ep,047 ブロウブの騎士
ルシティスの振るった魔剣ツマベニが、グローリアに迫る。
ベゼーグに攻撃を仕掛けている今、グローリアは大きな隙を晒していた。
「……ム!?」
しかしその斬撃は防がれる。駆け付けたブレアスの手によって。
「遅くなりました、兄上」
「いや。そろそろ来ると思っていた」
グローリアはルシティスの斬撃を避けようとしなかった。すぐ近くまで、ブレアスが来ていることに気付いていたからだ。
「……全部お見通しですか」
「良いか。奴の魔剣には触れるなよ」
「……。承知!」
ブレアスは皮肉を無視して助言だけを言うグローリアから離れ、距離を取っていたルシティスへと斬りかかる。
そしてグローリアは目の前のベゼーグを両断せんと、神位剣ウィルガルムに、更なる力を込めていく。
「ぬうううッ!!」
グローリアの聖剣技を耐えながら、ベゼーグはまず風の鎖を引きちぎって拘束を解く。そしてそのまま巨大腕を振り、風の刃を弾き返した。
「はあっはは、……良いぜ良いぜ良いぜ! もっと気合い入れて俺のことをぶっ殺してみろやぁ!!」
「…………」
嬉しそうに大笑いするベゼーグ。対するグローリアは無言。
「……ちょっとはなんか喋れや! おい!」
つまらなさそうなベゼーグに、しかしグローリアはなおも無視。
……魔族に言葉を交わす必要など無い。
グローリアは最初からそういう考えであった。そして無言のまま、再度一歩を踏み出し剣を振る。
「……まあぁ良いさ!!」
ベゼーグも深くは気にせず、巨大な拳でそれを受け止めた。
一方、対峙するブレアスとルシティス。
「その剣……、アスラウム殿の魔剣か」
ルシティスが手にしている魔剣ツマベニには、ブレアスも覚えがあった。……何故魔人がそれを持っているかも、あまり信じたくはないがすぐに察しがついた。
「……生憎まだ試し斬りが出来ていないのだ。お前で不足は無いと良いのだが」
「……抜かせッ!」
怒気をはらんだ言葉を投げ、ブレアスは手にした剣でルシティスに斬りかかった。
それなりに上物の剣ではあるが、将軍格が手にするような特一級品の物では無いし、ましてや聖剣や魔剣の類いでも無い。2つの魔剣相手には少々心許ないが、だからと言って怖じ気づいたりなどはしていられない。
(私とてブロウブの男……!)
幸いアスラウムとは何度か訓練で手を合わせており、かの魔剣については知識がある。もう1つの方が気になるが、そこは場当たりでどうにかするまで。
「はぁああッ!!」
まずはこちらから仕掛けて、相手の出方を窺うことにする。
※
大時計塔の周辺建物を駆け上っていくレウスとデュラン。
この辺りは建築した人物が塔に対抗意識でもあったのか、背の高い家屋が多い。
あんなことになった今、住んでいる人は殆どが避難し別の場所で暮らしているため、こういう踏み台扱いという無礼な真似をしても、そんなに怒られたりはしない。
そうしてある程度までは来れたが、ここからは少し問題だ。さすがに頂上まで飛び移れる高さまでは行けないので、ここからは自分自身に相応の跳躍力が必要だ。
かといって塔は例の黒い壁によって、内部へは侵入出来ない。だからこうしてちまちま曲芸じみたことをして外側から登っているわけだ。相応の跳躍力があるなら、確かに内部から階段を行くよりずっと速いのだが。
「……さて、どうする?」
ショーマから『マイティドライヴ』の魔法を受けたことにより、身体はまだ強化され続けているがそれでも足りないだろう。だからデュランはレウスに尋ねた。策が無いのにここまで来たとは思えない。
「うーん。1人で来るつもりだったからね」
「あ?」
1人でならどうにでも出来たと言うのだろうか。……遠回しに足手まといだと言われているのだろうかと、少しデュランは気が滅入る。
「まあこの際しょうがないか。……ごめんよ、先に謝っておく」
「だからなん……、?」
小さくため息を吐いたレウスはぐっとデュランの腕を掴んだ。
そして足元に強く力を込めると、一気に高く跳び上がった。
「なぁっ!?」
デュランもろとも。
※
グローリアとベゼーグ、ブレアスとルシティスの戦闘は続く。
「あーちょろちょろとっ、うっぜええ!」
振り回される巨大腕を巧みに回避していくグローリアにベゼーグは苛立っていく。
グローリアはそうしてベゼーグが痺れを切らした所で、大振りな攻撃を放つのを待つ。
「だぁらぁッ!」
案の定乗って来たところで、カウンターの一閃を放つ。
「……ハァッ!!」
神位剣ウィルガルムの魔力噴射で勢いを加速させ、更にベゼーグの怪力をも逆に利用することで、この強靭な腕を一気に断ち斬った。
「グゥッ……!」
優勢なグローリアに対し、ブレアスは攻めあぐねていた。
魔剣に触れるなと言う助言を守ろうとすると中々厄介である。何しろ2つだ。
両手で1つの剣を握るのに比べると、片方ずつの力が落ちることが2刀流の弱点の定番ではあるが、触れるだけでまずいと言うならそのデメリットは消える。
加えて大時計塔の頂上はある程度広さがあるとはいえ、戦闘などは当然想定されていない造りだし、足を踏み外したら地上へ真っ逆さまと、足場としては悪い部類だ。
これでは機動力で撹乱しようにも少々厳しい。しかも相手は空中に静止出来る始末。
しかし、兄はこの男を自分に任せた。それは自分ならば勝機はあるということだろう。
……ならば。
「はあああっ!」
覚悟を決めて、懐へと飛び込んでいく。
返しの刃で振るわれる魔剣ネメシュトラをかがんで避ける。
懐へ一気に剣を突き立てようとするも、これは大きく跳躍されてかわされた。
ルシティスは虚空を蹴り、頭上から魔剣ツマベニで斬りかかる。ブレアスも身をよじることで、これを避け返す。
そのまま幾度かの攻防が続くが、互いに紙一重で攻撃を避け合うばかりで戦局は中々動かない。
……いや、これはこれで良いのかもしれない。さっと見る限り、グローリアならばいずれベゼーグを打ち倒せそうである。そうなれば2人がかりでルシティスを追い立てられる。自分はただそれまで保たせれば……。
(何を弱気な……!)
ブレアスは首を振る。
ブロウブの血を引く者として持て囃され、それに見合うだけの活躍をしてきたブレアスであったが、彼にはそれ以上に偉大な兄の影に隠れ続けてきたというコンプレックスが常にあった。
やがてそんなことが当たり前になり、何かあっても兄がいればどうにかなる。そういう風に考えるようになってしまったのが、たまらなく嫌だった。
だから。
「うおおおッ!!」
「……!」
後ろ向きな考えは捨て、果敢に自ら攻めこむ。
そうしなければ、自らを覆い尽くそうとするこの影は払えない。
ルシティスはブレアスの動きから、こちらの魔剣の正体が掴めず慎重になっていると判断し、これを活かさない手は無いと、魔剣ネメシュトラを牽制目的で突き出す。
しかしブレアスはここに来て、それを恐れず自分の剣をぶつけて払った。それにより何か寒気のする感覚が一瞬走ったが、叫び声を上げて強引にその感情を振り払う。
「はあああッ!!」
そしてルシティスの鎧の隙間、脇腹の辺りを貫く。
「……ッ!」
振り返される魔剣ツマベニを避けながら剣を引き抜く。すれ違い様に浅く頬を斬られたが、これは些末なものだ。
(……行けるか!?)
ブレアスは一旦距離を取って様子を窺う。あまり手応えのあった一撃とは言えないが、それでも確かに決まった。
……この調子でいけば、いずれは。
「!」
その時、ブレアスは背後から僅かな気配を感じ取った。
空間転移によって出現した魔人アーシュテンが、ブレアス目掛けて蔓を振り下ろしていた。
「クッ!」
振り返りそれを視認、横に飛んで辛うじて避けるが、ルシティスから目を離すことになってしまう。
その隙を逃すはずも無く、ルシティスは飛び掛かる。
「ッ!」
そこへベゼーグの相手をしていたグローリアが現れて、攻撃を弾き返した。
「兄上……!」
「うむ」
背中合わせに立つ兄弟2人。3人目の魔人が現れたことで再び数の優位は覆った。グローリアもブレアスではルシティスだけならともかく、もう1人増えては荷が重いと判断したのだ。
……それ以外の理由もあったが。
「ちっ、んだよ。手前ぇまで来やがったか。……って、あ? なんだよその首の傷」
魔人達は2人を囲むように立ちながら、互いに言葉を交わした。
「……貴様に言われる筋合いは無いな」
アーシュテンはベゼーグの失われた片腕を見て言い返す。
「ぶあはは! なんだ無様にやられやがったのか!」
……どうも彼らは仲が良いというわけでは無いらしい。
が、それを知った所でどうなる物でもない。
「お前の助力などは不要なのだがな。……何のつもりだ」
大笑いするベゼーグを無視して、ルシティスがアーシュテンに問い掛けた。
「役目もろくに果たせずどの口が言う。さっさと方をつけろ」
「ふん。そんなことか。……言われるまでもない」
アーシュテンの叱責に、ルシティスは魔剣を構える。
「貴様もだベゼーグ」
「けっ。わあったよ」
ベゼーグもまた、残った片腕を肩でぐるぐるとまわし、ついでに首をごきごきと鳴らした。
グローリアとブレアスも、その様子を見て剣を握り締め直す。
「……待て!」
そこへ遅れて到着したレウスが声を上げた。
「レウス……!」
「丁度良い。……レウス、お前はでかいのをやれ」
その姿に驚くブレアスと、すぐさま指示を出すグローリア。
「……! わかりました!」
レウスとしてはやはりあのアーシュテンを自ら仕留めてやりたかった所だが、兄が言うなら従うしかない。
「お前は引き続き先程までの相手だ。あまりぐずぐずしているなよ」
「……! わかっております……!」
グローリアはブレアスにも指示を出して、そして3人は同時に駆け出した。
レウスは言われた通り、ベゼーグに向かって斬りかかる。
先程南東区画で戦った時の続きとなる。腕が片方無いが、兄達のどちらかがやったのだろう。
「ん? ああ、手前ぇか……!」
ベゼーグもレウスの顔を思い出してにやりと笑う。しかし先程は3人で挑みかかってきたのに、今度は1人で来ていると言うのには少々得心がいかなかった。気も少々乗らない。
「っらあ!」
適当に巨大腕を繰り出す。それで十分だと判断したのだ。
しかしそれは無駄の無い動きで颯爽と避けられる。さらにすれ違い様、力強い一閃で腕を深く斬りつけられた。
「……何ッ!?」
先程とは違う、予想以上に威力のある斬撃に面食らう。
続けてレウスは素早く跳び上がって、叩き付けるようにもう1度腕の同じ部位を反対側から斬り裂く。
そのまま着地、そこから再び飛び上がるように斬り上げ。
腕を左右から削り、薄くなった部位を一気に断ち斬る。3度に分けた強烈な斬撃によって、ベゼーグの残った腕を一瞬の内に斬り落とした。
「おいこら……!」
ベゼーグはレウスのその力も速度も反応も、全てにおいて先程より圧倒的に上回っていると感じた。
……この短期間に強くなった? そんな馬鹿な。
となると……。
「手ぇ抜いてやがったな!?」
「……悪いね」
レウスは鋭い視線をベゼーグに向けながら、自嘲するように謝罪の言葉を投げた。
その言葉は何もベゼーグにだけ向けられているわけではない。
※
その少し前。
「おい、何だこれ!」
跳び上がりながらデュランは強気に問い詰めていた。
「だから先に謝る、って言ったんだよ。……皆の前では見せたくなかったけど。……要は僕もブロウブの人間ってことだ」
「はぁ!?」
「だから……、君達とは育ってきた環境が全然違うんだ、ってこと」
ブロウブ家。
騎士の名門。
長年騎士団の重鎮となる人物を育て上げてきた家系。
「……ずっと、俺達の前では、……見習い相応に見えるよう、力を抑えてたってのか」
「まあね。実戦経験は確かに無かったから、判断力とかは本物だけどさ。そのせいで皆を危機に追いやってしまったこともあったね」
大時計塔のまだ途中、突き出した縁の部分に着地する。
ここからならデュランの足でも頂上まで跳べるだろう。
「……気を使ってたってのか」
「ごめん」
またも謝られてデュランは複雑な顔をする。
「……後でちゃんと話せよ。今は……、」
「ああ。済まない。君はここで待っていてくれ。……多分、太刀打ち出来ない」
「……ッ」
色々と気持ちはある。
あんなにも力の差があったことの悔しさ。
今まで話してくれなかったことの寂しさと、そうさせてやれなかった自分の不甲斐無さ。
だが今は、目の前の敵を討ち倒すためにその力は必要だ。
だから今はただ、ぐっと気持ちを堪えるのだ。
「……それじゃあ」
デュランを残し、レウスは跳躍していった。
※
両腕を失ったベゼーグを前に、レウスはゆるりと剣を構える。
「どおうした? 来いよ。俺は別に脚だけでも戦えるんだぜ?」
「……ロウレン将軍を殺害したのは誰だ。お前では無いと言ったな」
ベゼーグの挑発には乗らず、レウスは静かに問う。
「はっ。言うわけねえ……、だろッ!」
ベゼーグはぐっと膝を曲げて飛び掛かり蹴りを放つ。しかし大振りな攻撃はあっさりと避けられる。着地して放たれた回し蹴りも同様である。
「……アーシュテンか」
「違え、よッ!」
「ならルシティスか」
「そおれも違えッ!」
攻撃を避けながらレウスは問い掛け続けると、ベゼーグは次々と否定していく。
「……なるほど」
「あん!?」
どうやらこの魔人、見ての通り頭は足りていないようだ。
ベゼーグでもアーシュテンでもルシティスでも無いとすれば……、恐らくは魔族の女王フュリエスの仕業であろう。未だ姿を見せていない魔人がいる可能性は低くないが、今更それは無いだろうと予測する。
さてそうなると、レウスとしては実に複雑だ。
フェニアスが再会を望む妹は、敬愛する師匠の仇。
……どうしたものやら。
「……ん? あ! 手前ぇ俺を騙しやがったな!」
何はともあれ、まずは目の前のこの男からだ。
「こういうのは騙すとは言わないよ。大体……、君達の非道に比べればかわいいものだろ!」
レウスは全身に闘気を巡らせ、ベゼーグに斬りかかる。
そう。どちらにせよこの男も魔族として多くの人々を苦しめた。許すわけにはいかない。
「……ふっ!」
懐に飛び込んで蹴りを誘う。案の定放ってきた所をかわして背後に回り込み、背中を縦に斬り裂く。
「ぐぁっ……!」
その衝撃に前のめりになった所を更に回り込んで、容赦無く首筋を斬りつけた。
「ごああっ……!」
鮮血が吹き上がる。腕を失っているためそれを押さえて止めることは出来ない。
「が、あ……っ!」
膝をを震わせ、やがてどさりと大きな音を立てて倒れ込んだ。
グローリアはまずアーシュテンの懐に飛び込み、斬りつけるのではなく体当たりで突き飛ばした。
「……貴様には聞きたいことがある」
その状態で、他の者達には聞こえないよう声を潜めて言った。
「…………」
アーシュテンもまた、それを聞いて不気味に笑った。
「……何故貴様がイーグリス王を殺した」
グローリアはアーシュテンの顔に覚えがあった。
かつて、ブランジア王国が隣国イーグリスとの戦争にあった頃、グローリアは自ら少数の部隊を率いて、イーグリス王国王都ロドニスに奇襲を仕掛けた。敵国の王の首を討ち取り戦争を終結させるためだ。
グローリア達の奇襲は成功し、やがて王城の玉座の間へと辿り着いた。
しかしそこにいたのは、既に絶命していた多くの近衛騎士達と、イーグリス王と、……そしてこの男。アーシュテンであった。
室内の凄惨な有り様と返り血の様子から、その男がイーグリス王を殺害したことは明らかだった。
男はグローリア達の顔を一瞥すると、何も語らずただ不気味に笑い、黒い影を残して姿を消した。
残されたグローリアは、イーグリス王の死体から首を狩り取ってイーグリス騎士団員達の前に晒した。騎士達は戦意を失い、それから数日と経たず戦争は終結したのだった。
過程はどうあれ、グローリア達の作戦は成功したのだ。
異様な魔力を漂わせる得体の知れない男が、ブランジアの勝利に貢献したなどグローリアには納得のいかないことであった。
この功績で総団長となったグローリアは、あの男が魔族であると確信して、真実を聞き出すため……、否、真実を知るあの男を消し去るため、魔族討伐に力を注いだのであった。
そしてあの日、レウスからの手紙にあった人相書きから、ようやくこの男が再び現れたことを知った。……ずっと、この時を待っていた。
「ふん。……別に大した理由では無い。我らが女王のために、お前達が勝ってくれた方が都合が良かっただけのこと」
「……そうか。ではもう1つ聞かせろ。お前は、この国の王も殺すつもりか」
グローリアの問い掛けの真意をアーシュテンは考える。そして、ある結論に至った。
「……ああ。なるほど、そういうことか。良いだろう、では教えてやる」
そしてアーシュテンは何事かをグローリアに耳打ちした。
「……貴様、何を」
「私は我ら魔族のことしか考えておらんさ」
そう言って笑うアーシュテンの顔は、やはり魔族としか言えない邪悪な笑みを浮かべていた。
「……まことに醜いものだな、人間というものは」
2012年 06月05日
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