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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,03
66/104

ep,063 そして彼は往く

   ※


 親愛なる友人達へ。


 多くは記さない。


 まずは昨日の言葉を思い出して欲しい。

 君達ならば、どうして僕がこんなことをしたのか、それで理解してくれるだろう。


 僕は後戻り出来ない道を選んでしまった。

 後悔はあるが、無にしないためにはもう前へ進むしかないと思う。

 だから、これでお別れだ。

 もしもう1度出会うことがあるとすれば、それはきっと悲しいものになる。

 どうかこの別れが、僕達にとって最良のものとならんことを。


 今までありがとう。こうして言葉を残せたことを嬉しく思う。

 そして、ごめんなさい。


 レウス・ブロウブ


   ※


 ショーマの頬を、ふと涙が伝う。

 何が悲しかったのか。

 別れが確実なものになってしまったからか。

 それとも、このごめんなさいという言葉が、あまりに悲痛なものに感じられたからだろうか。

 きっとレウスだって、こんな別れは望んでいなかった。

 それがわかってしまったから、悲しいのかもしれない。


 その両頬に、そっと柔らかく暖かいものが添えられる。

 ステアの小さな手のひらが、ショーマの涙を拭っていた。

 彼女の表情は、いつになく真剣なものであった。

「う……、な、何……」

 普段の印象とはまるで違うその表情に、ショーマはついうろたえてしまう。何より泣いた所を見られた、というのが余計に動揺を誘った。

「…………」

 無言でじっと見つめられて更に戸惑う。

 この体勢は、なんというかヤバい。

 ちんちくりんだといつも小馬鹿にしていた小娘にこんな気分にさせられるなど不覚もいい所であるいやそれ以上に

 いや、いやいやいや。

 ショーマは頭を振ろうにも振れない状況で、なんとか必死に冷静さを取り戻そうとする。

 だがそこからは特に何をされるでもなく、ただじっと見つめられているだけだった。

 そして不審に思い始めた辺りで、すっとその両手を離されてしまった。

「……ちゅーされるとでも思いましたか」

「はっ!? そそ、そんなこと思わねーし!」

 いたずらっぽく笑うステアに慌てて返し、そこでようやく落ち着きを取り戻した。

「ふふっ。まあおにいさんはそうですよね。……で、何て書いてあったんです手紙? 私も色々事情を知りたいですよ」

 色々、とはまあショーマの涙の理由。それから、手紙を残したレウスの行方なども含まれているだろう。

「……ああ、全部話すよ」

 不覚を取ったわけだし、まあそれくらいは聞かせる必要があるだろう。ショーマはそう考えて、ゆっくりと話し始めた。


「はー。それはまた本の中のお話みたいな話ですね」

「まあ、そうかもな」

 とある名家の若者が、身分の差を越えて一国の王女と愛の逃避行。それだけ聞けばまあ、古典の名作劇にいくらでもありそうだ。巻き込まれた身としてはたまったものではないが。

「この後食事の時にまた皆と話すことになってるんだ。手紙のことも話さないとな」

「でもこれお仲間の方ならともかく関係無い人や、さもんかん? でしたっけ? その人らに見られるのは良くないんじゃないです?」

「んー、封印がかけられてるし大丈夫じゃないかな……。ああいやでもまあ、万に一つと言うこともあるしな」

 手紙と言えば、レウスもフェニアスからの手紙を即座に処分していたことを思い出す。……自分もそうした方が良いのだろうか。

 流石にいきなり火にかけるのは躊躇してしまうので、ここは誰かに相談してみるのが良いかもしれない。

「……ちょっと出てくるわ。お前もそろそろ自分の部屋戻れよ」

「えー」

「えーじゃない」

「はーい」


   ※


 やって来たのはメリルの部屋である。

「……珍しいわね。どうかしたの?」

 扉を少しだけ開いて覗き込むように顔を見せたメリルは、珍しい人と言うより珍しい物を見るような顔をした。

「ん、これがさ……」

 言葉を控えながらショーマはレウスからの手紙を見せる。

「何これ……。封印文書?」

「うん。……あいつからだった」

「……!」

 メリルもその一言で、大体の事情は察したようだった。

「ちょ、ちょっと待ってて」

 手のひらを向けて制止を促す仕草をすると、扉を一旦閉じて部屋の中に戻り何事かをし始めた。しばらくがたごとと物音が響く。

「……何やってんだ」

 やがて扉が開いて、メリルがまた顔を出す。

「中、入って良いわよ」

 頬を上気させ息も少し荒くなっているが、それでもまるで何事もなかったかのように装ってメリルはショーマを招き入れた。

 部屋の中の様子をうかがうと、端の方に大きめの箱がありわざとらしく布がかけられていた。どうやら散らかっている部屋を無理やり片付けて誤魔化したらしい。

(こいつまさか部屋の掃除が出来ないというやつでは……)

 まさかとは思うが、少し疑念を抱く。

「で、見せてもらっても良い?」

「あ、ああ。うん」

 ショーマはじろじろ部屋を見ていたことを恥じ入ると、黙って手紙を渡す。

 それに目を通したメリルは途端に険しい表情になった。

「ひっどい封印ね」

「……そうなのか」

「手当たり次第強引にかけてるわね。解除させる気がないと言うか……、時間がないから適当にあるもの全部乗せたって感じだわ」

「俺にだけ読めれば良いと思ったんだろうな」

「……ああ。そういうこと」

 メリルもショーマの能力のことに思い至ったようだ。

「で、何てあったの?」

 解読することを早々に諦めたのか、ショーマに直接聞いてくる。

「ああ……」

 それに対してショーマも素直に1度読んだ文面を口頭で伝えた。

「ふん……。まったくしょうがないわね」

 幼馴染みの素っ気ない別れの言葉に、メリルも少しだけ寂しそうな顔を見せた。

「昨日の言葉を思い出せば……、ってどういう意味だろうな」

「言葉の通りでしょ。昨日レウスがしたことを追えってこと。……今思えば部屋にこもってたのにもちゃんと理由があったんだわ」

「あ……」

 そう言えばそうだった。あの時ちゃんと話を聞いておいてやれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 そしてメリルは昨日レウスに聞いた、どこで資料探しをするかの言葉をショーマに告げる。

「グローリアさんの部屋。そこで何か見つけちゃったんだと思う」

「それがきっかけで、……王女誘拐?」

「…………。とにかく、行ってみましょう。一応その前にレウスの部屋も」

「ああ」


 手紙はメリルの手で焼却し、それから2人でレウスの自室を調べてみた。しかし大した物は出てこない。珍しい物と言えば随分古さを感じる子供用玩具などが出てきたくらいだが、これはレウスが幼い頃に遊んでいた物だろうか。随分物持ちが良い奴である。

 そして今度はグローリアの部屋にやって来る。意外と言うか、都合の良いと言うか、扉の鍵は開いていた。

「無用心ね。泥棒に入られたらどうするつもりなのかしら」

「…………」

 どの口で言うのかと内心突っ込みたいのをショーマは我慢する。鍵が開いていて助かるのは事実なのだから。

「……あれね」

 壁一面がいかにも何かありそうな本棚になっていたが、メリルはそれをまったく無視して机の裏側に置いてあった無骨な金庫へ向かう。

「多分この中に何かあるわ」

「何でわかるんだ?」

「勘よ」

「…………。これ、鍵ついてるけど」

 その勘とやらの信憑性はひとまず置いておき、目の前の問題に立ち向かう。金庫にはダイヤル式の鍵がかかっており、番号もわからずに開けるのは至難、と言うより不可能だろう。ショーマ達は熟練の泥棒ではないのだから。

「んー……。どうしたものかしら」

「……でも、この中にあいつがああした理由がわかる何かが、あるんだよな」

「ええ。他には考えにくいし」

 ならばどうにかしてこれを開けなければならない。なんとしても。

「ちょっと部屋を探させてもらいましょう。彼だって番号の手がかりくらい残しているかもしれないし」

 メリルが周囲を見渡して、まずは机の引き出しを漁り始める。

 しかしショーマは、じっと金庫を見つめ、そっとダイヤルに手を伸ばすのだった。

(開けよ……!)

 相手は無機物。話すことはおろか念じた所で応える訳もない。

 しかし、別のもの……。ショーマの持つ魔導エネルギーと大気中のマナエネルギーが、その念に応えた。

「……!」

 手のひらの先に、光る文字が浮かび上がる。無意識の内に練り上げられた魔力によって刻まれた、魔法の術式である。

「えっ、何……?」

 メリルもショーマが何かをしたことにはすぐに気が付いた。

 魔力を伴い青白く輝く術式は、やがて吸い込まれるように金庫のダイヤルに巻き付いていく。するとそのダイヤルがまるで生きているかのように勝手に回転を始めた。

 そして、がちりと乾いた音が響く。

「え……」

「…………」

 ショーマもメリルも何が起こったのかよくわからずにいた。しかし、その音が現実に引き戻す。

 取手を掴んで引っ張ると、重厚な金庫の扉はゆっくりと開いていった。

「開い、ちゃった……」

 そう。ショーマの放った魔法により、金庫の扉は開かれた。

 しかしそんな魔法、メリルにも、ましてや使用者のショーマにも心当たりは無かった。金庫の暗証番号を読み取って鍵を開けてしまう魔法など、そんなごく限定的な能力の魔法など2人とも聞いたことが無かった。

「どういうこと……?」

 それは、ショーマがこの世に未だ存在しない魔法の術式を生み出した瞬間であった。

 今まで『読み解く』ことだけだったその能力は、少しずつ新たなる段階へ進もうとしていたのだ。

「……どうでもいいよ。中身の方が今は大事だろ」

「え、ええ……、いやでも……。ううん、そうね」

 だがショーマは自分のことながらもまるで興味無さそうに答えた。

 元々よくわからない能力だった。今更わからないことが増えたくらい、大したことではない。それより今は目の前の問題の方が重要なはずだ。


 そして、レウスも目にした真実を知る。


   ※


 その頃、王城では。

「……気分はどうだ、総団長殿」

 会議室でひとり思案にふける振りをして心を休めていたグローリアに、グランディスが声をかける。

「……あれは、見つかったのか」

「いや、まだだ。すぐに市街の出入口は封鎖したので市外に出られたとは考えにくい。まだどこかに潜伏しているのだろうな」


 既に王の死から王女誘拐事件へと、現在の騎士団が注力する目標は移っていた。王の死はまだ公にこそされていないものの、噂は広まりつつある。隠し通すのは難しい。しかし王女誘拐は皮肉にも王の死のおかげでほとんど隠せている。無用な混乱が起きる前に王女を奪還し、新たに王位へと即位させ市民を安心させることが騎士団としての急務だ。

 死んでしまった現王よりも、まだ生きている未来の王。無情な話ではあるが、民を思えばこそのことであった。

 だが一方で、グローリアにも思惑がある。その王女フェニアスを抹殺することだ。

 彼女を始末できれば王家の血筋は潰える。そうなれば時期王を国内の誰かから選ぶことになるだろうが、その際実績と信頼からしてグローリアが指名される可能性は極めて高い。

 そのためにフェニアスには上手く消えてもらわなければならない。自殺に追い込むなり事故に見せかけて殺すなりはいくらでも出来たが、レウスによる誘拐で事はそう単純にはいかなくなった。

 このまま2人してどこまでも遠くへ逃げ抜き、永遠に歴史の表舞台から消え去ると言うならそれで構わない。その時はすんなりグローリアが王になれるだけだ。

 しかしそうなった後、一年後か、十年後か。いつかフェニアスが自分の生存を公表しグローリアを糾弾、再び王に返り咲こうなどと考えられるようなことがあると困る。

 そうならないよう逃亡中のフェニアスを事故に見せかけ殺害したい所だが、しかし確実ではない。全ての騎士に手回しは出来ない。王国に忠実な優秀な騎士の尽力で、見事無傷で助け出されるようなことがないとは言い切れないのだ。

 またそれ以上に、誘拐犯がレウスというのが問題だ。あの弟は兄の野望に感付いたのだろう。だからこその、あの後先考える暇もなかった行動のはずだ。

 レウスの動き次第でグローリアの今後は危うくなる。

 だがまだ手詰まりというわけでもない。レウスの目的はグローリアの糾弾ではなく、あくまでフェニアスの保護だ。わざわざ誘拐などという手を打ったことが何よりの証拠である。

 ……まったくもって、青臭い。

 いくらでも付け入る隙はある。


「ところで、合同葬の件だが。……このまま王女の確保が遅れるようならば、延期せざるを得なくなる」

 グランディスが様子を窺うように言った。

「陛下の葬儀に次期国王が参列しないのは困るが、かと言って誘拐を公表するのも極力避けたい。となると、何かと理屈をつけてずるずる引き伸ばすことになるが……」

「全力を上げて一刻も早く捕らえれば良いだけだろう。王女誘拐犯、レウス・ブロウブをな」

 敢えてその名を口にしないようにしていたグランディスに、しかしグローリアは毅然と返した。

「……良いんだな」

「弟だからこそ、厳格でなければならない」

 騎士団を率いる者として、誰よりも規律を厳守する。そうでなければ、誰もついてきてはくれない。

 実の弟をも、断罪する。

「……そんなこと、したくはなかったがな」

 その言葉に、一切の偽りの気持ちは無い。

 それは事実だった。


   ※


 薄暗い路地の裏。ぼろ布をかぶってなんとか身を隠そうとするレウスとフェニアスはそこにいた。

「馬を使えば目立つ。このまま夜を待ち、闇に紛れて市外へ出ます」

「…………」

 王城から逃げるのに拝借した馬は適当な場所に繋いで乗り捨て、2人は身を潜めながらここまでやって来た。乗り捨てた馬を騎士団が発見すればその周辺を重点的に探るだろうから、それを狙ってその場からは遠く離れた。ちょっとした撹乱のつもりだが、どこまで上手くいくことか。

「……レウス。やはり戻ってください。今ならきっと、減刑を認められるでしょう。私も証言しますから。……だから、どうか」

 しかしフェニアスは、ここまで来てなお懇願する。

 自分を守るため連れ出してくれた人物がレウスであることは嬉しい。しかし、彼が死罪になるようなことは嫌だ。

 きっと逃げおおせることは叶わない。ならば先にこちらから自首することでせめて罪を軽くしてもらう。それが一番だと考えた。しかし、

「駄目だ。兄さんはそんなこと認めない。……それに、言っただろう。君の命を狙っているのはその兄さんなんだ、と」

「……っ」

 レウスの決意は固かった。そしてフェニアスも以前からグローリアより感じていた空恐ろしさのせいで、レウスの言葉を否定出来ない。

 自分が死ぬか。彼が死ぬか。それともどちらも死ぬのか。

 これからの旅路には、それ以外の道が見えなかった。

「大丈夫。……君は、僕が守る」

「違うの……。……私はっ、」

 自らのか細い指を強く握ってきたレウスに、フェニアスは涙を浮かべて告げる。

「貴方に死んで欲しくないだけ……!」

「……すまない」

 フェニアスの願いを、レウスは切り捨てる。

 2人の気持ちは通じあっていても、求める未来はすれ違っていた。


 そして夜と共に、レウスの長い旅が始まる。

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