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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,04
81/104

ep,077 本当の心

 メリルに連れられ、一行はドラニクス家の別宅に到着する。

 少し遅めの昼食を食べながら、研究所でのことやお互いのことについて話し合った。

「それにしても急に空飛んでった時はそりゃあびっくりしましたよ」

「……その件は、本当にごめんなさい」

「あ、いやそんな何度も大真面目に謝らないでくださいよ」

「そうね。私も貴方に頭下げるのは何だか気にくわないし」

「えっ」

 好き勝手言い合うステアとメリル。その横ではセリアがリノンの話を聞いていた。

「じゃあ思ったよりは深刻な感じとかでは無かったんですか?」

「ええ……。と言うよりみなさん、ずっと思い詰めていたら耐えられなかったんだと思います」

「なるほど、確かにそういうものかも……」

「マリエちゃんという子が歳の割にしっかりしてて……」

 そんな中相変わらず大人しくしていたフィオンに、ショーマはそっと声をかけた。

「ちょっといいかな」

 席を立って別の場所に移動することを提案する。食事中だが、他に時間を作れるような気がしなかった。

「わかりました……」

 フィオンも観念したような雰囲気で頷く。

 ショーマはそれが何だか嫌がられているようにも感じてしまい、ちょっとだけ気落ちする。

「それじゃ……」

 そろそろとテーブルを去る2人。当然気付かれていないわけもなかったが、特に何か言われることもなかった。


 しかし2人が退室し部屋の扉が閉じられると、

「いやなんかもうほんの数日で、手当たり次第って感じですね」

「ちゃんと納得はしてるけど、改めて考えるとちょっとすごい状況だよね」

「私も……、ああして『これから口説いてきます』って見せつけられちゃうと、何だか胸がざわざわしてきちゃいますね」

 女子3人がそれぞれ好き放題語り合い始めた。

「あ、貴方達……」

 軽く引くメリル。自分はこんなにも悩んでいるのに他の皆はそれほどでもなさそうで、自分の方がおかしいのかと錯覚しかけてしまった。

「で、……メリルは、どうなの?」

「な、何が」

「ショーマくんのこと。一晩考えて、ちゃんと決められた?」

「それは……」

 セリアの追及にメリルは目を伏せてしまう。

「ゆっくり考えるのも良いけど、そ、その間に私達がショーマくんと、色々してても怒っちゃ駄目だからね」

「わ、わかってるわよ……」

 目を合わせずに答えるメリルに、セリアは優しい笑みを返した。

「なら、良いんだけど」

「おおー、なんだか余裕ですなー。やることやった人は違いますねー」

 ステアが茶化す。

「そ、そんなこと言って、ステアちゃんこそどうなの?」

 だがセリアは頬を染めながらも、しっかりと言い返した。

「え、私は別にそういうのじゃないですしー」

「そうなの? そんなことないと思うんだけどな」

「ちーがーいまーすー」

 頑なに否定するステア。

 そんなやり取りを見て、リノンが笑みをこぼした。

「何だか、楽しいですね。……こういうの、久しく忘れていたような気がします」

「リノンさん……」

「まあ、多分ずっとこんな感じだと思いますよ」

 そっぽを向いたままメリルが呟くように言った。

「それは……、とても楽しそうですね」


   ※


「で、どうかな」

 テラスに出て庭先を眺めながら、ショーマはフィオンに話を振る。

「朝方にした、お話ですよね……」

「うん。……まだ考え、まとまらないかな」

 改めて指折り数えて振り返ると、一昨日の夜からこれでもう4人目である。自分でもちょっと手を出しすぎな気もしてくる。

「……その前に、お聞きしても良いですか?」

「……どうぞ?」

 躊躇うように視線を泳がせたフィオンが、そろそろと口を開いていった。

「その、一緒に……、というのは、……け、けけ、結婚という、あの、ことです、よね……?」

「うん、まあそういうことだね。……普通とはちょっと違う形になっちゃうかもしれないけど」

「皆さんと一緒に、ですもんね……」

「うん。……やっぱり嫌かな? そう思われても仕方無いとは思ってるけど」

「あ、いえ。そういうことではなく……」

「ん?」

 フィオンの顔が赤くなっていく。何を言うかと思えば、

「……その、ほら。こ、子供とか……」

「え、子供?」

 そんなことだった。

「どうするんでしょう……?」

「そりゃあ……、う、産むんじゃないかな?」

 具体的に想像してしまうとどうしても気恥ずかしくなる。

「み、皆さんと何人かずつ、つ、作っちゃうんでしょうか……」

 それはもちろん、フィオンとも。

「……あー、いや……。うん……。そういうのは、ちょっと考えたことなかったんだけど。……考えなきゃ駄目だよな……」

「産まれた子は一緒に暮らして育ててあげるのかそうじゃないのかとか、もし一緒に育ててあげるなら、仲良く出来なかったらどうしようとか……。それから、その……。こういうお話しはぶしつけかとも思うんですが、……誰が後継ぎになるかとか、ざ、財産の振り分けとか……。あの、ごめんなさい……」

「いやそんな謝ることは……」

 急に饒舌になって驚くが、まあフィオンの言うことも最もである。貧しい家の出だから、特にそう思ってしまうのかもしれない。名家ドラニクス家のメリルなどと同等の扱いをされようとなると、色々引け目も感じてしまうだろう。

 もし産まれて来る子が親の出身のせいで格差がついたら、と考えていてしまったとしても無理はない。もちろんショーマには、そんなことをするつもりはないが。

 とは言え実際、複数の妻達との間にいずれ産まれてくるであろう異母兄弟姉妹がどういう人生を送るかは、ちっとも想像がつかない。上手くいかないこともあるかもしれない。

「まあ、そこは……、ちゃんと皆平等に扱ってあげたいな、とは思うよ。親も子供も、皆……、家族なわけだし」

「……それはそれで、良くないと思います」

「え、良くないの?」

 てっきり差をつけられることが嫌なのだと思っていたので驚く。

「同じ人の元へ嫁いだからって、やっぱり名家の人と平民が全く同じ扱いっていうのは、いけないかと……」

「いや……、いけなくは、ないだろ」

「……理想を言えば、そうですけど。現実は……」

 確かに名家の娘がどこの誰とも知らない男に嫁ぎ、しかも別の妻には貧民出身もいるとなれば、世間的には白い目で見られてもおかしくない。

 だが、

「そんなの、俺がどうにでもする」

 ショーマはもう、決めていたのだ。

「……でもっ」

「まあ、心配なのもわかるけどさ」

「……産まれてくる子が辛い思いをするのは、……私は嫌です」

「させないよ」

「……本当に?」

「約束する」

 どこまでも不安そうにするフィオンを、安心させるように真っ直ぐ答える。

「…………やっぱり、もうしばらく考えさせてください……」

 けれども、そう簡単には納得してもらえなかった。


「やーい振られてやんの」

「うっせ」

 1人になりたいと言うフィオンを残してテラスから屋敷内に戻ろうとすると、勝手に覗き見ていたステアに茶化された。

「……お前はどうなんだよ」

「私はそういうの興味ないですよーだ」

「……そうか」

「ふふん、誰でもほいほいころっといかせられると思ったら大間違いですよっと」

「手厳しいなあ」

「それじゃあ私はこれで。……ああ、お話があるそうなんでさっさと戻ってあげてくださいね」

「ん、ああ……」

 そう言い残して、ステアは自分に用意された客室に戻っていった。

 ショーマはもう1度テラスに視線を向けてから、食堂に戻っていく。


   ※


 それからセリアに頼まれて、彼女の家に向かうことになった。

 昼前にもリノンの父親に会ったが、今度はセリアの両親に会うわけだ。忙しないことである。

 他の皆は屋敷に残ると言うので、2人きりで街を歩いていく。

 落ち着いて話が出来る機会をくれたのかもしれない。

「お父さん、どんな顔するかなあ……」

「怒られたらどうしようか」

「その時は、か、駆け落ち……?」

「いやそれはちょっと」

 緊張しがちなショーマに対し、セリアは随分と余裕そうであった。

「士官学校やめちゃったことについても言わないとな」

「あ、そうだった」

「そうだったって……」

 しばらくそんなのんびりとした調子で進み、やがて家の前に到着する。しかしその頃には、自然と口数も少なくなっていってしまった。

「……よし!」

 ショーマは改めて気合いを入れ直す。ここまで来たら勢い任せに行ってでもきっちりやり通すことを決めていた。

「おー、なんだか頼もしい感じ」

「行くぞ!」


 そして、

「ぷっ、あ、あはは……、やだ、思い出したらまた可笑しくなってきちゃった……」

 家を出ると、セリアは苦しそうにお腹を抱え笑い続けていた。

「そんな変だったかな……」

「だって……、ふふっ。やっぱり変だよー」

 この日もセリアの父親は床に座り込んで木片を彫っていた。

 相対したショーマも同じ様に床に座ったが、その姿勢が独特であった。膝をたたんで座り臀部を両踵に乗せるという、この地方ではあまり見ない座り方だった。

 ショーマはその座り方を自分なりに考えた最も礼儀正しい座り方だと称し、何故かセリアの父もまたそれを直感で理解したと言う。セリアとその母にはさっぱり理解出来なかったが。

 そしてショーマはそのまま正面に腰を倒し、両手を床に付きながら、頭も床に付きそうになるくらいまで大きく倒すように礼をした。それも同様に、最も誠意を込めた形の礼である、と付け加えて。

 正座、そして土下座というものであったが、そんなものはショーマも含めて誰の知識にも無いはずのものであった。記憶を失ったショーマが、体で覚えていた作法である。

 ただそれは、セリアやその母には何やら珍妙な姿に見えたらしい。真剣な顔付きの男2人の横で、ずっと可笑しそうにしていた。

「でもお父さんはそんなに変には感じてなかったみたいなんだよね……。不思議」

「男同士通じ合うものがあったんだろ。そういうことにしておいてくれよ……」

「ふうん……。でもそのおかげでお父さんも割とすんなり納得してくれたし、良かったかな」

 そう。ショーマの誠意が伝わったのか、セリアの父は『君になら』と理解を示してくれた。それは確かに良かったことだ。リノンの父親と言い、どっかの兄貴に比べればずっと楽が出来た。

「けど気持ちまで緩めちゃ駄目だよな。……これからだよ」

「そうだね、これからこれから……。ステアちゃんの分のお守りも貰ったし」

「……まずは、姫様の妹のこと」

 そう。ショーマの旅には目的があった。複数の女性を妻に迎えるために異世界までやって来たわけではないのだ。

「……見つかるかな」

「見つけるさ」


   ※


 ドラニクス家の別宅に戻れば、もう夜であった。

「リノンさんはここで働いてもらうことになったから」

 夕食の際、急にメリルがそんなことを口にした。

「……そうなんですか?」

「はい」

 思わず本人に確認すると、あっさりとした返事が返ってくる。

「うちは本来、ちゃんとした所でメイドの教育を受けて尚且つ相応の経験が無い人は採用しないんだけどね」

「しちゃうのか」

「まあ短期とは言えブロウブ家で働いていた経験もあるし、それにほら……。貴方とも、そういう関係じゃない?」

 ひいては、メリル自身とも。はっきりとは口にしなかったが。

「そんな露骨に縁故採用して問題とか無いのか……? ほら、し、嫉妬とか……」

「我が家のメイドにそんな理由で問題起こす子はいないわよ」

「すごい自信だ……!」

「ちゃんと教育されているからね。リノンさんも、覚悟していかないと仕事ついていけませんから頑張ってください。場合によっては解雇もあり得ますよ」

「はい、わかっています」

「ん、なら良いです」

「良いのか……」


 そして深夜。

 ショーマはベッドで横になりこれからのことを考えていた。

 あと1日休んで、もう明後日には出発してしまうことになった。

 荷物の整理や、新しい武器もメリルが用意してくれた。宝物庫から持ってきた貴重な魔導具だそうだが、上手く扱えるだろうか。

 出発したらまずは教都へ向かい情報収集。ついでにステアと教会騎士団を引き合わせ、かつての遺恨を解消させる。

 その後は以前自分が暮らしていた山中の小さな村、リウルの村で世話をしてくれた老人オードランに会う。

 それからはまだ具体的には見えないが、教都で得た情報を元に魔族の本拠地を探し、恐らくそこにいるであろうフュリエスを救出し王女フェニアスに引き合わせる。

 しかし当のフェニアスは現在レウスが誘拐してしまったために居場所は掴めない。騎士団が見付けられないようであれば、こちらでも捜さないといけないだろう。

 そうなったら、レウスはどうなるだろう。騎士団につき出さないといけないだろうか。それ以前に今はどうしているだろう。無事だと良いのだが。

 そしてそれらが全て終われば、今度は皆で一緒に暮らすための方法を具体的に考えないといけない。大きな家とかが必要だろうか。お金はどれくらい必要になるだろう。子供は、何人くらい作れば良いだろう。

 それから……、メリルは、どうしたら自分のことを好きだと認めてくれるようになるだろう。

 色々なことが浮かび上がっては消えていく。

 そうしている内に段々と眠気がやって来る。

 そんな頃に、控えめなノックの音が聞こえてきた。

「……んあ、」

 まどろみの中にいたせいで一瞬気のせいかと思ったが、再び聞こえてくる。夢ではないようだ。

「はい……?」

 起き上がって扉を無警戒に開く。襲撃とかであれば間違いなく仕留められていた迂闊さであった。

「あ……」

 そこにいたのは襲撃者などではもちろんない。

 リノンであった。

「……寝ちゃってました?」

「あ、いえ……」

 暗い部屋に寝巻き姿のリノンがやって来る。何だか前にもそんなことがあったのを思いだし、胸の鼓動が嫌な具合に高まる。

「…………良いですか?」

 少し長めの沈黙があって、リノンは部屋に入ることを懇願してきた。

 拒めるわけもなかった。

「どうぞ……」


 先程までショーマが横になっていたベッドにリノンが腰かける。

 ショーマはそのまま座らず、思わず窓の外を確認してしまう。どれだけ目を凝らしても心を澄ましても、怪しげな気配はなかった。

 あの時とは、違うのだ。

「大丈夫、ですか……?」

 背後からリノンが囁いた。

「……ええ。平気、ですよ」

 彼女もまた、あの日のことを思い出しているようだ。

「ごめんなさい……。やっぱり、今思い出しても、すごい、怖くて……」

「…………」

 あの日の夜も、こうしてリノンはショーマの部屋へやって来た。

 そして、あの魔人が現れたのだ。

「安心してください。もう、大丈夫なんだから……」

 優しく告げて、ショーマはリノンの隣に座る。

 昼の間は穏やかそうにしていたが、やはりふとした拍子に恐怖や不安がぶり返してくるのだろうか。

 たまらなくなって、ショーマはリノンの体を抱き締めた。

「あ……」

「ごめんなさい。俺にはまだやらなきゃいけないことがあるから……、また、あなたを置いていくことになる」

「ショーマ、さん……」

「そばにいたいけど……、でも、」

「……私は、平気です。あなたは、あなたの思うことを成し遂げてください」

「ごめん……」


 自然と、彼女の体を押し倒していた。

 強く強く、抱き締める。

 触れそうなくらいすぐ近くで、視線が交わる。

「あったかい……、ですね」

「……リノンさん」

「私は、待っていられます。この温もりを貰えるなら……」

「俺だって、離れたくないよ……」

「……じゃあ、私からも温もりをあげます。だから……、私のこと、忘れないでくださいね」

「うん……」




「…………ショーマさん、かわいい」

「かわいいって……」

「……もっといっぱい甘えても良いんですよ。私の方が、年上なんですから」

「そういうのは、別に関係ないんじゃ……」

「ふふ。恥ずかしがってる……」

「む……」


「……ショーマさん」

「はい」




「大好きですよ」

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