げられないんだな」
ショーマは悠々と歩みを進め、魔物に近付いていく。魔法での転移も出来ず、足を使って地道に逃げることも出来ないまま、魔物はただそこに棒立ちとなっていた。
「……覚悟しろよ」
ショーマの脳裏にふと、リノンの顔が浮かんできた。たくさんの笑顔と共に、涙の顔も。
そんな顔見たくはなかった。今は笑顔を取り戻せたけれど、あの苦しんでいた日々が消えてなくなるわけでは無いのだ。
これから先、何年、何十年と。決して。
何かの拍子に思い出して、悲しくなることがあるだろう。
そんな日々が、ずっと続いてしまう。
考えてしまえば、とても許せることではなかった。
だからせめて、そんなことになった元凶だけは、容赦なく叩き潰してやろうと思った。
「……でやああッ!!」
そして振り下ろされた光の剣が、植物のようなその体を一撃のもとに、跡形も無く消滅させた。