ep,020 少しずつ変わりだす日々へ
そろそろ屋敷に戻ることになったショーマ達。
「と、その前に救護所に寄っていってからで良いかな。リノンさんも行きます?」
「あ、はい……」
リノンの父親はもう病院に搬送されたらしいが、寮前で一緒に戦った警備兵の2人はどうなったかはまだ聞いていなかった。
「私は外で待ってるわ……。ここ人多すぎ」
メリルはダウナーな調子で誘いを断った。
「ああ、なんだか貴族の人達が多いね」
「どうせ文句言いたいだけでしょあれ。いい迷惑だわ。それじゃ」
ため息を吐いて、メリルは1人でさっさと外へ向かっていってしまった。
「じゃ、行こうか」
「あ、いた」
仮設ベッドで横になっていた2人は割とすぐに見つかった。騎士団員は病院ではなく、こちらの救護所に置いておかれるとのことだ。
というか警備兵が騎士団の構成員だったことを、ショーマはこの時始めて知った。
「お、来てくれたのかい」
「どうも。怪我の具合はどうです?」
「復帰には時間がかかりそうだなあ。あいつは片腕やられちまったし、難しいかもしれんが」
腹を引き裂かれた上、そこに強烈な蹴りまで貰った方の警備兵は、意外と元気そうに言った。
「そうですか。……何て言ったらいいか」
「おーう。気にすんなよ。ま、ちょっと不便なくらいだよ。利き手でも無いし」
隣で横になっていた警備兵はまだ残っている右腕を振った。
「そんな簡単な話でも無いと思うんですけど」
「ふっ。腕1本であの人を守れたのなら安いものさ」
左腕を失った方の警備兵は格好つけて言った。
「……だ、そうですけど」
「んあ?」
ショーマの背後からリノンが顔を覗かせる。
「うおあ!」
警備兵の2人はリノンに気付き変な声を上げる。
「あ、あの……」
「あーいやいや全然本当大丈夫ですから! 気にすること無いですからね全然!」
「そうですそうです! 腕だってその内生えてきますしご心配無く!」
「いや生えたりはしねーよ!」
「いや生えるって」
「生えねーよ!」
「あの……」
「はい、なんでしょう!」
リノンの呼び掛けに、2人は声を揃えて返した。
「元気そうで何よりです……けど、本当にすみませんでした。私達のために、こんな大怪我を……」
「いえ、そんな。我々はこれが役目ですから。それに、寮生の皆さんが無事だったのも良かった。カターマさんの避難誘導が良かったからです」
「そうそう。何より、お嬢さんが助かって本当に良かったですよ」
「はい……。ありがとうございます」
リノンは何度も何度も頭を下げていた。
※
外で待っていたメリルと合流し、ショーマ達は士官学校に臨時設置された避難所を後にする。
「あの、本当に良いんですか? 私……」
「ええ。最近住人が増えて、人手が欲しいと思っていた所ですし」
ブロウブ家の別宅で住み込みのメイドとして働くこととなったリノンは、もう1度改めてレウスに確認をする。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「屋敷に向かう前に、病院に搬送されたお父様の様子を見に行っておきましょう」
「はい」
「みんなも。ほら行くよ?」
「ええ……」
ショーマ以外にも、メリルとセリアの3人はやはりリノンのことに色々と思う所があるようだった。
病院でカターマ氏に会う。治癒魔法のお陰で傷はだいぶ癒えており、明日にも退院が出来るそうだ。
レウスはリノンにブロウブの別宅で働いてもらうことを、カターマ氏に伝えた。
「そうですか。ありがとうございます。……リノン、父さんは父さんで、知り合いを当たってみるから。心配しなくて良い」
「……大丈夫なの?」
「ああ。父さん意外と顔広いからね。はは」
「……うん。わかった」
「しっかりな。お前なら大丈夫さ」
「……うん」
カターマ氏は娘を安心させるようそっと頭を撫でた。
※
病院を後にして、5人は屋敷への道を進む。
街のあちこちには騎士団の兵士が武器を手に、緊張の面持ちで待機している。
「あの、ショーマさん。街はまだ危険なんでしょうか」
「大丈夫、のはずですけど」
「街にもう魔族の気配はありませんよ。騎士団が展開しているのは『何かあっても即時対応出来ます』って民衆にアピールするためですから」
「そう、ですか。良かった……」
リノンは胸を撫で下ろした。
「……なあ、レウス。本当に良いのか?」
「屋敷が襲撃されるかもしれないのに彼女を、ってことかい?」
「……そうだよ」
ショーマの言いたいことはお見通しらしい、
「大丈夫だよ。彼女の安全は保証する」
「本当だろうな……」
「屋敷の部屋の一部は結界を強化しているんだよ。メイド達の寝室もその1つだ」
しかし本人が安全でも、周りに危険な目にあっている人がいたら不安になるだろう。それは駄目だ。しかしレウスは、
「それに、目の前だろうと、どことも知れない遠くでも、大切な人を想う気持ちは変わらないのさ。つまり悲しませたくないなら、結局の所彼女よりも君の行動次第なんだよ」
「むう……」
見透かしたようなことを言うのだった。ぐうの音も出ない。
※
やがて屋敷に到着する。
「わ、大きい……」
玄関前には執事が待っており、慇懃に出迎えた。
「お帰りなさいませ、レウス様。お怪我については既に使者の方より連絡を受けております」
「そうかい? 早いね。ならいちいち説明はしなくて良いね」
「はい。それから、騎士団からの使いの方がお見えになられています。レウス様が戻るまでは帰らないつもりのようで」
「ああ、わかった。それと、急な話で悪いがこちらの女性をメイドに雇ってあげたい。住み込みで。詳しくは後で話すから」
「承知いたしました」
玄関を抜けるとすぐそこに騎士団の使いとやらが待ち構えていた。
「レウス殿、お待ちしておりました!」
「お待たせして申し訳ありません。どういったご用でしょう」
使いはビシリと姿勢を整えてハキハキと伝令を伝える。
「はい! 私、ブランジア騎士団リヨール防衛大隊所属のマック・ハンガー伝令兵であります。伝令内容は、ブレアス大隊長から直接話がしたいので、レウス様はリヨール市街のブロウブ家別宅にて待機しているようにとのことであります!」
「了解しました。この屋敷で待機しているように。ですね」
「確かにお伝えしました。それでは失礼いたします!」
「お疲れ様です」
伝令兵は勢いよく頭を下げると、きびきびした動きで屋敷を出ていった。
「なんか、すごいたいしたことの無い内容だった気がする」
「そんなものだよ。兄さんのことだから僕が街に出ていくこともお見通しで、適当に屋敷に来ても行き違いになるのも予想している。結局、時間を無駄にしないためなら、ああやって僕が帰ってきたことを誰かに報告してもらってから来るのが良いってことさ」
「ふうん」
「それじゃ、君達は装備を片付けたら少し休憩していてくれ。リノンさんは、そちらの執事に説明をしてもらってください」
「ご案内します」
「あ、はい。……それじゃあ皆さん。あの、本当にありがとうございました」
※
ショーマ達は装備を片付けると、リビングに集まって休んでいた。レウスは兄ブレアスをロビーで待っているためここにはいない。ショーマ、メリル、セリアの3人だけだ。
「まあ……、急な戦いだったけど、みんな無事で良かったよ」
メイドが用意してくれていった紅茶に口をつけ、一息つく。
「あ、でもこれって……、ショーマくんを狙ってたっていう、襲撃者とはやっぱり違うんだよね……?」
「ん、どうなのかしら」
「でも俺が前に住んでいた寮に攻撃を仕掛けていたし、……どうなんだろ」
「こっちに移り住んだってこと、知らなかったのかな」
「それはなんか間抜けな話だな……。あ、でも俺を見つけても、特に優先して襲いかかってきたりはしなかったぜ」
「ああ……、そっかあ。やっぱり違うのかな」
「もし本当にショーマ狙いだったとしたら、結果は失敗なんだし、また襲撃してくる可能性はあるわ」
「この戦いを乗りきって、みんな油断しているところにこっそり襲いかかってくる、ってのはありそうだ」
「確かに。実際今すごい油断してるものね」
「お、おう。気を引き締めるよ」
「ええ。……それで、貴方達が戦ったのって、どんな魔族だったの?」
ショーマはかいつまんで戦闘結果を話す。
出会い頭にファイアウルフを2匹仕留めたくらいで、自分達はカターマ親子の救助活動をしたり、その後現れたファイアウェアウルフに一進一退したが、結局最後は突然現れた教会騎士とやらに助けられたこと等。
「人狼が出たの?」
「ああ。あいつ警備兵から槍奪って使ったりしたんだぜ」
「そんなことが……。まあでも、切り抜けられて良かったわ。ちょっと癪だけど、その教会騎士に感謝しないといけないかしら」
「ああそうだ、その教会騎士っての、詳しく聞かせてくれないか?」
「ん? そうね……。教会ってある種の治外法権な組織で、独自に戦力を持つことも許されているの。ただしそれを行使して良いのは、この国の真の平和を守るためだけ。って条件に限るの。曖昧な条件だけど、つまるところ王立騎士団がもし腐敗するようなことがあった時、それを討つ為に動く、ということ。いわゆる抑止力というものね」
「騎士団とやりあえるだけの戦力があるのか?」
「数の上では、無いわ。でも教会は一般に広めるにはまずい強力な魔法を管理していることもあって、もし教会騎士団がそれを行使するようなことがあれば、どうなるかはわからないわね。数はともかく、兵1人ごとの戦闘力がわからないというのが、数に劣る教会騎士団の抑止力足り得る理由ね」
「……あの剣士は、小さい体ですごい重そうな剣を振り回してたけど、その強力な魔法ってやつの力なのかな」
「かもね。あり得ない怪力をもたらす魔法。そういうのは存在しても不思議じゃないわ。実際一時的に筋力を強化する魔法はあるし。もっと強力な効果のある魔法はあってもおかしくない」
「……なら、もし教会が悪いことに力を使おうとしたら、その、危ないんじゃないか?」
「そんなことはしないという大前提のもとに存在するのよ、教会は。でなければ信仰なんて成り立たないわ」
「そっか……」
大きな力を正しく使う。……どこかで聞いたような話である。それを為すためにはしっかりした志が必要なのは、ショーマにもわかっていた。疑ってかかるのは良くないことだろう。
「話を聞く限りだと、セリアもちゃんと戦えてたみたいね」
「え、そ、そうかな。……どうだったかな」
「おう。やれてたやれてた」
中々良いアシストをしていたように思う。新しく覚えた魔法も使っていたし。
「でもレウスくんに怪我させちゃったよね。あの時撃ってれば、たぶんそうはならなかったと思うんだ……」
「接近戦に割り込む時は、味方に誤射しやすいんだから。それは仕方無いだろ」
「うん……、そうだけど。……やっぱりまだまだ覚えなきゃいけないこと、いっぱいあるね」
「うん……。それは、俺にもそういうのはあるな。1回1回戦う度に、こういう風に気付かされるもんなのかな」
「……そうね。そういうものなのかも」
3人はそれぞれの戦いを振り返り、今後の課題を考える。
「そうだ、メリルはどうだったんだ?」
「私は、べ、別になんにも無かったわよ?」
「うわ、嘘っぽーい」
「何か隠しているなら言わないと駄目だぞ?」
ショーマとセリアは含み笑いをする。
「隠してなんか……!」
「ふふふ……」
※
ブランジア騎士団において、『大隊長』の位に就く者の証である金の刺繍が施された赤いマントをひるがえして、ブロウブ家次男ブレアスが屋敷に戻って来る。
「お帰りなさいませ兄上、話とは?」
「負傷をしたようだな。具合は?」
久し振りの再会でもいちいち挨拶もせずに、兄弟は話を進める。
「仲間の治療がしっかりしていたお陰で、たいしたことはありません。2日ほどで包帯も取れるでしょう」
「そうか。街に出たのはブロウブの名に恥じない立派な行動であったが、まだ修行が足りなかったな」
「反省しております」
「なら良い。……例の少年は?」
弟への心配と称賛と説教も手早く済ませ、話題を切り替える。
「彼も共に救助活動と戦闘に協力してくれました。彼は特に負傷も無く今は休憩している所です。会いますか?」
「ああ」
「ショーマ、兄さんが話をしたいそうだ。メリルとセリアも来てくれ」
「あ、ああ。わかった」
「いや、ここで良い」
レウスが3人を呼びにリビングに来たが、ブレアスは自分から3人の前に現れる。
「あ、どうも……! えっと、その節は本当にお世話になりまして……」
ショーマは慌てて立ち上がり頭を下げる。この街に連れてこられて世話もしてもらった時の礼をちゃんと言いたかったのだ。
「うむ。活躍の噂は聞いているよ。メリル嬢も、久し振りだね」
「はい。ブレアス様もお変わり無いようで」
「君は、セリアと言ったかね。君達にくっついていた騎士から見所があると聞かされているよ」
「あ、ありがとうございます!」
くっついていた騎士とは、ルーシェのことだろうか。彼の配下だったらしい。
「この4人で一緒に生活をしているんだったな」
「はい。そうです。敵の狙いはショーマだと思っていたのですが……。今回はこのような事態に」
「うむ。私も私なりに気にしていてな。教会がうろうろしていたことから、彼らが魔族に関して何か掴んでいたと推測し、念のため門外で部隊を展開していたが……、戦力を見誤り結果として侵入を許してしまった」
「そういう状況だったんですか……」
「うむ……。この件に併せて、君達にはここを離れて王都にある本家へ移ってもらおうと思っている」
「……は? 兄上、それは……」
「君達だけでは無い。明日にでも正式に告知する予定だが、士官学校生の一部を王都の騎士訓練所へと移すつもりだ。この街の施設もやられてしまったしな。今まで通りには行かない」
「学生の移動に合わせて僕達も本家へ、ですか……。確かにこの別宅以上に充実した守りですが」
「ああ。お前の好きに使え。それにここは騎士団で使わせてもらう」
「……他の部隊が増援にでも来るのですか?」
「ああ。今回の事態を受けて私が先程呼びつけた。承認も降りるだろう。急な話で悪いが、よろしく頼むぞ。
……では顔も見たし、私はそろそろ行く。こう見えて忙しいのでね」
「ええ。お気をつけて」
※
「本当に急な話だな」
ブレアスが去って行くと、ショーマ達はここを移ることについて話し始める。
「まあ、仕方無いよ。それに学校の事情もある」
「あ、新しく小隊が増えたのって、これのことだったのかな」
「時期が合わないよ。まあ、何かこれに近いことを考えていたかもしれないが……」
「あ、そうだ。なあ、リノンさんはどうなるんだ?」
「入ってもらったばかりで悪いが、彼女にも来てもらうことになるね。ここは騎士団が使うことになっても、うちのメイドまで貸し出す義務は無いからね。
……父親のいるこの街から離れたくないと言われたら仕方無いが、そこは本人に聞かないとね。ちょっと呼んでくるよ」
リノンは少し戸惑っていたようだが、王都の本家で働くことに同意してくれた。
「来てもらったばかりなのに、申し訳ありません」
「いえ、住まわせてもらえるだけでも、ありがたいんですから」
「まだ引っ越すまでは数日ありますので、まずはその間、仕事の基本だけでも教わってもらってください。向こうの屋敷でも応用出来ますから。今日はひとまず、ゆっくり休んでもらってからで」
「はい。わかりました」
とりあえずもう遅いし、そろそろ解散の空気になった所で、メリルが手を上げた。
「あの」
「なんだい?」
「ちょっと……。女子3人だけ、でお話がしたいのだけれど」
「3人って、メリルとセリアと、……リノンさんで?」
「そうよ」
「……なんで」
「仕事に関してじゃないわよ。女の子の内緒の話」
「なんだそれ」
「良いでしょ。男連中はさっさと出てけ」
「出てけって……。リノンさん、すいませんが……」
「はい。構いませんよ。……私も気になることはありますし」
「……何をです?」
「お気になさらず」
「…………」
「そうそう」
「わかったよ……。ひどいことされたら言ってくださいね」
「失礼ね」
何やらご機嫌斜めなメリルである。仕方無いのでさっさと出ていくことにする。
(風呂入って寝よう……)
※
激動の一夜が終わろうとしていた。ショーマはベッドに横になって考え込む。
これからの生活。今回の魔族の狙い。今後の魔族との戦い。女の子3人で何の話をしているのか。
……市街に乗り込んで人や建物を襲った魔族の群れ。今後もこのようなことはあるかもしれない。その時自分は、どれだけ力になれるだろうか。
そもそも何故、魔族は人を襲うのだろうか。普通の獣だった頃のように、自然の中でおとなしく出来ないのだろうか。
何か理由があるのなら、それを解決出来ない限り、この戦いはいつまでも続くだろう。
……世界を救う。それはつまり魔族との戦いを終わらせることだろう。そしてそれはショーマに出来ること、らしい。
ならばそのためにまずすべきこととは、もっと魔族のことを知ることなのかなと思いながら、深い眠りに落ちていった。
2012年 03月01日
話数表記追加
2012年 06月05日
誤字修正