ep,079 姿なき都
かつてイーグリス王国はブランジア王国に戦を挑み、そして敗れた。
王家の一族は滅び、国はブランジア王国の属領となった。
騎士団も解体され、その所属騎士達は3つの道を選ばされることになった。
ブランジア騎士団の軍門に下るか。
それを受け入れず処刑されるか。
そのどちらでもなく、身分を捨て野に下るか。
野に下った者達は、また更に3つに分かれた。
剣を捨てて最初からやり直し、新たな職を見つけた者。
剣は捨てなかったが、冒険者となって当ても無くさまよい始めた者。
そして、王国と騎士団の復活を目指し、ブランジア騎士団に再び挑もうとし始めた者。
彼らはやがて反乱軍と呼ばれ、ブランジア騎士団からは魔族と共に鎮圧対象として注視されるようになっていった。
※
「……グランディス様」
騎士イルフは、王城の自室で机に向かう上司グランディスに声をかけた。
「あの、お体の具合がよろしくなさそうですが……」
グランディスは数日前から顔色が良くなかった。あの日彼は今まで見たこともない程に切羽詰まった表情でどこかへ飛び出していき、そしてその日の内に戻ってきた。何があったかは知らないが、その時からずっとこんな調子である。
いつも澄ました顔でどんな難関をもすいすい越えていく彼がこんな調子だと、流石に不安になってくるのだった。
しかし、
「体調は問題ない。少し……、心に穴が開いてしまったような気分なだけだ」
「は?」
聞いたとしても、それっぽい言葉で誤魔化されるだけであった。
「そんなことより、お前の準備は出来ているのか」
「あっ、は、はい! 全て滞りなく完了したことを報告しに来たのでした!」
「そうか」
イルフはある重要な作戦を任されていた。今日はその事前準備が完了したので、実行前の最終報告に来ていたのだった。
「しかし、その……。本当に私でよろしいのでしょうか。もっと上手くやれそうな方は他にも……」
「お前が最も適役だと言ったはずだ。理由は考えてみなかったのか?」
「いえ、その……。敢えて実戦経験の殆ど無い私だからこそ、相手に顔を知られていないので潜入しやすい、からでしょうか」
「それもある。……まあ、いずれ気付くだろう。お前が教わってきたことを忘れていなければな」
「……はい。自分で気付かなければいけない、んですよね」
「そうだ。……大丈夫。お前なら出来るさ、イルフ」
「……は、はい!」
教わったことを反芻し、それらを繋げ、自ら答えに至ること。そうすることでようやく、本当の意味で自分の知識になる。
グランディスにさんざん聞かされてきたことだった。
イルフはその言葉を胸に改めて覚悟を決めると、自分に任された重要な作戦を完遂させることを誓った。
「それではイルフ・アムラン。ただいまより反乱軍への潜入工作及び、首魁であるヘレナーディ・マルガンドの捕獲作戦を開始いたします!」
※
「反乱軍の親玉ね……。女の子なのか」
教都ブランシェイル近くの露店街で、ショーマ達は賞金首の人相書きを眺めていた。
王女誘拐犯に、反乱軍、そして魔人。物騒な世の中である。
「イーグリス王国騎士団の名将として名を馳せた、ディルナレット将軍の実の娘らしいわ。……反乱軍からは当人の能力よりも、その名前を買われて担ぎ上げられているんでしょうね」
「ふうん。……そのディルナレットって人は?」
「とっくに処刑されたわよ」
「……そっか」
つまりこの少女ヘレナーディは、親を殺された恨みから反乱軍に手を貸しているわけだ。
さっき軽くぶつかった時の印象だと、ちょっと柄の悪い感じだった。
親を失った上に、残りの人生を復讐に費やし心を荒ませる。世知辛いなと、他人事のようにショーマはそう思った。
「それで、この人がどうかしたの?」
「いや……、さっき見かけたような気がして」
「本当に? もしそうなら……、ああ、でももう無理そうね」
ショーマのその言葉に怪訝そうな顔をしたメリルが周囲を見渡して、しかしすぐにげんなりとした顔になる。
これだけの人の数だ。今から見つけ出すのは難しい。露店街を封鎖しようにも、騒ぎを起こせばすぐに逃げられてしまうだろう。密閉された建物内ならともかく、こんな開けた場所ではいくらでも逃げ道がある。
「どうせ見間違いだろうとか言うつもりはないけど、でも本当にいたとしたら、なんでこんな所に? って話にならない?」
メリルのそんな疑問にはステアが答えた。
「そうでもないでしょう。王立騎士団に干渉されないこの地は反乱軍さんには何かと都合良いと思いますよ。教会騎士団も目を光らせていないわけじゃないですが、……この人だかりですしね」
「なるほどね。……まあいいわ。そろそろここ出ない?」
「ん? ああ……、人も多いしな」
露店街を少し外れると、何やら香ばしい匂いを漂わせている店が目についた。車輪が取り付けられた屋台である。
「移動屋台か。こんなのもあるんだな」
見れば、小麦粉などで作ったパイ生地に肉やら野菜やらソースやらをこれでもかと挟んだ豪快な料理のようであった。
「……おいしそう」
匂いにつられて、セリアが思わず呟いた。
「あっ、ごめんなさい……」
他の3人から視線が集まり、思わず口元を押さえる。
「いや、俺も美味しそうだなって思った所だし」
「……馬車に積んできているのは保存食だし、買える所でなら買って食べるのが良いと思うわ」
「じゃあ……!」
「頂きましょうか」
「……ほい4人前。あんがとよ!」
手掴みで食べるという少々行儀の悪い食べ方を推奨されたが、高貴な身分であるメリルも特に気にせず普通にかぶりついていた。少々味付けが濃かったが、それよりも値段の割に量が多いのがありがたかった。
話を聞くとここに常駐しているというわけではなく、あくまで旅の途中で立ち寄ったのだとか。
「運が良かったね、あんたら」
がたいの良い店員が、汗で輝く笑顔でそう言ってくれた。
旅の疲れも不安も、少しは飛んでいきそうだった。
食べ終わる頃には陽も沈み、所々にある街灯がぽつぽつと灯り始めてきた。
光の量は減っても、相変わらず露店街は賑やかなままである。
「元気だな……」
そんな彼らを横目に、ショーマ達は再び大聖堂に向かっていく。
「そう言えばさ、ここの街に暮らしてる人達って、どこにいるんだ? この辺は旅人ばっかりだよな」
「住宅街なら大聖堂を挟んで反対側の地区にありますよ。今日はずっとこっち側でしたからね。……何か気になるものでも?」
「もしかしてフィオンの実家?」
「ああ。ここにあるんだってな」
「そうね。また明るくなってから探しに行ってみましょうか」
そんな雑談をしつつ、一行は再び大聖堂に向かった。
閉ざされている正門のそばに、甲冑とマントを纏った騎士が2人待っていた。ショーマ達が近寄ると、向こうから声をかけてくる。
「……またお前に会うことになるとは、思わなかったよ」
「私もです」
憎まれ口を叩く騎士に、ステアは目を合わせず答えた。直接の顔見知りであるらしい。
「アゼル神父がお待ちだ。疲れていらっしゃるのだから、無理はさせるなよ」
「ええ。少しお話しするだけですから」
騎士達に連れられて、裏手に設置された小さな扉から直接大聖堂内の礼拝堂へと入っていく。
※
「ステア、なのかい……?」
蝋燭の灯りがほんの数本輝くだけの真っ暗な礼拝堂で、1人の男性老人が待っていた。
神父アゼル。この教会で司祭を任された人物の1人だ。かつてステアの父親から、幼いステアを託された人物でもある。
「わかっちゃいますか。相変わらずですね。……お久し振りです」
音を立てないようにして歩いていたステアだったが、すぐに見破られてしまうのだった。変わらないその勘の良さに、つい苦笑する。
「一緒にいるのは、お友達かな?」
「ええまあ、何と言いますか、そんな感じです。……私のことを知っても、良くしてくれる人達です」
「そうかい、それは良かった……。この子が、お世話になっております。私はここで神父を務めるアゼルと申します」
アゼルはショーマ達に向けて深々と頭を下げた。
「ショーマと言います。俺達もステアには色々と助けられてますし、どうかお気遣いなさらず……」
「メリルです」
「あ、セリアと言います!」
慌ててショーマも頭を下げる。続けてメリル達も名乗った。
「そんなことより神父さん。いきなりなんですけどこの人達が聞きたいことがあるそうでして」
「構いませんよ。神父は話をするのが役目ですからね。こんな遅い時間で申し訳無いが」
「いえ、ありがとうございます。……えっと」
ショーマはちらりと背後を見る。先程の騎士2人は隙無くショーマ達、と言うよりステアの様子をうかがっていた。そんな彼ら教会騎士のいる前で話を聞くのには、少し抵抗がある。
「私達は、魔族のことについて知りたいのです。今世間を騒がせている魔人達。彼らがどこに拠点を構え、隠れているのか。……彼らを打ち倒すため、何か手がかりのようなものだけでも頂けないかと」
悩んでいたら、横からメリルが勝手に聞いてしまった。
騎士達が怪訝そうな顔をしたのが暗がりの中で見えた気がした。
「ほう、魔族……」
神父アゼルの元々細い目が更に細まった。
「詳細な場所までは我ら教会騎士団の方でも掴んではおりません。……そうですね?」
「ええ、報告した以上のことはまだ殆ど何も」
アゼルの問いかけに後ろの騎士が答えた。
「だそうです。……ただ敢えて上げるならば、我々はこの地に伝わる伝承から元に、ある場所を彼の者達の住み処であると予測をし、そこを探している所なのです」
「……ある場所?」
そう聞き返すと、神父アゼルの瞳が今度は少しだけ見開かれた気がした。
思わず頬を汗が伝う。
「……死都ゼヴィナス」
しゃがれた声で、その名が告げられた。
「……死都、ゼヴィナス?」
ひどく、心を締め付けられるような名前だった。
まるでその名を口にしただけで、それ聞き付けた何かが闇の中から這い寄り背後に立ったかのような、そんな感覚。
「ブランジア王国の、建国の伝承についてはご存知ですかな」
「え、ええまあ、……結構深い辺りまで」
「そうですか、それは話が早く済みそうで何より。
……およそ300年ほど前に、この大地では魔族と人間の戦が起こりました。それがいわゆる建国の伝承ですな。しかしそれより遥か前にも、魔族との戦はあったのです。もはや記録にもはっきりとは残らない程の昔、500年とも1000年とも知れない昔の戦。それが、開拓の戦です」
※
我ら人間の祖先たる彼らは、遥か西の大地よりやって来た。
森を越え、川を越え、砂漠を越え、山を越え、草原を越えて、やがて海に辿り着いた。
彼らはそこを、旅の終着点とした。
この先は無い。だから、この地を我らの安息の地に決めよう、と。
彼らはもう、疲れてしまっていたから。
しかしその地には、先住民に当たる者達が既に暮らしていた。
それが、魔族。
今では『純魔種』と区別された、魔族の生みの親にあたる存在である。
純魔種は侵略者である人間達と戦った。本来戦いは苦手だった彼らだが、人間達が持たない不思議な力を操ることで、何とか戦力を拮抗させていた。
しかし人間達は知恵の強い存在だった。純魔種の操る不思議な力を分析し、魔の者が操る法、魔法と名付けたそれを自分達でも扱えるようにしたのだ。
自らの力までも模倣された純魔種は、敗れた。
その多くは死に絶え、多くは深い山や森の中に逃げ隠れた。
大地は人間の物となった。
しかし旅に疲れ、戦いにも疲れた人間達は、その地で栄華を誇らせることなどとても出来ず、散り散りになって互いに関わりを持つことすら出来ずにひっそりと暮らすことで、もう精一杯だった。
※
「……それが、開拓の戦です」
神父アゼルの話を聞かされたショーマ達は、少なからず驚きの表情を各々が浮かべていた。背後の騎士達も初耳だったらしく驚いていたが、ショーマは特に気付かなかった。
「その頃から、魔族との因縁は続いていたのですね」
メリルが聞く。
「ええ。話した通り、彼ら純魔種は完全に滅びてはいなかったのです。大地に染み付いた彼らの血と怨念が、300年前の、ひいては現在の戦いに通じているのですな」
「……怨、念」
「住まう大地を奪われた彼らの怨念は、長い時を経て、生命の持つ魂をも歪ませるほどの力を持ちました」
怨念は悪意に変わり、魂を歪めていく。
メリルには、それが身をもって理解出来た。
「……魂、ですか?」
聞きなれない単語に、セリアが問いかける。
「生命全てが持つ、命の源、とでも言いましょうか。肉体に魂が宿らなければ、血が巡ろうが脳が働こうが、命は命にならないのです。
……その怨念を、生き残っていた1人のとある純魔種が利用し始めました。死者達の怨念を操り生者の魂を歪めることで、共に戦うしもべを作り出したのです。……そのしもべこそが今、一般に魔族と呼ばれている者達です。しもべは自ら仲間を増やし、今も存在し続けています」
※
その純魔種は、動物達にマナエネルギーと共に取り込ませた怨念を操り生者の『悪意』を誘導し、人間を襲うように仕向けさせた。知恵の弱い動物達相手ならば、心を操るのは容易いことだった。
その純魔種は、魔族として生まれ変わった動物達を率いて再び人間達に挑んだ。
それこそが、300年前の建国の伝承の始まり。
未だ疲れが癒えていなかった人間達は恐怖した。
今度は我らが侵略される番なのだと。
……それから先の話は、概ねショーマ達も知っていることだった。
ユスティカという人間の魔導師が、異世界から強い力を持った勇者を召喚した。勇者の元には少しずつ仲間が集まり、共に魔族と戦った。
やがて戦の首謀者であった純魔種も、討たれた。
その際に降臨した鳳凰神ブランジアの導きによって、1つの国家が作られることになった。
それがブランジア王国である。
ユスティカが王となり、勇者の仲間であるブロウブやエイゼン、ガゼット達の尽力で、国は栄えていった。
それから始まった新しい歴史の流れの中で、国は割れ、イーグリス王国が興り、教都ブランシェイルが独立し、そして、争いも幾度か起きた。
ただその歴史の中には魔族も純魔種も、殆ど登場しなかった。
魔族と純魔種の違いも忘れ去られていった。
今度こそ人間がこの大地を支配出来たかに思えた。
しかし数年前。魔族は再び人間達の前に姿を見せた。
※
「その純魔種がやったのと同じことが今起きている。ってことなんですかね」
「私達教会は、そう考えています」
「その純魔種が実は死なずに生き続けていたのか、それとも知識だけ何らかの形で引き継がれていたのか、って所かしらね」
「それってやっぱり、アーシュテンとか、だよな」
「でしょうね」
その怨念を利用し始めた純魔種がアーシュテン本人か知識だけ残した別人なのかはわからない。が、ここは置いておく。
「……それで、死都、というのは?」
「ええ。開拓の戦において、純魔種の長が暮らしていたとされる都です。しかし現在はこの大地のどこを探しても見当たらず、けれどもその存在を確かに示す遺物は見つかっていると聞きます。……まるでどこかに消え去ってしまったかのようであり、それゆえ死した都、と、我々はそう呼んでいるのです」
「なるほど。どこにも見当たらないのに存在する、……幽霊みたいな」
「ゆうれい?」
「ああいや。……確かにそんな場所があるなら、奴らにはうってつけの隠れ家ですね」
「未だ特定には至っていないそうです。少なからず絞れてきてはいるようですが、私は上がってくる情報を聞いているだけですから。……細かいことはカイゼル君に聞いてみるとよいでしょう」
一通り話が終わると、ショーマ達はアゼルに頭を下げた。
「……何だか、結構重要そうなこと色々聞いちゃった気がしますけど、良かったんですか?」
「構うものですか。元より国家の危機に、皆が情報を抱え秘めておくなど愚かなことです。……それに、ステアを拾っていただいたあなた達には恩がある。例えどのような立場であったとしても、私は何だって話したでしょうよ」
「そうですか……。それはどうも、ありがとうございました」
「こちらこそ。この子を守ってくれて、本当に感謝しています」
アゼルもまた、深々と頭を下げた。
※
市街の宿を借りるのは出来れば控えてほしいと言う騎士達が、騎士団宿舎の今はあまり使われていない部屋を貸してくれた。
ステアの能力のため、人のあまり来ない場所を指定されたのだ。
そこでショーマはひとり、窓から夜空の星を眺めながら思う。
死都ゼヴィナス。存在はするはずなのに、どこにも見当たらない都。
その存在を聞いて、ふと思い浮かんだことがあった。
「……まだ起きてるの?」
扉が開き、メリルの声が聞こえた。ショーマは振り返らず答える。
「こんな夜中に1人で男の部屋になんか来るもんじゃないぞ」
一応男女で別に部屋は用意してもらえた。だから今この部屋にはショーマしかいないのだ。
……それとも、やっと気持ちが決まったりでもしたのだろうか。
「貴方はそんなふしだらな真似はしないって知ってるもの」
「……そうかい」
違ったようだ。
「それで? 何か用?」
「うん……。神父さんの話を聞いてて、思ったことがあるの」
「死都のことか」
「……貴方も思ったの?」
メリルは自分と同じ考えをショーマも抱いていたらしいということに軽く驚く。
「根拠はないけど……、レウスのご先祖様に裏切られた勇者は、そこにいるんじゃないかって。……あの木の板に書かれていた一文……」
「……そして我らは彼の鬼を永遠の闇の底に封じる。……よね。永遠の闇の底。そこが……、死都ゼヴィナス」
かつての英雄ブロウブが遺した言葉。それと死都という呼び名が、不思議と繋がった。
だがまったくあり得ないとも言えない。勇者が戦いの後にどうなったか、遺体などがどこかに埋められたなどの言い伝えは残っていないのだ。ブロウブ邸で見つけた遺言以外には。
どこにもないとしても、死都ゼヴィナスにならあるかもしれない。
「いたとしてももう生きてはいないでしょうけど……。そうね、遺体の欠片でもあれば、ちゃんと弔ってあげたいわよね」
「…………」
メリルは寂しげに目を細める。
しかしショーマはどうにも何故か、ある考えが浮かんでしまうのだった。
理屈ではあり得ない。根拠もまるで無い。
しかし、考えてしまう。
彼はまだそこで、生きていると。




