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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,03
60/104

ep,057 真実の扉 (1)

 朝。ブロウブ邸地下の訓練場にて、ショーマやデュラン達は日課の稽古を行っていた。今日は皆一段と気合いが入っている。

 それというのも、第1小隊の半分が騎士団を抜けるとなると、残るデュラン達だけで小隊を維持するというわけにもいかなくなる。恐らくは別の隊へ編入されることになるだろう。

 ひいてはつまり、小隊の連帯を深めるためこの屋敷に暮らすという方便がきかなくなってしまうわけだ。

 ゆえに出ていくまでに出来る限りここの施設を有効に利用し、出来る限り腕を上げておくべきと考えていたのだ。

 ショーマは変わらずこの屋敷に残る予定だが、デュラン達の助けが得られなくなるならば、いずれにせよ自分自身が強くなる必要があると考えていたので今までより頑張っているわけだ。


「はッ!」

 デュランは闘気を込めて槍の突きを繰り出す。貫かれた石の板は上下に真っ二つとなり、更にそこへ、もう片腕で持っていた剣を上から降り下ろし2枚まとめて断ち斬る。石の板は連撃によって綺麗に4等分されたのだった。

「お、大分綺麗になってきたね」

 その様子を見てレウスが微笑む。

 カロヴォ鉱石という崩れやすい鉱石で出来た板を、綺麗に切断すること。レウスがデュランに力の配分などを正確にこなさせるため課題として与えた訓練であった。

 槍と剣の両手持ち。デュランが半ば逃げるような形で会得した戦闘スタイルは、実戦でも十分に扱えるようになりつつあった。

「どうだろうな……。また夜にでも相手してもらえるか」

「ああ。構わないよ」

 デュランの申し出をレウスは笑って受けた。向上心が強くどんどん腕を上げるデュランと手合わせすることは、レウスにとっても日々のちょっとした楽しみであった。


 ブロウブ本宅の訓練場は、外壁をダイリウム鉱石という闘気を集めやすいと言われている鉱石を多く使って作られている。この部屋で体を鍛えれば肉体の闘気が強まりやすい。らしい。

 また、備え付けの練習着には身体に負荷をかける魔法の術式が刻まれており、これを着ていれば更に効率よく身体を鍛えることが出来る。

 どちらも安く用意出来る物ではない。ブロウブ家が長年培ってきた、騎士育成のためのノウハウが詰め込まれた施設の1つである。


「で、あいつはどんな調子だ?」

 デュランは少し離れた所で剣を振り汗を流すショーマを見る。魔法が得意なのだからそっちを伸ばせば良いだろうに、とずっと思っていたが、中々どうして根性がある。今では剣の腕もそれなりに様になってきていた。

「筋は悪くないね。何より努力に対して誠実だ。ちょっと焦っている感はあるが、頑張っただけ伸びてきているよ」

「焦っている、か。まああんなことがあればな」

「……そうだね。正直あまり思い詰めるようなことはしてほしくないが、難しいな」

 王女の願いを叶えるため、騎士となる将来を捨てる。

 ショーマやレウスにとってそれは大したことでは無いのだろうが、デュランにとってはそうではない。

 だからそこまでする彼らに、一緒にその道を選べないデュランは小さな罪悪感を覚えてしまう。

「……悪いな。一緒に行ってやれなくて」

「良いさ。それも君の人生だ」

 しかしレウスはそんな気持ちも承知の上だと、爽やかに笑って見せるのだった。


   ※


 朝の訓練後。ショーマは風呂で軽く汗を流すと、食事を持ってステアの自室に向かう。

 ステアは建前上軟禁ということになっているが、大人しくしているようにと言われただけで、その行動にはこれといって具体的な制限はされていなかい。無害どころか何かと危機を救われたこともあるため、日頃の言動からも含め、ステアは安全な人物だろうとレウスが判断していたのだ。

 用足し等で時々部屋の外には出るが、風呂は利用する人の少ない時間帯を選ぶし、食事は地下牢にいた時と同じくショーマが持ってきているため、他の住人との問題もまだ起きていない。

 特に誰に言われたわけでも無いが、ステアは自主的に控えめな生活を送っていたのだ。


(……また寝てんのか)

 ショーマはそっと扉を開けてベッドの様子を見る。以前見た時と変わらず、布団を頭まで深く被っており、端からは白い素足が覗いていた。

 先日の市街襲撃から帰って以来、ずっとこの調子で寝てばかりである。食事を置いておくと食べていたり食べていなかったりがまちまちであったので、どうやらほとんどの時間を眠って過ごし、たまに起きては置いてある食事を食べているようだ。

 起き上がることが出来ないということでは無いようなので、せっかくだからそっとしておくことにしている。

 あの戦闘直後は余裕そうな態度でいたが、実はかなり消耗があったのかもしれない。本人は休めば治ると言っていたが、少し心配になってくる。

(一応顔でも見ておくか)

 そう考えてそっと室内に入り、机の上に持ってきた食事のトレーを置くと、ゆっくりとベッドに近寄る。

 すると、

「!!」

 気配に気付いたステアは突然がばりと勢いよく起き上がる。衣装はいつものインナーウェアからグローブとソックスを脱いだものであった。

「お、おう、おはよう……」

「…………!!」

 ステアはベッドの上で中腰になって、何やら緊張した面持ちでショーマを見つめている。気持ち顔が赤いし、どこか目が泳いでいる気がした。まるで意図せぬ恥ずかしい所を見られたような顔だった。

「あ、いや、あの! ……はい、いえ寝てませんよ? 余裕で起きてましたし」

 ぱたぱたと手を振りながら慌てたようにステアは言う。

「え? ……いや、別に言い訳するようなことじゃないだろ」

「はー? 言い訳じゃ無いですしー、私寝てませんしー。こっそり忍び寄ってたみたいですけど可愛い寝顔を見られなくて残念でしたねー、ぐっふふふ」

(何だこいつ……)

 怪しい笑みを浮かべて自分が寝ていたという事実を必死に否定するステア。何が嫌だと言うのだろう。寝顔を見られること?

 確かに見てはいないが……、まさか本当に恥ずかしかっただけとでも言うのだろうか。

「布団潜ってたし寝息も立ててたじゃんかよ」

「……ッ、…………あ、あれは、一人遊びです!」

 指摘をされたステアは一瞬悩み、そしてあんまりな言い訳をした。

「……そういうのは冗談でも言わない方が良いんじゃないかな」

「!!」

 冗談だとわかっていても、仮にも若い少女の口からそんな言葉を出されると流石に少し戸惑う。

 ショーマのその様子に、ステアも今のは失敗だったと顔を赤くして言葉を失っていた。

「……そんなに寝顔見られるの嫌だったのか」

 自分の言葉に自分で恥ずかしくなっているらしいステアにこれまた戸惑いながら、ショーマは聞く。

 必死に言い訳したのも布団を頭まで被っていたのも、寝顔を見られたくなかったからだと予想をする。しかし、それくらいでこうも動揺するだろうか。

「む、むう……」

「むうじゃなくてな」

「それは、ですね」

「おう」

 視線を泳がせながら、やがてステアは渋々といった風に答えた。

「……お、女の子なら誰だって嫌がりますよ」

 その返事に、少しだけはっとなる。

「……そう、か」

 ステアも女の子であったとかそんな当たり前なことではなく、恥ずかしい姿を見られたら照れる。という所にだ。この子は恥とは無縁だとどこかで思っていた。そんな訳が無いのに。

「すまん、無神経だったな」

「……そうですよぅ」

 ぽつりと元気なく言うステア。特に込み入った事情があるわけでもなく、ただ純粋な気持ちで嫌がっていたことに対し随分ぶしつけだったな、とショーマは反省する。

「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。ご飯食べたら食器はまた置いておいてくれ」

「はい……」

「……それじゃ」

「…………」

「……ゆっくり休んで飯食って、すぐ元気になれよ」

 去り際にぽつりと呟く。少し気恥ずかしかったので小さな声になってしまったが、まあ聞こえなかったならそれはそれで構わない。が、

「はい! もりもり食べて元気になっちゃいますね!!」

 ばっちり聞こえていたらしい。

 ……ちょっと心配したらすぐこれだ。

 ショーマは苦笑しつつ、そっと扉を閉じた。


   ※


「あ、おはようショーマくん」

「ああ。おはよう」

 避難民がまとめて食事を行っているため、いつもよりずっと人の多い食堂でショーマはセリアと朝の挨拶を交わす。

「中々慣れないよねえ、これ」

「毎日パーティーやってるみたいだもんな」

「あはは」

 元々広い食堂であったが、その広さを活かせるほど人が集まっている様をこうも連日みることになるとは、少し前まではまるで考えなかった。パーティーと言うほど華やかでもないが。

「私なんかあの人達にどうして庶民の子がこんな所にいるのかしら、なんて思われてたりしないかと緊張しちゃって」

「……そんなことは無いと思うけどな」

 小市民的な考えをするセリアに苦笑する。本人はこう言うが、今のセリアの姿はそんなに庶民という感じはしない。

 メリルに衣装を見繕ってもらったお陰で、服装はシンプルながらもちゃんと高級感を感じる物だし、浴場備え付けの石鹸も良い物だからか、肌や髪質も以前より良くなっている気がする。

(要するに、その、なんだ。うん。……いや、何も言うまい)

「そ、そうかな? えへへ……」

 そう照れ臭そうにはにかむ笑顔はそれはそれで素朴な感じがして、容姿が綺麗になっても変わらない良さがあると思う。何を考えているのだか。

「おはようふたりとも。皆集まってるわよ」

 そこへメリルもやってくる。そして軽く睨むような目付きでショーマを見た。

「……貴方ちゃんと汗拭いた? まだ湿ってるわよ」

 メリルはショーマの髪が少し湿っていることに気付いたのだ。

 朝の訓練のことはメリルも知っているし肯定的でもあるが、汗など身だしなみに関してはうるさい。疲れているからという言い訳は絶対に認めない。

「いや、これは風呂の後で……」

「どっちでもちゃんと乾かさなきゃだめよ。まったく……」

 メリルはだらしない弟をいさめるような口調で言い、指をショーマの頭の上ですいすいと動かす。すると髪の湿りがとれていく。簡単な熱の魔法を発動し、水分を飛ばしたのだ。

 何だかつまらないことに魔法を使わせてしまい、ショーマは申し訳なくなる。

「はい。……色々な人が見ているんだから、気を付けてよね。今回はあくまで緊急処置なんだからね」

 確かに、自分のだらしなさで恥をかくのはブロウブ家だ。しっかりしなければと気を引き締める。

「ああ、ごめん。じゃそろそろ行こうか」

「そうね」

 3人揃ってレウス達のいる卓へ向かおうとする。が、

「……セリア?」

「あ、はい! 今行きます……」

 それらの様子をぼーっとしながら見ていたセリアは、ショーマの呼び掛けに慌ててついてくる。

 今のやり取りに何か気になることでもあっただろうか。


「……例の資料探しなんだけどね」

 8人で食卓を囲むとメリルが口を開く。

 300年前の建国の伝承に関しての調べごとについての話だ。

「ちょっとした、本当に大したことじゃないんだけど、気になることがあったの。……でもここで話すのは、やめた方が良いかなって」

「何だそれ」

 大したことではないのにここで話すのはためらう……、つまり、人に聞かれるのは困る、とはどう言うことだろう。

「訓練所に向かう途中で話すわ」

「まあ、いいけど」


   ※


 そして食事を終え、一行は騎士訓練所へ向かう。

 騎士をやめるという話はグローリアを通じていずれ許可は出るだろうが、そんなすぐにともいかないのだ。まだ何日かは訓練所の世話になる。

「で、さっきの話とは?」

 道すがらレウスが話を振る。

「ええ。資料、グローリアさんも調べていたらしい痕跡があったじゃない?」

「あったね」

「あれ、魔族じゃなくて、どうも勇者とその仲間達の方を調べていたみたいなの」

「王様やジェシカさんの先祖のことか?」

 ショーマも話を思い出す。

「そう。どういうつもりかまではわからないけれど……」

 なるほど名家の過去に関する噂話となれば、確かに大したことでは無いが、あの場で話すのは気が引ける内容と言えるだろう。


 ……300年前。恐らくはショーマと同じ様に異世界からやって来て、この世界で出会った仲間達と共に魔族を討ち倒し、そしてブランジア王国の建国に至った勇者にまつわる伝承。

 メリル達はその過去の出来事から今の魔族に関して何か掴めないかと資料を探してはみたが、こうして出てきたのは魔族ではなく勇者の話だった。

「勇者を召喚し、ブランジア王国の王となった魔導師ユスティカ。

 勇者が最も信頼していた、勇ましき戦士ブロウブ。

 勇者の纏う剣や鎧を鍛え、自らも共に戦ったという、鍛冶師ガゼット。

 そして最初に勇者に仕えたという、始まりの騎士エイゼン。

 他にも一緒に戦った者達はちらほら名前が上がるけど、特にその数や逸話が多いのがこの4人ね。そしてグローリアさんが調べていたのも主にこの4人。特にユスティカに関することが多かった印象ね。まあ今の王家なんだから残っている資料が多いのは当たり前だけれど」

「エイゼンって知ってるぜ。騎士団を作った人だろ」

「……そうよ」

 ショーマが騎士学校で習った話をひけらかす。だがそんなことはここにいる誰もが、もっと小さい頃から知っている常識だ。だからといって馬鹿にしたりはしないが。

「まだこの国、いえ、この地方に騎士という概念すら無かった頃の話ね。『私欲を捨てただ正義のために主へ従い剣を振るう』。その日1日を刹那的に生きることばかり考える時代にはまだ無かった考えね。

 その人の志に打たれ、自分自身の全てを差し出す。……人々はエイゼン氏のそんな立派な考えに惹かれて、後に生まれたブランジア王国で騎士というシステムを作り出した」

「へえ」

「へえじゃないわよ」

「え、ごめんなさい……」

 ぼけーっとした態度のショーマはメリルにたしなめられる。

「……兄さんは今更そんなことを調べて、何を知りたかったのかな」

「さあ? 現当主なんだし、家系の興りを調べるのはおかしいことではないと思うけど。……んー、でも、確かに何か引っ掛かるのよね」

「うん……」

「何かって何だよ」

「わからないわよ」

「そ、そうか……」


 ショーマとメリルの横で、レウスは考える。

 ブロウブ家の当主を継ぐと、一族にまつわるある秘密が伝えられる、と在りし日の父は言っていた。

 次期当主はグローリアだと信じて疑わなかったその頃のレウスは、そんなもの自分には関係無いじゃないか、と父に減らず口をきいたものだった。しかしそれに対し父は、兄達の身にもしものことがあればお前が当主にならないとも限らないのだ、と力強く言っていたことをよく覚えている。

 幼かった自分はそれを聞いて、あの強く勇ましい兄達の身に『もしものこと』が起きた時のことを想像して、随分怖がっていた。それで印象に残っているのだろう。

 その秘密とは……。300年前の、初代当主ブロウブに関することでは無いだろうか。

 父が没して当主となった、今のグローリアならばそれを知っているだろう。それを知り、何か情報の補足や確認のために追加で過去の資料を漁っていた、というのは十分にありえそうな話だ。

 しかしそれにしても、あの前ばかり見ている兄が珍しく過去を探るとは、本当に一体何があるのだろう。

 ひょっとしたら伝説の勇者とは、自分の考えているものとは少し違うのかもしれない。


   ※


 その日の夜。グローリアは王城に与えられていた自室に篭り、椅子に深く腰掛けて考えに考えを重ねていた。


 明日だ。

 あの日、大時計塔における魔人アーシュテンとの戦いの最中に耳打ちされた言葉。それは……、

 魔族の女王フュリエスが、自ら王の命を奪うために王城へ侵入する。

 何を考えたかあの魔人は、その計画をグローリアに耳打ちした。

 その決行日とやらが、明日である。

 騎士団を率いる者として、王の殺害計画など止めないわけにはいかない。だが罠である可能性も極めて高い。


 ……そもそも何故あの魔人はそんなことを教えたのか。

 フュリエスもまた魔族の女王などと名乗ってはいるが、所詮彼女も魔族が敵視する人間でしかなく、体よく処分でもしたい、と言うのだろうか。いや、それならば何故そもそも女王として担ぎ上げたりなどしたのかという話になる。

 ……いや、そんなことは些末な問題なのかもしれない。

 極端な話、騎士団が本気で魔族を滅ぼそうと考えれば失敗する余地は無い。犠牲をいかに抑えるか、期間をどれだけ短くするかの話でしかなくなる。

 始めから勝利が確定している戦争。

 これは好機なのだ。これを何かに利用しない手はないのだ。

 そうすることで、この戦いを通じて、グローリアが得られるものとは何か。

 そしてそれを得るために、最も気にするべきこととは、まずは……、そう。


 いかにして、王を殺すかだ。

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