ep,062 彼が残したもの
王の死と王女の誘拐が同日に発生したことで、騎士団の慌ただしさは相当なものになっていた。
そんな中ショーマ達は、王女誘拐犯であるレウスと同小隊で行動を共にしていたということで、騎士訓練所の一室において待機と言う名の軟禁を強いられていた。共犯の疑いがかけられているのだ。
「……これから私達は恐らく個別に事情聴取を受けることになるわ。その時は余計なことを考えずに、聞かれたことにちゃんと答えること。良いわね」
メリルは他のメンバーに釘を刺した。レウスを庇って虚偽の申告をしたりはするなということである。
「……なんでだよ」
と、不満そうなのはショーマだ。
「そりゃ誘拐なんて悪いことだとは思うけどさ。でもあいつは……」
「彼の力になりたいと言うのなら、余計なことはしないことが一番良いの。私達が共犯者として何かしらの処罰を受けるようなことがあったら、それこそ彼の負い目になるわ。……決意を鈍らせることになる」
「……俺達のことを気にすることなく、思う存分逃亡に専念させる。それが俺達に出来る一番の協力方法ってことか?」
「そうなるわね」
「……くっそ」
ショーマは何も出来ないことが悔しくて苛立つ。例え何もしないことこそが最善であったとしても、だ。
「しかし……、何故こんな早まった真似をしたんだか。あいつは」
ショーマ同様、デュランも苛立ちを見せる。
「陛下の死がきっかけ、なのは間違いないでしょうね。次に狙われるのは王女様だと考えて連れ出しちゃったのかしら」
「だからって先走りすぎじゃないか……?」
ショーマは疑問に思う。
「いや、あいつはそういう奴だろう。冷静で視野が広いようでいて、実の所まるでそんなことはない。いざとなれば自分だけで全部なんとかしてしまおうとする奴だ」
「そうかな。……そうかも」
デュランの評価に、ショーマは思い当たる点が次々と浮かんでくる。言われてみれば確かに、レウスとはそういう男だったと思う。
今思えば今朝のやりとり、……ショーマに責任を感じているとか、戦いが終わった後のことを考えろという話は、もしやこの事態を予測していたからしたのだろうか。
いや、今朝の段階では王の死は知らなかったはずだ。誘拐のことなんて考えてもいなかっただろう。
それとも王の死が無かったとしても、誘拐を考えていたのか。
もしくは、……王の死をそれ以前から予想していたか。
「皆はこの件、どう思う?」
何となくショーマは他のメンバーにそんなことを聞いてしまう。
「どうって何よ」
「え、ああ……、いや。何か気になることとか、感想? とか……」
純粋に友人を心配するショーマの様子に、セリアやフィオンは少しほっとしたような表情を見せる。メリルやデュランのやけに冷徹で客観的な意見や、険しい表情で壁にもたれて黙ったままのバムスやローゼの態度に居心地の悪さを感じていたからだ。
が、
「そんなもの聞いてどうする」
バムスが冷徹にその意見を叩き伏せた。
「どうするって……。どうしてあんなことしたのかとか、これからどうするつもりなんだろうとか、俺達は何をしてやるべきだろう、とか……」
「フン。王族誘拐に対する処罰は死罪で即決だ。協力者も多少なら酌量の余地はあれど、ほぼ同罪。そして俺達は騎士団に籍を置く以上、追跡活動には強制参加だ。……奴のために出来ることなど何も無い。精々無事に逃げ延びられるよう、祈るくらいだな」
「…………」
どうやらレウスに協力するつもりは毛頭無いらしいバムスに、ショーマは言葉を返せない。あくまで騎士としての役割を全うするつもりのようだ。自分も騎士の学校へ通っている身であるため、それを非難することも出来なかった。
「……あれ?」
しかしもう騎士になるつもりがないならばどうなのだろうと思い至る。おおっぴらには無理でも、何か出来るのではないか。
……ひょっとして今のバムスの言葉は、遠回しに助言したつもりなのかもしれない。
「なあ……」
と、そのことを話そうとした所で、部屋の扉が開け放たれる。
そこに立っていた騎士達の胸元には、査問部隊の紋章が施されていた。騎士団内部の規律違反を取り締まる部隊だ。
「これより諸君らに対し、フェニアス王女誘拐事件の容疑者であるレウス・ブロウブに関して事情聴取を行なわせていただく」
中央に立つ禿頭の屈強な中年男性がよく通る声で宣言した。
男の名はボルドー・ザックマン。いかつい顔つきに加え、下手な近接兵士よりたくましい肉体のおかげで随分と威圧感がある。
「では1人ずつ、呼ばれた者から隣室に移動してください。……まずは、メリル・ドラニクス」
レウスとは最も長い付き合いがあることを知られているからか、まずはメリルが指名された。
「はい。……それじゃ、話した通りにしてね」
そのメリルは堂々とした振る舞いで前に出る。その途中さりげなくショーマへと念を押すのだった。
※
そのまましばらく待ってメリルの番が終わると、次は早くもショーマの事情聴取が行われることになった。
取調室では先程の禿頭の査問官、ボルドーが応対した。見た目の割に随分と丁寧な物腰であったので、ショーマも落ち着いて話すことが出来た。
「……では、君は何も知らない。レウス・ブロウブに協力などはしていない。と言うのですね」
「はい。そうです」
そしてメリルに言われた通り、知っていることは全て話した。レウスとフェニアスと自分の関係を語るなら、自分の素性に関することも必要だと思いそれも話した。おかげで結構時間がかかってしまった。
フュリエスのことも、迷ったが結局話してしまった。終始冷静に聞いていたボルドーも、さすがにその件に関しては表情を険しくさせていた。
メリルからも聞いていたのかもしれない。騎士団に属する者なら、否、この国に住む者なら誰でも衝撃はある真実だろう。それも1人の言うことならまだ眉唾だが、2人の言うことなら信憑性も増してくる。
「では他に何かありますか?」
「……えっと。あいつ今朝俺に、ちゃんと王女様と話をしとけ、とか言ってました。俺達を放ったらかしにして逃げる気ならそんなこと言わないと思います」
「ふむ……」
ボルドーは真偽を吟味するように唸った。
「わかりました。では他に話すことが無いならば、これで終了とします。戻ってください。レウス・ブロウブと君達の処遇に関する最終的な判断は、全員からの聴取が終わってからとなります」
「……あいつ、何とか許してやる……、とまでは言わないですけど、減刑とかしてやれないですかね」
「難しいですね、今の所は。……さあ、もう行ってください」
「……はい。失礼します」
※
ショーマの聴取が終わると、他のメンバーも1人ずつ同様に行われていく。話下手なフィオンあたりは大丈夫だろうかとショーマは少し心配したが、ここは待つしかない。
査問官の厳しい視線に囲まれ落ち着いて会話も出来ないまま、隊長を欠いた第1小隊の面々は重苦しい時間を過ごした。
やがて最後に聴取を受けたフィオンが戻ってくると、一緒にボルドーも戻ってくる。
「まず結論から言いますと、諸君らは容疑者との共犯関係には無い。と判断しました。ただこれはあくまで今回の聴取の段階でのものですので、今後の捜査で変わってくる可能性があります。その間の諸君らの処遇について、お知らせします。
……まず、既に退学申請がされていた3名は退学予定日を本日に繰り上げた上で数日間の監視処分。残り4名は今後特別小隊として扱います。こちらも同様に監視下へ置かせていただくことになります」
ショーマ、メリル、セリアの3人はまだ少し残っている訓練所での活動予定を全て打ち切り、今日この日をもって騎士士官学校を退学となる。また、捜査がある程度進み共犯の可能性が完全に無いと判断されるまでは簡易監視下に置かれる。
デュラン、バムス、ローゼ、フィオンの4人は基本的に8人で構成される小隊を特別小隊として4人で構成させ、その上で同様に監視下に置かれる。ということだった。
「容疑が晴れるまでは不自由を強いるでしょうが、ご協力を」
「あの……、レウスは」
「彼は変わらず追跡対象とします。……減刑も、今の所はありません」
「……っ」
「決定が不服だからといっておかしなことは考えないでくださいね。……私は仕事を増やしたくありませんよ」
「……考えませんよ」
ボルドーの穏やかなようにも冷たくも見える不思議な視線に、ショーマは真っ直ぐ向き合って答えた。
※
監視といっても厳重なものではなく、ブロウブ邸敷地内には査問官が2人やって来る程度だった。屋敷の周囲に探査用の結界を張り、何か容疑者との連絡を取ってはいないか注意するくらいで、査問官自身は屋敷の中にまで入って来るわけではないとのことだ。
外出したり、訓練所に向かう際はまた別の監視が着くことになる。もはや士官学校をやめ、ただの一般人となったショーマ達3人は出来るだけ余計な外出は控えるようにも言われていた。
そしてボルドーとはまた別の査問官を2人を連れて、一行は帰宅する。
なんだかんだでそれなりに時間は経ってしまい、もうすぐ日が暮れ始める頃だった。訓練所にいる教員達に挨拶を済ませるのはまた後日だ。
「あ」
ブロウブ邸の玄関先にたどり着くと、ある人物に出くわした。
「……う」
魔族の襲撃以来、この屋敷に身を寄せていたジェシカとそのお付きの執事であった。扉の内側には屋敷を預かっているグローリアの妻、レイナもいた。何か話をしていたようだ。
そこでジェシカはちょうどメリルと目があってしまい、そわそわと落ち着かなさそうにした。
「そ、それでは! 大変お世話になりました。このお礼はいずれ必ず。……では、し、失礼します!」
ジェシカは慌てた様子でレイナに頭を下げると、すたすたと早足で門の向こうへ歩き出す。当然ショーマ達ともすれ違う。
「帰るの?」
ぼそりと呟くように聞くメリル。
「……ええ。お世話になりましたわね」
それに対し出来るだけ平静を装って答えるジェシカ。
そしてメリルは、
「……またね」
「……っ!?」
寂しげに小さく呟いた。思わずジェシカはうろたえる。
また会いたい。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたのに。あまりに予想外だったその言葉にジェシカは上手く言い返せなかったのだ。
「……お、お互い生きていたらね!」
背を向けてなんとか強がるようにそう言うと、ジェシカとその執事はまるで逃げるようにブロウブ邸の門をくぐっていった。
結局仲直りさせてやれなかったなと、ショーマはメリルの儚げな横顔を見て思うのだった。
「さて……」
玄関先に立ち、ジェシカ達を見送ると同時にショーマ達を迎え入れる姿勢のレイナに向かい合う。……少し緊張する。
何しろ義理の弟があんなことをしでかしたのだ。その心中を察すると辛いものもある。
「ただいま戻りました」
差し当たりメリルが代表して前に出る。
「こちらは、騎士団の査問官の方々です。……レウスの、ことで」
「ええ。話は聞いています。……お世話になります」
既に彼女の元にも話は行っていたようだ。レイナは落ち着いた様子で査問官達に頭を下げる。
「お話しは、中でゆっくりいたしましょうか。ご案内します」
レイナが査問官を応接室に通す。既に事情聴取は行われていたようだが、監視のことやレウスの処遇など話すことはまだ色々あった。
その間にショーマ達は自室に戻ることが許されたので、一旦ロビーに集まってからまた別れることにする。
「取り敢えず今は、皆一旦落ち着いてきましょう。それで夕食の時にでもちゃんと話をする。……良いかしら?」
いつも場を仕切ってくれるレウスがいなくなったことで、どうにも締まらない。自然とメリルがその役を担い始めたが、どこか違和感が誰の中にもあるのだった。
「失礼します、皆様」
と、そこへ執事のひとりが何やら大きな箱を抱えてやって来た。
「デュラン様に、お荷物が届いておりました」
「俺に? ……ですか」
「バンゴーの鍛冶社からです。……依頼主は、レウス様でした」
「……!」
デュランはその大きな箱……。縦長の、割と重量感のある木箱を受け取り、そっと開封する。
納められていたのは、槍と剣が一振りずつ。
「…………」
どうやらデュランの戦闘スタイルにあわせ、レウスがオーダーメイドで用意した物のようであった。
「あの馬鹿……」
このような物、そうすぐさま用意出来るはずもない。随分前からこっそり驚かせようとと準備していたのだろう。こうしてデュランの手に渡ったのが今日であったのは、悪い偶然でしかない。
これによりレウスの犯行は計画的なものではなく衝動的なものであったことの証明にもなってしまった。少なくとも、ショーマ達にとっては。
「なんで相談しようともしないんだあいつは……」
デュランはその剣を握りしめ、苦しそうに呻いた。
士官学校入学の日から、2人は何かと互いを意識しあっていた。レウスはデュランの無鉄砲さに興味を持ち、デュランはレウスが名家の息子であるというだけで内心馬鹿にしたりしていた。
同じ小隊を組んで共に生活する内にどんな絆が紡がれていったか、ショーマも深くは知らない。ただそれは互いに切磋琢磨しあえるような、いわゆる好敵手のような間柄だったように感じられた。
反目しているようで、互いに信頼している。ショーマとの友情ともまた違う、深い絆がそこにあったのだろうと思う。
だからこそ、それがこんな形で分かたれてしまったのは、とても悲しむべきことだと思うのだった。
※
ショーマは自室に戻る途中、辛そうなデュランの顔を思い出していた。
本当に、どうして相談してくれなかったか。どうしてひとりで抱え込んでしまったのか。……自分達はそんなに頼りなかっただろうか。
……胸に込み上がってくるこの気持ちはなんだろう。
悔しい、だろうか。
ショーマはもやもやとしたものを抱えながら、自室としてあてがわれた部屋の前に立つ。
そう言えば自分達はここに居候し続けて良いのだろうか。デュラン達はレウスと同じ小隊ではなくなったから訓練所に移るのだろうが、自分達はレウスの厚意でこの屋敷を借りさせて貰っているだけで、当人がいなくなった以上はそうもいかないのではないか。
(まあそうなったらメリルあたりがなんとかしてくれるかな……)
頼ってばかりで気が引けるが、ショーマ本人の懐事情は家を用意出来るほど豊かとは言えないので誰かを頼るしかない。少なくとも自分だけで考えたってどうにもなるまい。
ぼんやりと考えながら、扉を開いた。
「あ、おかえりなさい」
そこには何故かベッドで横になっているステアがいた。
即座に扉を閉めて、現在地を確認する。
廊下は広く周囲にも同じような部屋の扉がたくさんあり、迷ってしまったとしても仕方は無い。無いが、ここは間違いなくショーマの部屋である。
「…………」
もう1度、そっと扉を開く。
「あ、おかえりなさい」
まったく同じ調子、同じ様子でステアは変わらずそこにいた。
「……何やってんのお前」
「おにいさんを待ってたんですよ」
陽気に返すと布団をめくり、誘うような仕草をする。
「帰ってくれ。そういうことをする気分じゃないんだよ」
「つれないですねえ。したことなんか無いくせに」
「ほっとけ。……で、何の用だよ。まさか本当にそんなつもりで来たんじゃないだろうな」
「むう……、なんだかご機嫌斜めですね。じゃああまり回りくどいことはせずに……。これをお渡しに来ました」
「……?」
ステアはベッドから這い出てくると、机に置いてあった紙切れを手にしてショーマへと渡す。
「これ……! レウスからって」
その紙には短い文面と、レウスの署名があった。
「はい。お昼頃ですかね。お庭に現れてそこから私の部屋に向けてそれをすっ、と投げて窓枠に挟んだと思ったら、そのままどこかへ行っちゃいました。……器用なことするもんですねえあの人」
「……何か言ってなかったのか」
「いいえ、何も。こそこそしてた感じだったので、私もこれをもらったことは内緒にしてた方が良いと思いまして、それでここに隠れてたんです」
「……そうか」
「あっ、隠れてたといってもやることはやりましたよ。匂いを堪能するとか、あれとかそれとか」
「…………」
「無視かよ」
ショーマはその紙に目を通す。何やら意味不明な文面だったが、目を通した途端に最近はご無沙汰だったあの感覚が流れ込んできた。
これは……、そう。魔法教本と同様の封印がこの紙にはかけられていたのだ。ショーマの未だ詳細のはっきりしない不思議な力の前には、その手の封印は意味を為さない。
そして封印を解いたそこには、親友からの最後の言葉が込められていた。
慎重に、そっと目を通していく。