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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,03
54/104

ep,051 天を覆うもの

 王都パラドラ市街は、巨獣と化したベゼーグの攻撃によって甚大な被害を受けていた。

 最も被害の大きい南東区画は一帯のおよそ半分ほどに及ぶ。建物の殆どは崩れ落ち、あちこちから土煙と火の手が上がっている。

「あぁ……、もぉう終わりか……」

 その瓦礫の山に、巨獣への変化を終えて元の姿、……ともまた少し異なる、両腕と同じ様に両脚を肥大化させていたベゼーグが立った。

 ベゼーグはちらほらと見掛けられる、倒れ込んで起き上がる気配の無い騎士達をつまらなさそうに見渡し、続いて上空を旋回する竜騎兵達を見上げた。

「……んん?」

 考え込んでいると、がら、と瓦礫の崩れる音がした。そちらに視線を移す。

 そこには黒い甲冑に白いマントを纏い、その小柄な体に似つかわしくない大剣を構えた、1人の騎士が立っていた。

「……あの人はお仲間さんを見ているので」

「あ?」

 その小さな黒い騎士が、ぽつりと鈴の鳴るような声を発した。

 何を言いたいのか、ベゼーグの頭では理解出来ない。

 そして、ふわりと風がそよいだかと思うと、その姿が消える。

「……!」

 瞬間、胸元に剣が突き立った。

「その間に私があなたをぶっ殺しといてやります」

 黒い鎧の少女ステアは、冷ややかな殺意を見せつけた。


「あの力……!」

 アッサーが駆る翼竜ラフィースラ。その背に乗るグランディスは、上空からステアの怪力を目の当たりにしていた。

 彼女の存在自体は、レウスから報告を受けたグローリアを通じてグランディスにも届いている。

 ……人間と魔族の間の子と言う、元教会騎士の少女。今は色々あってブロウブ邸に匿われ、ショーマになついているとか何とか。

 その話を聞いた時は色々と興味を抱いたものだが、今はとにかく目の前の問題だ。

 つい先程、彼女はショーマ共々メリル達の元へ連れていったはずだというのに、なぜこんな所にいるのか。


   ※


 距離があったとは言え、衝撃の余波はメリル達にも届いていた。だが契約竜のサフィードが主のメリルと他3人を抱えて空中に飛び立ったため、辛うじて難を逃れてはいた。

 そこへグランディスに連れられてきたショーマが駆け寄っていく。

「皆、怪我は!」

 気位の高いサフィードが珍しく契約主以外に力を貸していたが、それだけの状況だったということはショーマも身に染みていた。

「ええ、私達は……。貴方こそ、平気?」

「ああ、大丈夫。……他の皆も竜騎兵さん達が拾ってたし、大丈夫だと思う」

「そう、良かった。……あの子は?」

「え? ……あれ?」

 ショーマがメリル達の無事を確認し安心している内に、ステアは姿を消していた。


 その後グランディスはショーマを置いて再び飛び立ち、魔人の元へ向かい、そしてそこで剣を構えるステアを発見した。

 一足速くここに駆けつけていた。ということだろう。どうやって自分達より早く見つけたのだろうか。

 それと共に、一騎討ちを仕掛けるステアに助太刀するべきかをグランディスは考える。するならするで、どう手を出すか。

 王立騎士団とはあらゆる面で異なる教会騎士と、どう連携すれば良いか。そうすぐには判断出来ずにいた。


   ※


(浅い……!)

 ステアがベゼーグに突き立てた剣は、数センチほどの深さまでしか刺さらずに、そのまま勢いを乗せて後方へと突き飛ばすのみに終わった。予想以上に高密度な筋肉のようである。

「どおりゃあ!」

 反撃に突き出された拳を軽く避けながら距離を取る。

 そして強く足を踏み出し、今度は体ごと回転させて叩きつけるように剣を振るう。

「ヌン!!」

 対するベゼーグは巨大な腕を引き締めてこれを防ぐ。肉の弾ける乾いた音が鳴り響いた。

「……っ!」

 この2撃でステアは敵の防御力に、大体の当たりをつける。

 ……とんでもなく硬いが、しかしやってやれないこともないレベルだ、と。

「!」

 もう1度距離を取り直し、剣を腰だめに構えて力強く駆け出す。

 迎撃に無造作に振るわれたベゼーグの巨大腕を屈んで避けて、その脇を駆け抜ける。

「……あァ?」

 通り過ぎたその先で力強く脚を踏み込み急停止、その反動で更に加速して再び跳び込む。

「ちょこまかと……!」

 急停止と再加速を繰り返し、ベゼーグを翻弄するステア。しかし、それだけでは無い。

 ステアが駆け抜けた後には、闘気を乗せた風が残る。ベゼーグの周囲を旋回することで、その風は渦となり気流を起こしていく。

 そして自ら作り出した闘気の気流に乗ることで、ステアの攻撃力は加速度的に高まっていくのだ。

「……ッ!!」

 乗算された闘気を高速疾走で更に上乗せして、ステア自身の怪力をもってして白刃閃く斬撃を豪快に浴びせつける。

 ベゼーグの背後から振るわれたその斬撃は、しかしぎりぎりの所で察知され、直撃を避けられるのだった。

「なっ……!?」

 胴体を両断せんと振り抜かれた一閃は軸をずらされ、胴体の半分と片腕を斬り落とすのみに終わった。

 ステアは勢い余って地面を大きく滑っていく。停止するとすぐさま向き直る。

「……ッ」

 必殺を狙った一撃であったがゆえ、攻撃後の展開は最低限にしか考えていなかった。

 最低限、つまり次の一手を耐えられる程度の余力だけを残した攻撃。

「……おらああぁッ!!」

 だから、反撃に繰り出されたベゼーグの蹴りを、剣と全身で甘んじて受け止めるしか出来ない。衝撃が鎧を突き抜け、ステアの小さな体に激しい痛みが走る。

「ぐぁっ……!」

 重い鎧を纏っているとは言え、本人の体は軽い。強烈な蹴りにその体は遠く跳ばされる。

 体を回転させて地面を転がり、衝撃を減らしながら距離を取る。

 啖呵を切っておいてみっともない話だが、ここはなんとか撤退をしなければならない。もう次の一撃を耐えられる自信は無い。

 せめてそれを悟られないよう、懸命に強い意志を視線に込めて兜の奥から睨み付ける。

 ……敵の防御力と攻撃力は十分想定内だったが、あの一撃を回避した勘の良さは並みの物ではなかった。何らかの特殊能力かとすら感じられるほどだ。

 次は、どう動く……?

「おい」

「……?」

 ベゼーグの次の一手を軽快するステアだったが、しかし何を思ったか敵はこちらに声をかけてきた。

「思わず蹴り飛ばしちまったが……。お前、……こっち側、じゃねえのか? 何で俺に喧嘩売りやがる」


 こっち側。……つまりは、自分達と同じく魔族ではないのか。

 ベゼーグは戦いの最中、ステアから感じられる魔力が人間よりも自分達のそれに近い物だと言うことに気が付いた。

 魔族は魔族を襲わない。魔族なら誰もが抱く、言わば本能だ。

 ベゼーグもまた、自分と同類を殺すのはあまり好きではなかった。勿論気に入らない奴がいたら容赦はしないが、基本的にはこの本能に従ってそうそう襲うことはしない。

 ……それは目の前のそいつも、同じように思っているのではないかと思ったのだが。


「……そんなんじゃ、ない」

 そう、ステアはベゼーグの言葉を否定した。

 半分は魔族でも、……もう半分は人間だ。

 半分は魔族だから、確かに少なからずステアにも魔族らと敵対したくない気持ちはある。

 だがそれ以上に……、気に入った人間がいる。

 彼を悲しませた魔族は、敵だ。

 だから、ためらう理由は無い。

「……なんだ。……違うのか」

「……!」


 ベゼーグはあまり深く物を考えない。

 何か気になることがあっても、そいつが違うと言うならば、それで納得してしまう。

 こいつは殺すべき、敵だ。

 だから、ためらう理由は無い。


 ベゼーグは太く肥大化した脚で地面を強く蹴り跳躍、残された巨大な片腕を降り下ろした。

「……オオオオッ!」

 それを上空より飛来した竜、アッサーの駆るラフィースラが舞い降りてベゼーグの一撃を防いだ。

「邪魔あ、すんのか……!」

「……かかれッ!」

 アッサーの号令に応え、弧を描いて旋回していた竜騎兵達が降下を始める。その数は8。

「おわ」

 ラフィースラがステアを掴んで飛び上がる。

 それを確認して、まずは4騎の竜騎兵が4方向からそれぞれ炎と雷の魔力波を放つ。

「邪魔くっせえな!」

 ベゼーグは片腕で振り払おうとするも、1本の腕で4つの魔法は防ぎきれる筈もない。

 騎士達が見越した通り、巨獣形態の時に展開されていた魔導壁も、魔法を無効化する能力も無くなっているようだった。

 防ぐのに手一杯になっていた隙を突いて、残り4騎が槍を手に接近する。魔力波の照射終了から間髪入れず、絶妙のタイミングで突きと斬撃を放ってその身体を斬り裂く。

「……チィッ!」

 息のあった連続攻撃に翻弄されるベゼーグ。強靭な肉体にはそうそう致命傷にこそならないが、確実に負傷を与えていく。

 苛立ち紛れの無造作に振るわれた蹴りを、騎士達は距離を取って悠々と回避する。空中を自在に舞う翼竜に格闘戦を挑むなど、愚行も良い所であった。

 更にそこへ予期せぬ人物が現れる。

「どっけええぇッ!!」

 名馬オルデアス3世に騎乗したヴォルガムが、剛槍を手にベゼーグへ向けて一直線に突撃を仕掛けた。

 市街の大破壊からはなんとか無事に逃れたが、ベゼーグの姿を見失ってしまい、先程ようやく見つけることが出来た所であった。

「……全騎後退ッ!」

 上空から仲間の戦いを見ていたアッサーは、協力だの連携だのとは無縁のヴォルガムが現れたことで、攻撃の中止命令を出さざるを得なくなった。

 8騎の竜騎兵達は翼をはためかせ空中に高く浮かび上がる。周囲から敵がいなくなったベゼーグもまた、すぐさま意識を次なる敵へと移した。

「ははッ、来たかァッ!!」

「……!」

 オルデアスと共に疾駆するヴォルガムは、剛槍を構え力を込めた。


 ……もう何度目かの激突となる。

 ベゼーグは腕に加え脚が強化されているようであったが、今のヴォルガムには共に死線を潜り抜けた愛馬のオルデアスがいる。

 ……ならば。

「負ける道理は無いッ!」

 人馬一体。ヴォルガムとオルデアスが揃った今、貫けない敵はいない。

 だが、しかし。

「ムッ……!?」

 オルデアスが急制動をかけた。後ろ脚で立ち上がり、強くいななきを上げる。

「これは……!」

 目の前の地面に、上空から突如飛来した黒い剣が4本突き刺さった。もし止まらずにいたら確実に貫かれていた所だ。

「……手前ェ! ルシティスッ!!」

 戦いを邪魔されて怒りの声を上げたのはベゼーグの方だった。彼は旋回するアダマンティスナイツよりも、更に上空で浮遊していたルシティスに向けてなじりつける。

「今日はこれまでだ。下がれベゼーグ」

「ざっけん……、ぐっ!?」

 撤退の指示に口答えしようとするベゼーグであったが、突然首もとを押さえて苦しみ出す。

「お前があの姿になれたのはアーシュテンの仕業だ。……わかるだろう」

「糞がッ……、反動、ってやつか……。……おいジジイ。俺とケリぃつけるまで……、ッ、死ぬんじゃあねえぞ!」

「……! 待ちやがれッ! 貴様はここで……!」

 ベゼーグは苦しそうに時折言葉を詰まらせながら、ヴォルガムに捨て台詞を残して黒い影に消えた。

 ヴォルガムの怒りの言葉も伝える相手が消えたことで途切れる。

「奴までは逃がすなッ!」

 アッサーはせめてまだ上空に残るルシティスだけは逃すまいと、竜騎兵達に指示を飛ばした。

 8騎の竜から、一斉に魔力の奔流が放たれる。

「ふん」

 しかしルシティスは、マントの内側からアスラウムより奪い取った魔剣ツマベニを抜き払い、ぶつけることでその砲撃を防いだ。

「……あれは!」

 魔力を奪い取る能力を持った魔剣。高密度に圧縮され高い威力を持つ強力な竜魔法であったが、魔剣ツマベニには格好の餌食となる。

「……!」

 だが複数の属性、それも8つ同時はさすがにまだ使い慣れない魔剣では厳しかったのか、ルシティスはわずかに眉をしかめる。短距離を空間転移で移動してこれを受け流した。

「まあいい。……折角だ人間よ、土産を置いていってやる」

「土産だと……!?」 

 ルシティスが腕を振るうと、空中におびただしい数の黒い剣が次々と現れていく。あの日、大時計塔を黒く染め上げた時のように。

「……!」

「ふっ、まあこれで最後さ。精々楽しませて欲しいな」

 ……最後。ルシティスは長い年月の間に溜め込んだ魔力の内、王都侵攻に使用する予定だった分の魔力を全て放出する。

 それはつまり、影の魔獣、『シャドウファンガー』が王都を襲うことは今日で最後になると言うことだが、当然ながら騎士達はそこまで察することは出来なかった。

 ルシティスの広げたおびただしい数の黒い剣が『シャドウファンガー』へと姿を変える。

 更にこの場からは離れた地点にある、大時計塔からも次々と『シャドウファンガー』が出現する。

 そして、天の日差しを覆い隠しそうな程の大軍勢が、王都上空に出現したのであった。

「これは……!」

「では、精々健闘すると良い。……貴様達の大切な、愛する民とやらのためにな」

 ルシティスは邪悪な笑みを浮かべると、その姿を黒い影に消した。

「……迎撃を開始! 急げッ!!」

 最大級の危機を察し、アッサーは指示を出す。

 時を同じくして、市街のあちこちでも騎士達が同じ様に迎撃行動を開始した。


   ※


 大時計塔周辺。

 グローリアを始めとする騎士達はそこから出現する『シャドウファンガー』に圧倒される。

 何よりも、その異常な数に。

 今まで大時計塔から出現した中で最も、否、とても比較になどならない数が出現していた。

 だがその混乱の中でグローリアは見た。今まで『シャドウファンガー』を出現させていた、大時計塔を覆う黒い壁が消失したことを。

 恐らくはこれだけ大量の数を生み出したことで、その力が尽きたのだろう。ならばここさえしのげば、王都に平穏は戻る。

「怯むなッ! ここが正念場だぞ!!」

 騎士達に激を飛ばす。最後ではあるが、最大の戦いでもある。

「大時計塔を覆う黒き壁は消失したッ! この戦いを乗り切って、我等が王都に平穏を取り戻して見せよッ!!」

「……オォーッ!!」

 それを受けて騎士達は歓声を上げ、上空を飛び交う『シャドウファンガー』へと一斉に弓や魔法で攻撃をかけていく。

「……兄上!」

「さあ、お前も行け」

「……はっ!」

 隣にたたずんでいたブレアスにも指示を出す。

 正式な任命はまだだが、この弟も将軍となる男だ。存分に腕を振るって貰わなければ困る。

「……さて、私も行くか」

 そしてグローリアもまた、神位剣ウィルガルムを携えて空を睨み付ける。

 これ程の数で攻められては、恐らく騎士団員どころか一般市民への被害も少なからず出るだろう。

 その時人々の心は弱るだろう。

 だから、希望を与えなければいけない。

 人々を守る盾であり剣である騎士。それらを率いるグローリアこそが、自ら率先して前に出なければそれは為し得ない。

 ……故に、いざ。

 グローリアは高く跳躍し、影の魔獣の群れへと勇敢に飛び込んでいった。


   ※


 そして、アダマンティスナイツに保護され、竜の背に乗せられてショーマ達と合流しようとしていたレウス、デュラン、バムスの3人。彼らを助けたその竜騎兵達は、無数に出現した『シャドウファンガー』の迎撃に向かうと言うので途中で降ろされてしまった。

 自分達も協力したい所ではあったが、今は仲間と合流して戦力を整えるべきである。ショーマ達もそう思っていることだろう。

「……ところで、ここはどの辺りなんだ?」

 デュランが疑問を上げる。衝撃で吹き飛ばされた上、周囲はひどい有り様で現在地がはっきりしない。王都生まれではないデュランでは特に。

「俺の家の近くだな」

 バムスが辺りを見渡し、どこか緊張の面持ちで答えた。

「……すまんが」

「ああ、わかってる」

 レウスは実家の様子を気にするバムスの意を汲んだ。

 合流も急ぎたいが、大事な仲間の大事な家族の安否だって気になる。近場なら少しくらい様子を見に行ったって構わないだろう。

「じゃあ、まずはワグマン邸を目指してみようか。案内頼めるかな」

「ああ。……こっちだ」

 影の魔獣が舞う空の下、バムスを先頭に3人はワグマン邸を目指す。

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