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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,03
40/104

ep,038 決意

 窓の外に現れた魔族に挑みかかったステア。

 彼女が相手をしてくれている隙にショーマは、リノンに声をかける。

「……リノンさん!」

「ショーマ、さん……」

 リノンは顔をベッドに押し付け表情を隠していた。そして、震える声で捻り出すように言う。

「私の気持ちって……、偽物だったんですか……?」

「……!」


   ※


 ステアは高速で降り下ろされる蔓の一閃を見切り、剣を振って斬り裂こうとする。

 しかしそれは想像以上の丈夫さを持っており、衝撃を受け流して剣に絡み付いた。

「ッ!」

 そのままステアの体ごと持ち上げられ、空中に放り投げられる。

 そこへ再び、蔓が振るわれる。

 無防備な体に振るわれたそれは、しかし斜め上方より飛来した閃光により断ち切られた。

「…………」

 男は閃光の射手に、視線も向けず蔓を振るう。

 屋敷の屋根から狙撃したローゼはそれを飛びすさって回避する。

 それとほぼ同時にステアは地面に着地した。

 続いて真上から、眩い魔力の奔流が照射される。メリルとサフィードによる竜魔法だ。

 魔族の男はこれを回避ではなく、魔力の盾で防いだ。

 否、防いでいるのでは無く……。

「……やばっ」

 メリルは砲撃を中止し、即座に回避行動をとる。瞬間、敵の魔力の盾から同等量の魔力が放出された。

 察した通り、こちらの魔法を吸収して跳ね返したのだ。

「ふむ、意外とやる……。まあ良い。異界人よ、今日はここまでとしておこう」

 ステア、ローゼ、メリルから囲まれ、魔族の男は撤退の意思を見せた。

「何ですって……!」

 メリルは追撃の意思を見せるが、準備もろくに出来ていない状況でこの敵との接触は避けるべきだとも考える。

 男は室内のショーマに向けて告げる。

「……私はお前のような者など、今の内に殺しておくべきだと考えている。だが我らが女王は、お前を生かしておくことに意義があると考えておいでだ。……お前が生きているのはあくまで、見逃してもらえているだけだということを忘れないことだな」

「……何?」

「それから女。気になっているならば教えてやろう。

 ……最初からだ。お前にその『種』を植えたのは、お前がその異界人に会う少し前。お前の想いはその男に出会った時からすでに、私の影響があっての物だ」

「喋るなと言っただろう……!」

 ステアが地面を蹴り飛び掛かる。

 しかし、先程以上に素早く振るわれた蔓によって全身を縛り付けられてしまう。

「ッ!」

「……その『種』は見た目以上に深く根付いている。無理に引き剥がせば命は無いと思うが良い」

 捕らえたステアを無視してそれを伝えると、魔族は再び影に消えた。同時に蔓も消え、ステアの拘束も解かれた。

「我が名はアーシュテン。……いずれ再びまみえることとなろう」

 魔族の男、アーシュテンは姿を消し、声だけを残して去った。


   ※


「……2人とも、怪我は」

 再び辺りに静寂が戻ると、レウスはショーマとリノンに声をかける。

「俺は、平気だけど……」

 ショーマが答える。一方リノンは自分の肩を抱いて震えていた。

「……失礼」

 レウスは彼女のそばに寄り、背中の石……、アーシュテンが『種』と呼んでいたそれを観察した。

「…………」

 ショーマは頭を働かせる。

 アーシュテンは彼女にこの『種』を植え付けたと言う。それも、彼女がショーマに出会う以前に。

 と言うことは、ショーマがあの寮に暮らすことになることを知っていたということだ。

 つまり、ほとんどこの世界に召喚されて間も無い頃から、ショーマの所在は知られていたということになる。

 数ある学生寮全てに目を付けていたなら話は別だが、何となくそんな非効率的なことはしない気がした。

 そしてそれでいてなお、殺されることも無く、ただ監視され続けていた。

 ……何のために?


「よっこらしょっと」

 外見にそぐわない掛け声を上げて、ステアが再び窓から乗り込んでくる。そう言えばこの子もこの子で、牢屋を当然のように抜け出したということを考えておかないといけない。

 しかし今はリノンのことだ。


 自分でも気付かない内に魔族に操られていた。しかも、想い人のスパイをしていた。その想いも、操られたことで生まれた感情だった。

 ……何を言ってあげれば良いのだろう。

 きっと、今のショーマでは何を言ったとしても裏目に出てしまうだろう。彼女が抱いているショーマへの想いは、偽物だと思われてしまっているのだから。ショーマに優しくされて嬉しいと感じても、それを自分の意思だとは思えないかもしれない。

 ショーマはただ、ずっと背を向け続けているリノンを見つめるだけで何も出来ないでいた。


 いつの間にか部屋には他の小隊員とステア、合わせて10人が集まっていた。部屋に駆けつけた以外の、外に迎撃に出ていた者達もいつの間にか戻ってきていた。

「皆……」

「取り合えず、彼女を別の部屋に連れていこう。……君と一緒じゃ、その、落ち着かないだろうし」

「……ああ、そう、だよな……」

「じゃあ、女の子達にお願いして良いかな」

「ええ。……大丈夫ですか?」

「……はい」

 リノンはメリルとローゼに付き添われて、部屋を出ていく。一瞬だけショーマの方を見たが、髪に隠れて表情は見えなかった。

 セリアとフィオンは、その様子を見送って、もう1度ショーマを見た。

「ショーマくん……、リノンさんのことは、私達に任せて、その……」

「……うん、ありがとう、セリア。……フィオンも」

「……あ、はい……」

 2人も部屋を出ていく。

「ステア、君は残ってくれ」

「う」

 何気無い様子で付いていこうとしたステアはレウスに呼び止められた。


   ※


 部屋には男4人とステアが残ることになった。

「その、なんて言ってやれば良いのか……」

 デュランが口を開く。意外なことに慰めようとしてくれているらしい。だが当のショーマ自身だって、何を言われたいのかもわからないのだった。

「感傷に浸るなとは言わんが、何にせよ今はあの『種』とやらを除去する手段を探すべきだろうな。あれにどういう効果があるのかもはっきりしない所だが、埋まったままで良いはずはあるまい」

 バムスは現実的な話を進めようとする。

「……そうだな。俺もここでうじうじしてるよりは、具体的に動いてみたいよ」

「良いのかい?」

「ああ」

「そうか……。じゃあちょっと聞いておきたいんだが、奴はリノンさんを通じて君のことを監視していたと言っていたな? ……君は彼女に何か重要な情報を渡したりしていないか?」

「いや、それは無いよ。あの人とは、普通の人として接していただけだ。騎士団や学校のことはほとんど話さないようにしていたし、……寮にいた頃も受付でちょっと話すくらいで……」

「四六時中一緒にいたわけでは無いのか?」

「ああ。……監視されていた、って言うけど、大したことはばれてないと思うんだよ」

 リノンが見知ったことだけ伝わると言うなら、不可解なことは多い、

「あの、ちょっと良いですか」

 そこでステアが挙手をした。

「何だい?」

 ステアはベッドのそばにある小物置きから、ショーマがいつも身に付けていた、リノンから預かっていたペンダントを拾い上げて匂いを嗅いだ。

「あ」

 ショーマはそれで何となく合点がいく。

「心当たりがありますか」

「……ああ」

「それは?」

「リノンさんから、……預かってた物だよ」

 ステアはペンダントを開いて中の様子を見る。そして指で掻き出し、何かを取り出した。

「毛ですね」

「……なるほど。体の一部を仕込んだペンダントを持たせることで、離れていても効果があったわけか。……これはいつ預かった物だい?」

「確か、初めての実戦に出る日だったかな。……それしても、毛って……」

「まあ、女性から男性へ贈られるお守りにはよくあることだよ。おかしな話でも無い。見つかっても言い逃れ出来る」

 ステアはその毛を握ると、軽く魔力を込めて消し潰してしまう。

「ペンダント自体に思念がこもってるから、まだ効果が完全に消えたわけでは無いでしょうが。これで少しは大丈夫じゃないですかね。念を押すなら、もう触んない方が良いですけど」

「あ、ああ……」

「……彼女のことは、しかるべき場所……、医者か、研究所か。そこらに預けて様子を見てもらった方が良いと思う。……少なくとも、君のそばには、いない方が良い。お互いのためにも」

 レウスは苦渋の表情で告げる。

「ああ、あの人のことを考えるなら、それが一番良いと思う」

 このままずっと近くにいさせたら、彼女自身にもショーマの監視を続けさせられているかもしれない、という負い目を常に負わせてしまうだろう。悲しいことだが、会えずに寂しい想いをしている方がずっとましだと思う。

「……随分、物分かりが良いな」

「そうだな……。自分でも不思議だよ」

 リノンのことは、好きだ。だからこそ、たとえ傍にいられなくなっても、彼女が無事ならそれが1番良い。そう思えているんだろうか。

「まあ、君が納得出来ているんならそれで良いんだ。……彼女はブロウブの名において、ちゃんと信頼出来る人の所に預けるから、心配しないで良いよ」

「うん、ありがとうな」


「それじゃあ、次はステア、君のことだが……」

「はい?」

「君、牢屋壊したね?」

「き、緊急事態ですし、仕方無いじゃないですか」

「責めているわけじゃない。ただ君は、抜け出せるのを承知の上で、あそこで大人しくしていたのか聞きたいんだ」

「してました」

「……そうか。やはり檻はもっと頑丈にしておく必要があるね」

「えー」


「で、もう1つ気になることがあるんだが」

「ん?」

「他にもあの『種』を植え付けられている者がいないか、確認しておきたい」

「あ、そっか……。リノンさんだけとは、限らないもんな……」

「植え付けられている場所が背中とは限らないし、悪いけど全部脱いで確認しあおう」

「えっ……」

 レウスの提案に硬直する人物が1人。

「いやー! 集団でおかされるー!」

 ステアはわざとらしい悲鳴を上げた。

「君は女の子達にしてもらいなさい」

「ですよねー」

 そして部屋から追い出された。


   ※


 結果から言えば、男性、女性、屋敷で働く人間も含めて、その『種』を植え付けられていたのはリノン1人だけだった。

 その作業が終わると、ショーマとレウスはすっかり目が覚めてしまったので食堂で紅茶を飲んでいた。デュランとバムスはまた自室に戻っており、メリル達はまだリノンと一緒にいるようだ。

「被害が無いのは良かったが……、明日には騎士団にも伝えないとね。……こうなると国中の人を調べる必要がありそうだし」

 出来れば今すぐにでも伝えるべきだが、リノンが落ち着くまでは待ってあげるべきだとレウスは判断する。

「今日だけで大変なことになっちゃったな……」

 昼間のことも含めて振り返る。自分もだが、レウスだって大概だったはずだ。

「……魔族の策謀、か。人間を操ったり、あんな物を作り出したりと、まあ随分と周到かつ大掛かりだったね」

 レウスは窓の向こうに見える黒い大時計塔を見て言う。

 魔族は今までの散発的な行動の裏で準備を行い、それが整った今、宣戦を布告した。という所だろうか。

「……あいつらの目的って、何なのかな」

「伝承において悪魔とは、人間の恐怖や絶望を糧にするものだと言う。今日現れた魔族の3体はいずれも我々の恐怖を煽るような発言をしていたし、やはりそういうことじゃないかな」

「恐怖、か」

 一般的に考えれば、人の考える最大の恐怖とはやはり死だろう。

 魔族は人間をいつでも殺せる。人間はいつ殺されるかわからない。その状況こそ理想的ということか。

「早くなんとかしないとな」

「そうだね。……まずは敵の所在を掴むことが大事だと思う。君にばかり任せなくとも、騎士団だって十分に戦えるはずだ」

「……あのアーシュテンとかいう奴をやっつければ、リノンさんも助かるかな」

「……たぶんね」

 確証など無い。操り主であるアーシュテンを滅ぼせば、あの『種』がどうにかなるなんてのは希望的観測だ。

 リノンを通しての監視は止まるかもしれない。だが別の魔族が監視を続行するだけかもしれない。

 主を失った『種』がぽろりとリノンから剥がれ落ちるかもしれない。だがアーシュテンの死と同時にリノンの肉体を道連れにしないとも限らない。

 悪いことばかりが浮かんでくる。でも、なんとかしなければ。

 ……この力で、なんとかならないだろうか。

 魔族から世界を救う。自分に、その力があるなら……。


   ※


 メリル達はリノンを彼女の自室に連れていき、寄り添って座っていた。

「始めてあの人に出会ってから……、ずっと不思議な暖かさを感じていたんです」

 少し落ち着いたリノンは、ゆっくりと語りだした。

「珍しい見た目だというのは事実でしたし、最初はただ、物珍しさと一緒になっているだけなんだと思おうとしていました。私だってもう20年生きてきましたから、……人を好きになるのって、そんなに単純じゃないって知っていたつもりでしたし。

 でも、あの人と毎朝、毎晩、寮の受付でほんの少し話をするだけで、どんどん気持ちは強くなっていきました。毎日眠る前には、あの人のことばかり考えているようになりました。

 ……それで、結局すぐに認めてしまいました。一目惚れって、本当にあるんだって。

 そのくらいの……、軽い気持ちだったんです」

 それを聞いてメリルは唇を噛み締める。セリアの方は涙ぐんでいた。

 ……ひどい話だ。

 メリルにもセリアにも、リノンのその時の気持ちは想像出来る。

 だからこそ、それが悪意ある者に意識を歪められて抱いた気持ちだったと考えたら、自分のことのように胸が苦しくなる。

「……でも、」

 メリルがそっと口を開いた。

「……あの人が、貴方を想う気持ちは嘘じゃないと思います。だから……」

 ……だから、何だろう。

 その後に言おうとした言葉が出てこない。

「そ、そうですよ! ……それで嬉しいって思っても、変なことじゃないです」

 セリアが言葉を繋いだ。

「誰かに好きだって気持ちを向けられたら、嬉しいのは当たり前なんですから……。そうされて嬉しいって思った気持ちを、嘘かもしれないなんて思っちゃだめです……」

 セリアは声を震わせて言った。

 それだけは、きっと誰に操られたって変わらない気持ちだ。

 人間が誰でも持っている、心に備わった機能なのだ。

 そんな気持ちまで嘘だと思ってしまったら、……生きていられないかもしれない。

「そう……、ですね」

 リノンは信じることにする。例え何もかもが偽物でも、あの人が自分を想ってくれたことだけは、本当だったと。


   ※


 ショーマとレウスの所へメリルがやって来る。

「ちょっと、来てくれる?」


 ショーマが連れてこられたのは、リノンの部屋の前だった。

「扉越しにだけど……」

「……うん」

 この向こうでリノンが待っていることはわかった。

 きっとリノンも言いたいことがあるのだ。自分もちゃんと言わなくては。


「ショーマ、さん。……そこにいますか?」

「はい」


「……私、待つことにします。ショーマさんが、あの魔族をやっつけてくれること。……そうしたら、きっと、元の私に戻れるって。だから」

「はい、必ず」


「その時になって……、自分だけの想いで、またあなたのことを好きになれたら、……今度こそ、ちゃんと、抱き締めてください」


「……はい。リノンさんのことは、俺が必ず助け出しますから。……それまで、待っていてください」


「……はい。……ありがとう、ございます……」


 震えるリノンのその声に、ショーマは固く決意を決めるのだった。


   ※   ※   ※


 闇が包むその城の奥深く。

 玉座に座る魔族の女王フュリエスは、ベゼーグ、ルシティス、アーシュテンの3人の魔人が恭しく頭を垂れるのを見下ろしていた。

「概ね予定通りに事は実行されました。王女よ」

 ルシティスが代表して結果を報告する。

「……王女の名に明らかな反応を見せたのは4人。

 ブランジア国王ユスティカ11世、王女フェニアス、騎士団将軍ロウレン・ガイウス、見習い騎士レウス・ブロウブ。以上です」

「……ふん、意外と少ないな」

「ええ、当時のことを知る者は、既に殆どが死亡しているようです。もしくは知っていても、無表情を貫いていたか」

「レウス・ブロウブというのは……、あの異界人の傍にいる人間だったな」

「それについては私から……」

 今度はアーシュテンが報告する。

「レウス・ブロウブは幼少の頃、王女フェニアスからその名を聞かされていたとのことです。何を思ったか、幼少のフェニアスは偽名として王女の名を騙ったとか」

「……子供のしたこと。どうせ深い理由など無い」

「王女がそう仰るのならそうなのでしょうな。

 ……さて、このレウス・ブロウブですが、フェニアスとは互いに想いあう間柄のようであります。何かと使いようもあるかと」

「ふん。考えておこう」

「はっ。

 ……それと、レウス・ブロウブはその事実を、異界人オオツカ・ショウマを含めて同じ小隊の仲間達に話しておりましたことを、加えて報告させていただきます」

「そうか」

 女王フュリエスは報告を聞き、身を閉じて思案にふける。この情報から、今後どう動くかを考える。

「レウス・ブロウブはオオツカ・ショウマともどもしばらく泳がせる。……まずはロウレン・ガイウスからだ」

「……動かれますか、我らが女王よ」

 標的を定め、魔族の女王フュリエスは玉座より立ち上がった。


「どれだけ待ちわびたことか……。この深き憎しみを晴らす、我が復讐の時を……!」

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