ep,042 本当の願い
「ショーマ・ウォーズカ君。……我々はね、君を対魔族への旗印となってもらいたいと考えているのだよ」
コーシュ軍師長は力を貸してほしいと言ったショーマに、現在自分達が考えている方針を伝える。
「騎士団の士気高揚だけでなく、一般市民からも、『彼がいれば安心だ』と思って貰えるような存在になってもらいたいわけだ。
例えば朝方に君が行ったような、大時計塔の浄化行為。他には例えば、すっかり魔族の顔役になったあの魔人ベゼーグらの討伐等。そう言った、人々の希望となる輝かしい栄光を次々と立てていってもらいたいわけだ。勿論騎士団でお膳立てはするがね。
……要するに、君には『英雄』というやつになってもらいたいのだよ」
「英雄、ですか……?」
「そう。君は象徴になる。人々の心に希望を与える救世の象徴にね。そのためには表に出るような輝きを放つだけでなく、裏方で演出を作り、地味な印象工作という、言ってみれば少々小ずるい真似もすることになるだろう。それも全ては市民に安心を与えるためだ。
……そんなのが我々の考えている計画さ。気分が悪いかね」
「えっと、それは……」
「もちろんこれは我々だけの都合だ。君や君の召喚主であるフェニアス王女が拒否すれば再考の必要があるね。実際に今、王女は否定的なようだし。……君はどう考える?」
コーシュは柔和な笑みを向けて問い掛ける。
「俺は……、ただ、あいつらを何とかして……。その、救いたい人がいるんです。それが出来るなら」
「……。軍師長殿、よろしいでしょうか」
ショーマの言葉に続くように、レウスは手を上げた。
「ん、なんだね?」
「小隊長である自分からも提案をさせて頂いてよろしいでしょうか。彼はこちらの世界、文化に触れてまだ数ヵ月足らず。経験も乏しく、重要な決断はまだ困難と言えます」
「ふん、なるほど。構わんよ、言ってごらん」
「ありがとうございます。……我々第1小隊に上級指揮権を与えていただく、というわけにはいきませんでしょうか」
「ほ、大きく出たねえ。さすがは弟くん、かな」
コーシュは笑みを崩さずに皮肉を言う。
「……。我々は大隊に準ずる行動指揮権を持つことで、彼の能力を素早く運用させ、かつ独自に調査を行い、必要とあれば戦力を集め率先して魔族討伐を行いたいと考えます。いかがでしょうか」
「うん。……駄目だね」
そして少しだけ笑みを消し、コーシュはあっさりと否定した。
「……っ」
「君ら弱いしなあ。それをするなら君らじゃなくて、もっと優秀な騎士達を別に集めさせてもらうよ」
「それは……」
「まあ君1人くらいなら混ぜてあげても良いかな。知らない人ばかりじゃ心細いだろうし。……あ、もう1人くらいいても良いかな」
コーシュは並んで座る、第1小隊の女性陣4人をちらりと見て言った。
「……軍師長殿!」
その視線の意味することを察し、レウスは声を荒げた。
「私は真面目に言ってるつもりだがねえ。グランディス君はどう思う?」
「……彼としても苦楽を共にした仲間と別れろと急に言われれば、辛いと思いますよ」
「んー、じゃあこれも駄目かな。……そんなに我々の案はお気に召しませんかね、王女?」
「……彼には無理を言ってこちらの世界にやって来ていただいているのです。既に記憶を失わせてしまうという過失を犯しておりますゆえ、出来る限り個人意思を尊重させてあげたいと考えています」
話を振られたフェニアスもまた否定した。
「ふーむ。いまひとつ話が平行線から動きそうにありませんな。王女のワガママにも困ったものです。召喚主のご機嫌を損ねて強引に送還させられても困りますし……。はて」
その言葉にショーマはふと考える。王女様の気分次第で、ショーマは元の世界に還されてしまう可能性があるのだろうかと。それはちょっと困る。
「何も今すぐ決めろと言うこともありますまい。どうでしょう、1度考えさせる時間を与えると言うのは」
無駄に時間を浪費するのもと、グランディスが提案する。
「のんびりしてられる状況でも無いんだろうけどねえ。ま、人の心は君の方が良く知ってるし、言う通りにしておこうか」
「総団長も、構わないですかね?」
「……ああ、良いだろう」
「では王女、お先にご退室下さいませ。
……ひとつ助言いたしますならば、保護と拘束をいっしょくたに考えてはなりませんよ」
「……理解しているつもりです」
「それは失礼いたしました」
グランディスに誘われ、フェニアスは会議室を去った。
「それでは君達も訓練所に戻りたまえ。
……ショーマ君。我々は騎士達がこの国のために戦いたいと望むならば、その命を駒のように扱い戦地に赴かせる。だが、騎士でない者にそんなことはしない。守るべき民として全力を尽くす。……君はこれからどうしたいのか、しっかり考えておきたまえ」
「……、はい」
グランディスは副軍師長として、『強き者』として、去り際のショーマにそう告げた。
※
「お前、王女様から気に入られていないみたいだな」
「……なんだと?」
フェニアスとショーマ達が去った後の会議室で、グランディスはグローリアをからかった。
「……何が気に入らんと言うのだ」
「顔じゃないか?」
「私の顔はレウスと一緒のはずだ」
「そう思われていないんだろう」
「ふん。……そんなことよりお前、あの少年はどう動くと思うんだ」
「押し方次第ではこちらに来てくれるだろうが……、ふむ。
……最悪、騎士をやめるだろうな。時間が経ち、実力が付いてくればますますそうなる可能性は高い。ただ、私はそれで構わないとも思う」
「…………」
グランディスは頼れる親友の推測を聞き、髭をいじりながら思案する。
「本当にそれで良いと思っているのかい? 力を持たせておいてこちらの手を離すというのは利口とは思えないねぇ」
「彼なら大丈夫ではありませんかね。信頼に足る仲間もおりますし。私が保証しますよコーシュ殿?」
「ほう? あれか、自慢の妹か。相変わらずだのう、君」
「……それだけではありませんよ」
のろけるグランディスを余所に、グローリアはなおも考える。
あの少年をどう動かすのが、自分の目的に最も都合が良いのかを。
※
会議室を後にしたショーマ達。やたら豪華で柔らかな絨毯を踏みながら廊下を歩いていると、窓の外を眺めながらフェニアスが待っていた。
フェニアスは頭を下げて、こちらに向かってくる。
「……結局私には、ほとんど何も出来ませんでした。魔族のことを何か掴めた訳でも無く、貴方のお力にもなれず。とうとう魔族の大侵攻を許してしまいました」
「え、あ、いや、そんな……」
「……レウス、これを」
「……、拝領します」
フェニアスはドレスの袖から、何やら手紙らしき物を取り出してレウスに渡した。
「私はこれから動きづらくなると思います。何かをしてあげられることはもう無いかも知れません。……ショウマ様。どうか貴方が望んだことを為せるよう、せめて祈らせてください」
「いや……。俺も、俺なりに……、あいつらと戦う理由は、出来ましたから。約束は、守ります」
「……ありがとうございます」
フェニアスは目を伏せて心苦しそうに礼を言った。
「……レウスは、なんか話さなくて良いのか?」
「僕なんかがお話しさせていただくなんて勿体無いことだよ」
「……そっか」
ショーマはレウスの気持ちを察する。そりゃあ話したいことなどいくらでもあるだろうが、こんな場所では無理だろう。立場的には一国の王女と、単なる名家の息子でまだ騎士ですらない一般人なのだ。
「それでは、私はこれにて」
ドレスのスカートを優雅に摘まんで、フェニアスは頭を下げ、くるりと後ろを向く動作も美しく去っていった。
「さ、行こうか」
ショーマ達も王城を後にする。
※
訓練所で報告等を終え、屋敷に戻る。
そこでようやっとフェニアスからの手紙を開けられた。
内容は、主にフュリエスのことである。
フェニアス本人も、自分に双子の妹がいると聞かされたのは3年ほど前のことだ。ロウレン将軍に娘として育てられていたこと、そして悲惨な事件によって生き別れてしまったことも、12歳の誕生日に父から聞かされたそうだ。
そんな時、ふと気付いた。近年騒ぎになっている魔族は、その妹が関わっていると。時期はおかしくないとは言え根拠はほとんど無いが、そう思ったそうだ。双子特有の、思考の一致という物だろう。
フェニアスはフュリエスに会いたかった。会って話をして、どうしてそんなことをするのか聞きたかった。辛い人生を送っていたなら、助けてあげたいと強く思った。
やがてそのことに関して、個人的にも繋がりがあり、信頼出来る騎士達に相談するようになった。ロウレンもその中の1人だった。
しかしめぼしい成果は得られなかった。魔族との戦いも激しくなり、結局妹には出会えることなく、騎士団は妹もろとも魔族を滅ぼしてしまうのではないかと思い始めた。
そしてある日、異世界にいる、とても強い力を持った人ならば、フュリエスを救い出してくれるのでは無いか。と、半ばすがるような気持ちで考えた。そうして呼び出されたのがショーマである。
その時妨害を行ったのが、きっとフュリエスだったのだろう。
ショーマの身を案じながら、フェニアスはフュリエスから行動があったことを喜んでしまった。そして同時に不安になった。
フュリエスは生きている。そして自分のことを見ている。けれど同時に、フュリエスの敵対意思は明確にもなったのだ。
――こんな個人的な頼みを、世界の危機などという言葉で覆い隠していたことをお許しください。そしてどうか、許していただけるなら、私の大切な妹を救い出してあげてください。
手紙の最後には、そう添えられていた。
「王女様の双子の妹が、魔族の女王か……」
ショーマ達はフェニアスの願いを、ショーマが召喚された真の理由を知った。
……妹を、助けてほしい。
公式には存在しない、抹殺されたはずの王女の妹が実は魔族の女王だったなど、世間に言えるわけが無かった。
だから、騎士団も動かせない。理由を伏せて魔族の女王を助け出せなんて命令は出せるわけも無い。
だから、個人で圧倒的な力を持つ異世界からの救世主にすがった。
「随分とまあ、短慮なことをしたものだな。王女も」
その真実に、バムスが吐き捨てるように言った。
「身内の恥くらいさらけ出す覚悟を持って、騎士団も民衆も納得させるべきだったはずだ」
「そう言うなよ……。君にだって体面というものはわかるだろ?」
「フン。王族だからと言ってそういう所を特別扱いするのは好まん」
「厳しいね……」
確かにそれはそうだ。だが今は魔族の女王としてフュリエスの名は知れ渡ってしまった。もう難しいだろう。
「相手を全肯定するのが愛では無いぞ、レウスよ」
「わかってるさ……。ただ、今更そんなこと言ったって仕方無いだろう?」
「まあ、その通りだな。……ならば、我々は今後どうしていくか考えていこうではないか」
「ああ、そうだね。……で、ショーマ。君はどう思う? 魔族の女王、助けてあげたいと思うか?」
レウスは散々に言われた後、ショーマに話題を振る。
そう。フェニアスが助けを望むフュリエスは魔族の女王だ。
リノンを苦しめたあの魔人の主だ。
「……フュリエスって人はさ、例えば、そう。操られてるだけ、ってことは無いのかな」
「その可能性はまあ、あるね」
「そういうことならむしろ、積極的に助けて上げるべきだろ」
「しかしそうでない可能性もあるよ。彼女自身の意思かもしれない。動機は十分ある」
「そうだったら……。実際会ってみないとわかんないな」
「……わかった。差し当たり、あの魔人達は敵性存在として討伐するにしても、女王フュリエスはまず身柄を押さえてから考えるってことで」
「うん。そうするとなると、俺達はどう具体的に動くべきなんだ?」
「それを君に聞いているんだが、そうだな……。大まかな方向性としてはやはり3つ。
1つは騎士団から離れ独自に行動する。フットワークの軽さがあり自由に動けるのが強みだが、人手の足りなさには不安がある。
2つ目は騎士団の意向に従い、祭り上げられながら戦っていくこと。1つ目のような自由さは無いが、戦っていく上で不便は無いだろう。ただ、女王フュリエスの確保は、難しいかもね。
そして3つ目。僕がコーシュ殿に提案して却下された、上級指揮権を何とかして得ること。言ってみれば1つ目と2つ目の中間だね。適度に行動力があって適度に戦力もある。ただし問題はもっと多い。
最大の問題は、それをするならば、僕達見習い騎士ではなく、優秀な現役騎士で隊を再構成し、そこへ君を配置させられるということだ。君以外の僕達7人はよほどのことが無ければ入れてもらえないだろうね。
そしてそれは、君に協力すると言った僕達の心情的なものもあるが、何より実質的には2つ目のそれと大して変わらないということが問題だ」
「うん……」
もし3つ目の方向性で行こうとするなら、どうにかして第1小隊のメンバーもその部隊に編入させる努力が必要だ。しかし候補生にしてはかなり優秀なメンバーが多いとは言え、騎士団の最上位に食い込めるかと言えばまったくそんなことは無い。今から訓練して伸びるまでにどれだけかかるやら。
となると、1つ目の案で行くしか無いのだろうか。そうなると以前話したように、デュラン、バムス、フィオン、ローゼとはお別れだ。離れていても出来る限りのことはしてくれると言ってはいたが、やはり心細い。
「ふう……」
ショーマはため息を吐いた。
結局どうするにしても、1度聞いた頼みを今更断る気は無い。決意を決める。
「1つ目かな」
騎士をやめて、独自に行動する。
「……それで良いのか?」
「それが1番良いんじゃないか? 王女様の気持ちを考えるならさ」
※
ショーマ・ウォーズカは騎士団を抜けて独自行動をする。
そう考えた場合グローリアはどうするべきなのか思案する。
ショーマ・ウォーズカの行動理念は、王女フェニアスの望みを叶えることから来る。
その結果は恐らく、王女の双子の妹フュリエスが王族として正当に返り咲くこととなるだろう。
……それはきっと、邪魔になる。
「何を考えているんだ?」
グランディスが話しかけてくる。
人の心の機微には敏感なグランディスであっても、グローリアの心は中々読めないのだった。
「お前にも読めない顔があるのだな」
「悔しい限りだがな。……だが、だからこそ君のそばにいるのは楽しいのさ」
「……試しに聞くが、お前は私をどういう人間だと思っている?」
「そうだな。冷静沈着にして大胆不敵。広い視野で物を見ながらそれでいて小さな所にまで目が行くきめ細やかさを持つ。誰に対しても公平でありながら誰よりも厳格であり、騎士団の長として尊大。
一見立派で非の打ち所の無い人物に見えるが……、その内にはどこか所詮君も1人の人間でしかないと思わせる小者臭さを感じる。
そう。君は普通の人間だ。特別なものを何も持たず、だからこそ人の上に立てる。上も下も知っているから。……まあ、そんな所かな」
「……ふん」
「客観的な情報からの確定事項に、それなりに長い時間一緒にいて感じたことからの推論だが、どうだろう。当たっているかな」
「さあな」
「おいおい。君から聞いておいてひどいな」
「……ちなみに私はお前のことは親友だと思っているよ」
「ほう。中々端的で良い評価だね。では俺もこれからは君のことをそう評するとしようかな」
グローリアはいつも仏頂面で、何を考えているかは読みにくい。黙々と騎士団を率いる者として冷酷な指示を出して行く様は、時折畏怖すら感じさせる。まだ総団長に就任して3年余りだというのに、大した貫禄だ。
だがそんな彼が、自分を親友だと言ってくれるというのは嬉しいことだった。それは彼にも人並みの心があるということなのだから。
「少し、人事異動を考えている」
「ほう。確かに、ロウレン将軍の穴を埋める必要があるとは俺も思っていた所だよ。……コーシュ殿、起きてください」
グランディスはグローリアの提案を聞き、椅子に座り込んで居眠りしていたコーシュを起こす。
「ああ、うん? 子供の友情トークは終わったんか」
「ええ、退屈な話を聞かせて申し訳ありませんでしたね」
「将軍を1人。それから、王女の親衛騎士隊を強化しようと思っております」
「ほう、まあ良いんじゃないの? で、誰にするかは考えとるのか」
「我が弟ブレアス・ブロウブを将軍に、親衛騎士隊にはグルアー・ドラニクスを」
「おいおい……」
コーシュはあからさまな身内人事に眉をしかめた。
「いや、悪くない案だとは思いますよ。実力はまだいくらか足りませんが、やはり名の知れている人物です。期待も集まりましょう」
「んー。……じゃ、まあ良いか」
フェニアスとフュリエスの関係をグランディスとコーシュはまだ知らないが、グルアーを親衛騎士に追加することには反対が無かった。
ショーマ・ウォーズカの召喚主であるというだけで守る意義は十分にあると考えたからだろう。
「彼らは今はリヨール配属だったな。すぐに書状の準備をさせよう。代わりの大隊長はどうする?」
「うむ、そうだな……」
※
再びブロウブ邸にて。
「それからショーマ。王女から君にプレゼントだ」
レウスは封筒に手紙と一緒に入っていた2枚の紙をショーマに渡した。
「何だよ……。って、うおっ」
ショーマは受け取った紙面に書かれていた文字を目にした途端、それが一気に頭の中に刻まれていくのを感じた。
魔法の教本を読んだ時のそれと同じ感覚。この紙にはある魔法の修得方法が書かれていたのだ。内容は……。
「高位の身体強化魔法、みたいだ」
「ほう。……今後の戦いの上で便利になりそうだね。もう1枚はどうだい?」
ショーマはもう1枚の紙に目を通す。こちらも何かの魔法らしい。
「送還術……?」
自分の頭の中に刻まれたそれを確認したショーマは驚く。
「……君が全てを投げ出したくなったら、使って欲しいとのことだ」
それは異世界から召喚した者を、元の世界へ還すための魔法だった。
2012年 06月05日
誤字修正




