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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,01
2/104

ep,002 始まりの1日 (2)

 レウス・ブロウブは騎士の名門、ブロウブ家の三男として生を受けた。騎士と、騎士を志す者からは、その名だけで期待と信頼と羨望が集まることを宿命付けられたレウスは、しかし真っ直ぐな心を持ちながら育ち、他者の助けとなれるよう自らを鍛えることを惜しまなかった。

 そんな彼はやがて、人魔戦争においてその名を広く知られることとなる――。


   ※   ※   ※


 ショーマ、レウス、メリルの3人は揃って8つの科目を順番に見学して回ることにした。

 自分の受ける予定の無い科目も見ておいた方が良い、というのはレウスの談である。

 ざっと見てきたところ、武術系4科目は体力向上のための基礎鍛練や、各武具を用いた技能訓練など、傍目にも分かりやすいものだったので軽く済ませて終えた。

 現在は白魔法科の行われる教室に向かっているところである。

「あ、そうだメリルさん」

「なに?」

「突然こんなこと言うのもなんだけど、俺、実は記憶喪失なんだ」

「本当に突然ね」

「悪いね。そのせいで……その、非常識なことをしたり、時々変なことを言うかもしれないけど、そういうこと承知しておいてほしい」

 さらっと言ってはみたが、ショーマとしては、実は少々勇気のいる告白だった。

「まあ、色々込み入った事情がありそうなのは察していたけど……」

 メリルの視線はショーマの黒い髪に向かっていた。この国では見ないであろうそれは、彼女にとっても気になる点であった。馴染みの無い風貌に聞き覚えの無い家名。レウスが目をかけていたのも、ただのお人好しでは無いと察してはいた。

「記憶喪失ね……。どんなことが思い出せないの?」

「名前は思い出せたけど、1ヶ月ほど前、リウルの村で目が覚めた時より以前の記憶がさっぱりとね」

「さっぱり?」

「うん。どこで誰とどんな暮らしをしていたのか。全然だめだ」

「それはまた……、重症ね」

「あとはまあ、日常生活は割と問題無いんだけど、魔法とかは……」

「そう……」

「これから魔法科の見学だけど、変なことしたり、言ったりするかもしれないけど、驚かないでおくれよ」

「うん。それは良いけど……。ていうか記憶喪失のまま騎士志望なの? 貴方」

「ああ、いやそれはそれでまた色々あって」

「もう着いちゃったよ、ショーマ」

 結局話の終わらない内に、白魔法科の教室に到着してしまった。

「ああ、えっと続きは、後で」

 我ながら簡単に説明できない事情を抱えているものだと、ショーマは改めてそう実感した。


   ※


 白魔法科の教室に入ると、担当教員と思われる女性から声をかけられた。

「あら、貴方、ひょっとして例の……?」

 女性教員はショーマの黒髪を見て判断したらしい。学校へは彼の能力のことはすでに連絡が行っているのだ。

「はい。彼がショーマ・ウォーズカです。もう話は聞いて頂けていますか」

「ええ、はい……、あ、では貴方がブロウブ家の?」

「はい。レウスです。よろしくお願いします」

「わかりました。あ、私白魔法科教員のエルメーラと言います。……皆さんもう他の魔法科には行きました?」

「いえ、3人ともここが最初です」

 てきぱきとエルメーラ教員との会話を進めるレウス。その後ろではメリルが何やら言いたげな視線をショーマへと向けていた。

 特別な事情……、一般生徒には特に縁の無さそうな。そういうものを先程の会話から推測させられただろう。

「ではこちらに。魔法科ではまず最初に魔導力の測定を行いますので……」

「…………」

「…………」

 ショーマとメリルは無言のままエルメーラ教員の後へ続いた。


 3人の前に置かれたのは無色透明な水晶玉だった。

「この水晶に手を置くと、魔導力の属性と強さが現れます。あんまりに反応が微弱だと、魔法科を受けるのはお薦めできないかなってなっちゃうんですけどね」

 エルメーラ教員が説明する。ショーマには魔導力という言葉に覚えが無かったが、字面から予想くらいはついた。

「まあそんな心配は滅多に無いでしょうけど。……どなたからやります?」

「じゃあ僕から」

 特に相談もなくレウスが一番手を宣言し、水晶に手を乗せた。

 すると、無色透明なはずの水晶の中に、どこからともなく黄緑色の煙のようなものが漂い始めた。煙は水晶の中をふわふわと漂っている。

 これが魔導力の属性と強さというやつであろうか。ショーマにはこれがどういう結果なのかも、どういう仕組みでこうなるのかもさっぱりわからなかった。

「はい、もう良いですよー。次の方は?」

 エルメーラ教員は結果をメモしながら次の人物を催促した。

「ショーマ、やってみなよ」

「え、俺?」

「手を置くだけだよ。難しいことは無いだろ?」

「あ、ああ……」

 レウスが水晶から手を離すと、黄緑色の煙も消えた。それを見てショーマもそっと水晶に手を乗せる。

 現れたのは黒い煙だった。

「うわ」

 特に何か力を込めたわけでもなく、本当に手を置いただけで煙が現れた。

 しかしどこかおどろおどろしさを感じる真っ黒な煙には、少し背筋が寒くなる。

「おお」

「あ、すごいですねえ。全属性ですか」

 レウスと女性教員は揃って感心しているようだった。

「全属性?」

「勢いもすごいですねえ」

「え」

 黒い煙はレウスの黄緑色の煙と違い、強めの勢いで水晶の中をぐるぐると漂っている。

 何が何やらわからないでいると、レウスが解説を始めた。

「これは色が属性、煙の漂う勢いが強さを表しているんだ。全ての色が混ざっている黒はつまり全ての属性を表す。勢いも強いし魔導力の強さも相当な物のようだね」

「要するに……?」


「君にはすごい魔法の素質があるってことさ」


 ……今更と言えば今更な事実ではあった。

 瞬時に魔法を修得する能力。それはもちろん覚えた魔法を行使出来るということでもある。実際に強大な魔法を放ってしまったこともある。

 ……これが魔法の素質がある、と言わなければ何だと言うのか。

 だから別段驚くことではない。ショーマ自身と、その事情を知る者にとっては。


「ふーん……」

 そうで無い者が1人。メリルだった。

「ずいぶんとまあ……、すごいものを持ってるのね」

 その言葉を驚きと苛立ちの混ざったような物言いだと、ショーマは感じた。

「ああ、まあ、ね……。自分でも何でこんなことになってるかわからないし。それと……」

「まだ何かあるの?」

「さっきの話の続きでもあるんだけど……」


「にわかには信じがたいわね……」

 ショーマは自分の持つ『瞬間修得能力』のことについて、改めて話した。その能力ゆえ、この士官学校への推薦状が得られたことまで。

「学校側でも、彼に関しては色々と配慮するように言われているんです」

 エルメーラ教員が補足した。

「魔法を教える分には楽で良いんじゃないか。なんて冗談めかしてる先生もいるんですけどね。フフ」

 エルメーラ教員は呑気そうに笑った。

「……でも、良い印象を持たない人もいるんじゃないかしら。特に同じ学生なんかは」

 しかしメリルはそれほど楽観的では無かった。

「ああ……」

 言われてみれば、そういうことは、確かにあるかもしれない。自分のことばかりで手一杯だったショーマは、そういう考えには至っていなかった。

「記憶喪失はともかく、この事はあまりおおっぴらにしないほうが良いかもね」

「……そんなに隠し通せるものでも無さそうだけど」

「その時はまあ、その時だよ」

「あ、私もそう思いますよ。学校外の人にも、あまり言いふらさない方が良いと思います」

「……そう、ですね」


 ショーマが初めて魔法を修得してしまったとき、それがどういう物だったのかもわからずに、その魔法、『サンダーストーム』を不意に発動してしまったことがあった。

 オードランの育てている畑の半分ほどを吹き飛ばしてしまい、随分と迷惑をかけてしまった。彼は笑って許してくれたが、ショーマは自分が恐ろしくなった。もしこれが人の多い場所であったら……。

 そんな折、ちゃんとした学習のできる士官学校への推薦は、不安もあったが安堵もあった。希望があった。

 けれど今、それを疎ましく思う者もいるかもしれない。ということに気付いた。……それは少し、悲しいことに思えた。


「まあ、良いわ。そろそろ私と変わってもらえる?」

「え?」

 ぼんやりしていたショーマは、メリルが何の事を言っているのか、一瞬わからなかった。

「水晶」

「あ、そっか。ごめん」

 ずっと水晶に手を乗せたまま話を続けていたことにも気付いていなかったようだ。

「まったく」

 ショーマが手を離すと、すぐにもメリルは水晶に手を乗せた。さっさと済ませようとばかりに。

 メリルの手は細くしなやかで、丁寧に磨かれた爪などさりげないところからも気品のようなものが感じられた。

(綺麗な指だな)

 彼女の魔導反応は綺麗な紫色の煙で、勢いはショーマのそれより少しゆっくりめ。といった所だった。それでも結構な勢いがあるようだ。

「赤と青の綺麗な2属性ですね。強さもかなりある」

「彼に比べたらどうってこと無いですよ」

「いやいや、新入生でこれは相当すごいですよ」

 謙遜するメリルに対し、エルメーラ教員は素直に感嘆しているようだった。

「彼女はドラニクス家の生まれなんです」

「ああ、そうだったんですか。いやさすがです」

 メリルは横からのレウスの評価に澄まし顔であったが、よく見ると笑みを押さえようとしているようにも見えた。


「はい、それではこちらが結果の控えです。別の魔法科目を見に行くときはこれを見せてくださいね。もう1回検査しなくても済みますので」

「ありがとうございます」

 3人は先程の結果が書かれた紙を受け取ると、次は教室の様子を見学し始めた。

「この教室では魔法の術式や実戦における使用ノウハウなんかを学ぶんです。実際に発動する訓練は別の場所で行われる事が多いですね」

 教室といってもボンボーラ教員の話を聞いたあの教室とは趣が異なり、特に目立つのは大量の本と本棚である。

「あ、その辺にあるのは魔法の教本ですから……、ウォーズカ君は読んだだけで覚えちゃうんですよね……。あんまり迂闊には開かない方が良いと思いますよ」

「あ、そ、そうですね。気を付けます……」


「ちゃんとした授業は明日からですので。今日はこの辺で」

「ありがとうございました」

 見学を済ませ、教室から退室しようとする。

「あ、ショーマ、彼だよ」

 レウスがさきほどの水晶玉で魔導力の測定をしている生徒に気が付いた。

「ああ……」

 ボンボーラ教員に噛みついていた濃い肌の色をした男子生徒だった。何やら渋い顔をしている。

「おーい」

 レウスはさっそく近づいて声をかける。

「……はあ」

 またか、とため息を吐きながらメリルは彼の様子を目だけで追う。

「君もこれから魔法科の見学かい? 良かったら一緒にどうかな。同じ教室に集まったよしみで」

 レウスは気さくに話しかけている。ショーマとメリルはそれを少し離れた場所から見ているだけだ。

「いつも……、あんな調子なの?」

「……そうみたいね」


「僕はレウス・ブロウブ。君は?」

「ブロウブ……?」

 男子生徒はその名に思うところがあるのか、少し考えた後、

「デュラン、だ」

 家名までは名乗らなかった。

 しかしレウスは気にすることなく笑顔で手を差し出した。

「デュランか。よろしく!」

 デュランは水晶に乗せていた手を下ろし、ゆっくりと握手をかわした。

「白魔法ってことは、君はやはり……、『聖騎士』を?」

「ふん……。見ただろう? 今の反応。微かに真っ白な煙が見えただけ。魔法の才能はからっきしってことさ。そんなんで『聖騎士』なんて……」

「鍛えれば伸びるものだよ。そう簡単に諦めない方が良いと思うな」

「どうだか……」

 デュランは寂しそうに笑うと、そっとレウスの手を離した。

「俺は1人で回るよ」

「そうかい? ……お互い頑張ろうね。それじゃ」

「ああ」


 デュランと別れたレウスが、ショーマとメリルのもとに戻ってくる。

「駄目だったか」

「うん。……でも想像してたより良い人そうだったよ」

「ふうん」

 レウスは彼を気に入ったようだった。少し話しただけだろうに、そうわかるものなのだろうか。ショーマにはイマイチ疑問だった。

「まあいいわ。早く次、行きましょうよ」

 こうしてちょっとした出会いを経て、3人は次の教室へ向かうのだった。

2012年 03月01日

話数表記追加、誤字等修正

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