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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,01
4/104

ep,004 目指すべき道 (1)

 リヨール士官学校の授業が始まり、かれこれ3日目。

 黒魔法科では待望の、実際に魔法を発動する実践訓練が行われる事となった。2日目までに初級魔法『アイスストーン』と『ファイアボール』の修得が完了した生徒が参加を許されている。

 この時点でそれが叶っている学生はまだ少ない。初級魔法とは言え2、3日程度で修得出来る物では無いのだ。今この訓練に参加しているのは、独自に魔法の教習を受けられるつてを持っており、入学前から魔法に触れていたか、よほど魔法の才能があるか、どちらかだった。

 ショーマ、レウス、メリルの3人もそうだった。入学の日に出会ったセリアは、いまだ教室で教本と睨み合っているところだろう。


   ※


 そもそもまず『魔法』とは、程度の差はあれど誰もがその身に持っている『魔導エネルギー』と、空気中に漂う『マナエネルギー』を掛け合わせて産み出す『魔力』で『術式』を組み上げることによる発動する。

 発動させたい魔法に必要な魔力を練り上げる工程と、すでに定められている術式を正しく組み上げる工程の2つが必要というわけだ。これらは論理的かつ正確に行えば失敗することは無い。教本にあわせて丁寧にやれば良いだけのことだ。

 ショーマの『能力』とは、魔法教本に書かれている『魔力』と『術式』の内容を瞬時に理解し記憶することと、その2工程をまるで機械仕掛けのように正確に実演させることだ。と推測されていた。

 特にこの『瞬時に理解する』という点がこの能力の特異点である。


 魔法教本とは、ただ紙にインクで文字を書き記しただけの本では無い。記された文字はインクの成分に織り混ぜられた魔力によって、読者の正しい認識を妨害しようとするのだ。だから魔法の心得が無い人間には読むことは出来ても『理解』することが出来ない。

 この仕掛けは元々、まだ技術としての魔法が体系化されきっていなかったころ、魔導師達が自分達の研究成果を外部に漏らさないため、錠前のような意味合いで仕込んだものだと言われている。

 魔法の存在が一般化したこの時代においては、そういった意味合いは薄れていったが、それゆえ多くの人が触れやすくなったため、安易に危険な力を持たせないよう、この仕掛けは未だ残り続けている。

 学生にとっても苦労の果てに得られる達成感として、良いか悪いかはさておき、受け入れられていた。


 つまりショーマの能力とは、魔法を学ぶ上で最も手間がかかり、最も重要な過程を飛ばしてしまうということなのだった。

 魔導師はえてしてプライドが高いと言われるが、それは初級魔法であろうと常に苦労があり、それを乗り越え続けたからこそ、自身のこれまでに高いプライドを抱くためだ。


 だからこそ魔導師としてのショーマ・ウォーズカは、その能力以外の面でも『異端』と呼ばれるようになるのだが。


   ※


「それでは、始めてください」

「はい!」

 ショーマは黒魔法科の実践指導を担当するポリー教員の言葉に頷いた。

 ……意識を集中し、体の中の魔導エネルギーを呼び起こす。そして空気中に感じるマナエネルギーと混ぜ合わせていく。練り上がった魔力は、手にした修行用ワンドの先に込めていく。その作業に淀みは無い。

 そのままワンドを振り、虚空に向かい魔法の言葉で文字列を書き込む。術式である。

 そして術式に魔力を込めると、その成果が浮かび上がっていく。

 大気中の水分と魔力が集まり凝縮し、水の滴が出来上がった。さらに魔力を込め、その水を凝固させると、氷の礫が完成した。

「よろしい。それでは射出してください」

「……はい」

 ワンドの向けた先に、氷の礫が浮かんでいる。魔法は発動されたが、行使はされていない状態だ。これを一般的に、魔法の待機状態と呼ぶ。


 余談だが、このように魔法を使うのにはいちいち時間がかかる。

 熟練していけば効率良く魔力の練り上げや術式の組み上げは手早く出来るようになるものだが、ショーマの能力ではそのための『経験』までは補えない。

 だからこそ実戦における魔法使いの戦法とは、この準備時間のラグをどう扱うかが重要になる。

 基本的には安全地帯を確保し、このように待機状態で相手の接近を待ち迎撃するというのが一般的だが、威力を削って高速発動を目指す者や、周到に罠を張り、発動までのタイムラグを考慮した上で敵を誘いだし一網打尽にするという者などもいる。


「『アイスストーン』!」

 掛け声と共に魔力の噴射によって射出された氷の礫が、約10メートルほど先に置かれた的にめがけて飛んでいく。

「あ」

 が、命中せず。

「まあ、魔法自体は問題無く発動できましたので良しとしましょう」

「は、はい」

 ポリー教員と一緒に苦笑する。魔法は確かに問題無く使えた。そこはそういう物だと、自分の未知の能力をある意味信頼していたショーマは特に気にしなかった。しかし命中させられるかどうか、使いこなせるかは、自身の技術次第なのだ。

 これから先、覚えなくてはならないことはたくさんあることを改めて実感する。


 ……これが初級魔法、『アイスストーン』である。

 気体から固体までの水分の変化は、魔力の凝縮と似ておりイメージがしやすく、出来上がった礫を投擲しぶつけるという単純な攻撃手段は、比較的簡単に修得できるため、最も入門に適した魔法だと言われている。

 ただこの魔法は威力が小さく、それこそ小型の弓矢でも撃った方が威力としてはましなものである。実戦においては魔導師の攻撃手段としては下位の評価であり、むしろ近接職の牽制技として補助に使う者の方が多い。


 バン、と木の板を撃ち抜く乾いた音が響き渡る。

 メリルの放った『アイスストーン』が的を貫いた音である。

「これは、お見事」

 ポリー教員は思わず手を叩く。

 メリルの魔法はショーマのようなたどたどしいものではなく、補助ワンドに頼らない指先1つでの術式の書き込み、1秒未満での高速発動、そして正確な狙いと木の板を貫く充分な射出速度が合わさった、見事と言う他無い華麗な一撃だった。

「すごいじゃないか」

「ふふ。これくらいどうってことないわよ」

 ショーマの賛辞を、メリルは美しい金髪を優雅にかきあげながら受け取った。当然のようでいながらも、どこかまんざらでは無さそうな様子である。

 他の生徒からもわずかに歓声は上がっていた。だが誰よりショーマは先程の自分の未熟さを実感したばかりであることから、メリルの凄さは彼ら以上にその身に感じていた。


 続いてレウスや他の生徒なども『アイスストーン』の実習を行った。それが済むと次は『ファイアボール』である。


 ……炎の塊を射出する。という『アイスストーン』に似たタイプの魔法ではあるが、氷の礫という固体ではなく、魔力を燃料に発火を起こし、そのまま炎そのものを射出するという点が大きく異なる。固体では無いため練り上げや射出の難度が上となるが、対象に炎を燃え移らせる事が可能なため、攻撃力もずっと上だ。


 しかしショーマにとっては魔力の練り上げも、術式の書き込みも、炎の射出も『アイスストーン』の時とほぼ同じ感覚で行える。初級魔法も上級魔法も彼にとってはどれも等しく正確無比に発動できるため、難易度の差に意味は無いのだ。

(さっき外したのを意識しつつ狙いを付けて……)

 ワンドの先に浮かぶ炎の弾。それよりももう少し前方に意識を向ける。


「『ファイアボール』!」

 掛け声と共に炎の弾を射出する。今度は見事命中する。

 込めた魔力はそう多くなかったため、木製の的には火こそ燃え移らなかったが、若干の焦げ目が残った。

「おお、今度は上手く行ったじゃないか」

 様子を見ていたポリー教員は成功を祝った。

「ありがとうございます」

 ショーマは喜ぶが、良く考えればショーマとしては『アイスストーン』と同じ調子でやっただけであり、違いと言えば的に当たったか外れたかしか無いことを思い直す。その程度で喜ぶものでは無いだろうと。


 続くメリアはさっきと同様に、見事な『ファイアボール』を披露した。

 意外だったのはレウスの放った『ファイアボール』は、発動こそしたが、的に命中する前にかき消えてしまった事だった。

「レウスの属性は黄緑。炎系の魔力を練るのが苦手とされる属性なの」

「ああ、属性ってそういう物だったんだ……」

「そう。私は赤と青の2属性を併せ持った紫の属性。炎と氷は得意分野ってこと。……ちなみに貴方は、全部得意なはずよ。すごいわね」

「ど、どうも……」


 参加した学生全てが2つの魔法の実習を終えると、正式に修得したことがポリー教員によって認定された。

「さて、これで君達は本当に黒魔法の道への第一歩を踏み出したと言って良いだろう。黒魔法は扱い次第でとても危険な起こしかねないものだ。正しい知識と正しい理念を持ち続けることを忘れないように。……それでは本日は解散!」

「ありがとうございました!」


   ※


 今日の授業は終わり、3人はこの後はどうするか話していた。

「僕は剣術科にも行っておこうと思うんだけど、どうする?」

「俺は……、ちょっと黒魔法科に用事が」

「私は帰る」

 3人とも意見がバラバラだった。

「はは。それじゃ今日はここでお別れかな」

「そうだな。また明日」

「うん、それじゃあ!」

 レウスは早足で剣術科目の訓練場へと向かっていった。

「それじゃあ、俺も」

「ええ……。……頑張ってね」

 ショーマはメリルが何か言いたげなように感じたが、自分にも用事があるのでここは深く考えず、黒魔法科の教室へ向かうことにする。

「ああ、また明日」

 廊下を曲がって彼の姿が見えなくなるまで、メリルはそこでじっとしていた。


   ※


 教室へ入ったショーマは、セリアの姿を探していた。

「おーい」

 セリアの方からこちらに気付いて手を振ってくれた。彼女の隣の席に座る。

「ねえねえ、どうだったどうだった?」

 昨日の授業で実践訓練を受けることが決まった時に、終わったら様子を聞かせてくれと頼まれていたのだ。

「うん、まあ……、何て言うのかな。普通……?」

「なにそれー」

 曖昧な表現をするショーマにセリアは口を尖らせる。

「もっとこう、派手にドカーンとやったとか、無いの?」

「初級魔法を2つ試し撃ちしただけだよ……。知ってるだろ?」

「そうだけど。じゃあ、こっそり秘密の魔法教えてもらったとかは?」

「無いよ」

「なんだー」

 心底がっかりそうな顔をする。彼女は良く表情が変わるので話をしていて楽しい。

「セリアはどうだい? 教本読み取れそう?」

「んー、まだ1割ぐらい。全然進まないよ……」

「まあ、ゆっくり頑張ってみようよ」

「……何かコツとか無いかなー」

「と、言われてもね……」

 一瞬で理解してしまうショーマにとっては、コツも何もあったものでは無い。他人の指導に向かないのはこの能力の欠点の1つかもしれない。

「この調子だと初級魔法1つに1ヶ月かかっちゃうよ……」

「ま、まあ読み進めて行けば、自然にコツがつかめてペース上げられるかもしれないし。そこまではかからないんじゃないかな……」

「そうかな……」

「そうだよ……。たぶん」

「そこは『たぶん』なんてつけないでおいてよー」

「あ、ああごめんごめん」

 上目使いで若干睨むような形で怒られてしまった。声と口許は笑っていたが。

「ふふ。そうだね。……うん。諦めないで頑張ってみるよ」

 本当に悪いと思っているかのようなショーマの様子に、セリアは無邪気な笑みをこぼすのだった。


   ※


 ショーマはその後セリアと別れ帰路に就こうとした。が、その前にふと思い立ち剣術科の様子を見てみようと立ち寄った。

 そこではレウスと、例の男子生徒デュランが木製の剣で打ち合いの稽古をしていた。

「ハァッ!」

 攻め立てているのはデュランの方だった。迎え撃つレウスは冷静にその攻撃をさばいている。

「まだまだッ!」

 デュランは壁にかけられていた剣を取り、左手に構えた。2刀流というやつか。

 連激の勢いは増したが、なおもレウスはそれをさばき続けている。

「一撃ごとの重みが無くなっているよ!」

「くッ!」

 その言葉に乗ってしまったデュランは、力を乗せて大きく剣を振る。だがそれは手数を活かした戦闘スタイルを殺してしまっていた。振りの大きい一撃は容易く回避され、返り討ちにあう。

「それで大振りになってしまっては意味が無いだろう」

「ぐッ、……あ」

 脇腹に一撃をもらってしまい、苦しそうにうずくまるデュラン。その様子にレウスは表情を歪ませる。

「……一休みしないかい?」

「俺から仕掛けたんだ……、そう簡単に止めるか……ッ!」

 だがデュランは諦めず立ち上がろうとする。

 さすがにまずいんじゃないか、と思ったショーマはたまらず声をかける。

「おい、レウス……」

「彼は止めない、と言っているんだよ」

 レウスは既にショーマには気が付いていたようで、こちらも見ずに言葉を遮った。

「いや、でもさ……」

「……ッ!」

 今度はデュランが言葉を遮った。言葉ではなく、視線で。

(こわ……)

 あの形相は聞く耳など持たない。といったところだろうか。

「……い、いやでもさ?」

「ただの稽古だよ。お互いわかってやってるんだ」

「ああもう……、わかったよ……。ほどほどにしておけよな……」

 レウスとはまだ短い付き合いだが、必要以上に痛め付けるような性格では無いと思う。見捨てるようで気が引けるが、ここはレウスの判断に任せて、ショーマはこの場を後にする。


   ※


 帰りの道を行きながら、デュランはなぜあんなにも必死になっているのか、それを気にしていた。2人はつい先日出会ったばかりなのに。その数日でデュランはレウスにああも食い下がるような事情ができたということなのだろうか。


 寮に戻ったショーマを、今日もリノンが優しい笑顔で出迎えた。まだほんの数日のことなのに、なんだかこの笑顔が当たり前のように感じられる。リノンはそんな、不思議な暖かさを持っている女性だった。

「お帰りなさい、ショーマさん。今日は魔法の練習をなさったんですってね」

「ただいまリノンさん。知ってるんですか?」

「ええ。さっき戻ってらした方々が話題にしてたんです」

「ああ、そうなんだ」

 ショーマはあの後寄り道してたので遅くなったが、すぐに戻ってきた生徒もいたのだろう。

「……魔法、ちゃんと出来そうですか?」

「え? ええ。大丈夫ですよ……。たぶん」

 そう尋ねてくるリノンの表情はどこか不安そうだった。

「ショーマさんも、きっと騎士になって……、私達を守ってくれるために、戦ってくれるん……、ですよね」

(……え)

 別に騎士になりたい訳では無かった。誰かを守るために戦いたいとも思っていない。あくまで士官学校で学ぶ理由は、自分の能力で誰かに迷惑をかけたくなかったというだけだ。

 けれど、この人にまっすぐ見つめられてそんなことを聞かれては、否定できなかった。

「……頑張ります」

 いまひとつ頼りがいの無い台詞だと、我ながら思うショーマであった。

「……ふふ。ありがとうございます」

 そんなショーマにリノンはまた優しい笑みを向けてくれた。

「あ、鍵……。すいません話し込んでしまって」

「い、いえ、そんな……。あ、それじゃ、これで」

 鍵を受け取ると、つい慌ててその場を立ち去ろうとしてしまう。

 そんなショーマの背中にリノンは聞こえるかどうかという声でささやいた。


「私は、ショーマさんに守ってもらえたら、嬉しいです」


   ※


 部屋に戻ったショーマは、そのままベッドに倒れこんでいた。

(なぜ俺にそんなことを……。あの言い方だと気があるように思ってしまうぞ……。ああいやきっとそう、社交辞令かなんかだろうそうに決まっている変な意味なんて無いしこんなことで浮かれたらみっともないし恥ずかしいああでも)

 去り際にかすかに聞こえたリノンの言葉をつい深読みしてしまう。確かに美人で優しそうな人だし、好意を向けられたら意識はしてしまうだろう。もちろん嫌だなんて思わない。

(でもまだ会って数日だし、交わした会話も全然多くないし。いくらなんでもその程度でそんなことあるわけ……)

 などと考えていると何故か頭にはメリルとセリア、最近出会った少女達の顔が浮かんでくる。

(なんでだ……)

 確かに2人とも方向性は違えどリノンと並ぶ美少女と言える。急に目を引く女性に立て続けに出会ったものだから、頭が変になったのだろうか。

(いやいや違う。そもそも記憶を失って以降、人との交流自体がまだ少ないし、特に多かった人物が浮かんでくるだけだ、うん)

 そう考えたらオードランのお爺さんやその奥さん。レウスなんかの顔も浮かんでくる。それから……、そうだ。そのレウスに突っかかっていた彼、デュランのことも。

 思い出すとまた彼のことがまた気になり始めた。あそこまで必死になる理由とはなんなのか。

 自分には、何の過去も無いからだろうか。

 ……過去が無ければ、未来への願望も無い。

 記憶は取り戻したいが、それはあって当たり前の物だ。誰だって失えば取り戻したいと思うだろう。それは今考えている物とは違うと思う。

 つまり、そう。セリアのように、過去の後悔から未来への願望を抱いたような。多分デュランにもそういう何かがあるのだと思う。そういう物を、ショーマは持てていない。

 ……だから、他人の願望に興味を持つのかもしれない。自分は持てなくても他人のを知れば、持てた気になるから?

 ……わからない。


 ――私は、ショーマさんに守ってもらえたら、嬉しいです。


 それなら。

 ショーマ自身の願望。記憶を取り戻すこととは、また別の何か。

 それを、探してみようかと思った。

2012年 03月01日

話数表記追加、誤字等修正

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