ep,053 長い1日の終わりに
ショーマとメリルが魔法によって弾幕を張り、突破してきた『シャドウファンガー』をレウス、デュラン、バムスが迎撃していく。
「おい、本気でやっても良いんだぞ?」
そんな中いつも通りの調子で剣を振るうレウスに、バムスは嫌味を言った。
ベゼーグ・タイタニアンとの戦いで一瞬見せた、膨大な闘気を纏った一撃。あれによりレウスの真の実力は目敏い者の間には既に周知になっている。
「あ、そうだ! あれ何だったんだよ?」
それは近くで見ていたショーマや、一足先に大時計塔で見ていたデュランも含まれる。
「……何の話よ」
しかし遠巻きに見ていて詳細まではわからなかったメリルは含まれない。が、こうして話題に出されてはもう隠せなかった。
「まいったね。要するに、……こういう、ことだよッ!」
「……!」
レウスが力強く振るった斬撃が、巨大な衝撃波となって無数の『シャドウファンガー』を斬り裂いて消滅させていった。
「……貴方って、本当に隠し事多いのね」
「多分、もう無いよ。……すまないがあまり無茶をすると剣の方が保たない。悪いけど君達も」
「フン、わかってるさッ!」
武器に依らない戦い方ならば、バムスの得意分野である。
「ショーマ! 例の魔法をッ!」
「……! わかった!」
ショーマはバムスの指示を受け、敵の動向を見つつタイミングを定めて攻撃を中断。身体強化の魔法、『マイティドライヴ』をバムスに放つ。どうせなら全員にかけたい所だが、5人分となると流石に隙が無い。
「おおおおッ!!」
ショーマの持つ大量の魔力がバムスの身体に纏われ、身体機能の増強が行われる。
そしてバムスはその強化された肉体でもって、両拳に闘気を練り上げていく。闘気の総量が増えている訳ではないが、身体を作る全身の筋肉が強化、補助されていれば、いつも以上に闘気を高密度に凝縮させることが出来た。
まるで帯電を起こしているように、拳に闘気が集まりバチバチと音を立て光を帯びていく。そして同様に強化された両脚を強く踏み込み、虚空へ向けて拳を放った。
「覇ッ!!」
拳術技『天拳雷哮』。拳から放たれた闘気が光となって敵を撃滅する奥義だ。
本来なら今のバムスには扱えないレベルの大技だが、ショーマの支援によって成功に至ったのだ。
「フッ、本当にとんでもないな、これは……!」
更にバムスはもう片腕にも溜め込んだ闘気を同様に解放する。2度目の閃光が、無数の『シャドウファンガー』を消し飛ばしていった。
「さあ、もう一息だよ!」
その光を目にし、レウスが檄を飛ばした。
敵の数は大分減ってきており、戦いも佳境に差し掛かっていることを示していた。
※
そして夕陽が差し始める頃。ようやっと騎士団総団長から『シャドウファンガー』の掃討終了の宣言が出された。
現在は被害状況の把握や、まだどこかに仕留め損ねたのが潜んでいないか、騎士達は市街をくまなく調査を開始した所である。
「…………」
総団長グローリアは上がってくる各種報告を聞くにつれ、段々と眉間のしわが深くなっていった。
特に一般市民の死者である。確認される数は時を追うごとに増加していき、この調子だと500に届きそうである。
死には至らずとも重傷を負った者も多い。家や資産を失い今後の生活に困る者もいるはずだ。
もちろん市民だけでなく騎士にも死傷者は多い。部隊の人員整理、再編成も急がねばならない。
「やってくれたものだ」
魔族の大攻勢。今回の襲撃が総戦力の内どれ程だったかはわからない。わかることは幹部と思しき3体が自ら参戦し、雑兵に相当するであろう『シャドウファンガー』はその内1体が『生み出した』ものであること。
つまり今まで多く見られていた、獣が変異したタイプの魔族はその数を全く減らしていないということだ。あれほど大量に生み出したのだから、『シャドウファンガー』が今後出現する可能性は低いと見て良いだろう。大時計塔の黒い壁も消えている。
結局あの壁は、魔力の凝固体であり、『シャドウファンガー』を生み出す源。と考えて良かったのだろうか。軍師団との会合の上で立てられていた推測はこうだ。
……自身の一部を切り崩して、それを魔獣『シャドウファンガー』に変換させる。消費された分は大気中なり何なりから吸収して自己補填する。補填機能を起動するにも魔力を多少消費するため、全てを使い果たすと『シャドウファンガー』を生み出すことも、自己補填を行うことも出来なくなる。
そうなると今の問題は、あの黒い壁が消えたことで王都市街に『シャドウファンガー』が現れることが無くなった。と考えて良いのかということである。
それで良いならば、市街に配置する警備部隊を減らし、その分を侵攻に回せる。
そう。いつまでも黙ってやられているばかりではいられない。
いい加減グローリアも我慢の限界であった。
※
市街では騎士団が救助活動や復興の準備を進めていたが、ショーマ達はこの日何度もの戦闘を行っていたためこれの免除、自宅での休養が許可されていた。
もう日も暮れて周囲は暗くなりつつある頃だった。
「まずは皆、お疲れ様と言った所かな。……無事で良かった」
終了宣言後、少々戸惑いながらも合流を果たし、今はこうしてリビングに集まって休憩していた。負傷はほぼ無いが継続的に戦闘を行ったため疲労が大きい。特に身体強化魔法をかけていた男性陣4人はその反動がやって来ている所でもあった。
「今日はもう休んで、詳しい話はまた明日にしようと思うんだが、どうかな?」
くたびれた様子のメンバーにレウスが提案する。
「……詳しい話ねえ」
デュランが独り言のように呟いた。レウスの隠していた実力に関して、また誤魔化そうとしているのでは無いかと疑念を抱いたからだ。
「……ちゃんと話すよ」
レウスもそのことは気付いているようで、苦笑いしながら返す。
「フン。まあ良いだろう。流石に少々疲れたしな」
「……ああ、そうだな」
あまり釈然としたものを感じなかったが、デュランとバムスは同意する。
「君達は?」
レウスは他の5人にも聞く。
「私はさほど疲れておりませんし、せっかくですから騎士団のお手伝いでもしてこようと思うのですが」
まずローゼが手を上げて答える。
「うーん。一応小隊単位でお休みを貰ってるからねえ。素直に休んでいて貰いたいんだけど」
「そうですか……。ええ、わかりました」
少しだけ残念そうな顔をするローゼをバムスが半笑いになって見つめる。下心があることに気付いたのは事情を知っている彼だけだった。手伝いたいのは騎士団ではなく……。
「な、なんですの……」
「別に、何も」
「? ……他の皆は?」
2人の様子に何かを感じながらも、大したことでは無いだろうと特に気にしないレウスであった。
「私もちょっと疲れたから休みたいわ」
「そうだな」
それからメリル、ショーマ、そしてセリアとフィオンも同意した。
「ありがとう。……実はこの後屋敷を失った方々の一部を一時的に宿泊先として受け入れることになっているんだ。君達の部屋を空けてもらうようなことは無いが、まあ承知しておいてほしい。……それなりに上等な立場の方が多いから、面倒事を起こさないでくれれば」
レウスは全員の同意を得てからそのことを伝える。
魔族の襲撃で多くの建物が破壊された。今夜の寝床を失った市民は多く、騎士団では受け入れ先を募っていた。そしてそういう時に真っ先に候補に上がる家と言えば、大抵の場合ブロウブ家も含まれる。
今後継続的にこの屋敷が使われるかまでは未定だが、少なくとも今夜はそれなりの家のそれなりの人数が、この屋敷に招かれることになっていた。
「ちょいとおにいさん、お願いが……」
話を終えてリビングから出てきたショーマを、廊下で待っていた鎧姿のステアが呼び止めた。
「ん、どうした?」
「鎧脱がすのを手伝ってもらえますかね」
「……良いけど」
何かと思えば、他愛ないことを頼んでくるものだった。
「ありがとうございます。すっごい面倒なんですよねこれ」
「へえ」
武器庫へ降りて鎧を脱がす手伝いを行う。ショーマも士官学校で何度か鎧を着せてもらったことがあるが、着脱だけでも意外と大変なものであることは知っている。手伝って欲しい気持ちはわかるので変に勘ぐらず素直に付き合ってやるとした。
「まず小手を取るんですけど、ここの留め具外してくれます?」
「うん」
腕を保護する小手には、しっかりと指も保護できるよう厚めの生地が使われている。そのため細かい作業が難しいのだ。まずはこれを外さないと始まらない。
「次は兜なんですけど」
「ふんふん……」
頭は重要な器官だ。そうそう外れないようにしっかりと留められているため、これも1人で外すのは手間である。
「ふー、どうも。あーすっきりします」
ステアは兜を脱いで後ろで結っていた髪留めを外す。頭を乱暴に振ると、さらさらと銀髪がきらめいた。
行動そのものはどうにも水に濡れた犬が体を振るような姿を思い起こさせるが、この美しい髪のせいか、その仕草にはどこか気品を感じさせるのだった。不思議なこともあるものである。
「で、鎧を脱ぐ前にマントを取って……、そしたら背中の留め具を……」
そんな調子でショーマは言われるがまま、鎧を脱がすのを手伝っていく。
「やー、どうも。すっごく早く終わりましたね」
「そうなのか?」
一通り鎧を脱ぎ終え、インナースーツだけの状態になるステア。身体中の凝りをほぐすように背伸びをする。
ショーマが手伝っても結構時間がかかって、彼女が教会騎士団にいた頃は戦闘があるたびこれの着脱をしていたのかと想像すると、なんだか色々な意味で可哀想になる。
「1人でやると2時間くらいかかるんですよ。牢屋で脱いだ時は暇だったからそれでも良かったんですけどねー」
「そんなにか……」
そんなにだと、間違いなく常に誰かと行動する必要があるはずで、1人で放り出されたことがそれだけおかしいことだと改めて考えさせられる。ショーマはそう考えながら、脱ぎ散らかされた鎧を拾ってハンガーにかけていく。
「あ、私がやりますよ」
「ん、そう? ……これって、結構重いよな」
「まあ、そうですね。……全身ガチゴチに凝っちゃうのでマッサージとかしてほしいところですねえ……。ちらっ」
「…………」
「……割と本気で」
「考えとくよ」
年端もいかない少女がこんな物に身を包んで勇ましく剣を振るう。なんて事態を儚んだつもりだが、軽くいなされてしまった。……どこまで本気なのだか。
「……おにいさんは女の子の着ていた物を脱がす行為にムラっときたりしないんですか」
「別に」
「……ちっ」
「…………」
いつもこの少女はこんな調子で重苦しい背景を感じさせない。意図的なのか、これが素なのか。それもちょっとわからない。
「……戻ろうか」
「そですね」
あまり気にしすぎるのもお節介がすぎるかもしれない。ショーマは苦笑してリビングに戻ろうとした。
「……おにいさんも大変ですよね」
「そうだなあ」
地下からの階段を昇っていく2人。
「なんだったら私が慰めてあげても良いですよ」
「そりゃありがたいね」
「……。私、お母さんがあれですから、経験は無いですけどきっと上手くやれますよ」
「何の話だ……、って」
変なことを言い出すステアにショーマは振り返る。
ステアの母親。……確か、魔族で、サキュバスとかなんとか。
男に淫らな夢を見せて、精を奪っていくと言う、魔族。
その娘だから……。
「ああ慰めるってそう言う……」
「何だと思ったんですか」
「……いや、無い無い」
一笑に伏すショーマ。ステアは頬を膨らませる。
「なんでそんな否定しますかね」
「だってなあ……」
貧相な体を上から下へと眺める。
「む……」
するとステアはまた少しむくれっ面になった。
今までも不自然な自信で肉体を自慢してはその度に失笑を返されていたが、今回は何が気に入らなかったのだろう。
「もう良いです」
「あー……、なんか気に障ったなら謝るよ」
「怒らせてる理由もわかってない人に謝られたって何にも感じませんね」
「……言うじゃないか」
本当にどこまで本気かわからない娘である。謝るにもどこまで誠意を込めればいいやら判断しかねていた。
「ところでおにいさん」
「今度は何」
「ちょっと魔導力を吸わせてくれませんか?」
「……ああ」
そう言えば激しい運動の後は周囲から魔導エネルギーを吸収しないといけない、とかいう話だった。それにしても話題をころころ変えるものだ。
疲れている皆から吸わせて疲労を重ねさせるのもどうかと思うので、ショーマは自分だけで済むならと大人しくその要求を聞き入れる。
「ほら」
手を差し出すショーマ。
「……いただきます」
その手を取るステア。
まるで普通に仲良く手を繋いでいるような形になった。
「……あふぅ」
ステアは魔導力を吸収し始めて気持ち良さそうに顔をとろけさせる。対してショーマには相変わらず何の感覚も無い。
いや、何となく、ある気がする。つい先日、大時計塔にて大量の魔導エネルギーを使った後の脱力感。それに似た感覚を、ほんの少しだけ感じた。
「疲れてるのかな……」
「やっぱり慰めてあげましょうか?」
「いらん」
地下武器庫から上がって廊下を通り、リビングに戻ってくる。
「あ、どこ行ってたのよ」
ショーマ達が戻ってくるのを待っていたメリルが声を上げる。
「ちょっと武器庫へ」
「ふーん……」
メリルはじとりとした視線をショーマへ向け、その後ステアに移す。
「私はー、何もー、してないですよー、っと」
「……何も言ってないでしょ」
「え、あ、……えっと、ごめんなさい」
「む……。そんな、謝られても」
茶化して誤魔化そうとしたステアをたしなめたら、素直に謝られて今度はメリルの方が困っていた。
「……?」
何やら自分にはわからない言外の応酬でもあったのかとショーマは首を傾げた。
「……えっと、」
「……あー、俺に用事?」
何か言いたげにしているメリルに、ショーマは自分から問いかけた。
「ん……、大したことじゃないんだけど……。今日の、あの。……強引に付き合わせちゃって、ごめんなさいって」
俯きがちに視線を泳がせながら、メリルは対『シャドウファンガー』戦においてショーマを強引にサフィードへ乗せて戦わせたことを謝罪した。
「あー、それは別に気にしてないけど……。確かに後で合流するの面倒だったけどさ」
「それだけだから、……お休みなさい!」
「え、あ、ちょっと?」
メリルは言うだけ言って、その場を離れていった。
「あー……?」
「ふふふ、女心がわからなくて戸惑ってますね」
それを見送るだけのショーマと、わかったような口を利くステアであった。
「じゃあ私もそろそろお休みしますね。それでは」
「え? ああ。……あ、お前怪我したとか言ってなかったか?」
「寝れば治りますよ。いつまでもおにいさんとべたべたしてるわけにもいかないのでもう行きますね。それでは」
「……? ああ、お休み……」
※
何やらよくわからない理由でメリルもステアも自室に戻っていってしまった。
ショーマは寝るにはまだ少し早いような気がして、何となく屋敷内をうろつく。エントランスの方が少し慌ただしくなっていたのは、そろそろレウスの話していた客人達がやってくるということだろうか。
「あ、そうだ」
客人には風呂を使いたいという人も多いのでは無いだろうか。なので彼らに使われる前に、軽く汗を流しておこうかとショーマは考えた。
「わ」
しかし浴場の入り口でセリアとばったりでくわした。どうやら彼女も同じことを考えていたらしい。
「ああ……、先に使って良いよ」
「……良いの?」
ここで先を譲ったら恐らくセリアが出る頃には、例の客人達は到着して風呂を使おうとするだろう。
いくら広い風呂とは言え、客人と自分達居候が一緒に入るのはちょっと無礼だろうし、かと言って彼らが上がるのを待つのもどれだけかかるかわからない。
大人しく明日の朝にでも入るのが無難と考え、セリアに順番を譲りショーマはその場を立ち去ろうとする。
「あ、ショーマ、くん……」
「……何?」
「えっと……」
セリアは何か言いたげに口ごもる。
ついさっきもこんな感じのことがあったような気がした。流行ってるのだろうか。
「……一緒に入る?」
しかし出てきた言葉はまるで違うものであった。
「……え?」
ショーマはその言葉の意味する所を理解して、頭が真っ白になりそうになる。
ちょっと過激すぎじゃないか。それともセリアなりに気を使っているのだろうか。リノンの件からまだ日も浅い。ショーマもセリアから好意を向けられている自覚はある。今更考えを曲げるつもりは無いが事が事だしここはいっそ申し出を受けてあげるのもいやいや何をそんな。
「……や、やだな。冗談だよ」
「え?」
「…………」
「……ああ、うん、冗談ね。わかってるわかってる……」
その言葉にショーマはゆっくりと落ち着きを取り戻す。
(……そりゃそうか)
照れ臭そうに頬を染めながら笑うセリアに別れを告げて、ショーマは自室へと戻っていく。セリアはそれを黙って見送った。
「……はぁ」
そして残されたセリアは、自分の意気地の無さにひとり溜め息をこぼしていた。