表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,02
30/104

ep,029 同じ志

 同志。

 ……結局の所、今のメリルにとってのショーマとは、上手く言葉に出来ない相手だった。

 ただ確実なことは、彼は自分の理想に賛同してくれて、自分の弱い所を知っていて、支えたいと言ってくれた人だということ。

 そして自分も、心強いのに頼りない、そんな彼のことを支えてあげたいと思っている。

 世界を救うという彼に与えられた目的にも、即座に協力しようという気持ちを決めた。それくらいには、彼のそばにいようと考えている。

 だからこの関係は、そう。同じ志を抱いた者、なのだ。


   ※


「同志、と来たか……」

 グランディスは紅茶を口に含み、その間だけ考える。

「……まあ、良いだろう。では次はショーマ君。君はメリルのことをどう思っているのか聞かせてもらえるかね」

 今度は鋭い眼光をショーマへと向ける。

 さて、ショーマには困るところであった。この空気はまるで、恋人の親に初めて挨拶に来たような気分だったが、もちろんそんな状況では無い。

 自分とメリルの関係はやっぱりなんとも言葉に表現しにくい感じで、同じく同志と答えるのが良いような気がしてしまう。

 ……だが、はっきりとそうだと口にしてしまうと、本当にその関係で2人の繋がりは固定化されてしまうのでは無いかという、漠然とした不安が何故かあった。

 ショーマは初めての戦いで見た、メリルの苦しそうな顔を忘れない。

 一緒に食事をした夜の、笑顔を忘れない。

 どちらも、2人だけの、大切な思い出なのだ。

 その時の気持ちを、短い言葉になんてしてはいけない。だから、

「言えません!」

 ショーマはそう答えた。

「……何だと?」

 グランディスが青筋を立てたのがわかった。だが引くわけにはいかない。

「これはまだ、俺とメリルの間にだけ秘めておくべきだと思っています」

「!」

「…………」

 続ける言葉に、グランディスの眼光はさらに厳しくなる。

 重く険しい、ぴりぴりとした空気。今にも身体中が切り刻まれそうな感覚がする。

 ……これは、敵意。……かもしれない。

 魔族を前にした時だってこんな重苦しい感覚は無かった。先程のヴォルガムとの模擬戦に近い。いや、それ以上の感覚だ。

 目を逸らして逃げ出したくなるが、そんなことは出来ない。これは、負けてはいけない戦いなのだ。

 ショーマにとっては随分と長く感じられたが、実際はそうでもない時間の睨み合いが続くと、やがてグランディスから言葉を発した。

「……まだ、と言ったな」

「……はい」

「……そうか」

 とだけ言って、グランディスは目を閉じ、ティーカップを置いた。

「だ、そうですよ。お父様」

「言えないんじゃしょうがないわな」

 2人は軽い調子でそう言い合った。


 まだ。……つまりは、いつかは言う。それまで待っていろ。

 グランディスは自らの視線を真っ向から浴びて、怯みながらも最後まで目を逸らさなかったショーマの意思を受け入れることにした。

 妹は変に誤魔化していたが、彼に恋慕の情を抱いている、もしくは今後抱くことは、容易に理解出来た。兄としては死にたくなるような事実だが、せめて良い相手であるということを見定めなければならない。その第1関門は、まあ合格と言って良い所だった。


「レウス君。10日に1度ほどで構わないから、共同生活の成果をまとめた報告書を書いて、騎士団を通して私宛に送ってくれたまえ。それが妹を預ける条件だ」

「……わ、わかりました」

 報告書と言いながらも、要は妹の様子、主に男関係でのことを知らせろという意味なのは、レウスにもすぐわかった。

 職権濫用と言ったら否定出来ないだろうが、まあこれくらいは手間でも無いことだ。レウスは大人しく従うことにする。

 ほっとした所でショーマはふとメリルと目線があう。するとメリルは一瞬顔を赤くし、ぶおんと風の音がしそうな勢いで顔を背けた。

 ……結局、恥ずかしいことを言ってしまったのがわかった。


「では、そろそろ失礼します」

「ああ。明日からは訓練所でしごかれるんだろう? ちゃんと体を休めておきたまえ」

「ありがとうございます」

「メリル、元気で」

「はい。お兄様も、お父様、お母様も」

「気を付けてね」

「嫌になったらすぐに帰ってきてもいいのだよ?」

「やると決めたのだから、途中で投げ出したりなんてしませんよ」

 メリルは両親と抱き合って、ドラニクス邸を後にする。


   ※


 ブロウブ邸を目指す馬車の中で、ショーマとメリルは何とも微妙な雰囲気になってしまっていた。あんなことを言わされたのでは、まあ仕方無いが。

 メリルは気持ちを誤魔化すようにセリアと師弟についての話をしていたが、当のセリアもまた複雑な気持ちでいたことには、気付けていなかった。


   ※


 その晩、8人揃って食事を済ませると、男4人は集まって、互いに稽古を付け合っていた。ヴォルガムとの模擬戦での感覚を忘れない内に、ということである。

 それぞれの戦闘スタイルは大きく異なっていたが、それゆえに得られる物もある。ショーマにとって果敢に攻めてくる近接攻撃手は、魔導師が剣を抜いて戦うことを想定する相手。それに合致するスタイルなので良い練習相手だ。逆に言えば他の3人も、魔導師を相手にする際の練習相手として都合が良い。

 差し当たりレウスは久し振りに力を見たいと言うのでデュランと、余ったショーマはバムスと稽古を行う。


 今まで相手にしてきたレウスとは、大きく異なる戦い方をするバムスにショーマは翻弄される。だがバムスは意外と親切に的確なアドバイスをくれるので、少しずつ対応出来るようになっていく。

 武器を持っているのだからリーチを活かすこと。まずはそこを重点的に練習した。だがそろそろ物になりそうだと思えてきた所で、バムスは今まで使わずにいた、一気にリーチを詰める独特な歩法で攻撃をしてくる、という厭らしさを見せてきた。

「フン。あまり調子に乗らないことだな」

「こんの……っ」

 そろそろ壁を越えられそう。そう思った所でさらに壁を積み上げる。それがバムスの教え方であった。


 一方でレウスは、デュランの剣と槍を使った戦闘スタイルに意外な苦戦をする。だが、その実態が奇想戦術。つまりは見慣れない戦い方で意表を突くことで、動揺している内に勝利を奪い取ることが目的だと気付くと、形勢はすぐに逆転した。

「まだまだ、甘い」

「くっ……!」

 レウスの感じたデュランの課題としては、やはり剣も槍も中途半端であることが上げられた。意外と剣と槍の使い分けは出来ているのだが、やはり絶対的に技能不足だった。片手でどちらかだけを使っているのとたいして変わらない。ただ、両手のどちらかを持て余している、という感じもしないので、戦闘センスは高いのではないかという見方もしたが。


 程良く汗も流した所で風呂に入って寝ることにする。風呂の時間等はこちらに到着して早々メリルがルールを厳しく設定していた。

 ショーマは自分に割り当てられた部屋に向かう途中、リノンとすれ違う。

「こんばんは。ショーマさん。お部屋の準備は出来ていますよ」

「あ、どうも。……リノンさんがやってくれたんですか?」

「はい。こちらのお屋敷に来てから初めてのお仕事です」

「あ、そうなんですか」

「ふふ。そう言えばリヨールのお屋敷でも、初仕事はショーマさんを起こすことでしたね」

「ああ……、あれね……」

 というかあれが初仕事だったなんて初耳だ。仕事というほどでも無い気もするが。

 少しの間、沈黙が続く。

 そして、今がもう夜で、周囲に他の誰もいなくて、割り当てられた部屋は個室だということに思い当たる。

(い、いや。落ち着け……)

 見れば、リノンも何かを言いたそうにしている。たぶん。

「あ、あの」

「はい!?」

「あ、明日からまた訓練所なんですよね、今日はもうお休みになった方が良いと思います。だから、私は、これで……」

「あ、はい……、そうですね……」

 リノンは早口で言うと、ショーマの脇をさっと早足で駆けていってしまった。

「はあ……」

 ため息を吐いて、ショーマは自室に入ってベッドに潜り、すぐに寝てしまうことにした。

 今日はもう、色々あって疲れた。


   ※


 翌日。朝から訓練所に向かう。朝昼夜の食事は用意された食材を小隊ごとに調理して食べるのだ。これも訓練の一貫である。調理する場所は、野営を想定して外の広場で行ったり、整備されたキッチンで行えたりと、様々な状況に合わせられるようになっている。

 朝食が終わればまず体力作りの走り込みから。昨日の結果を見て、ヴォルガムが自ら先頭を走って怒声を上げていた。

 それが終われば各クラスに合わせた個別訓練。ショーマとセリアの黒魔法科では、特別に開発された訓練用簡易小型疑似ゴーレムを使って、実際に魔法を使っての模擬戦が行える。『動く的』に対して練習が出来るのは、ありがたいことだ。剣や槍なら刃の無い道具を使えば良いが魔法はそうもいかない。動物相手に練習するにも、規模の大きい魔法では自然環境にも影響が大きい。そういうことが出来るのは弓術師だけで手一杯である。

 朝と同様の昼食を終えれば小隊活動の講習と実践。ここでも疑似ゴーレムを使った集団戦闘の訓練を行う。前衛と後衛の役割を意識して、それぞれの小隊に合わせた戦闘スタイルを身に付けていく。

 その後はまたクラスに合わせた個別訓練。ショーマは今度は剣術科に行ってみる。魔導師向けの剣術も教えてくれるのでありがたかった。とはいえ訓練自体は厳しいので大変だったが。

 そして夕食を終えると、今日1日の結果を報告書にまとめて提出させられる。全部終わってようやく帰宅すれば、もう外は暗い時間である。


   ※


「お疲れ様でした」

 リノンとは別のメイドが暖かい紅茶を出してくれる。まだ見習いなのでお茶汲みなんてさせてもらえないのだ。

「で、どうだった?」

「ん、まあ。……初日だしこんなもんかなって感じ?」

 レウスの問いかけにショーマが答える。

「そうでしょうね。……たぶん、その内また実戦に参加させられると思うわよ。それも割と定期的に」

 メリルは忠告するように言った。

「正規の騎士団と一緒に、ということだね。あくまで部隊の1つとして参加し、以前のような優秀な騎士が随伴する安全なものとは異なるだろう」

「本格的に騎士団の一員として、って感じか?」

「そうだね。多少は配慮してくれるだろうが」

「そうね。じゃあ、明日も頑張れるようにさっさとお風呂入って寝ましょう」

 メリルが立ち上がり、提案する。

「どうせなら皆まとめて入っちゃいましょうか、ここのお風呂広いし」

「え」

「……女の子だけよ」

「あ、はい。わかってます……」

「え、一緒に入りたいの……?」

 セリアがどこか悲しそうな顔で言った。

「お前、そういう奴だったのか……」

 デュランは割と本気で幻滅しているような顔で言った。

「誤解です! 誤解!」

「…………」

「そんな目で見ないで!」


 ……それから数日は、そんな調子で訓練所では汗を流し、屋敷ではわずかな団欒の時間を繰り返す、厳しくも和やかな日々が続いた。


   ※


「そう言えばさ」

「ん?」

 ふとショーマはあることを思い出す。

「レウスの兄さん……、上の兄さんだけどさ」

「グローリア兄さんが、何かな」

「ああ、その……。今更こんなこと聞くのも気が引けるんだけど、……騎士団で一番偉いって言うのは……、どういう?」

「……言葉通りの意味だが。

 ……ブランジア騎士団総団長。数ある部隊の総てを執り纏める役職。だよ」

「へえ……。ブロウブ家はすごいと聞いていたけど、そんなになのか……」

「……まさか総団長がどういうものか知らなかったのかい?」

「え、いや……」

「……お前、本当にこの世界の人間じゃ無いんだな」

 デュランが感心するように言った。

「こんな理由で納得された……」

「……じゃあ一応改めて説明しておくと、兵士8人で1小隊、96人12小隊で1中隊。そして2つ以上の中隊で大隊。大隊は隊ごとに編成中隊数が異なる。これは知ってるね?」

「が、学校で教わったしそれは知ってるよ……」

「中隊長は12の小隊長から最も優秀な人物を、大隊長かそれに比する人物が任命し、担当させる。

 大隊長は総団長から任命された人物が割り当てられ、小隊には属さず司令官として行動し、基本的に直接的戦闘行動は行わない」

「うん。ブレアスさん、がそうなんだよな。あと、メリルの兄さんのグルアーさん」

「そうだね。そして話した順とは逆になるが、騎士団はまず大隊長が任命されてから、その人物の主導によって中隊、小隊が編成されていくんだ。だから大隊長が変わるということは、大隊そのものも大きく変わるということになる」

「うん、まあ。その辺は習ったから知ってるし……」

「本当だろうね?」

「本当だって」


   ※   ※   ※


 ショーマが騎士団の構成について学んでいるその頃。

 学術都市リヨールより南東。廃棄されたリトーラ鉱山跡にて。

 ブロウブ大隊、ドラニクス大隊、エルメティオ大隊の連合部隊は、鉱山周囲に展開し攻撃の機会を窺っていた。

 リトーラ鉱山は鉄を中心に、金、銀、銅など主要な鉱石が発掘されて来たが、今はほとんどが掘り尽くされ、10年ほど前に作業は終了。現在は発掘作業用に整備された坑道もそのままに放置されて、立入禁止となっていた。

 今では誰も立ち寄らなくなったそこに、魔族の大群が棲み着いていた。風化や崩落によって使い物にならなくなった坑道もいくつかあるが、それでも内部は発掘によって、未だかなりの広い空間が残っていた。

 ブロウブ大隊はまず当時の発掘作業員を探し、なんとか鉱山内部見取図を入手。それを参考にそれぞれの大隊を3方向に配置、そこから中隊単位で担当区画を分け、さらに各坑道を小隊単位で潜入させる。

 複数の坑道から同時侵攻を行い、消耗に合わせ適宜戦闘を行う小隊を入れ替えながら、魔族の殲滅を行うという作戦だ。


 連合部隊の大隊を構成する各中隊は、基本的にいつもの大隊と同じ所属なのだが、せっかくの連合部隊ということで、いくつかの中隊は別の大隊に入れ替わって配属されていた。

 ルーシェ・ヴィアンヌの率いる第3中隊もその1つであった。現在はブロウブ大隊からエルメティオ大隊に回されている。

(かの流麗なる大隊長の噂は確かに知っているが……。本気なのか?)

 ルーシェは2つの大隊がリヨールに出向してくる数日前に、ブレアスから引き抜きの話を聞かされていた。ルーシェの腕を高く評価したアルテーナが、自分の大隊に招き入れたいと言うのだ。

(何を考えているかはわからないが、私の上司はブレアス様だ。引き抜きなど……)

 坑道周辺の魔族に警戒を払いながらも、内心では不満を抱く。別にアルテーナ個人は立派な人物だと尊敬しているが、それとこれとは話が別だ。

「なーにを考えているのかなっと」

「!」

 気配も無く背後から現れたアルテーナが声をかける。ルーシェは振り返ると同時に、つい腰の剣に手を伸ばしかけてしまった。

「……気配を消して近付かないでいただけますか」

「おっと、これは失礼。いや、気付くかと思ったんだけどね」

 アルテーナは軽い調子で謝る。だがルーシェは落ち着いていられない心境だった。

(気付くかと思った、だと……?)

 つまりは話しかけられるまで気付かなかった自分を馬鹿にしているということか。これで期待外れだと思われたなら、引き抜きの話は無かったことにでもなるだろうか。

 それはそれで都合は良いが、気に入らない。この程度の人物なのかと思われたまま帰られるのは心外だ。ブレアスの沽券にも関わる。

「エルメティオ大隊長。我が中隊に侵攻を任せていただけませんか」

「ん? やる気だね。じゃあ33から36番坑道をお願いしようかな。いける?」

「了解しました」

「良し、では行こうか」

 アルテーナはさくさくと歩き出す。その方向は33番坑道の入口だ。

「は?」

「……聞いてるだろ? 引き抜きの話。……私自ら君を調査させてもらうんだよ」

 先程のやりとりなどなんでも無かったかのように、アルテーナはにやりと笑った。

「……良いでしょう。我が隊の力、お見せいたします」

 ルーシェは自分の中隊へと指示を出し、自らも小隊を率いて坑道へと浸入していった。そしてアルテーナは、配下も連れずにその後ろをついていく。


 リトーラ鉱山跡攻略作戦が、開始された。

2012年 03月01日

話数表記追加

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ