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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,04
88/104

ep,084 力の責任

「俺は……、正しくあろうとしすぎたのかもしれん」

  カイゼルはどこか独り言を呟くかのように語り始めた。


 教会騎士団とは本来、鳳凰神の加護を受けた二つの国家、ブランジア王国とイーグリス王国に対して抑止力となるために存在している。

 二国が争いにおいてあまりにも強大な戦力を行使させることの無いように、この地の平和を守るために、第三者の立場から監視し続けていた。

 この地に誕生した国がどのような道を進むのであれ、そのはじまりには偉大なる鳳凰神が存在したことを忘れさせないために。


 抑止力となるには当然、相応の大きな力が必要であった。

 そしてそれをみだりに行使しないだけの分別もまた必要だった。みだりに力を振るえば、それはただの暴力でしかないからだ。

 暴力は恐怖を呼び、恐怖は簡単に人を従わせる。だがそれは人の心を荒ませる行為だ。それはとても、正義とは呼べるものではない。

 正義を貫くためには、力を暴力へと変えない強い心が必要なのだ。


 教会の力を行使する者達、教会騎士団。

 その長に就いたカイゼルには、誰よりもその強い心が求められていた。


   ※


 数年前、ある雨の日のことだった。


 まだカイゼルが騎士団長の地位に無かった頃。

 冬眠明けの空腹か何かで狂暴化したと思われる山の猛獣が、教都市街に迷い込む事件が発生した。

 暴れまわる猛獣を止めるため、すぐさま騎士団が出撃、これを討伐した。

 行動は迅速だったがそれでも、市街に暮らす民にも少なくない被害を出してしまった。

 この地方ならばさして珍しくもない、特別な大事件と言うほどのものではなかった。

 しかしまだ若かったカイゼルには、その一件が大きな心境の変化をもたらすことになった。


「……?」

 猛獣の討伐後、被害者達の安否確認を行っていたカイゼルは一人の女性生存者を発見した。

 年は三十代前半ほど。雨に打たれるまま座り込み、じっと何かを見つめているようであった。

「……あ、の」

 カイゼルは無事かどうか声をかけようとして、留まった。彼女が見つめていたものに気が付いたからだ。

 十歳かその手前くらいか。少年だった。

 体の下半分ほどが真っ赤に染まっている、少年だった。

 気のせいでなければ、その少年の顔は彼を見つめる女性によく似ていた。

「息子は……」

 女性がぽつりと口を開いた。

「私を庇って死んだんです」

 感情のこもらない、やけに淡々とした口調だった。

「まだ、こんな、小さかった子なのに。……私の、代わりに」

「あ……、」

 その尋常ではない様からカイゼルは目を背けられなかった。

 まだ未熟だったカイゼルは、その惨状に心が囚われてしまった。


「逆でしょう、普通」


 そう、逆。

 人に限らず、生き物は産まれた順に死ぬのが普通。それが自然だ。

 親は子を育て、未来を託し、死んでいく。そうして歴史は紡がれていく。それが正しいあり方だ。

 子が先に死に、親が生き残る。そんなのは間違った姿。


 守らなければならないと思った。あるべき姿を。

 絶対に。

 カイゼルには、そのための力があるのだから。


 それからカイゼルは自分の中で、命に序列を付けることを厳格化するようになった。

 人はどうしたっていつか死ぬ。ならば守るべき命に優先順位をつけなければならない。

 共に戦う大切な仲間も、名も知らない誰かも、分け隔てなく。


 それがやがて、今のカイゼルを作った。


   ※


「だから……ステアを殺そうとしたってわけか」

 多くの知らない誰かを守るために、大切な仲間を殺そうとするということ。

 ショーマはその考えに至った理由を聞かされ、自分なりに頭の中で咀嚼する。


 ……納得出来るかと言われれば微妙な所であった。

 心を殺して、多くの命を守るために冷徹に剣を振るう。

 ひどい話ではあるが、それで助かった命があるのなら全てが間違いだとは言えないと思う。正しいと言えば正しいとも思う。

 けれどやはり、それは……。

「そんなの……、悲しいよ」

 ショーマは膝で眠るステアの白い髪をそっと撫で、小さな声で言った。

 自分はカイゼルの様な辛い体験はしていないから、カイゼルの気持ちや考えを全て理解しきれたとはとても言えない。否定なんて出来る立場ではない。

 それでも、悲しいと感じ、それを伝えずにはいられなかった。


「……そう、だな」

 その小さな一言が、カイゼルの心に染み渡っていく。

 悲しい。

 当然だ。

 大切な人が死んでしまったら、悲しい。


 そんな当たり前の気持ちを、忘れてしまっていたのかもしれない。


 あの日目にしたあの母親は、泣いていたのに。

 そう。頬を流れていたあの雫は、決して雨などではなく、確かに涙だった。

 あの女性は、悲しいから泣いていたのに。

 カイゼルは、そんな大切なことを忘れてしまっていた。


   ※


 それからしばらく沈黙が続き、やがて気まずくなったショーマが口を開いた。

「……とりあえず、ステアは殺さないってことで良いんだよな」

「お前がちゃんと面倒を見ている限りは、な」

 ステアが無意識に行ってしまう魔力吸引能力。周囲の人間に生命の危険を与える可能性があるその能力のため、カイゼルはその命を狙った。

 そしてショーマはステアを守るために戦った。

 結果は試合に勝って勝負に負けたような内容であったが、約束は約束だ。ショーマは少なくとも今だけはステアの命を守ることが出来たのだ。

 けれど今後、また何か別の理由でステアが危険な存在になると判断されたら、再びカイゼルは剣を向けてくるだろう。

「怖いな、ほんと」

 ショーマは背筋が寒くなる。次は今日のようにはいかないだろう。

 ならば……もっと強くならなければいけない。そう改めて思う。

 そこでふと、思い出す。あの決闘の最後に起こった事を。

「ところであんた……殴る方が得意なのか?」

 ショーマの強烈な一閃に返されたカイゼルの一撃。

 それは剣を離した拳を握り締めての殴打であった。

 突きに合わせたカウンターパンチ。それがショーマを弾き飛ばしたのだ。

「……昔の戦い方だよ」

「ふうん」

 自嘲するような物言いに何かを感じたショーマだが、深くは追及しないことにした。

 言っても良い過去、言いたくない過去。彼にも色々な過去があるということなのだろうと。


 やがてカイゼルが部屋を去り、穏やかな静寂に包まれた頃。ショーマは再びステアの髪を撫でた。

「……聞いてたか?」

「聞いてないですよ」

 問い掛けると、答えが返ってくる。予想通り起きていたようだ。

 ずっと起きていて二人の話を盗み聞きしていたのか、それとも聞いていたのは一部だけなのか。ひょっとしたらついさっき目覚めたばかりで、まったく聞いていなかったかもしれない。

 だがそういうことは、気にしない事にした。今は目の前にいるこの少女のことだけを考える。

「とりあえず何とかなったみたいで良かったよ」

「……また助けられちゃいましたね」

 ステアの『また』という言葉に思いを巡らす。

 一度目は、そう。ステアが空腹に負けてしまいそうだった時。あの時のショーマは今のような状況になることなど、まったく想像もしていなかった。


「二回も命を救われちゃって……私もう、どうしたらいいのかな。……わかんないや」

 いつもとは異なる口調で、ステアは独り言のように言った。


   ※


 振り返ってみれば、常に自分は一人ぼっちだったような気がしたとステアは思う。

 自分を育ててくれた神父アゼルは人の良い人物だったが、だからこそ逆に遠慮してしまい、どこかで壁を作ってしまっていた。

 共に戦っていた教会騎士団の仲間達も、背中を預け命を守りあう『味方』以上の関係にはなれていなかった。

 なんだかんだで公私共に面倒を見てくれていたカイゼルからも、それとは別にいつも殺すべきかそうでないか判断する視線を向けられていた。

 それらは自分の思い込みかもしれないとわかってはいるが、それでも皆、心を許せるような相手でなかった、ということは事実だ。

 ……それに何よりあの日、騎士団からの追放を宣告されたあの日。

 誰も自分のことを、引き留めてくれなかった。

 立場上彼らはそんなことをしてはならなかったし、する意味もなかった。だから引き留めてくれなかった仲間達を責めるつもりはない。

 でもやはり、誰からも引き留めてもらえなかったということは……自分は生きていてはいけない存在なんだと、はっきり言われているように感じてしまったのだ。

 だからこそ身を張ってくれたショーマの気持ちがとても嬉しい。

 けれど、その気持ちに応える方法がわからなかった。

 この感情を自分の中でどう処理すればいいのか、わからなかった。


 ずっと人の好意というものから逃げ続けてきたから。


「どうしてあの日、私を助けてくれたんですか?」

「ん……? んん……そうだな。あの時お前は……ぎりぎりまで人から魔力を奪うの、我慢してたんだろ? たまたま俺が来た時に我慢しきれなくなっただけで」

「はい」

「我慢しようとはしてたんじゃないか。それは悪いことじゃない、立派なことだよ。……そんな立派な子が、助けてもらえないっていうのはひどいだろ」

「はあ」

「……それに、俺はお前みたいになっちゃってたかもしれないから。そう思うと余計にさ」

 ステアにはあれこれ理由を並べてくれるショーマの言葉を素直に受け入れられない。喜ぶよりも先に疑念が浮かんでしまう。

 綺麗事がすぎると、そう思ってしまったから。

 自分を助けてくれたのはこの人が善人だったから。そんな簡単な言葉で決めることはできない。

「じゃあなんで今も面倒を見続けてくれるんですか? もっと言えば、どうして今日の決闘を受けちゃったんですか?」

 どんな善人だとしても、自分の命を投げ捨てるような真似までするのはただの馬鹿だ。そんなの、おかしいに決まっている。

 だが返って来た言葉は、また別の理由で馬鹿っぽいものであった。

「ああ……そうだなあ。なんか理由を用意しようと思えば出てくるけど、どれも違う気がする……。うん、結局はただ、放っておけなかっただけなんだよ。ステアのことを……好きになっちゃったから」

 そして、絶句。

「……うわ」

「うわってなんだよ!」

「そうやってみなさんを誑かしてきたんですね。いやらしい」

「誑かすって……」

 思わず憎まれ口をたたいてしまう。

 けれど、本当はわかっていた。

 好きな人だから平気で命を賭けてしまう。そうやって戦うショーマの姿を、ステアは何度も見ていたのだから。

 自分に対してもきっとそうしてくれると思っていた。

 そんな想いを感じていた。


 でももし、してくれなかったら。

 そう不安に思って、自分の気持ちを認められなかった。

 この人にまで拒絶されたら、今度こそ自分には行く当てが無くなってしまう。

 それが怖いから、ふざけた態度で微妙な距離を保ち続けていた。

 けれど、それももうおしまいだ。


「まあ……良いですけどね。約束も、しちゃいましたし」

「ああ。お前の家族、ちゃんと探さないとな」

「約束、ですからね。破っちゃ、嫌ですから」


 この人なら信じられると、そう思った。

 建前とか立場とか、そう言った飾るものを何も持たない、この人なら。


   ※


 翌朝。ショーマはまだ陽の高くない内に外へ出ていた。

 宿舎の裏を通り、市街の見渡せる小さな丘に立つと、目を閉じ呼吸を落ち着かせる。

 遠くでは谷間を風が吹きぬける音が響いていた。

(……強くなるんだ)

 ここ数日の間で、大切な人達を次々と危険な目に合わせてしまった。

 これまでのように仲間や騎士団がそばにいるわけではないのだ。彼女達を本気で守りたいなら、ショーマ自身が強くなる必要がある。

 記憶を失ってから、もとい、この世界にやってきてから様々な力を身に着けてきた。

 しかし魔法も剣術も、騎士学校で習った技術は正直どれも半端なものである。そもそも本来は一人前になるのなら卒業後も絶えず訓練が必要なくらいだというのに、途中での自主退学をしてしまった。

 習った範囲をいい加減にやっていたわけではないが、未熟で中途半端なのは事実だ。まずはこの差を埋めなければならない。

 自主的に教練で習ったことを反復していけば順当に強くなることはできるだろう。けれど、時間がかかりすぎてしまう。学校の教練内容を否定をする気はないが、ただ今のショーマが求めているものではない。

 だから今は、ショーマが最初から持っていた不思議な力に頼るのが一番であろうと考える。

 元々力をある程度制御することが目的で騎士学校に編入させてもらったのだ。その目的は既にある程度果たされている。

 だから今度は、この力を発展させていく。

(集中して……)

 セリアの傷を癒した力。メリルの魔族化を戻した力。リノンの寄生体を取り除いた力。そしてカイゼルとの戦いで見せた炎の騎士の力。

 それらはショーマが行き当たりばったりで発現させたものである。既存の魔法とは少し異なっている。

 つまりやろうと思えば、知識にない魔法を作り出すことも可能ということだろう。自分のことながら現実味のない話であるが。

 まずはもっとも近い体験である、昨日行った炎の騎士を再発動してみようと試みる。

(こんな感じだったかな)

 炎の魔法『バーニングブレイド』から、それを手にして戦う騎士の姿を追加で形作る。

 戦いの中で感じた恐怖や痛み、そして勝利への意思。それらを思い出しながら、ゆっくりと形を整えていく。

(こんな……感じ?)

 やがてゆらめく炎が人と剣の形に変わっていった。しかし、昨日に比べて随分と造詣が甘くなっているように感じてしまった。

 ためしに炎の騎士の体を動かしてみようとする。魔力を与えると、一応思った通りに首や腕が動き、剣が振るわれる。

「それ、昨日の?」

 急に声がしたので振り返ると、いつの間にやらメリルが様子を見に来ていた。

「ああ……おはよう」

「ええ、おはよう。……何だか昨日のに比べると粗雑な感じね、それ」

「うん。昨日のは偶然の産物みたいなものだし、どうやったかよく覚えてないんだ」

 そこでショーマは先程から考えていたことについて相談をしてみた。メリル自身その身で体感したところもあるので、ショーマの言わんとすることはすぐに理解がついた。

「ふむ……。ちょっといいかしら」

 と、ショーマの考えを実現させるためちょっとした講義を開始する。

「魔法っていうのは本来、やってみようと想像したことは大抵実現出来るものなの。たとえば……」

 メリルは指を立てると、その先に魔力で小さな火を灯した。そしてその指を宙でくるりと振り円を描く。するとそれにつられて小さな火も円を描くように宙を動いた。

「こんな感じで、今私は空中に火を灯す魔法と、それを動かす魔法の二つを、一つの術式で使える魔法を即興で作ってみたわ」

「うん。見ててなんとなくわかった」

「でもこんな魔法、精々ちょっとした芸に使うくらいしか用途がないでしょう。だから今の魔法にはちゃんとした名前も無いし、広く公開されるような術式も無い」

「それが?」

「もう一回さっきと同じような魔法を使ってみるわね」

 そう言うとメリルは再び指先から火を灯し、それで円を描いた。一見すると先ほどの小芸と変わらないように見えた。

「違いがわかったかしら」

「術式が違ったな。違ったっていうか、二つあった」

「よく見てるわね。正解よ」

 前者は即興で作った一つの術式による魔法、後者は既存の術式による二つの魔法の連続発動。結果は同じでも、それが実現される過程が違ったのだ。

「貴方が学校で覚えたような術式は、誰かが『術式を扱いやすいように整え』て、『名前を与えた』ものなの。言うなれば量産品、というところかしら」

「術式を整える……」

「そう。魔法の術式というものはいくつもの形が折り重なって作られるから、発動された魔法の内容はそっくりでも術式は全然違う、なんてこともあるの。逆に言えば術式が異なっていても同じような魔法は存在する」

「要するに、術式の形にこだわらなければ俺にも自由に魔法が作れるってことだよな」

「そういうことね。ただし不格好で最適化されていない術式というものは、魔力の消費も無駄に大きかったりするわ。実用性には欠けてしまう」

「でも、俺にはあまり関係なさそうだな」

「ええ。貴方の持つ膨大な魔導エネルギーがあれば、さほど問題ではないわね。だから……今後の旅において何か必要だと思う力があるなら、事前に術式を自分の中で用意しておけば便利だと思うわ。私も昨日の戦いを見ていて、そう思ったの」

「うん。……ちょっと色々やってみるよ」

 膨大な魔力による、都度必要に応じての術式作成と発動。こうして口に出して言ってみればそれほど常識を逸脱したというほどのものではない。しかるべき魔力の用意がされていれば誰にでも出来得る事象だ。

「…………」

 だがメリル自身がその身で体験したような、まるで条理を覆すかのようなあの力は、そんな簡単に説明がつくようなものとは思えない。

 今に始まったことではないが、メリルはショーマのこの不思議な力の秘密に思考を巡らせるのであった。

色々考えた結果ある程度書き溜めてからまとめて上げることにしました。

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