ep,049 騎士達は剣を手に
ベゼーグの死体であったそれは、肉を噴き上げながら更に巨大化していく。
「まだでかくなるのか……?」
「逃げた方が良いんじゃないですかねえ」
ショーマの呟きにステアが提案する。
確かにこのままだと自分達もこの巨大化する肉塊に圧し潰されてしまうかもしれない。
様子を見ながら少しずつ後退していく。だが肉塊は尚も巨大化を続け、周囲の家屋を圧し潰していく。
「おいおいおい……」
それでもまだその巨大化は止まらない。どこまで大きくなるというのだろう。
そこへハルクの放った矢が突き刺さり爆発を起こした。肉塊の一部が吹き飛んで飛び散る。
「君達も手伝ってくれ!」
ハルクがショーマ達に向けて叫ぶ。
あまりの異様に面食らっていたが、確かに放置するわけにもいくまい。
「よし……!」
ショーマは術式を組み上げて『サンダーストーム』を放つ。巨大化し続ける肉塊を閉じ込めるように竜巻が起こり、その中へと雷撃が無数に落ちて、肉塊を削っていく。
続けてメリルとセリアも魔法を撃ち込んでいった。
……しかし、本当に何とか出来るのだろうかこれは。
攻撃を与えてもお構いなしに、削れていった部分にも肉は噴き上がり、再生を同時に行いながら巨大化は続く。
そんなショーマ達の背後に、塔から降り立ったグローリアとブレアスが到着する。少し遅れてレウスとデュランもやって来る。
「皆無事だったか。……急にこんなものを放り落として済まなかったね」
レウスはショーマ達に駆け寄った。
「ああ、俺達は皆大丈夫だよ。お前達は?」
「大丈夫だよ。今はそれよりあれを何とかしないと」
「……ていうか何なんだ、あれ?」
「ベゼーグだよ。10分限定で『真の姿』とやらになるらしい」
「……はあ。……真の、姿ねえ」
なるほどそう言えば、先程の戦いでももそんなことを口走りながら腕を巨大化させていた。
真の姿……。つまり最終的には腕以外にも、全身を巨大化させるつもりなのだろう。分かりやすいと言えば分かりやすい展開である。
だからと言って対処法まで分かりやすいということは無い。大きいということはそれだけ中身が詰まっていて、丈夫ということだ。処理するだけでも一苦労だろう。
ましてや意思を持って暴れだされては、まさしく手に終えないというやつだ。
「とにかく、すぐにでもあれを撃破する。魔法を使える者は攻撃を手伝え。そうでない者は増援を呼んでこい」
グローリアが神位剣ウィルガルムを振るって指揮を執り始める。ショーマとレウスは顔を見合わせて頷き合った。
「ではショーマ、メリル、セリア、それからローゼ! 君達は総団長と共にあれを攻撃してくれ! ……フィオン、君は何か攻撃手段はあるか?」
「あ、はい、いけます!」
「そうか、ではまず魔法部隊の救援要請の信号弾を打ち上げてから、その後に頼む。デュランとバムスは僕と一緒に来てくれ」
「……ああ」
「了解だ」
レウスは仲間達へと指示を出していく。
「あのー、私はどうしましょう」
そこへステアが居心地悪そうに手を上げる。彼女は騎士団とは関係無いのでいちいち命令に従う義理は無い。
「え、ああ……」
レウスはごく自然に混ざっていたステアの扱いに今更ながら困る。一応ブロウブ邸に軟禁されていることになっている彼女がこんな所にいるのはそれなりに問題があるが、状況が状況なので今は深く追及しないでおく。
「……取り敢えずショーマ達の護衛をお願いしていいかな」
「お、話がわかるじゃないですか。お任せくださいな」
「押し付けただけだよな……」
「……、それじゃ、よろしくね」
ショーマとステアのどっちに言っているのか疑わしい言葉を残して、レウス達は市街の南東方向へと駆けていった。
「行くぞ……!」
グローリアは神位剣ウィルガルムを天高く掲げる。すると、刀身に装着されている魔導機構が駆動し始める。
機構から放出される魔力が刀身に纏われ、巨大な刃を形作っていった。
「……おおおおッ!」
それを魔力噴射によって加速させ、一気に降り下ろす。
大量の魔力を込められた巨大な刃は、高高度から降り下ろされることで更に破壊力を増した。
尚も肉塊を噴き上げ続けるベゼーグを、神位剣ウィルガルムが焦がし尽くしていく。
「私達も行くわよ!」
メリルが叫ぶ。襟元のリボンに手を添えると、魔力が契約竜のサフィードに伝わっていく。
普段はドラニクス本宅の庭で暮らしているサフィードは、ここからなら召喚して無駄に魔力を使うよりも、少し時間はかかるが直接飛んできてもらった方が都合が良い。
サフィードが到着するまでに、ショーマとセリア、そしてブレアスが魔法の術式を組み始める。
その一方で、フィオンは信号弾を鞄から取り出して打ち上げた。これを見て、すぐに騎士団の魔導師達が駆け付けてくれるだろう。
それが済むとフィオンはまた何やら鞄の中をごそごそといじりだす。取り出したのはいつぞや武器商のジェシカから貰ったクロスボウであった。
そしてボルトの代わりに、それと同じくらいの大きさの筒を装填していく。
「え、何やってんの」
「あ、えっ?」
ショーマはどう見ても仕様に無さそうなことをしているフィオンに思わず声をかけてしまう。
「あ、えっと、これはですね……。矢の代わりに爆弾や薬物を投擲出来るように……」
「……改造したの?」
「ええ、えっと、はい……」
「…………」
……爆弾をクロスボウで投擲って。
確かに便利そうではあるが、まさかろくに正規の使い方もしないであっさり手を入れてしまうとは。意外と大胆なことをするものである。
「えっと……」
「ああ、いや、良いんじゃない……?」
「そ、そうですか……、良かった」
実際役には立ちそうなのでそれで良いと思う。そう、ちょっと驚いただけだ。うん。
やがて術式の組み上げが完了し、グローリアに続いてショーマ達も魔法を放っていく。遅れてフィオンも爆弾を投擲する。結構な勢いで飛んでいったのでまたちょっと驚いた。
更にハルクとローゼが家屋の屋根の上から矢を放っていく。
激しい爆発が立て続けに起こり、爆炎がベゼーグの姿を掻き消していった。家屋への被害は……、気にしないでおく。
「……攻撃止め!」
突然、グローリアが神位剣ウィルガルムの攻撃を止めて指示する。
「来るぞ!!」
「!」
……来る。
いちいち何がとは聞かない。ただ、あれだけの攻撃を受けてもお構い無しだったらしいということには戦慄を禁じ得ない。
「……ゥゥウウ」
地の底から響くような唸り声が炎の中から響いてきた。
一行の間に緊張が走る。
「……グゥウウ、ァァアアアア……!!」
炎の中から現れたのは、体長およそ30メートルはあろうかという巨大な、獅子とも狼とも似た四足獣であった。硬そうな体毛と紅に輝く瞳、隆起する筋肉、そして獰猛に剥かれている牙は、どこかあの魔人ベゼーグを想起させる。
背の高い建物の多いこの辺りでも、その巨大さは十分感じられた。ぱっと見た所、人間1人分は丸ごと押し潰せそうな太い脚や、同じく人間1人分は丸ごと含めそうな巨大な口といった点が印象的である。
圧倒的巨体を前にしてショーマは、まず自分のことより仲間がすくんだりはしていないかと心配する。
しかし目を向けてみると、彼女達は案外毅然とした態度でいるようだった。
「兄上、どういたしますか」
ブレアスがグローリアに指示をあおぐ。このような巨大な敵、市街地で暴れられてはひとたまりも無いが、かといって市外に追い出すにも、ここは丁度市内のほぼ中心だ。それは難しいだろう。
「ここで叩くしかあるまい……! 攻撃を再開するッ!」
グローリアは無茶を承知で決断を下した。
咆哮を上げゆっくりと歩を進めようとするベゼーグへと、グローリアは再び神位剣ウィルガルムを降り下ろす。
しかし頭部に向けて放たれたその斬撃は、ベゼーグの周囲に展開された透明な魔導壁によって阻まれる。
「ム!?」
ベゼーグの真の姿。『ベゼーグ・タイタニアン』の真価はその巨体による物理的な蹂躙にこそあるが、それだけでは無い。体内に溜め込まれた膨大の魔導エネルギーを、防御はもちろん攻撃にも転じることが出来るのだ。
なまじ量が多いため、大雑把に放出するだけでも十分すぎる効果がある。狂暴化し理性を失った状態でも、その能力は発揮することが可能というわけだ。
「……サフィード!」
ちょうどそこへメリルの元へと飛来したサフィードが、翼を広げて魔力を練り上げていく。更にメリルはそこへ自身の魔力を混ぜ合わせていく。
そして虚空に腕を払い、メリルは術式を書き上げた。
「いっ、……けぇええ!!」
凝縮された魔力が蒼い閃光となって放たれる。
密度の低いベゼーグの魔導壁は砕け散り、その肉体が焦がされていく。
「今よ!」
「……おう!」
そこへ向けて、ショーマ達も魔法を撃ち込む。
ベゼーグはダメージを受けているのかいないのか、それを受けて鬱陶しそうに首を振っていた。
……動きが緩慢なのは、恐らく目覚めたてだからとか、そんな理由だろう。とにかく、本格的に暴れだされる前に全力をもって撃滅するしかない。
そんな簡単にいくはずも無いのだが。
※
ローゼと共に、家屋の屋根の上から爆撃のように矢を放ち続けるハルクだったが、どうにも手応えが無いことに苛立ちを禁じ得ない。
魔導壁は竜の砲撃により1度砕かれたが、現在は少しずつ再展開を始めている。しかし手応えが無いのはそれが原因というようにも思えない。……更に何らかの防御能力があるのだろうか。
「ハルク将軍!」
順次駆けつけてきた騎士団達の内数名がハルクの隣に立った。
「我々も攻撃に参加いたします!」
「……うむ」
ベゼーグの能力に釈然としないものはあるが、単に威力が足りないだけという可能性もある。大人数でさらに威力を乗せればいけるかもしれない。
正直な所内心では無駄と思いながらも、ハルクは尚も矢を放ち続ける。
「ゥゥウウ……!!」
呻き声を上げるベゼーグがハルク達の方を向く。
「……まずい! 退けッ!!」
「!!」
危険を察知したハルクは騎士達に指示を出し、隣で矢を放っていたローゼを抱えてその場から跳躍する。
「きゃ……」
「はっ……!」
思わず手を差し伸べてしまったが、すぐに自分の行為を意識してしまう。
「しょ、将軍……」
「……ええい! ここ、これは単なる人命救助である!」
自分を誤魔化すように言い訳する。別にまだ何も言われていないと言うのに。
……ハルク・ヴォーテルハウント、27歳。生まれてこの方女性経験無しであった。
※
「オオオオォォ……!!」
王都中に響き渡るような大声を上げ、巨獣と化したベゼーグが歩みを踏み出す。咆哮で引き起こされる空気の振動だけで家屋の窓は砕け散り、一歩を踏み締めるだけで石造りの道路は砕けていった。
そしてその巨体による突撃が、木造の家屋を粉々に吹き飛ばしていき、その突撃から逃れ遅れた騎士達の何人かが押し潰される。
「チッ!」
いよいよ市街へ攻撃を始めたベゼーグに、部隊を展開させたレーデル大隊長は舌打ちをする。
あの巨体をせめて押し止めんと、精鋭達に魔法を打ち込ませてはいるが、どうにも止まる気配は無い。
「だからと言って引くわけにはいかん……!」
レーデルは騎士達に、一層気を引き締めるよう檄を飛ばしていく。
※
次々と集まってくる騎士達による必死の攻撃をなんともせず、ベゼーグは市街を南東方向へ向かって進行していく。歩くだけで被害をもたらすその巨獣に騎士達は不屈の闘志を燃やすも、同時に戦慄も抱いていた。
……あんな化物に、本当に勝てるのだろうかと。
先の戦争に勝利したことで、騎士達の戦意は基本的に高い部類である。裏打ちされた自信があるからこそ彼らは精強でいられた。
しかし今相手にしているのは、人間の枠を越えた存在だ。
沸き上がる恐怖は、長い戦いで溜め込んだ疲弊を思い出させてしまう。異形の存在を前に、騎士達は少しずつ士気を失おうとしていた。
「恐れるなぁッ!!」
しかし、そこへ1人の男が声を張り上げる。
獅子槍将軍ヴォルガム。長年に渡り騎士団で戦い続けてきた男だ。
ヴォルガムは愛馬オルデアス3世の背に跨がり、黄金の装飾が輝く剛槍を天高く掲げた。
「我らがやらねば誰がやると言うのだッ! 愛する者を失いたくないのならば、今こそその剣を振るえぇいッ!!」
弱気になったのは自分も同じだ。だからこそ今は、尚もあそこで戦いを続ける勇ましき者達に続かなければならない。
「恐れるな! 我らは1人では無いッ!!」
オルデアスはその激励に応えるように高くいななきを上げ、重武装の重みを感じさせないような力強さで駆け出した。
「続けえぇいッ!!」
その勇ましい背中に、騎士達もまた再び闘志を燃やすのだった。
※
一方治癒を終えたアスラウムもまた、愛馬ローデットに総勢14の剣を懸架させ跨がろうとしていた。
「本気ですか、将軍……!」
「無論だッ。……我が魔剣を失おうとも、この名まで失うつもりは無いッ!」
アスラウムは確かに並ぶ者の少ない剣士だが、やはり魔剣ツマベニの力に依る所は大きい。それに今は傷を治し終えたばかり。
そんな状況であんな巨大な敵との戦いに挑むなど、無茶が過ぎるというものであった。
「ハアッ!」
しかしアスラウムは制止を振り切って、ローデットを走り出させる。
そう。いかなる状況であっても、将軍の名に恥じる行いをしてはならない。
それこそが自分に与えられた、将軍という名に掲げられた誇りなのである。
※
王城、竜騎兵隊発着場にてグランディスは、竜操術師によって構成された特別部隊、翼竜騎団。……通称アダマンティスナイツを集合させていた。
24名の騎士と24体の翼竜が今、王都の危機に飛び立とうとしている。
「ではよろしく」
グランディスは隊長を務めるアッサー・ベインと共に、彼の契約竜ラフィースラの背に乗り込んだ。
「ええ、それでは。……いざ、出陣ッ!」
「オオッ!」
先陣を切って飛び立つラフィースラに続いて、残る23騎の竜騎兵達が次々と飛び立っていく。
圧倒的戦闘能力を有する翼竜騎団は、その力を行使する機会は殆ど無かった。この実力に見合うだけの敵がいなかったからだ。
今、かの巨獣を前にその翼が広げられる。
※
南東方向へと市街を破壊しながら歩み出したベゼーグを、騎士達は必死に食い止めようとする。
整列した魔導師部隊が互いの魔力を掛け合わせ、分厚い魔導壁を発生させた。ベゼーグは不可視の壁にぶつかり、一瞬歩みを止める。
しかし放出された大量の魔導エネルギーがその壁に浸透し、破壊されようとしていく。
「うおおおッ!!」
耐えられたのは数秒。魔導師達は即座に散開するが、逃げ遅れた何人かはその巨体に蹂躙されていく。
「くっそ……!」
追い掛けながら魔法を放つショーマは苦悶の表情を浮かべた。
「なーんか魔法効いてないですよね」
「ああ……、魔導壁とは違うなんかがあるみたいだ」
いまいち緊迫感が無さそうにしながらも、その実しっかり敵の様子を観察出来ているステアに感心しながらショーマは答える。
「……もっと至近距離からやれば良いのかしら」
サフィードの背に乗り飛翔しながら隣を行くメリルが呟いた。
「……無茶なことすんなよ!?」
「わ、わかってるわよ!」
その発言になにやら不安なものを感じたので、ショーマは釘を刺しておく。
とは言え至近距離で、という案は良いかもしれない。もちろん危険も大きいし、何よりそんなことをすれば騎士達は味方への誤射を警戒して攻撃を行えなくなってしまうだろう。
だが魔導壁とは別の防御能力があるのなら、それの内側に潜り込んで攻撃すれば、それは通るかもしれない。
そんなに上手くはいかないだろうが、ショーマはどうすればそれを極力安全に、確実に実行出来るか算段を練り始めるのだった。