ep,027 傍にいる仲間
その後の模擬戦はあっさりしたもので、第2小隊はそこそこ善戦していたが、後の4つの小隊はほとんど何も出来ずにやられていた。
「あー……。こりゃイカンな……」
ヴォルガムは最初の第1小隊が善戦したので、他の小隊にも期待してしまったのか、予想以上の不甲斐なさに機嫌を損ねていた。
「貴様ら明日から覚悟しておけ!」
と脅しをかけると、訓練所施設の中へぶつぶつと何か呟きながら入って行った。
「まあ、そのなんだ。皆今日はご苦労だったね」
模擬戦が終了し、学生達の前にパラドラ騎士訓練所の副所長ピーターがやってきた。
「この訓練所では実戦的な訓練を中心に行っています。すぐにでも実際の戦場で役に立てるようなことをね。今後も先程の模擬戦を糧に頑張ってください。
で、この訓練所ではですね、ほとんどの行動は小隊単位で行い、連絡事項も小隊長を通じて行いますので、理解しておいてください。では早速、今後3ヶ月のあなた達の生活に関して詳細を話しますので各小隊長は前に出て集まってください。他の隊員はここで待機を。隊長の皆さんに連絡が終わったら宿舎へ移動となるので、それまでに荷物の片付けを済ませておいてください。では、よろしく」
「じゃあ、行ってくるよ」
「おう」
レウス他、各小隊の隊長が集まり、ピーターに連れられて行く。
残ったショーマ達は荷物の片付けを始める。行軍に必要な物から、個人的な荷物も含めて、全て纏めた上で3つの荷車に載せていたため片付けもちょっとした手間だ。第1小隊では特にメリルの荷物が多かった。
「な、何よ……」
「何も言ってないだろ」
大きめの鞄3つ分もの荷物だ。積み入れる時にも手伝わされたし、どうせこの後もいくつか持たされるだろう。今更いちいち文句も言わない。
※
しばらくしてレウスが戻ってくると、簡単に今後のことを知らせてくれる。明日からの騎士訓練所での訓練内容やその時間帯等。
「それじゃあ今日はここですることはもう無いので、第1小隊はこれよりブロウブ家本宅へと向かいます。今後の詳細は屋敷に着いてからということで。……問題は無いかな?」
問題、というのは質問や荷物の忘れ物は無いかということだけでなく、本当にブロウブの本宅に上がっても大丈夫かという意味もある。ずっと付き合いのあるメリルはともかく、バムスやローゼには色々と事情があるのだ。
「ああ、構わん」
「大丈夫です」
だが当の2人は問題無いとすぐに頷いた。
「では、もう少し待っていてくれ。迎えが来るから」
「迎え?」
訓練所入口の正門前で待っていると、馬車が2台やって来た。
「お待たせ致しました」
馬車を引く騎手がレウスに頭を下げた。
「うん。ありがとう」
「え、これ?」
「そうだよ」
「はー……」
洒落た装飾の施された馬車に乗り込む。荷物は後方の馬車に纏めて載せ、8人は前方の馬車に乗り込む。それにしてもいつ呼んだのだろうか。
「私初めてだよ……」
セリアが感激している。初めてなのはショーマも同じで、デュランとフィオンもそうだった。口にはしないが3人とも同じような表情をする。
「ブロウブの馬車はちょっと飾り気が無さすぎなのよね」
「確かに。一見、総団長ともあろう方の家で使う物には見えませんね。けれど、わかる人にはわかる良さがあると思います」
「フン。確かにこの木材なんかはかなり上等な代物だ。無骨で見苦しいが、こういう所にこだわれば乗り心地が大分変わってくるものだ」
メリルとローゼとバムスは好き放題に感想を言っている。
「うわ、金持ちっぽい会話」
「あれは暗に俺達みたいな貧乏人には過ぎた物だから光栄に思えって言いたがってるんだ」
ショーマがその様子に若干引いていると、横からデュランが嫌味で返した。
「おいおい心外だな。生まれは違えど共に戦う仲間にそんなことするもんかよ」
「どうだか」
「あー、そろそろ出るよ……」
困り気味のレウスの言葉で、馬車はブロウブ邸へと駆け出した。
※
「で、今回の模擬戦で皆、何か得られた物はあったかい?」
馬車に揺られながら、レウスが問いかける。
「どうかな……。俺はまたろくなことが出来ずにやられたし」
まずはデュランが投げやりに答える。
「またとか言うなよ」
「……ふん」
「横から見ていた限りだと、まあ確かに何も出来ていなかったけど、ヴォルガム将軍の懐にまでは飛び込めていたわよね。……ぶっとばされはしたけど」
意外なことにメリルがフォローした。その時はレウスもバムスも土嚢に突っ込んでいたので、デュランを見ていなかったはずだから、まあ代わりに言ってやるとしたら、メリルあたりの役目になるだろうが。
「程度で言うならバムス様も大して何も出来ていませんでしたし、気に病むことは無いと思いますよ」
「あ?」
「……まあ、今回最も役に立たなかったのは、私でしょうが」
ローゼがフォローと嫌味と自虐を言う。その内の嫌味を言われたバムスが、ものすごい勢いで表情を歪めたのがわかった。
「あーいや、ほら。バムスも背後に回り込んで一撃決めてたじゃないか。あれ結構効いてたよな?」
今度はショーマがバムスのフォローをする。
「……フン」
それを聞いてバムスは不満そうな嬉しそうな微妙な反応をする。
……そろそろ雰囲気が悪くなってきた。
「あー、そうだ。フィオンのゴーレムすごかった! な!」
「えっ!? あ、あの、えっと」
ショーマは話題を変えてみる。急に話題を振られてフィオンは焦っていた。
「ああ、あれは作るのにかなり手間かかっていただろうに、模擬戦なんかで使わせてしまって申し訳無かったかな」
レウスはフィオンの苦労を思って謝罪する。
「い、いえそんな……。実戦になる前に試しに使っておけて、良かったです、し」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。……しかしまあなんだね。うちの隊は、名家組がちょっと不甲斐なかったかな」
「……そうか? そんなこと無いと思うけど」
「そんなことあるよ。セリアは魔法を始めたばかりなのに成長が目覚ましいし」
「え? えへへ……」
「デュランもバムスに教えてもらってからはすごいね。1度また相手してもらいたい所だ」
「…………」
「フィオン、今回は君のお陰でかなり善戦出来た。王都なら調合用の薬品や器材もより良い物が使えるだろう。予算に不都合があるなら僕も協力するから、さらに腕を磨いてほしい」
「あ、はは、はい!」
「そしてショーマ」
「……ん」
「君は、そうだな。……これから、だな」
「なんだよそれ」
「……君の目指すべき場所は騎士では無く、もっと大きなものだ。……最後までヴォルガム将軍に立ち向かっていった君の姿を、治癒をかけられながらぼんやりとした心地で見ていたが……。確かに、君ならやり遂げられるんじゃないかと思わせるものを感じた」
「……誉めすぎじゃないか?」
「かもね。何しろ気絶から回復中のことだし」
「……あ、そう」
「だからこそ、『これから』だ。……まだ虚ろなその姿を確たるものにしていこう。そのために僕も力を貸す」
「レウス……」
「ま、頑張っていこう」
※
馬車がブロウブ邸に到着する。門を抜けて、舗装された路面のある庭先を進み、玄関前で一行は降りる。
玄関先で待ち構えていた執事が出迎える。
「お帰りなさいませ、レウス様」
「ああ、ご苦労様。こちらが僕の小隊の仲間達だ。今日からここで生活するのは、すでに連絡した通りだ」
「承知しております。お部屋の用意も完了しております」
「ああ。わかった」
「つーか、でか……」
レウスと執事が話す横で、誰ともなく思わず口をついてしまう。ブロウブ家の本宅はリヨールの別宅よりもはるかに広い敷地を持ち、建物もずっと大きく立派で、屋敷というよりは城と言える趣であった。
「まるでお城だな」
「防衛拠点という意味では確かに城だよ。まあ、騎士団で一番偉い人間が住んでいるわけだし、生活場としての規模だけならこんなものだろう。当然だが同じお城でも王城よりは小さいし」
「え、一番……?」
「ん?」
「ねえ、早く案内してもらえる? 荷物の整理がしたいわ」
「ああ、そうだね。すまない」
執事が玄関の扉を開けて、一行を招き入れた。
「お帰りなさいませ」
中に入ると大勢の整列したメイド達が揃って頭を下げて出迎える。
「おお、壮観。……って」
ショーマはその光景に感動しながら、あることに気付く。
「リノンさん……?」
「はい」
メイド達の一番端に、同じ格好をしたリノンが一緒に整列していた。よく見れば別宅にいた他のメイドもいる。
確か自分達がリヨールを発った日には、まだ別宅にいたはずだが。
「いつの間に……」
リヨールの別宅の時とは違い、1人に1つ部屋が割り当てられた。部屋の内装や広さは、別宅とほとんど同じなのが印象的であった。ただ今まで2人で使っていた所を1人で使うため、前より広々と感じるという違いはあったが。
荷物を置いたらまたロビーに再集合する。王都に本宅のあるメリル、バムス、ローゼの家にも顔を見せに行くのだ。
「疲れている所申し訳無いけど、よろしく頼むよ」
ショーマには名家ごとの繋がりや、その重要性なんかはよくわからないので、バムスとローゼがこのブロウブ邸で暮らすことがどんな意味を持つかもわからないでいた。これからわかることだろうか。
※
再び馬車に乗り込んで、まずはローゼの本宅であるクラリア邸へ向かう。
「あのさ、なんかこう……、訪ねる上でのマナーとか、やっちゃいけないこととかあったら聞いておきたいんだけど」
「んー、やってはいけないことはたくさんあるが……。とりあえずおとなしくついてきてくれればそれで。差し当たり、変なことを喋ったり勝手に物に触ったりとかはしないでくれ」
「お、おう……」
他の皆の様子を見ると、あからさまにセリアやフィオンは落ち着かなさそうにしていた。デュランは黙って目を閉じて微動だにしないのでよくわからない。
「……そうね。名のある家って、交流の無い家のことは基本的に敵視したりするものなの。そこまではいかなくとも積極的に関わりたいとか、仲良くしたいとか、友好的な考えは持たないのが普通ね」
ショーマに向けてなのか、メリルは解説を始める。
「……なんで?」
「家が発展してきたのは大抵の場合、その家独自のモノを持っているものだから。例えば私の家なら竜操術という発明と、完成までに集められた数々の資料、術の普及によって得られた財産とか。ブロウブ家なら長年騎士団で高い地位にいたことで得た人脈や経験、知識。他にも、騎士団の重鎮になれるほどの良い人材を育てられる教育プランとか、そういうモノ。
形があったり無かったりするけれど、一族が築き上げた成長の軌跡という所ね。それを簡単に他人に覗かれるリスクを負わないために、家同士で距離を取っているの。もちろん互いにメリットがあれば親密にもなるけれどね」
「ふうん……。じゃあ、レウスとメリルの家は、その……、お互いメリットがあるからっていう、言わば打算的な感情、で親しくしてるのか?」
「交流するようになったのは、私達のお父様同士が、騎士団で個人的に親しくなったのがきっかけらしいわ」
「あ、そういう純粋な理由もちゃんとあるんだ」
「まあ口ではそう言っていても、裏では色々あったのかも知れないけどね。例えば戦場で危機を救ってもらった。というのがきっかけだったとしても、そこで純粋な友情が生まれたのか、助けたことで借りを作り、そこから表向きは友情という形を取りつつ家の情報を引き出そうとしたのか、とか色々考えられると思わない?」
「うーん……」
「まあ、うちのお父様はまだ存命だし、そんなんじゃ無いって言うのはわかっているんだけどね。例え話よ」
「あ、そうなの……」
「まあ、そういうわけで、これから行く家では先方にも知られたくないことは色々ある。それでいて私達から引き出したい情報もある。格上の相手には特に警戒するわ。都合の良い話にはどんな裏があるかわかったものじゃないしね。
……だからみんなには余計なことを喋って欲しくないし、家の中の物を壊したりして付け入る隙を与えたりしないよう気を付けて欲しい。ということなの」
「なるほどねー……」
※
「ところで、到着する前に聞いておきたいんだが。……ショーマが王女から託された件……、本気で協力するつもりがある者は、どれくらいいる?」
ここでレウスは真面目な顔つきになって馬車にいるメンバーに問いかける。
「ショーマが頼まれたことは魔族と戦い、この世界を救うことだ。……騎士団に入って命令に従うことでは無い。わかるね?」
「……俺は騎士にはならないで、独自に魔族との戦いを行っていく道もある。ってことだよな」
「そう。今はこうして騎士士官学校の一員として学んではいるが、君が騎士にならなければいけないということは無い。むしろ騎士団に組み込まれて自由な行動が出来なくなる可能性もある。騎士団としても王女が言ったからといって、得体の知れない救世主らしいという人物を中心に作戦を展開するなんてことは出来ない。君か君に近しい者……、例えば僕達の誰かが出世して、作戦を立案できる地位になるのを待つにしても、そう簡単な話じゃない。
しかし君が騎士団に入らず独自に行動するとなると、協力する仲間が問題だ。どうせなら腕の立つ人物が良いが、相応な実力を持つ騎士団員には騎士団の仕事があるから難しい。そして今君に最も協力的な僕達7人は、その騎士候補生だ」
「つまりみんなが俺の魔族退治に協力するには……、騎士を諦めなきゃいけないかも、ってことか?」
「そうで無いなら、君自身が騎士団でどんどん出世していくだけの覚悟と時間がいることになる」
「……んん、そうか」
「で、皆はどう考える? ……僕はショーマが言うなら騎士団所属は止めても良い。ブロウブ家は兄さん2人で十分名誉を保てるからね」
「私もよ。元々私は騎士団入りなんてするなとまで言われていたし。それなら言う通りやめてやって、世界を救う戦いにでも参加するわ」
レウスとメリルがまずショーマの行動に付き合うことを表明した。
「わ、私も! ……いまさら、やっぱりやめる、だなんて」
セリアも手を上げた。
「本当に良いのかい? ご家族だって、君が騎士になることを期待しているだろう?」
「そう、だけど……。わ、私だって、もう自分の将来は自分で決められる年です」
「セリア……」
口ではそう言っているが、ショーマには別の理由があるように感じられてしまう。本当になんでもしてしまいそうな子なのだ。
「まあ、実際に騎士になるかどうかは、認定試験を通過できるかどうか。10ヶ月近くも先のことだから、そんな性急に考えなくても良いよ」
「あ、はい……」
「他の皆はどうだい?」
まずはデュランが答える。
「俺は別に、どうしても騎士になりたい。という気も、今はそんなに無いが……。かといってお前に付いていく、ということと秤にかければ、騎士になる方が良いと考えてしまうな。……薄情なようですまんが。……いや、手を貸す気がまったく無いと言う訳では無いぞ」
「いや、気にするなよ。どう考えたってこのまま普通に騎士を目指した方が良いんだから」
騎士になれば安定した社会的地位も得られる。給金も高額だ。
しかし魔族を打倒しても、そういうのは一切無い。王女直々の頼みではあるが、褒美を保証されているというわけでも無い。
損得を考えれば、損だろう。
「……ああ、悪いな」
「フン。どうだかな。そんなある意味当たり前な道を進むのは確かに利口だが、つまらんことだとは思わないのか貴様」
バムスがデュランに横から文句を言った。デュランは無視したが。
「……バムスは、騎士になるの、止めても良いって思うのか?」
「思わん。俺には家を継ぎ発展させる使命がある。だが騎士になろうとも、常に傍にいなくとも、力を貸す手段はいくらでもあるというだけだ。資金なり資材なりと言った具合にな」
「そっか……」
「その点は申し訳ありませんが、私も同様です。この王国のために私は騎士の道を志しましたし、この王国のためになるというのならば、ショーマ様に協力することもしましょう。ただしその道は、どちらか一方を捨てるという風にはいかないのです」
ローゼもバムスとほぼ同意見であった。
「じゃあ、フィオンは……?」
「え、えっと……」
最後に残ったフィオンに聞く。
「あ、あの……、私は……。き、協力したいのはやまやまですけど。でも、私は、……騎士の称号が、欲しい、です。だから……」
「……そっか。なら、無理にとは言わないよ」
「あの……、……あ……。ごめんなさい……」
フィオンも騎士になってからなら、きっと協力しても良いということだろう。しかし気の弱いフィオンにしては、随分と自分の都合を主張したものだと、ショーマはそっちの方が気になっていた。
良いこと、だと思う。
「まあ、結果的には今までとあまり変わらない感じになってしまったわけだね」
「変わんなくは無いよ。……皆が少なくとも協力的な心情でいてくれるって言ってくれたのは、すごくありがたいことだ」
「……そうだね。これからの魔族との戦いに対して、これから君がどう行動していくか。また具体的に考える必要がありそうだ」
「ああそうだ。そのためにもまず魔族のこと、もっと調べられないかなって思ったんだけど」
「そうだね。まずは何をどうすれば、魔族から世界を救ったことになるかをはっきりさせないといけないんじゃないかな。
……仮に、全ての魔族を滅ぼすということ。としても、奴らはどのようにして生まれるかも詳しくわかっていない。発生源がわからなければ、全て滅ぼしたと思ってもまた現れるかもしれないしね」
「そうだな。なんで人間を襲おうとするのかとかも気になるし」
「私はまた建国の伝承について調べてみようと思っているわ。王都ならリヨールよりもっと良い資料があると思うし」
「なんだ既にそんなことをしていたのか。ならば俺も俺なりに手を回してやるとしよう」
そうやって、ショーマ達は協力して事を進め始めた。8人の未来は同じでは無いが、近くを通っているのは確かなようだった。
そして近くを通っているのなら、協力することを考えられる。
……良い仲間。そんなありきたりとも言える言葉が、ショーマの頭をよぎっていた。
2012年 03月01日
話数表記追加