ep,082 教会騎士団騎士長カイゼルとの決闘 (2)
金属音が響き渡る。ショーマとカイゼルが互いの剣を弾き合わせた音だ。その勢いに乗って、2人はまた距離を取る。
そこでショーマは一旦心を落ち着かせ、ここまでに得られた情報をまとめていく。
カイゼル・アーダー。その戦闘能力において最も特徴的なのはやはり、手にする神位剣ゼルグランドであろう。
斬撃を残す、……正確に言えば、実体化させる能力。
虚空に斬撃を残しておけば不可視の危険な罠となり、闘気を乗せて投射すれば強大な遠隔攻撃も行える。
地味と言えば地味な能力であるが、物理法則も魔導法則も超越出来ると考えれば、神の位を冠する剣の名は伊達ではないと感じられる。
それ以外には、高い対魔力を持ったマント。そして、教会騎士団最強の戦闘技能。
まだ本気を見せているとは思えないが、取り敢えずそれらを意識して対策を講じていかなければいけないだろう。
ショーマ自身に出来ることは、まずは魔法。こちらは結構な手数がある。と言っても、実際に有効な魔法はどれだけあるか知れたものではないが。
生半可な小細工が通じる相手ではあるまい。やはり強力な魔法を連続してぶちこむのが良いだろうか。
身体強化は、現在も発動中の『マイティドライヴ』で事足りているので特に問題はないと思われる。効果時間もショーマの持つ魔導エネルギー量ならば心配する必要もない。
ただ、発動させていてもカイゼルの運動能力とはほぼ互角なのが厳しい所だ。こればかりは今更どうしようもない。それだけショーマとカイゼルの間には、素の身体能力に大きな差があると言うことである。
最後に、輝宝剣クリスセイバー。魔力で刀身を実体化させる、魔導科学の産物。
借り受けた時から思ってはいたが、やはり得体の知れない剣である。もっと何度か実戦で使って練習しておきたかった。
見た目は大振りだが、見た目ほどは重くない。振り回すのに手間取るほどでもないし、軽すぎて斬撃に威力が乗らないということもない。
厄介なのは、ショーマ自身がこれの能力を完全に把握しきれていない点である。先程も自分で放った魔法を斬ったら、魔力を勝手に吸収し刀身が巨大化してしまった。上手く扱えれば便利だろうが、ぶっつけ本番では難しい所である。
簡単に扱えそうなのは、展開した術式に注ぐ魔力を、刀身を形成する魔力から流用する効果だ。
これは中々便利である。大気中のマナエネルギーを集めて自身の魔導エネルギーと練り上げるよりは、クリスセイバーに魔導エネルギーを注ぐだけの方がずっと楽だからだ。魔力を流用すると刀身を構成する魔力濃度は薄くなってしまうが、ショーマが魔導エネルギーを注げば簡単に元に戻ってくれるため問題はあまりない。
クリスセイバーが保有するマナエネルギーが尽きないのかという疑問があるが、どうやら自動で大気中から集めてくれているらしい。便利なものだ。
こんな荒業が出来るのは、ショーマが異常な量の魔導エネルギーを持っているからであった。
本来クリスセイバーは魔導エネルギーを多く持っていても、様々な事情で魔法を学ぶことが出来なかった者のために作られた物である。
魔法を扱えない者ならばこのような用途では使用しないし、魔法が得意な者ならそもそも魔導の杖などを使うのだから。
(よし……)
何にせよ、強力な魔法でも連発出来そうなのはありがたい。あのマントも耐久力には限界がありそうだし、カイゼルに有利な近接戦闘を避けられるというのもある。
ここからは魔法を中心に攻めていくことを決め、ショーマはクリスセイバーを構えた。
(で、そっちはどう来るつもりだ……?)
心の中でカイゼルに語りかける。ショーマがあれこれ考えている間に、カイゼルも考えていたことだろう。
ここからが本格的な始まりだ。
※
一方、観戦していた騎士達の間にはちょっとしたざわめきが起きていた。
カイゼルの強さは彼らもよく知っていたので今更気にしない。話題になるのはショーマのことだ。
無謀な少年だと嘲笑っていた声は最初だけ。すぐに意外な実力者であることは認められ、今では何かおかしい、とまで声は変わってきていた。
当然ではある。あれだけ多様な魔法を次々と放つ様は、非常識にも程がある。大抵の魔導師は精々2種、多くても3種程度の魔力属性しか操れないものだ。ショーマは見せただけでも既に5種は扱っている。それも、相当の年月を費やさねば習得出来ない上級魔法をあの若さで、かつ次々と高速で放っている。
正に、異常であった。ステアよりもよっぽど危険な存在なのではないかと思い始める者も、騎士達の中には密かにいたほどである。
「何者なんだ彼は……」
そう誰かが呟いたのを、メリルは聞いた。
ショーマの能力について、彼女達にとってはもう慣れっこだったが、何も知らない人々にとってはやはりそう思われても仕方が無いだろうと考える。
少しだけ鼻が高くなりつつも、それと同時にある懸念を抱いた。
ショーマが危険な存在と認定され、追われる身になりやしないか。という問題だ。
彼だって仮にも王立騎士団で学んだ身である。それに、名の知れた名家ドラニクス出身の自分もついているのだから、そんなことにさせないよう出来る自身はある。疑念を晴らすことは難しくない。
だが教会騎士団の活動方針を正確に理解出来ているわけではない。確実な保証も無いし、楽観視は出来ないかもしれないのだ。
ここはひとつショーマには、あのカイゼルにただ勝利するのではなく、彼自身の人柄も知ってもらえるように、勝ってほしいと願う。
そうやって長の立場の者から、きっちり疑いを晴らしてもらう。
具体的にどうすれば良いかなどわからないが、ただ、どうか彼の思いが剣を伝わって届いてほしいと、メリルはそう願った。
メリルの隣でじっと戦いを見つめ、ひたすら信じ続けているのはセリアだ。
彼女には難しいことはわからない。どうすればショーマがカイゼルの上を行けるか、どうすればカイゼルにステアを殺させるのを諦めてもらえるか。そういうのは、わからない。
だから信じた。
ショーマがやろうとしたことを、やり抜けることが出来ると信じていた。
彼がそう願い、メリルやステアがその実現のため手を貸したのだから、きっとそれは叶うと信じた。
今の自分に出来ることは何もない。決闘に口を出すのも良くないと言う。だから、ただ信じた。彼が勝利することを。
そうして戦い終えた彼を迎え入れることが、その時こそが自分が行動する時だから。
今は何もせず、彼の戦いを見つめていた。
そしてステアは、未だ不安に包まれていた。
カイゼルはまだまだ全力を出してはいない。恐らくこれから出してくるだとう。
それなのにショーマは、既にもうその力に翻弄されているように見えた。今でこれなら、これからどうなるかなんて、考えるのも辛い。
……やはり無茶だったんだ。
そう、思ってしまう。
そして想像する。彼の敗北を。自分の死を。彼との別れを。
「…………」
思わず小さく呟きかけたその言葉を、そっと飲み込んだ。
口にしてしまったら、きっと耐えられない。怖くて怖くて堪らなくなる。
……嫌だな。
死ぬのは嫌だ。
別れるのは嫌だ。
でも、彼の勝利は、正直望めなかった。
なのに、自分は何も出来なくて。
ただじっと、真剣な表情で剣を握り締める彼を見つめることしか出来ないでいた。
※
(来ないなら……、行くぞ!)
負けるつもりは毛頭無いショーマは、ふっと息を吐いてクリスセイバーを杖のように水平に振るい、術式を展開させた。
そしてわずかに遅れ、3つの『バーニングブレイド』が空中に出現した。
観戦者達のざわめきを聞きながら、それらを順番に射出していく。
「……ふ!」
対するカイゼルも、腰を落として身構え1つずつ神位剣ゼルグランドで迎撃していった。
1つ、2つ。最低限の動きをする黒の神位剣に軌道を反らされ、それぞれ左右の斜め後方に飛ばされた炎の巨大剣が爆発を起こす。
更に3つ目が迫る。カイゼルはそれをマントを翻して防いだ。
「ッ!!」
ショーマはクリスセイバーに魔導エネルギーを込め直し、更に続けて『バーニングブレイド』を放った。
4つ目と5つ目が同様にマントで防がれるのを見ながら、6つ目は爆炎に隠すようにして真上から射出した。
そして、爆発。
炎が炎を飲み込み、それらは加速度的に大きな炎となっていく。
熱風と衝撃。熱は肉体を焼き焦がし、衝撃は肉体の結合を引きちぎる。並の生命体ならば、とても生きてはいられないはずだ。
だがカイゼルは並以上の生命体と十分言えるし、彼の纏う鎧とマントは、衝撃から身を守り、魔力に抗う。
だから、生きている。
「!!」
案の定、炎の中からカイゼルが飛び出して来た。神位剣ゼルグランドをショーマにまっすぐ突き出して、突進してくる。
ショーマはすかさず『ロックウォール』を発動。足元の地面が競り上がり、ショーマの目の前に岩の壁を作り出した。壁の向こうから、神位剣ゼルグランドがぶつかった音が聞こえた。
だがこんなものはどうせすぐに突破される。そう見越して、次の罠を仕掛ける。
上方、壁の裏側に『アイススピア』を5つ程展開する。壁をぶち破って来た所にちょうど降り注ぐように設置した。
しかし、
「……やばっ!」
壁の向こうから、強烈な闘気を感じた。
思わず後方へと跳躍し、距離を取る。
その瞬間、高くそびえる岩の壁が、振り上げられた巨大な斬撃によって一気に破壊された。仕掛けられた氷の槍も、まとめて砕かれていく。
「ぐっ……!」
崩落する岩の壁の隙間を縫って、カイゼルがショーマに迫った。
振り下ろされた斬撃を、何とか弾き返す。
するとカイゼルは素早く後退、そこから跳躍を繰り返し、魔力が消えて砂に戻りつつある岩に隠れて移動しショーマを撹乱しようとする。
「!!」
立ち上る砂埃に隠れ、ショーマがその姿を見失った所で、背後から再び斬撃を仕掛ける。殺気を感じたショーマはやぶれかぶれにクリスセイバーを振って、これも何とかしのぐ。
防がれたカイゼルはまた距離を取って、周囲を跳ぶように走り回っていく。その姿は正に目にも止まらぬ、と言った所であった。
(速い……!)
高速疾走からの斬撃。
力とは重さと速さに比例する。速く走れば走る程、そこからの斬撃は威力を増していくのだ。単純だが、強力である。
ショーマはどこから攻撃してくるか確実に捉えるため意識を集中させた。直接斬りかかるだけでなく、斬撃を飛ばしてくる可能性もある。あらゆる距離に注意を払う。
(……?)
そうすることでふと、周囲のマナエネルギーの流れに違和感を覚えた。
何か、流れのようなものが出来ているのだ。
更によくよく感じてみれば、それはカイゼルの移動した跡に沿って作られていた。
(これは……)
マナエネルギーの流れを作り出し、その上を疾走することで加速を得ている、と言った所だろうか。風の魔導エネルギーあたりを使えば、確かに可能に思える。
(なら……!)
ショーマはクリスセイバーを振りかざした。そして、そのマナエネルギーの流れに向けて振り下ろそうとして、
「!!」
一気に接近し斬りかかってきたカイゼルに阻まれた。
振り下ろされたクリスセイバーが神位剣ゼルグランドによって阻まれ、金属音と極彩色の火花が散った。
(やっぱ邪魔されたくはないか……。なら!)
弾き合い、また距離を取る。今度はショーマも走り出した。
理屈がわかれば、同じようなことは出来るはずだ。足元に魔導エネルギーを集中させ、駆け出す。
足を踏み出した地面の上に、魔力が練り上げられていったのがわかった。それは流れとなり、踏み出す足を後押しするように加速させる。
ぐん、と体が後ろに引っ張られるような感触が来た。足だけが前に出てしまうのだ。転ばないよう、体を前に倒すようにして疾走していく。
「……うおおおッ!!」
力強く足を踏みしめて、カイゼルを追走する。
土埃を巻き上げながら疾走するショーマとカイゼル。広場を所狭しと駆け回りながら、少しずつ距離を詰めていく。
そして、
「!!」
激しい金属音。互いの剣をぶつかり合わせた2人は、また弾かれるように距離を取った。
(逃がさないッ!)
ショーマは体勢を立て直しながら、術式を展開させる。下級魔法『ファイアーボール』だ。
魔力消費の激しい上級魔法でも連発が出来るなら、下級魔法ならもっと多く連発出来るだろうという考えである。
拳ほどの大きさの火の球が、ショーマの周囲に次々と生み出されていく。物の数秒で30発もの炎の弾丸となり、
「行けッ!」
次々と連射され、疾走するカイゼルを目掛けて飛んでいった。
「障壁ーッ!!」
観衆の誰かが叫ぶ。すると一斉に彼らは術式を展開し、広場の攻撃が届かないよう魔導障壁を展開させた。
疾走するカイゼルが土埃を撒き散らし、その彼が通った後ろを炎の弾丸が駆け抜けていく。それらの一部、流れ弾は地面に当たって消滅することなく観衆達に向かってしまう物もあった。
それらは展開された障壁にぶつかり、火の粉を散らして消えていく。
周囲に配慮出来るような戦いではない。誰もがそれを、感じ始めていた。
「はあァッ!!」
カイゼルの振り抜いた斬撃が飛んでいく。ショーマはまた足元に魔導エネルギーを集中させ、一気に走り抜いてそれを回避する。そしてそのままカイゼルの背後に回り込んで、再び『ファイアーボール』を連射する。
だがカイゼルは背中に目があるかのように、体を捻らせ巧みに避けながら走り続ける。
そしてその勢いを持ったまま跳躍、周囲を覆う外壁に着地し、またそこから斬撃を飛ばした。
「……ッ!!」
ショーマは急停止から横に跳んで回避。だがそこへ、今度は壁を蹴って跳んだカイゼルが直接斬りかかる。今度は高さも加えた一撃だ。
思いきり踏ん張って、何とかそれを受け止める。だが足には痺れるような強烈な衝撃が走ってしまう。
(くっそ……!)
眼前に迫ったカイゼルに、至近距離から『ファイアーボール』を放つ。しかし数発程度では物ともしなかった。
そこから剣を押し込まれ、後方へよろけさせられる。
(足が……!)
慣れない高速疾走と、何度も受け続けた攻撃に耐えかね、踏ん張りを効かせるのが苦しくなってきていた。
奮い立たせるように歯を食い縛ると、再度『マイティドライヴ』の術式に魔力を込め直す。焼け石に水かもしれないが、少しばかり全身に力がこもっていくような感覚があった。
「!」
だがそこへ、カイゼルの更なる追撃がやって来る。
術式を展開すると同時に、防御のために体の前にクリスセイバーを構えた。
しかし、
「ぅぐっ……!」
握り締める手に痛みが走る。何度も重い攻撃を受け続ける内に、手のひらが擦りきれてしまっていたのだ。
それでも何とかカイゼルの斬撃は防げたが、鍔迫り合いからの押し込みに耐えきれず、姿勢を崩される。
(この……!)
危機を脱するためショーマは、周囲にまだ数発展開されたままの『ファイアーボール』を1つに凝縮させ、カイゼルに撃ち込んだ。
「ぐ!」
直撃を受け、少しばかりカイゼルがよろけた。これで少しでも時間を作れれば、体勢を立て直せる。
(まずは傷を癒して、それから……)
目の前で起きた爆発の余波を受けながら、この後の策を練る。
色々とやってはみたが、どうにも戦いの流れはカイゼルにあるままだ。落ち着いて距離を維持して、攻撃魔法を中心に攻めていかなければ。
そうやって……、勝たなければいけないのに。
「っ……」
足元がおぼつかない。思った以上に疲労が蓄積している。この程度も耐えられないなんて。
やはり、無謀だったのか。
つい弱気にかられた、そんな時。
「…………!!」
背中の、右肩辺りに激痛が走った。
気にしていなければいけなかったのに。
気を付けていたはずなのに。
「……あ、」
カイゼルの設置していた、斬撃の罠。
物の見事に、食らってしまった。
意識が薄れ、ぐらりと体が揺れる。
「…………ざ、っけんな……!」
「……!?」
ざっ、と、砂を強く踏み締める音が響いた。
いよいよ倒れ伏せるかと思われたその体は、しかし持ちこたえていた。
背中を斬り裂かれ、派手に出血したのは確認した。
今もなお、足元にぼたぼたと血が垂れていくのが見てとれる。
何度も打ちのめし、すっかり疲労困憊のはずだ。
とても立ってはいられないはずだろうに。
倒れ込まないにしても、膝くらいは付くだろうに。
しかしそれでも目の前の少年は、立っていた。
「……だが、終わりだ」
そう。立っているだけでは勝てない。
勝つには、剣を振れなければ。
カイゼルはゆっくりと足を踏み出した。
ふらふらと、必死で立っているショーマの前へと。
そして神位剣ゼルグランドを構え、
首元に添えようとして、
「……!?」
背後から現れた殺気に振り向いて、剣を構えた。
金属音が響く。
さっきから何度も聞いていた音だった。しかし、相手の剣はさっきまでの物とは別だった。
それは炎を燃やす、紅蓮の剣。
そしてそれを構えるは、同じく全身に炎を燃やす、紅蓮の騎士。
「……な、」
カイゼルは思わず視線を背後に向ける。
しかしそこにいたのは、変わらずふらついているショーマであった。
ではこの騎士は、一体。
決闘に乱入する不届き者……、ではない。そんな者が現れないようにするためのこの観衆だ。
「そうか、これは……」
目の前の紅蓮の騎士からは、馴染み深い感覚が漂ってきていた。
これは、魔力。
魔力によって形成された、騎士。
魔法によって生み出された、主に代わって剣を振るう騎士だった。
それは未だどこにも存在しなかった、ショーマが生み出した、新たな魔法によるものだった。