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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,02
17/104

ep,016 お昼時の会話

 ブロウブ邸での生活の2日目が終わり、3日目が始まろうとしていた。

 敵の襲撃はまだ無い。確かに住む家を変えてすぐ事が起こるというわけでも無いだろうが。

 今日も変わらずレウス、メリル、セリアらの4人で食事を摂り、4人で学校へ向かう。


 インギス教員に話を聞くと、黒魔法の実践授業は明日行えるとのことだった。今日は黒魔法科ではなく白魔法科へ行くことにする。

 剣術科へ向かおうとしていたレウスを呼び止めて、一緒に白魔法科へ向かう。出来るだけ誰かと一緒に行動するというのは少々面倒くさいことだ。

「そう言えばさ」

「なんだい?」

「ちょっとフィオンに個人的に世話になったから、何かお礼をしようと思っているんだけど、どういうのが良いと思う?」

 まるで脈絡の無い話を振られたレウスだが、特に気にせず答える。

「ふむ。形が残る物だと、女性としては面倒がることもあるかもしれないから……、それでいてお礼として貰って嬉しい物といえば、そうだな」

「うん」

「お金かな」

「…………」

 ショーマも自分のことを、女性の気持ちに敏感な方だとはあまり思わないが、さすがにそれは無いと思う。

 しかし自分とフィオンは、男女の関係とはまるで言えない程度の間柄だし、はっきりビジネスライクな関係と考えてしまえば、お金ほど適当な報酬は無いだろう。むしろ誠実と言えまいか。

「いやいや、ねーから!」

 そんなわけ無かった。

「そうか。じゃあ若者らしく昼食でも奢ったらどうだい。ここの食堂は意外と良いメニューが揃っているよ」

「……そう、なのか? 俺はいつも、昼頃に学校前に来ているサンドイッチの移動商店で買ってるから知らなかったよ。あそこ安いし。評判が良いなら、そうしようかな」

「……そう言えば君、お金はどうしているんだ? 兄さんがいくらか与えたと聞いているが」

「ああ、もらったよ。ちょっとずつ使ってるからまだ結構残ってるけど、無くなったら仕事とか探さないとまずいのかなって思ってた」

「そんなことする暇無いだろう」

「うん、無いよな。どうしようか」

 レウスはいまいち無計画なショーマにため息を吐く。

「……まあ、必要になったら僕に言ってくれればなんとかするよ」

「え、本当か」

「ああ。……君も何て言うか、境遇の割に所帯染みた考え方をするな」

「……ひょっとして馬鹿にしてる?」

「ははは」

 レウスは軽く笑った。

 異世界からやってきた少年。でも今はかつての記憶を失い、今ある記憶のほとんどはこの世界でのことだ。

 ……レウスが異世界人らしさをあまり感じないのも、当然かもしれなかった。


   ※


 白魔法とは基本的に、魔力で体の細胞を活性化させることで怪我を治癒したり、筋力や感覚を強化する等の魔法が一般的ではある。だが派生して作られた白魔法の中には、物質に宿った『闘気』を引き出して戦いの力へと転換するような物も存在する。例えば剣から引き出した力を操る技は『聖剣技』、槍から引き出すならば『聖槍技』等と呼ばれ、これを操る騎士には『白騎士』や『聖騎士』といった特別な称号が与えられる。剣術や槍術だけでなく魔法の心得も十分に備えなければならないため当然敷居は高い。だがそれだけ強力であり、与えられる地位も高くなる。

 また、『聖剣技』と対をなす『冥剣技』は、剣から闘気を引き出すのではなく、黒魔法を闘気で変質させ、剣に上乗せすることで力を行使する技だ。これを操る騎士には同様に『黒騎士』や『冥騎士』といった称号が与えられる。


「と、言うわけで、君も剣を使い始めたんだからこういうのに挑戦してみようか」

「おう」

 聖剣技を扱う上で必要なのは、まず剣から闘気を引き出すための魔法だ。これは魔法教本が存在するのでさくっと目を通して修得してしまう。

 続いては引き出した闘気を力へと転換すること。これは剣技寄りの技術であるため、ショーマの能力ではいつものようにはいかない。

 まずは練習用の果物ナイフで挑戦することにする。この程度の物にも闘気は宿るのだ。

 白魔法科には隣接した実習室で、覚えた魔法をすぐに実践することが出来る。黒魔法と違って大抵の魔法は破壊行為には繋がらないので、室内でも安全だからだ。もちろん規模の大きい魔法や、威力のある聖剣技等は出来ない。そして果物ナイフの力程度なら問題は無い。

「このかぼちゃを切ってみよう。まずは僕が手本を見せようか」

 レウスがいかにも皮の固そうな野菜を2つ持ってくる。明らかに果物ナイフ程度では普通には切れなさそうである。

「わかった」

 レウスは野菜をテーブルの上に置くと、右手で逆手に握った果物ナイフに左手を添える。魔力を練り上げ術式を組み上げ魔法を発動する。

 すると果物ナイフの刃が、一瞬ぎらりと輝いた気がした。

「はっ!」

 掛け声と共に、勢い良く果物ナイフを野菜の中央に突き立てる。すると一瞬遅れて6方向へと真っ直ぐ亀裂が走り、野菜は綺麗に6等分された。

「と、まあ。こんな感じだ」

「おお……。なんつうか、すごいんだかショボいんだか微妙な」

 果物ナイフ程度でこの固さを断ち切り、しかも刃が触れていない部分へも効果を及ぼす。やってることは確かにすごいが、いかんせん相手が野菜では締まらないと思う。

「真面目に見ていたかい?」

「み、見てたって」

「じゃあ試してみてくれ。聞くより見る。見るよりやる、だ」

「……よ、良し。やってやろうじゃないか」

 レウスから果物ナイフを手渡される。

 魔法はともかく闘気の扱いというのはまだ良くわからない分野だ。だがとにかく挑戦してみることにする。

 2つ目の野菜の前に立ち、レウスと同じように果物ナイフを握り、魔法を発動する。

 すると、果物ナイフの刃から何かが流れ出るような感覚がした。目に見えない煙のようなそれは、先程も練り上げた魔力の流れに似ている気がする。

 試しに魔力を操る際と同じように、その見えない煙の流れを操ってみようと念じてみる。少々反応が鈍いが、見えない煙はショーマの思うように動いてくれた。

 果物ナイフごとその煙を動かし、野菜の中心上にそっと添えてみる。続いて見えない煙を操り、6方向へ伸ばしていく。少し難しい。

「無理に僕と同じようにしなくても良いよ。最初は2つに両断するのが楽じゃないかな」

 レウスにもショーマが手こずっているのはわかるようだ。助言をしてくれるが、ここはもう少し頑張ってみる。

「いや、やるさ」

 見えない煙が6方向へしっかり伸ばすと、今度はそれに力を込めてみる。そうすれば切れる。そんな予感がした。

「ふっ!」

 掛け声を入れて力を込める。思った通り、見えない煙は硬度を持ち、野菜の皮を6方向に裂いて消滅する。だが、軽く皮を裂いただけだった。

「闘気を固めるのが甘かったね。ちょっと引っ掻いただけで終わってしまった。それに時間もかかりすぎだ。まあ、初めてにしては上出来な方だけど」

「んー、厳しいな」

「これは慣れが必要だね。これくらいなら屋敷に戻ってからも十分練習できるから安心すると良い」

「お、おう……、そうだな。

 ……上手く例えられないんだけど、あの見えないのに見えるというか、そんな煙? あれが闘気ってやつで良いのか?」

「そうだよ。どことなく魔力に似ていただろう?」

「ああ。同じ調子で操ってみたけど、なんか感覚が違って上手くいかなかったんだ」

「そうだね。闘気っていうのは生き物が自然に扱える技能の1つで、魔力……というか、魔導エネルギーやマナエネルギーとは違って、観測できない、つまりは、物質的な物では無いみたいなんだよね」

「なんか難しい話になってきた感じがするぞ」

「うん。あけすけに言うと、闘気なんていう『力』は存在しなくて、……あくまで使用者の気合い、みたいな物と言うか。論理で説明がつかない現象をそれっぽく言っているだけなんじゃないか、という説もあるんだ」

「気合いがあれば果物ナイフでかぼちゃが6等分出来るのかよ」

 ついでに言うなら気合いで拳撃が飛んだり矢が燃えるかという話でもある。

「まあ、無理だね。だいたい魔法を使って実際に引き出せているのだから、存在するのは確かだろう」

「……だよなあ」

「武道を進めていくうちに、そういう物が存在しているというのは自然に気が付くことでもあるんだけどね。学者さんは武道とかあまりやらない人が多いからわからないのかな」

「ふうん」

「まあ、君も鍛えていけば自然とわかるようになるさ」


   ※


 その後も練習を続けて、昼の休憩時間になるとショーマは薬師術科へやってくる。

「フィオン、ちょっと良いかな」

 レウスのアドバイスに従って、フィオンをお礼として昼食に誘うことにしたのだ。

「は、はい。なんでしょう……」

「昼食って、いつもどうしてる?」

「はい、いつもここの学生食堂で買って食べてますけど……?」

「ああ良かった。この前のお礼に、今日は俺が何か奢ろうかと思ってさ」

 もし自前で弁当なんかを作ってきていたらどうしようかと思っていたが、大丈夫だったようだ。

「え、あ、そ、そんな、悪いです……」

 フィオンは萎縮してしまい、断ろうとする。

「いやそんなこと言わずにさ」

「わ、私結局何の役にも立たなかったですし、そんな」

「それはこっちの事情があったからで、フィオンが気にすることじゃ無いだろ?」

「で、でも……」

「それとも他に何かどうしてもダメな理由とかある?」

 誰かと既に約束があるとか。それはありそうだ。もし自分と一緒に食べるのが嫌だから、とか言われたら少しショックだけど。

「あ、何だったら奢るだけで一緒に食べようとまでは言わないし」

「そ、そんな! こと、無い、です……」

 大きい声を出してしまい、それを恥じて俯き、声が小さくなっていく。

 ……何か良くないことを言っただろうか。

 気が付くと周囲からちらちらと視線を向けられている。

「あ、あの……、私なんかで、良ければ……」

「あ、ああ、うん。じゃあ早速行こうか、うん。早いとこね」

 フィオンを連れて、そそくさと逃げるように教室を後にする。

(いや、別に逃げてはいないからな、うん)


   ※


「というわけで、なんでも食べたい物を言ってくれよなー」

「はい……」

 食堂でメニューを2人で眺める。確かに値段は全体的に割高だが、手が届かないというほどでは無い。毎日食べるのはちょっと無理というくらいだ。

「でもやっぱり悪いですし……」

「気にするなってば。お礼返せないままの方が気分良くないし、助けると思って奢られてくれって」

「はあ、そういうことなら……。あの、それ、何か変じゃないですか?」

「そんなこと無いって」


 結局フィオンはオムライス、ショーマは魚介類のパスタを選ぶ。明らかに価格の安い物を選んでいたフィオンだが、まあ本人が気負いすると言うならそれで良いんだろう。お礼なのに嫌な気分にさせるのもおかしな話だ。

 食事中、こちらから話しかけないとフィオンはずっと黙ったままのようなので、適当に何か話題を振ってみる。

「美味しいか?」

「は、はい……。あ、ありがとうございます……」

「いやいや。……フィオンは、どうして士官学校に入ろうと思ったんだ?」

「え、えっと、その」

「うん」

「……内緒、です」

「……そっか」

 内緒ときた。何か恥ずかしい理由なのだろうか。

「俺は、魔法を、ちゃんと使えるようになりたくてさ」

 ショーマは自分の事情をかいつまんで話してみることにする。

「そうなんですか……。あ、魔法、すごかったですもんね……」

「いや、まだまだ……。フィオンも、あの爆弾すごい威力だったけど、あれ自分で作ったの?」

「ええ、まあ……、でもあれは、そんな難しい物じゃ無いですし」

「そうなのか」

「あ、怪我、とかしなかったですか? 爆発の近くにいて……」

「いや、それは全然。騎士の人が庇ってくれたし……。あれは迷惑かけちゃったな」

「私の作った爆弾で怪我なんかしてたら、どうしようかと……」

「ああ。でもそれも、フィオンのせいじゃないだろ?」

「でも……」

「良いって」

「……はい」

 何かと自分に責任を感じやすい性格のようだ。今後一緒に行動する内に矯正されていけば良いが。

 そう言えばさっきから少しつっかえずに話せている気がする。そっちは直せてきているようだった。

 しかし会話が続かない。何か良い話題は無いだろうか。

「……それ、美味しいか?」

「あ、は、はい。とっても」

「そっか、良かった」

「…………」

 また途切れる。

「……一口貰って良い?」

「ど、どうぞ。一口と言わず、お好きなだけ……」

「そんなにはいいよ。……あ、ひょっとして口に合わなかったとか」

「そそ、そんなこと無いです。むしろ、大好物です……」

「あ、そうなの」

「お金、払ってもらっちゃったんですから……」

「ああ、そういう……」

 差し出されたお皿の上に乗るオムライスを一口分取って食べる。確かに卵がふんわりとしていて美味しい。

「あ、じゃあエビ食べるかエビ」

 ショーマは自分の皿を差し出す。

「え、エビは、お高いですし、そんな……」

「気にすんなよ。ほら」

 渋るフィオン。試しにフォークに刺して、彼女の口許に差し出してみる。

「ひゃっ?」

 少し行儀が悪かっただろうか。

「あう……」

「いらないか?」

 ……そうこうしてると、フィオンが全然断らないのは単に気が弱いから断れないのであって、本当は言葉とは裏腹に嫌なことでも我慢して無理にやっているのでは無いかと思い始めてしまう。

「ああ、無理やりごめんな。嫌なら嫌って言ってくれて良いんだぜ」

 そう思うと途端に悪いことをしている気になってきたので、フォークを引っ込めようとする。

「い、嫌じゃないです!」

 フィオンは彼女にしては大きな声を出すと、勢い良くエビの刺さったフォークにかぶりついた。

「お、おう。びっくりした」

「あ、あふ……、あ、ふいません……」

「食べてからでいいよ……」

「……、ん。……す、すいません」

「うん。美味しかったか?」

「は、はい……」

 見ればフィオンは顔を赤くしてうつむいてしまっている。

「あの、ごめんなさい……」

「ん?」

 フィオンは何かを言いたそうにしているようだった。

「私、その。……お喋りするのとか、苦手で……」

 うつむいたまま、つっかえながらも話し出す。

「いつも、上手く話せないで、だから……」

「……うん」

「えっと、自分の考えてることとか、上手く伝えられ、ないで、嫌な思い、させちゃったり、勘違い、させちゃったりで、その、……ええっと」

「うん、ちゃんと聞いてるから。言ってみてくれよ」

「あ……、はい……。えっと、だから……。

 わ、私、それで、友達も全然いなくて……。でも、本当は、もっと、色々お話とか、してみたくって、仲良くも、なりたくって。だ、だから……」

「うん」

「……私、し、ショーマ……、さん、とも。他の、同じ小隊の、みんなとも、……仲良くなりたいん、です……っ」

 目をぎゅっと閉じて、拳も握り締めて、ようやっとフィオンはその言葉を口に出来た。

「ああ。俺も、フィオンともっと仲良くなりたいよ」


 昼食を食べ終えると、昼の休憩時間がまもなく終わりそうだった。

「あの、本当にすいませんでした」

「そこはありがとうだろ」

「あ、はい、すいません……。ありがとうございました……。ショーマ、さん」

 2度頭を下げるフィオンであった。

 ……彼女とも、これからだろう。

 色々と。


   ※


 フィオンと別れて、白魔法科に戻り、レウスと教員も加えて闘気を操る練習を再開する。

 授業を終え屋敷に帰っても稽古を続け、夜になったら眠る。

 そしてまた朝になり、学校へ行く。

 その日は黒魔法の実践授業に参加して、新しい魔法と習得し直した『サンダーストーム』を試す。予想通り威力は上がっていた。

 随伴してくれた騎士はルーシェともロックスとも違う人物だった。あの戦いでの話を色々してみたかったが、そうもいかないようだ。


 そんな調子で、また何日もの日々が、特に何事も無く過ぎていった。


「昨日小隊の女の子4人で集まって一緒にお昼を頂いたんだけどね」

「うん」

「ふふ。中々楽しいひとときだったわよ。ね?」

「そうだねえ。ふふ」

「へー」

「フィオンって意外と良く喋るのよね。失礼ながら第一印象からだいぶ変わっちゃったわ。知ってた?」

「ああ」

「ローゼさんはね、なんかすごい物知りさんだったね。びっくりしちゃった」

「ふーん」

「男の子4人でも集まってみたらどうかなって話もしたんだけど」

「ふふ。それはやめた方が良いわよねーって皆一致だった」

「そうだね……」

 夕食の時間、よく喋るメリルとセリアの話を流し聞きするのも定番になりつつあった。


 ……ショーマの命を狙うような敵の姿は、未だに無い。

2012年 03月01日

話数表記追加

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