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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,03
67/104

ep,064 旅立ちの前に

 国王殺害と王女誘拐から5日。

 伸ばしに伸ばされた合同葬儀がこの日ようやく、王都パラドラ北草原に設置されている集団墓地において行われた。

 王都だけではなく国中から集まった国民を前に、教会から派遣されて来た神父が何やら小難しい説法を聞かせたり、騎士団総団長が魔族への戦いに対し熱く演説したりしていたが、ショーマの耳にはあまり入ってこなかった。


 王女フェニアスと彼女を誘拐したレウスは未だ確保には至らず、結局事態は公にされることになった。騎士団としては恥ずべき事態であるが、遺体の保全にも限度があったため恥を忍んで情報公開に至った。

 ――魔族の騒動に乗じ蛮行に至った恥知らず。

 レウスの世間からの評は『名門ブロウブ家の三男』からそんな風に変わりつつあった。もちろん少なからず擁護の声もあったが。

 魔族の脅威と国王の不在。2つの混乱を前に国民は不安のぶつけ所が欲しかった、などとしたり顔で語る者もいたが、ショーマにとっては知ったことではないし慰めにもならない。

 この手のひら返しは、レウスの師でもあったロウレン元将軍を思い起こさせる。忠義に生きたかの騎士は、最期に忠義を汚し死んだ。その行動には理解しがたいものがあったが、弟子の行動と重ねて見ると

、彼にも何かどうにもならないような理由があったのだと思えるような気がしてくる。


(……なあ。お前のお師匠さん、灰になっちゃったぞ)

 ショーマは立ち上る白煙を見上げる。王や数々の犠牲者と共に、ロウレンの遺体は神の焔とやらで骨も残さず燃え尽きてしまった。

 この国が作られてから300と何年か。その長い間消えることの無かったと言う不思議な焔。それを火種に起こされたかがり火は、単純な火力とはまた違う不思議な力があるようだった。

(レウス……。お前は今、何してるんだ……?)

 遠くへ行ってしまった友に思いを馳せる中、やがて葬儀は終わろうとしていた。

 王の遺灰はこの後王家専用の墓へ埋葬され、その他の犠牲者はこの地にまとめて埋められることになっている。


   ※


 ブロウブ邸に戻り、堅苦しい喪服から普段着に着替えたショーマは自室のベッドで横になる。

 この後メリルからセリアと一緒に3人で話がしたいから待っているように言われていた。この3人で話と言うと、何となく面倒な内容になりそうなので色々と覚悟を決めておくことにする。

 が、それは特にショーマの考えたような内容ではなかった。


「……旅に出る、ってことか?」

「まあ、そんな大袈裟なものにもならないでしょうけど」

 やって来たメリルが語った話は要するに、レウスがいなくなった以上いつまでもこのブロウブの屋敷に世話になるわけにもいかない。だから屋敷を後にするついでに自分達も国中を回って魔族の拠点……、もとい、フュリエスの居場所を探し出そうということだった。

「前からレウスにそう言う相談を受けてたんだけどね。……結局彼抜きで実行することになっちゃうのかしら」

「そっか……」

 まあ確かにそうするべきだろう。騎士団の活動を待って美味しい所だけいただくというのも座りが悪い。いや、美味しい所をいただいてしまうのは仕方無いにしても、待っているだけでは時間を浪費することになるのだから。

「でも、当てはあるのか?」

 しかし国中を回ると言っても、何だかんだでこの国はそれなりに広い。他国と比べればどうかは知らないが、少なくとも国の全てを回るというのは、そんな口で言うほど気軽に出来るようなものでもない。

「とりあえず一度リヨールに戻って、そこから『教都』に向かってみようかなって」

「教都、か……。行ったこと無いんだよな俺」

「貴方は行ったことのある街の方が少ないでしょう」

「いや、うん……」


 教都ブランシェイル。宗教として鳳凰神ブランジアを祀る集団、通称『教会』の総本山がある都市だ。

 ここ王都パラドラからは東南東。王都の南東に位置する学術都市リヨールからは北東に少し向かった所に位置する。

 教会は国家に属していながら独立しており、一種の地外法権が働いている。そのため王国の常識が教都の常識とは限らない。逆もしかりである。……端的に言えば王立騎士団と仲がよろしくなく、共有していない独自に調査した魔族に関する情報を持っているかもしれない、ということだ。

 そして騎士団と別れたショーマ達ならば、何か情報を分けてもらえるかもしれない。メリルはそう考えたようだった。


「ねえ、教都ってさ……」

 セリアが口を開く。それはショーマもちょうど聞こうかと思っていた内容だった。

「ステアちゃんのいた所、だよね」

「ええ。あの子が行きたいって言うならだけど……、一緒に連れていってあげるのも良いんじゃないかしら」

 教会騎士団を終われたステア。何だかんだで随分この屋敷に居候させていたが、いい加減これからのことを考えさせるべきだろう。

 となればまずはどうするにしても、かなり強引な形で彼女を追い出した教会と、再度ちゃんと話す機会を設けさせるのが筋ではないかと考えたのだ。教都には教会騎士団の本部もある。

「ショーマくんも良いよね?」

「えっ、ああ……」

 ステアも同行させるというのは別に構わないのだが、それ以前にさっきからもっと気になっていることがある。

 レウスがいなくなった今、まさかとは思うがショーマ以外の同行者がメリル、セリアに加えて、ステアの3人になるのではないだろうか。

 何て言うかそれは……、色々とまずいと思う。

 ショーマにも男としてのプライドというものがそれなりにあるつもりだ。みだりに手を出すような不埒な真似はしない。が、その矜持がどこまで保つことかは、知れたものではない。そんな経験がまず無いのだから。……記憶喪失になる前はあったかもしれないが、役に立たないなら同じことだ。

「じゃあせっかくだし一緒に相談した方が良いよね。私、呼んでくる」

 と、セリアは立ち上がって素早く部屋を出ていってしまった。

 何の悪意も無いんだろうなあと、ショーマは呆然と見送ってしまう。

「……変なこと考えてるでしょ」

「かっ、かか考えてない!」

 メリルの突っ込みに動揺する。彼女から『そういうことを考えている』と思われるというのは、中々精神的にダメージのあることだった。


「……ねえ」

「な、何……?」

 無言の中、何となく胸の痛みを感じていると、メリルがぽつりと聞いてくる。

「あれのこと、どうしようか」

「…………」

 あれ。……レウスが消えた日に発見した、英雄譚に隠された悲しき真実。

 結局2人は、まだ監視の目があるからと言い訳したまま、それを仲間達に告げることが出来ずにいた。

 どうしようか、と言うのは、旅に出る前に仲間達へ話しておくべきだろうかということだ。

 同行するセリアはともかく、旅に出れば他の4人には会う機会がぐっと減る。話すならその前に話さなければならない。

 裏切られた勇者と同じく異世界から召喚されたショーマ。

 幼い頃から伝承に親しんできたメリル。

 どちらにとっても形は違えど衝撃は大きいもので、おいそれと口外出来るようなものではなかった。

 しかし、

「やっぱ話すべきだと思う」

 ショーマは顔を上げて言った。

 ずっと一緒に苦楽を共にした仲だ。知る必要があるだろう。

「そう。……うん、そう、ね」

 メリルも心の中ではわかっていたのだろう。少し考えたが、すぐに同意するのだった。


 ステアと一緒にセリアが戻ってくると、メリルが旅についての話をステアに伝える。そして一通り聞き終えたステアはふんふんと頷くと、

「わかりました。それじゃあご同行させていただきますね」

 割とあっさり、いつもの口調でショーマの顔を見ながら答えるのだった。

 口元だけ笑いながら、据わった目で。

 見透かされているようだと、ショーマは頬をひきつらせた。


   ※


 そしてその夜、はかったようなタイミングで査問官達は監視の終了を告げ帰還していった。

 あれから5日。合同葬儀も終わり一区切りついたことが理由だろう。何か起こるとしたらこの日だと考えていたのかもしれない。

 ショーマとメリルは目の上のこぶが消えた所で、デュラン達にも件の話をした。

 やはり各々衝撃はあったようで、バムスは深くため息を吐いていたし、セリアなどは目に涙を浮かべたりしていた。

「往々にして人の歴史には犠牲と言うのはあるものだが……」

 ふう、とバムスが想いを吐露する。

「国の礎を築いた者達が、それか。……俺達は随分なものを踏みしめて生きてきていたのだな」

 王となったユスティカ。騎士団を興したエイゼン。名家のブロウブにガゼット。彼らの働きが無ければ今のブランジア王国は無かっただろう。

 しかし彼らはその果てに、最大の功労者であったはずの勇者を裏切り踏みにじった。誰もが持つ人の弱さと言えば聞こえは良いが、罪は罪だ。それも、特大の。

「……恐らくは陛下の死にも、関係があると思うの」

「何だと?」

「これを知ったグローリア殿が……、ブロウブの子孫である彼が義憤にかられ、ユスティカの子孫である陛下を……、その、断罪した、と」

「…………」

 メリルの推理にバムスは眉を潜める。

「で、次は王女が狙われるかもしれないから、レウスのヤツは誘拐という形をとって守ることにしたと?」

 その問いかけにはショーマが答えた。

「レウスから手紙を貰ったんだ。もう燃やしちゃったけど、そこにはグローリアさんの部屋を調べれば誘拐した理由がわかるって。あの真実を知って誘拐に至ったなら、その経緯はそう推理して良いと思う」

「確たる証拠が無いから、味方を集めることも放っておくことも出来ずに、誘拐なんて強引な手を打ってしまったのかもね」

 メリルも頷く。

「……フン。それが本当なら騎士団長グローリア・ブロウブはとんだ大罪人ではないか。過去がどうあれ現代の法でその所業は許されることではない」

「それはそうだけどさ……。いや、うん。そうだよな。殺すのは良くないよな。仮にも騎士団長ともあろう人がさ」

 この推理が正しいというなら、ショーマにも少しだけグローリアの考えは理解出来ないでもなかった。あの真実を知った時、ショーマの抱いた感情の中に憤りも確かにあったのだから。

 しかしだからと言って、今更その子孫を糾弾してあまつさえ命を奪うなど、良くないことだ。

「……それにその推理は正直言って強引すぎる。下らない言いがかりと言われても否定は出来ん。ま、不敬罪にされないよう気を付けることだな」

「まあ……、そうだけど」

「フン。……それで、」

「……ん?」

 バムスは何かを口にしようとしたが、一瞬だけ躊躇を見せた。

「いや、それで、他にも何か話があるんじゃないのか」

 明らかに何か別のことを言おうとしてやめた感じがしたが、話があるのはその通りなのでそちらを優先する。

「ああ、実はさ……」

 バムスの言いかけた言葉を気にしつつ、ショーマはメリル達と教都へ向かおうと考えたことについて話した。

「そんなことか。好きにすれば良いだろう」

「あ、随分とあっさり」

「何かしら行動はするだろうと思っていたしな」

 あっさり承諾するバムスである。その隣でデュランとローゼも同様の反応だった。


「あの……」

 そうして話が終わって解散となると、フィオンがショーマの元へやって来た。

「ん、どうかした?」

「えっと。私、実はリヨールの研究所に回されることになってまして……」


 隊員の半分が除隊となり通常の活動が難しくなった第1小隊は、現在特別小隊という形で扱われていた。

 メンバーは状況にあわせて運用形態を随時変更させられるということだそうで、まずフィオンが他の3人とは別に、1人で学術都市リヨールにある騎士団の魔導研究所へ出向し指導を受けることになったらしい。

「……へえ」

 騎士の称号は何も戦闘員にばかり与えられる物ではなく、その手の機関で働く研究職の者にも与えられるのだ。数は少ないが。

「結構すごいこと……、だよな」

「自分でもちょっと信じられないなって思ってます……」

 フィオンはその候補生として目をつけてもらえたのだろう。同じ小隊を組んでいた者としては少し鼻が高くなる。と同時に、フィオンの能力がそこまで評価されるほどのものだったのかと驚く。本人も驚いているようだが。

「どうせなら日付を合わせてリヨールまでは一緒に行こうか」

「あっ、は、はい。そうですねっ」

 ……ひょっとしてそれを誘うつもりで話を振ったのだろうか。

 提案に嬉しそうな表情で賛同するフィオンに、ショーマはそんなことを思った。

「それで、その……」

「ん? 何?」

 まだ何か言いたいらしい。だが何か口ごもるフィオンに、ショーマは先を促す。

「その研究所は、リノンさんが滞在されている場所なんだそうです」

「……、……そっか」

「……はい」

 ショーマはそれを聞いてつい黙りこんでしまう。

「あ、あああ、あのっ」

「……うん」

 そんな様子を見てフィオンは必死に言葉を紡ぐ。この話を聞かされてからずっと考えていたことを伝えようとする。

「……私が、あの人の様子を、し、ショーマさんに、お、お伝え出来たら、って……。その……」

 ショーマがリノンと顔を会わせるのは避けた方が良い。だがショーマ以外の人物はそうとは限らない。だからフィオンが2人の間に立って、お互いのことを伝えあうことが出来れば、それはきっと良いことだと、フィオンなりに考えたのだ。

「それは……、ありがたいね」

 その提案にショーマはどこか弱々しく笑いかける。半端に彼女のことが耳に入るというのは、それはそれできつい気がする。もちろん、嫌なわけではないのだが。

「……はい」

 それはフィオンにもわかっている。……それでも、そうした方が良いと思っての提案だった。

 フィオンだって、自分の大切な人には幸せになって欲しいのだから。


   ※


 翌日。

 これまた色々とあって遅れてしまったが、ショーマ、メリル、セリアの3人は騎士訓練所にやって来て教員達に退学に関しての挨拶をした。

 リヨールの士官学校から随伴してきてくれていたアウディ教員とポリー教員は、素直にとても残念そうな気持ちを表した。未来の騎士候補が減ってしまったこともだが、ショーマ達は士官学校でも上位の成績で何かと期待されていたのだ。

「……あんなことがあったからって、君達が責任を感じることは無いんだぞ?」

 と、ポリー教員。あんなこと、とはレウスのことだろう。

「別に……、そういう訳じゃないですよ。俺達は俺達なりのやり方で頑張ってみようって思ったんです」

「そうかい……?」

 誤解を解こうとすると話も長くなる。ある程度納得してもらった所で話を切り上げ、ショーマ達は去ろうとする。

「本当に、今までお世話になりました」


 挨拶回りを終えると、建物から出て広場にやって来る。

 初めてここへやって来た時、ヴォルガム将軍と一戦交えたあの広場だ。あの時はしんどい思いをしたとショーマは思い出にふける。

「なんだか随分前のことだったように感じちゃうね」

 同じことを考えていたのか、セリアが話を振ってきた。

「そうだな……」

 3ヶ月を予定していた騎士訓練所の出向だったが、振り返ってみればまだ1ヶ月も経っていない。そんな時期にやめたいと言い出したら、それは怒られるのも仕方ないだろう。

 魔族の大規模な襲撃と、それに伴い色々と変化のあった周囲の環境。

 良い思い出ばかりとは素直には言えないけれど、濃密な日々ではあったと思う。

 そんなことを考えていると、

「あ」

 メリルが変な声を上げたのでショーマはつい振り返る。しかしその動きは途中で阻まれた。

 がっしりとした大きな手が、その頭を鷲掴みにした。

「おーう。聞いた、ぞ?」

 噂をすれば影。馴れ馴れしく話しかけてきたその手の持ち主は、かつてこの広場で一戦交えたヴォルガムその人であった。

「ど、どうも……」

 第1小隊は彼と下手に良い勝負をしてしまったせいで、何かと目をかけられていた。騎士候補生をやめると言ったことが知られたら思う所もあることだろう。見かけたら声をかけずにはいられまい。

「お別れの前にちょっとじっくり話でもしようじゃねぇか。……お嬢ちゃん達はどっかその辺で待っててくれや」

「え、お、俺だけ!?」

「男同士の方が色々と遠慮しなくて良いだろうがよ。ほら行くぞ。ついて来い」

「い、いや、その前に頭離して……! く、ください」

 頭を掴まれたまま、ショーマは引きずられるように再び建物の中へと連れていかれてしまった。

「…………」

 それをただ呆然と見送るだけのメリルとセリアは、

「……助かった」

「……うん」

 ショーマを心配するよりも、関わり合いにならずに済んで良かったことに心を撫で下ろしていた。

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