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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,03
64/104

ep,061 王女誘拐

「これは……!」

 グランディスは城内の騎士達と共にアーシュテンを撤退させると、ようやく玉座の間へと到達した。しかしそこに広がっていた惨状に衝撃を受ける。

 王を守るために控えていた16名の騎士達は、おびただしい量の血を撒き散らし見る影も無い姿へと変わり果てていた。気品のあった赤い絨毯とカーテンは、それらの血を浴びたことでそのように染まってしまったのかと錯覚してしまいそうなほどである。

 そして一足先に到着していたグローリアが、呆然と見下ろしていたもの。それは……。

「陛下……!」

 短剣を胸元に突き立てられ倒れている、ブランジア国王であった。

「……すまん。間に合わなかった」

 グランディスの声に気付いてグローリアはそちらに顔を向けると、そう掠れるような声で言うのだった。

「……っ」

 気を奮い立たせ、グランディスは玉座の間へとその足を踏み出す。後ろに控えていた騎士達も、恐る恐るそれに続いていく。

「陛下……」

 敬愛する王の変わり果てた姿へと、グランディスと騎士達は深くひざまずき頭を下げた。

 最も守らなければならない人物を、守ることが出来なかった。

 これほど無念であり、騎士として無様なことは無い。

 ……だが、嘆いてばかりもいられない。

「死因は……、この短剣による刺殺と見て良いのか。……何か気になることはあるか?」

 一度深呼吸をして気を落ち着けると、喉元に突き立った短剣を観察する。

 どうやら刀身から漏れ出る魔力が傷口を汚染しているようだ。むごいことをする。

「……王冠が奪われている」

「……!」

 その言葉で王の頭に飾られていた王冠が無くなっていることに気が付く。周囲を見渡しても見当たらない。奪われたと言うのは確かなようだ。

 あれがただの装飾品では無いことくらいはグランディスも知っている。戴冠のために厳かな儀式を行うのは、そうする必要があるからだ。

 と言っても詳細までは知らない。鳳凰神ブランジアの魔力が込められているとか聞いたことがあるくらいだ。しかしそれほどの物なら、何らかの手段で悪用しようと考える者がいても不思議ではない。もっと言えば、魔族が、である。

 王冠に関してはひとまず置いておき、改めて突き立った短剣を観察する。

「……この短剣、やはり魔族による仕業と見て良いな。こんなおぞましい魔力、並みの人間が手にしていては数秒とて正気を保てんだろう」

「……正気を?」

「ああ。魔剣の類いかもしれん」

 続いて周囲に倒れている騎士達の遺体をひとつひとつ観察していく。

「おい君、薬師隊を呼んできてくれ。何が起きたのか調査を行う」

「はっ」

 その前に騎士達の1人に指示を出し走らせておく。

 そしてもう1人、前から何かと目をかけていた騎士に大事な仕事を与える。

「それから、イルフ」

「はっ、何でしょうか」

 イルフと呼ばれた若い女性騎士は、グランディスにその頭脳を買われて次期軍師団入りのため指導を受けていた騎士だ。

「フェニアス様をお連れしてきてくれ」

「……! よろしいのですか?」

「黙っておくわけにもいかないだろう」

「あ、いや私が任されても良いのかと……、あ、い、いえ何でもありません。すぐに行って参ります!」

「どこまで話すかは君が判断してくれて良い」

「はっ!」

 イルフが立ち去ると、遺体の観察を再開する。ちゃんとした検死は薬師術隊に任せるべきだが、グランディスでもわかる範囲で調べておこうと考えたのだ。

 ぱっと見でもわかるのは、傷口はほぼ全て剣によるもの。

 それから16名の内、その半分は肉体が鎧ごと不気味に変質している。それはまるで植物の根が這っているようだった。


 一通り見て回ると再びグローリアの傍に立つ。先程からぼんやりとつっ立って動く気配が無いので、肩を少し強めに叩いてやる。

「おい、しっかりしろ」

「……ああ。すまんな」

「まったく……。……?」

 そこでふと、足元に気になるものを見つける。

 かがみこんでじっと見てみると、絨毯に穴が空いており、更にその下の石畳まで貫かれている。

 形状からして、剣か何かが突き立ったのだろう。しかし護衛の騎士達の持つ剣が突き立ったにしては穴が小さめである。ちょうど良い大きさの剣はと言うと……。

「…………」

 未だ王の胸元に突き立っている、あの短剣だろうか。引き抜いて確かめるわけにもいかないが、ざっとした目算ではおおよそ同じくらいに見える。

 更にその穴を観察する。穴は斜めに穿たれているようだ。その角度から察するに、玉座のある方向から放射状に投げて突き刺さると、このような穴が開きそうである。

 短剣がここに突き刺さり、それを引き抜いて、王の胸を刺した。という流れだろうか。

 でははたしてどういう経緯で16名の騎士は倒れ、あの短剣が王の胸元に突き立ったのか。

 グランディスはその一連の流れに、どうも不自然なものを感じるのだった。

「……何か気になるのか」

 グローリアがぼそりと聞く。

「ああ、いや……」

 不自然の正体は、グローリアなら知っているのではないか。

 と言うよりは、むしろ……。

「……まさかな」

「……何がだ」

「一瞬だけ、お前が王を刺したのかと思ってしまった」

「…………」

「だがお前はそんなことはしない。そうだろう?」

「そうだな」

 グローリアは冗談めいた様子のグランディスに無表情で返した。

「可能性がまったく無い。と言うほどでは無いんだがな。まあ可能性で言うならそれこそ素直に魔族がやったと考えておくべきだろう。

 ……この玉座の間へ直接飛んできた、か。……あの空間転移魔法はいい加減何とか対策しないとな。後でまた技術部へ寄ってみるよ」

「転移魔法を封じる、とかいう話だったか。今でも眉唾としか思えんが……」

「それは同意だが、実際に進展があるようだしな」


 グランディスの言う技術部とは、魔法を研究、応用して新しい魔法の術式を開発したり、機構化することで『道具』として、魔導エネルギーを持たない者でも魔法を扱えることが出来るよう開発している部隊である。

 薬師術師が使う治療薬や、武器に術式を刻む技術などもこの隊が作り出したものだ。

 現在はフェニアスの協力によって、魔族が使っていた転移魔法の解析と対策の研究が進んでいる。

 技術部もフェニアスの持つ独特の魔導エネルギーと知識によって、『空間を越える』などという既存の魔法とは次元の違う魔法技術が確立されていくことには驚きを抱いていた。と同時に、魔族の使う力が何故王女の持つ魔導エネルギーで解明出来つつあるのか、その真実を推測して空恐ろしくもなっていた。

 技術部も長いこと魔法と付き合ってきている。王女と魔族に少なからず因縁があることには察しがついていた。それでも彼らは、それが国のためになるという正義感と、未知なるものを知りたいという欲望に突き動かされて深く触れずに黙々と研究を続けているのだった。


「薬師隊、到着しました!」

「ああ。よろしく頼む」

「了解です。……ああ陛下、おいたわしや」

 薬師術師の部隊が到着し玉座の間へと入ってくると、まずは王の亡骸に手を合わせていた。

「王の検死は大至急で頼む。明日に間に合わせたい」

「ああ……、そうですな。明日は合同葬儀でした。……主賓が変わってしまいますかね」

「そうだな。先に死んでいった者達には悪いが……」

「仕方ない。今の状況では2度も3度もそう大きな葬儀はあげてやれん」

 国王ほどの重要人物が死んだとなれば、国を上げて葬儀を行う必要がある。先日の襲撃で多数発生した死者を弔うため準備が進められていた合同葬儀だったが、これでは王の葬儀が主で、他多数の死者は言い方は悪いがついでに弔う、という形に変更することになるだろう。

「次期王として早々にフェニアス様の即位も……。いや、王冠が奪われた以上な……」

 考えることが多すぎて注意力が若干鈍ってきているグランディスを横目に、グローリアはさりげなく懐に手を添える。

 奪われたと嘘をついた王冠はそこにあった。普段のグランディスならば、きっと気付いていたことだろう。

 グローリアが王を殺したという真実にも。

 気付かれなかったのは、運が良かったからだ。

 ――だがお前はそんなことはしない。

 人を見る目は軍師長のコーシュ以上と言われるグランディスだったが、どうやらその目をもってしても、グローリアの真意は見抜けなかったらしい。

 否。それとも彼は決して間違ってなどおらず、その言葉の通りグローリアは本当に正気を失っていたのかもしれない。


 グローリアは今、自分の行いが本当に正しかったのか、再び答えに詰まってしまっていた。


   ※


 王女フェニアスの自室にて。

 今は部屋の主であるフェニアスと、親衛騎士の1人グルアーが警護のために居るのみだ。

 先程フェニアスは、検死を行う直前の、変わり果てた姿の父と対面を果たした。

 そしてその死を受け入れはしたが、納得することはまだ出来ずにいた。

 ベッドに覆い被さって、溢れる涙をシーツに吸わせ続ける。

 グルアーも今は思う存分そうさせてやろうと、そっとしておくのみであった。


 フェニアスは思う。

 まず間違いなく、王を殺した犯人はフュリエスだろう。

 血を分けたはずの妹が、愛する父を殺してしまった。

 フュリエスには同情に足る境遇もあり、それゆえ彼女を憎むことの難しい今のフェニアスには、ただ涙を流すことしか出来なかった。

 ここまでのことをしたフュリエスは、もうどんな贖罪をしたところで誰からも許されないかもしれない。

 それならばもう、会って話を、和解をしたいと考える自分勝手な気持ちは、押し殺すしか無い。

 自分の先走りから、遠い異世界から喚び出してしまった青年、ショウマ。彼には悪いことをしてしまった。ちゃんと謝って、何か望む物があるなら何だって差し出して、許しを乞いたい。

「ごめんなさい……」

 今更ながらに激しい罪悪感が芽生えてくる。

 思えば生き別れの妹に会いたい一心で、随分多くの人に迷惑をかけてしまった。

 しかもその妹は、自らの復讐のために多くの王国民を傷つけた。

 自分もまたフュリエスを傷つけた一端を少なからず担っている。責任を取らなければならないだろう。

 次に狙われるのは自分のはずだ。その時が来たら、潔くこの身を捧げ、彼女の悲しみを拭ってあげようと思う。自分にはそうする必要がある。

 でも、それで本当に全てが終わるだろうか。

「ごめんなさい……」

 辛い。苦しい。

 愛する父親を失って辛い。

 妹の苦しみを救ってあげられないことが、苦しい。

 どうして自分はこんなにも、無力なのだろう。

「ごめんなさい……!」


「……謝らないで」


「……!?」

 フェニアスともグルアーとも、ましてや他の親衛騎士とも違う優しい声が、その部屋に響いた。

 窓枠に立ち、逆光にその姿を浮かべているのは、フェニアスを想う1人の少年、レウス・ブロウブであった。

「どこから入ってくるんだ君は……」

 突然の見知った顔をした侵入者に、グルアーは緊張と脱力を同時に味わう。

「レウス……、あ……、どう、して……?」

「どうも。……陛下がお亡くなりになったと聞きました。……その様子では、本当だったようですね」

「……ああ、まあな。いずれ発表されるだろうが。……それより。いくら君とは言え勝手に入られては、親衛騎士として見過ごすことは出来ないよ」

「そこを何とか見過ごしてくれませんか、グルアー殿。……出来ればこれからすることも」

「何……?」

「王女様……、いや、フェニアス!」

「……!」

 レウスは手を差し伸ばし、力強くその言葉を口にした。

「僕と一緒に来てもらう!」


   ※


 レウスを追いかけて王城へ到着したショーマ達であったが、城門は閉鎖されており中に入ることが出来ずにいた。

「どうするか……」

 厳つい顔で立ち並ぶ警備兵達の嫌な視線を受けつつ、こそこそと話し合う。

「多分王女様の所へ行ったんだろうし、ちょっと回り込んでみましょうか」

「回り込むって?」

「外壁を伝って、窓から……。とか」

「俺達もそれをするのか」

「…………。い、行ってから考えましょう!」

「……そうだな」

 その時、城門前から離れようとしたショーマ達の耳に別の警備兵の怒声が届いた。

「賊を捕らえよォッ!!」

 周囲の警備兵共々、そちらへ視線を向ける。

「王女が誘拐されたァッ!!」

「!?」

「まさか……!」

 賊。王女の誘拐。思い当たる可能性は多くなかった。

 そして、その予想通りだった、

 疾駆する1頭の騎馬が、ショーマ達の脇を駆け抜けていく。

 すれ違い様、確かに目にする。

 親友の姿を。

「……ごめん」

 そう小さく呟いた声が、聞こえた気がした。


 レウスはフェニアスを抱き抱え、奪った馬で城の警備兵達の間を駆け抜けていく。

 そして城門を間もなく抜けようかという所で、自分を追いかけてきたであろう仲間達とすれ違う。

 それと同時に、強い後悔が生まれる。

 王女の誘拐。酌量の余地などなく極刑に値する罪だ。協力した者もほぼ同罪である。

 彼らを思うなら、もはや戻ることは出来ない。戻れば死が与えられるのは自分だけではなくなる。それは困る。

 彼らだけではない。家族も、付き合いのある名家も、彼ら以外の友人も、誰の力も借りられない。

 愛する少女を守るためには、今後の人生全てを自分だけの力で乗り越えなければならなくなったのだ。

 この行いは余りに浅慮だった。だが他の手段があっただろうか。

 いや、あったと思う。だが、とても思い付ける状況ではない。


 王が死んだと聞いて、すぐに理解した。

 手を下したのは、兄、グローリアであると。

 兄はかつて300年前の件で、ユスティカの血を引く王を断罪しようとしたのだ。

 それならば当然、フェニアスもその対象になるはずだ。

 兄はそのためにあらゆる手を駆使することをためらわないだろう。守らなければならない。

 協力してくれる者を募るにしても、兄を出し抜けるほど集められるものだろうか。

 ならば機動性を活かせる単独誘拐というのもありではないだろうか。

 ……いや、そんな合理的な話ではない。


 結局の所、

 レウスは自分の力のみで、フェニアスを守りたかっただけなのだ。

 その為に全てを捨てる。

 たまたま機会がそこにあったから、実行してしまった。

 ただ、それだけだった。

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