ep,014 これからのことについて
リヨールの高級住宅地帯にあるブロウブ家別宅。とりわけ大きく目立つその屋敷の外観に圧倒されながらも、ショーマは門をくぐる。
外観とは裏腹に内装は高級ながらシンプルにまとめられ、騎士の名家として調度と実益を兼ねた装いである。
「でかい家だな……。これで本家はまた別にあるんだろ?」
ほとほと感心するショーマであった。
「ここは騎士団の会議にも使われることもあるからね」
「ああ……兄さん、結構偉い人なんだよな」
「ああ、まあね」
ショーマも以前、次男のブレアスと出会ったことがある。自分が拾われたリウルの村にまでやって来てくれて、士官学校への入学手続きを行い、このリヨールの街で暮らすための手伝いまでしてくれた人物だ。
「そう言えばちゃんとお礼言ってなかったな……」
「ん?」
「いや、この街に連れてきてもらった時のこと。お前の兄さんに世話になってさ」
「ああ、その話か。……そうだねえ。君のことは全部僕に任せると言っていたし、お礼は僕に言えば良いんじゃないかな」
「なんだそれ」
「ははは」
自分で冗談を言い自分で笑うレウス。
「兄さんはまあ、あの人に頼まれただけで……あ、いや何でも無い」
「あの人って誰」
「何でも無いって」
珍しく言葉を濁すレウスと、追及するショーマ。
誰かに頼まれて? オードランが知り合いの誰かにショーマのことを連絡して、ブレアスその人からさらに頼まれたということだろうか。
「誰か、偉い人? 誰であるにせよ間接的に俺が世話になってるなら……」
「いや……。言って良いかなあこれ」
「何だよ」
「……兄さんに頼んだのが、そのオードランさんなんだよ」
「……ん?」
オードランが直接ブレアスに連絡し、それを受けてショーマのもとへやって来たということか?
「え? 何で?」
オードランはただの田舎の老人だと思っていたが、レウスの言い方だと彼の兄ブレアスはオードランの頼みを当然のように聞く間柄のように聞こえる。
「なあ」
「そんなことより早く荷物を置いてこよう。君のための部屋を用意しないと」
「……そんな露骨に話題そらそうとするなよ」
「……色々事情があるんだよ。いずれ話せる時が来るかもしれないけど……、今は、ね」
「……まあ、わかったよ」
確かにあの老人に何か秘密があったとしても、今のショーマにはそれで何かあるというわけでも無い。好奇心だけで首を突っ込むものでは無いだろう。
「そういうわけだから、お礼がどうとか、気にしなくて良いよ」
「そういうもんかな……」
とりあえずは納得しておくことにする。
「じゃあまず荷物を置いて、それから屋敷内の案内をしようか」
※
客間の1つを使って、ショーマとレウスの寝室とすることにした。
「お前は自分の部屋とかあるんじゃないのか?」
「寝ている間が一番危険だからね。そばに誰かいるべきだろう」
「なるほど」
少ない荷物を程々に片付け、着替えを立派なクローゼットに収納しておく。
「家事はだいたいメイドの人達がやってくれるから、気にしなくて良いよ。その分、浮いた時間を有効に使おうと思う」
「……というと?」
「君を鍛えるんだよ」
板張りの床の、広めの部屋に通される。鍛練用の稽古部屋だ。壁には剣や槍がかけられている。
「俺は魔法専攻なんだけどな」
「剣を習って損することも無いよ。護身用に剣を持つ魔導師は多いし、自分で使わなくとも、相手に使われた時の対処も学べるからね。剣士の得手不得手を知っていれば、敵に回した時どうされると嫌かわかるだろ?」
「……なるほど」
「メリル達が来るまで、軽くやってみるかい?」
レウスが壁にかけられていた木製の剣を2本取り、片方をショーマに渡す。
「……お手柔らかに頼むぜ」
「ふ、どうしようかな?」
レウスはにやりと笑った。
※
「来たわよ」
「お邪魔します……」
日が暮れ始めた頃に、メリルとセリアもやって来た。
「お疲れのようね」
ロビーのソファでぜいぜい言いながらショーマは休んでいた。一方レウスは息1つ乱していない。
「ちょっとばかし剣を教えていたんだが、これだよ」
「だいじょうぶー?」
「あ、ああ……うん」
心配してくるセリアにも生返事である。
「……体力作りから始めるようかなこれは。とりあえず2人を部屋に案内するよ。君は休んでいると良い」
「お、おう……」
女子2人の部屋の用意が終わると夕食の時間になった。
準備は全部で5人の執事とメイド達が済ませてくれたので、ショーマ達は何もしなくて済んだ。
(楽だ……)
寮にいた頃は食事の準備も自分でしたものだった。最初の頃は色々凝った料理に挑戦したものだが、すぐに面倒になって簡単に済ませてしまったものだ。
しかし今はどうだ。何もしなくても用意はされるし、量と言い出来と言い比べ物にならないほどだ。
「私こんな豪華なの初めて見たよ……。た、食べちゃって良いのかな」
セリアは驚きを通り越しておののいていた。
ショーマは以前メリルに連れられて良い所で食事をしたが、あそこに比べると一段落ちるといった所だろうか。それでも家庭で出すもののレベルでは無いのだが。
「明日からはもうちょっと普通になるよ。今日は急だから来客用のメニューになっちゃったから」
「そんなメニューが常に用意されてるのかこの家……」
「珍しいことじゃないからね。いつでも迎えられるよう食材もちゃんと定期的に買い揃えてるんだ」
「はー……」
「しっかり堪能することね。……マナーとかうるさいことは言わないけれど、あまり下品な食べ方はしないでよ」
「はーい」
レウスとメリルはやはりこういう豪華な食事は食べ慣れているのだろう。こんな所からも家柄を感じてしまう。
「なんだかとんとん拍子で話が進んで、今日だけでなんかすごいことになっちゃったなあ……」
セリアは目の前の豪華な食事を眺めながらそんなことをつぶやいた。
「……俺もそんな感じだよ。……で、レウス。話、あるんだろ」
「ああ、そうだね。食べながらしようか……」
ショーマはこの屋敷に集められた理由を話すことを促した。
「2人に説明することも兼ねて、話を最初から整理するよ。
……まず、この国の第1王女、フェニアス様によって行われた召喚の儀。これで異世界から召喚されたのが彼、ショーマ・ウォーズカ。本当の名前はオオツカ・ショウマ。だよね?」
「ああ」
「……名前、微妙に違ったんだ。……私達も呼び方、変えた方が良いかな。オオツカ、くん? とか?」
セリアはまずそこが気になるようだった。
「良いよ、今まで通りで。……たぶん俺のいた世界では、家名と名前の順番で呼ぶ風習だったんだと思う。だから名前はショウマで、家名はオオツカ、ってのは変わらない。……微妙に発音が違うのは、初めて名乗った時に聞き間違えられたんだと思う」
「そっか。……なんかオオツカ、ってちょっと言いにくいもんね」
「彼のいた世界とは言語が違っていたのかもしれない。言語が違うと発音のしやすさ、しにくさも変わってくるから」
「彼のいた世界と言語が違うのに、今普通に話せているのは……、召喚魔法の付加要素かしら」
「そんな所だろうね」
メリルにはそういう特殊な魔法とかは気になるものらしい。
「……で、王女さまが、召喚……?」
「王家に密かに伝えられていた魔法、ということみたいだ。そういう物があるという噂は確かにあったし。
……で、だ。この召喚の儀の途中、何者かの妨害があった。このせいでショーマは王女の元ではなく、離れた山中にて目覚めることとなってしまった。そしてそのショックでか、同時に記憶も失われてしまった」
「妨害って……。下手人の正体は? って、わかってるわけ無いわよね」
「ああ。……あくまで僕の予想だが、魔族に関わりがあるんじゃないかと思っている」
「魔族?」
「彼が召喚されたのは、魔族の脅威からこの世界を救えるかもしれない。それほどの力を持っているから。らしい。
どこかでその情報を知ったからこそ、その下手人は儀式を妨害したのだろうと考える」
「そうね……、魔族の敵を潰して得するのは、魔族よね」
「そうだね。だから今こうしてショーマが無事で、力を付けようともしているなら、黙って見過ごしてくれるとは思えない。
今までは何ともなかったが、それは見つけられなかったとか、何らかの理由で攻撃できなかった。平たく言えば運が良かっただけかもしれない。
狙われる可能性がまだあるとすれば、しっかりと守りを固められるよう、この屋敷に来てもらう必要があったわけだ」
「……あの、騎士団に保護してもらう。とかはダメなのかな」
「王女が言うには今回の召喚は公式的な物では無いから、騎士団はまだ動かせない。と言うことらしい」
「何それ。公式じゃないって、……王女が独断で勝手にやったってこと、なの?」
「まあ、そういうことだろう。なぜそんなことをしたのか……。
実際の所、魔族の脅威は騎士団ではまったく対処しきれない、と言うほどでは無いんだ。今後はどうなるかわからないが、少なくとも不確かな力を持った異世界の人間に頼るほど、切羽詰まってはいない」
「ああ、それで裏があるかもって言ってたのか……」
「そういうこと。不敬ながら、王女にはこの件に関して何か隠し事があると見ている。……それが何なのかはまだわからないが、気にしておく必要はあると思う」
「でも、悪いこと考えているようには見えなかったぜ?」
「ああ。王女は高潔な方だ。それは信じて良いだろう。
だから、裏に隠れているのは……、そう。彼女を利用しようと考えている者がいるか、もしくは魔族に関して何か特別な情報を王女が持っているか、等が考えられる」
「……特別な情報?」
「具体的な内容は想像も出来ないさ。……だが、最近の魔族はどこかおかしい。戦争末期からの不自然な増殖や、この前の戦いのようなこととか、ね。何かあるんだろう。そしてそのことについて王女が知っているという可能性は……、低い。が、皆無では無い」
「…………」
「騎士団を動かせるほどの確たる証拠が無いから、あの様子なのかもしれない。まあ……、結局はどこまでいっても想像でしかないが」
「召喚の儀を妨害する、なんてなかなか出来ることじゃないわ。私達の知っているような魔族とは違うのかもしれない。何にしろ面倒そうね」
「魔族の存在を利用しようとする人間という線もある。手口からしてそっちの可能性が高いかもね」
「ブランジアに遺恨のあるイーグリス騎士団の残党とかかしら」
「かもね。魔族を利用してまでなんて、正気とは思えないが」
と、一段落したところでメリルが手を上げた。
「……ところで、ショーマのことなんだけど。建国の伝承と何か関係あるんじゃないかと思っているの」
「まさか。あれはおとぎ話みたいな物だし……ああ、いやでも」
レウスは自分も知っている伝承を思い出し、思い当たることがあるようだった。
「……何それ」
ショーマはそんなもの知らないので聞いてみることにする。
この国に伝わる、レウスとメリルはもちろんセリアも知っている伝承である。代表してメリルが語り出した。
「この国の民なら皆知っているお話なんだけどね。
……300年以上前、まだこの地にブランジアという国が無かった頃。いくつもの小さな、国とも呼べない村々が散らばっていた頃にも、魔族が急増して人々を苦しめていたことがあったそうなの。
そんな時突然現れたある勇者が、この地をくまなく旅して次から次へと魔族を退治していったの。その勇者も、人には無い凄まじい不思議な力を持っていたと言うわ。
……旅の中で彼は絶望に包まれていた人々の心に希望を与え、共に戦う仲間達を増やし、最後には魔族を滅ぼした。その功績を鳳凰神ブランジアに認められ、この地に1つの国を作り上げたの。それが今のブランジア王国。
けれどその勇者は王にはならず、仲間の1人にその座を託し、いずこかへと消えてしまった……。
……って言うお話」
語り終えたメリルに、ショーマはなにやらジト目であった。
「……それモロじゃね?」
「え、そ、そうかしら……」
若干たじろぐメリル。
「その時にも召喚の魔法が使える人がいて、勇者はその人に呼び出されて戦い平和を取り戻し、最後には元の世界へ還ったってことだろ? で、その召喚の魔法を使えた人が仲間の1人で、勇者から王を任された人。フェニアス王女もその血を引いているから召喚の魔法を使える、と」
「うーん、でも、おとぎ話だし……、ほとんど作り話かもしれないでしょ?」
「そりゃあそうだけど」
「詳しく調べてみたら何かわかるかもしれないね。事実がねじ曲がって伝わっているという可能性もあるだろうし」
レウスとメリルは考え込む。
「……ショーマくんもその勇者さまみたいになるのかな……」
「いや、どうだろう……」
なんでセリアはいちいちこう王子だの勇者だのそういう単語に反応するのだろうか。
「まあ良いや、それはさておき今後の方針を話したい」
レウスは話を戻す。
「王家や騎士団の助力を得られないとなると、色々綱渡りになるかもしれない。敵の出方がはっきりしない以上、この屋敷で守りを固めておくのが基本となるが、もちろん学校にもちゃんと行く。出来るだけ常に誰かがショーマと一緒にいるようにしよう。人の多い場所ならいくらか安全だろう」
「……襲われるとしたら、どういう形になるかな」
「闇討ちの可能性が高いんじゃないかな。あまり魔族らしく無いが、相手は普通の魔族じゃ無いと思っていいわけだし。……襲撃してくるのは人間かもしれないしね」
「もし大勢で攻めてくるようなら、騎士団も動くことになるし逆に安全でしょうね」
「人間の可能性も、か……。闇討ちってことは、この屋敷が襲撃されるかもしれないのか」
「そうだね。だからメリルとセリア、君達にも危険が及ぶが、覚悟していてくれ」
「出来てなかったらここにはいないわよ」
「うん」
「そうだね。すまない。……場合によっては襲撃者を捕らえて情報を引き出せるかもしれない。無理にとは言わないから、一応頭に入れておいてくれ」
「わかった」
「……まあ、だいたいこんなところかな」
「ショーマくんは、王女さまに異世界から魔族と戦うために召喚された」
「今後は彼を狙ってくる敵が現れるかもしれないから、十分警戒しておく」
「そういうことだね。じゃあ、さっさと食べ終えちゃおうか」
会話しながらだったので手が止まりがちだった食事を再開する。
「襲撃、か……」
ショーマはぽつりと口にする。
戦いの訓練はしているし、経験もした。それなりに自信も付き始めてはいるが、襲われる側となるとやはり恐れはある。
同じ『戦い』であっても、襲撃するのとされるのではかなり違う。敵の数や出方もわからないし、何よりいつ襲われるかわからないというのは、中々に精神がすり減りそうである。今こうしている時にも狙われているかもしれないと考えると、落ち着かない。それがずっと続くというのなら、もう想像もしたくない。
「レウス、食事が終わったらまた稽古つけてくれるか」
その不安を払いたいのなら、やはり自分を鍛えることが最適だろう。
「ああ、構わないよ」
そういうことがわかっているからこそ、レウスもすぐに同意してくれる。
「セリアも良かったら私が色々手解きしてあげるけど?」
「あ、はい! ぜひとも……」
メリルとセリアも同じ様な約束を取り付ける。
「……同じ屋敷で過ごすって話、こういう意図もあったのでしょう?」
「さあ、どうかな」
※
「あー……疲れた……」
食後の稽古を終え、ショーマはベッドに倒れ込む。
剣を持っての戦闘経験は無いので、まずは基本から習うこととなった。剣の構え方から振り方、足の動かし方等からじっくりとやっていく必要がある。体にしっかりと覚え込ませるようにひたすら反復する作業は中々に疲れるものであった。
「まだまだこれからだよ。汗をかいただろうし風呂にでも入ってくると良い」
「ん、そうする」
「場所はさっき教えたよね」
「ああ、大丈夫」
浴室の扉の前に立つと、自然に扉が開いた。
「うわ」
「え? ……わ!」
どうやらセリアが先に風呂に入っていたようで、ちょうど出てきた所であったようだ。
「び、びっくりしたなあもう」
「あ、ああ、ごめん。入っていたとは知らなくて」
「本当だよもう……」
もう少し早かったらいけない展開になっていたところである。
「気を付けてよねー。ふふ」
冗談っぽく笑っているセリア。未遂に終わったからこの反応なんだろうか。もし浴室の中で出くわしていたら……。考えない方が良いような気がした。
と、思ったが脱衣場は開けており、脱いだ服が置いてあればすぐに気付きそうだったので心配は無用そうだ。残念だなんて思っていない。
それにしても結構広い。恐らくは複数人で同時に使用する状況を想定しているのだろう。寮では部屋にあまり広くない風呂が1つずつあっただけなので、これにはちょっと驚きだ。
浴室に入ると、やっぱり大きい。これを1人で使うとなるとちょっと気が引ける。我ながら小市民くさいものだ。
体を洗ってから湯に浸かる。熱いお湯が疲れた体に効いて気持ちが良い。
「あー」
思わず声が出る。しばらくこうしていたいほどだ。
……しかし、こんな時に襲われたら実に困る気がする。何しろ真っ裸だ。武装が無いとかそういう話ですら無い。
そう思うと急に落ち着かなくなる。気持ちは良いがさっさと出てしまおうとする。
脱衣場への扉を開こうとすると、また勝手に開いた。
「…………」
「…………え」
そこに誰がいるかを判断した瞬間、即座にこちらから扉を閉める。
「なんでいるのよお!」
扉の向こうから悲鳴がする。こっちが聞きたかった。
ほんのわずかな間だったが、確かにタオル1枚だけを胸元に持っていただけのメリルの裸体を見てしまった。いや大事な所は見ていない。多分。
「脱衣場に俺の服置いてあっただろ!」
扉の向こうに声を返す。
「そんなの無いわ……あ」
「気付かなかったの!?」
「ちょ、ちょっと、ま、待ってなさい! 絶対そこ開けちゃ駄目だからね!」
(なんだっけこういうの……。よく知ってる気がする。えーっと、そう、テンプレって言うんだ、確か。おお、思い出せたぞ俺)
ショーマは懐かしい気持ちになる。前の世界ではよくあった出来事なのだろうか。だったらそれを忘れているのはもったいないような……。いやいや。
「……後で話あるから」
扉の向こうから感情を抑えた低い声がすると、脱衣場の扉が開く音と閉まる音がした。どうやらメリルは出ていったようだ。もうこの扉を開けても平気だろう。
「はあ……」
これから先の共同生活、最初からこんな調子で大丈夫なのだろうか。服を着ながら違う意味で不安になる。
まだまだ夜は更けていく……。
2012年 03月01日
話数表記追加