ep,013 どこから来て、どこへ行く?
……王都パラドラにて。
同じ属性を持つ魔族が集団で行動をしていたこと、精霊種もまた魔族化したこと。この2つの情報はブランジア王立騎士団にも届いていた。
騎士団『総団長』、グローリア・ブロウブと、5人の『将軍』達は今後の方策を話し合っていた。
主な方針としては、とにかく速やかに1つでも多くの魔族拠点を叩くこと、魔族を裏で操る者がいないかという点への警戒、士官学校の騎士候補生の育成を急がせる、精霊の住み処の管理を徹底、魔族研究機関への予算増額、等が挙げられた。
「何にせよ、迅速な行動が必要となるのは確実であるだろうな」
意見は違えどそこにいた誰もが、戦いの激化を予感していた。
※ ※ ※
その頃、リヨール士官学校第3応接室。
「ショーマが、別の世界から召喚された……?」
レウスはフェニアスの告白に衝撃を受けているようだった。
「記憶が、無いそうですね」
「ええ、まあ……」
ショーマはフェニアスの問いかけに頷く。
「それは恐らく、こちらの過失です。……本当に申し訳ありません」
「……どういうことです?」
少し落ち着いたのか、レウスが聞き返す。
「……召喚の儀を、何者かが妨害したのです。そのせいでショウマ様は、こちらの世界に召喚された際、私の前に姿を現すこと無くどこかへ消えてしまったのです。……中々発見することが出来ず、ようやっと今日こうしてまみえることが叶いました。
……記憶喪失は、その妨害による影響では無いかと思われます」
「……そう、だったのか」
召喚を邪魔されたから、どことも知れない山の中で倒れていたし、記憶も消えてしまった。ショーマは一応納得する。
……召喚。そう言えば、誰かの悲痛な呼び声を聞いたような覚えがある。
確か、そう。それに応えて、自分はここにやって来たのだ。
「……異世界の人間を召喚する、ですか。王家にそんな秘法が伝わっていると噂されていましたが、本当だったのですね」
レウスはフェニアスに問いかけた。
「しかし一体、何の目的で?」
その問いかけにはショーマが答えた。
「……助けて、って。言ってましたよね」
「……!」
「ショーマ?」
「この人の声が、聞こえたんだよ。……ぼんやりとだけど、覚えてる」
「覚えて、いらしてくれたのですね……」
フェニアスはわずかに目に涙を貯めた。
「ええ。……ショウマ様には、これから先激しさを増すであろう、魔族の脅威に対し、お力を貸していただきたいのです」
「魔族、ですか? それなら……」
「はい。既に騎士候補生として腕を磨いていると聞きました。……ですが、貴方には単なる一介の騎士では無く、もっと大きな力で、そう……。この世界そのものを救って欲しいのです」
フェニアスは、ショーマをこの世界へ召喚した本当の目的を伝えた。
「世界って……。そりゃ、俺の力は、確かにすごいものみたいですけど……。そこまででは」
話が急に大きくなってショーマは戸惑う。
自分の能力は魔法を簡単に覚えられるという程度だ。強力な魔法を使うだけなら、この国にだって高位の魔導師はたくさんいるはずだ。その人達に任せれば良いのでは無いだろうか。
「貴方の力は、まだ全てが発揮されているわけでは無いはずです」
「……?」
「私が貴方の世界を覗き、貴方を見つけた時、とてつもなく大きな力を感じました。それは貴方の世界では、例えるなら閉じたままの蕾のようなものでした。そして、こちらの世界の空気に触れることでようやっと花開くものなのです。
……今はまだ、開きかけ。なのだと思います。その花が全て開いた時……、それはきっと世界を救えるほどの物であるはずです」
魔法の瞬間修得。それはまだ力の片鱗でしか無いという。
ショーマはじっとフェニアスの蒼い瞳を見つめる。
「貴方なら、きっと出来るはずなのです。……どうか」
「……いや、ちょっと待ってください。いくらなんでも一方的すぎではありませんか」
フェニアスの懇願に、異を唱えたのはレウスだった。
「ブランジアに生まれた者ならば王女の言葉に従うのは道理でしょう。しかし彼はそうでは無い。諸外国の者ですら無い、異世界人だ。勝手に呼びつけて、世界の命運を背負わせて戦わせようと言うのですか?」
「お、落ち着けよ……」
レウスは珍しいことに怒っているようだった。
「君の問題なんだぞ? 1人の戦士として戦う覚悟なら確かに君にもある。僕もこの目で見せてもらった。だが世界を救う、なんてなれば、話は全く別だ。規模が違いすぎる」
「レウス……」
「僕は君の友人として……、この頼みを受けて欲しくない」
ショーマはレウスの思いに感じ入る。考えてみれば、この街に……、いや、この世界に来てからほとんどずっと、彼の力になりっぱなしである。
そんなレウスが少なからず自分のことを認めてくれ、そして心配してくれている。とても嬉しいことだった。
だが、だからこそ。
「レウス、ありがとな。……でも、俺は頑張ってみたいと思うんだ」
「…………」
「この人の気持ちは……、この世界を救って欲しいって気持ちは本当だと思う。そして、俺にそれが出来るっていうのなら、協力してあげたい」
「だが……、君にも君の世界での人生があったはずだ。……戻りたいとか、思わないのか?」
「……記憶が無いせいかな。そういうのはあんまり。……それに、ここでの生活も馴染んできたし、大事な仲間にも出会えたんだ。戻りたいなんて、簡単には言えないよ」
「ショーマ……」
大事な仲間。そんな言葉を口にされてはレウスは反論できなかった。
「だからさ……、王女様」
ショーマはフェニアスに向き直る。フェニアスもまた、ショーマをじっと見つめる。
「俺の力で良ければ、……使って、ください」
※
「フェニアス様、そろそろお時間です」
どこからともなく別の女性の声がした。
「な、何だ?」
「私の付き添いです。驚かせて申し訳ありません」
フェニアスがその疑問に答える。どこか見えない場所からこちらの様子を見ていたらしい。
「もう少しお話をしていたかったのですが、仕方ありませんね。
……ショウマ様。出来る限り、今回のお話はあまり他言なさらないようお願いします。……貴方の召喚も、実の所、公式的なものでは無いのです。
今はまだ、私の力だけでは騎士団や王家の力を動かすことが出来ません。ですが、いずれ貴方と共に魔族との戦いに協力する時が来るでしょう……。その時まで、どうかお怪我などなさらないよう」
「はい。……俺もその時までに、きっともっと強くなっておきます」
「……ありがとうございます。……どうか、この世界をお救いください」
フェニアスは椅子から立ち上がり、上品な物腰で頭を下げた。
ショーマは思う。この世界を救うため、自分の力が役に立つ……。思ってもみないことだった。
あまりの大役に重圧はある。だが、フェニアスの蒼い瞳に見つめられてその力があると言われたら、出来るような気持ちになってくる。
それに、信頼出来る仲間もいる。だから、きっとなんとかなるだろう。
※
ショーマはレウスと共に第3応接室を後にする。
「……本当に良いのかい?」
レウスは問いかける。
「まあ、不安はもちろんあるけどさ。……頑張ってみようと思う」
「そうか。やっぱり僕には少々納得出来ない所もあるが……。それに僕にはこの話、どうも裏がある気がしてならないんだ」
「裏?」
何やら思案している様子のレウスであった。
「……済まない、僕は少し用事が出来た。また後で会おう」
「え、あ、おい!」
レウスはどこかへと駆け出していってしまった。あの方向は、学校の外だろうか。
※
1人にされてどうしたものかと考え、結局黒魔法科の教室に向かうことにした。そこで見つけたメリルとセリアは、一緒に何事かしているようだった。
「よっ」
「あ、ショーマくん」
「おはよう」
「ああ、おはよう。……何やってるんだ?」
挨拶を交わすと、2人がじっと見つめている拳ほどの大きさの水晶玉に目をやる。
「これは魔吸晶と言って、魔導エネルギーを込めると吸収してくれるの。そうやって魔導エネルギーをたくさん消費することで、鍛えることが出来る道具よ」
魔導エネルギーもまた人間の体内に存在する物で、筋力等と同じように鍛えれば伸びる物である。魔吸晶とはつまり、魔導エネルギーのトレーニング機材というわけである。
「私がね、もっと出来ることは無いかな。って聞いてみたら、用意してくれたの」
「メリルが、セリアのために?」
「うん」
「……何よ」
「何も言ってないだろ」
確かに以前もメリルはセリアに協力していた。一緒に小隊を組んだ間柄でもあるし、以前よりもずっと親密になっているのは、まあ自然なことか。
「それにしても、ちゃんと頑張ろうとしてるんだな、セリア」
「えへへ……。ちゃんと決めたことだからね」
「……。それより、貴方。何か呼び出されてたみたいだけれど」
メリルが話題を変えようとした。
「ああ……。そのことだけど……。ここじゃ良くないかな」
「?」
※
ショーマは2人を連れて校庭へ出る。ジョギングをしている生徒がいたが、離れていれば聞こえないだろう。
王女フェニアスと話したことから、ショーマが異世界からやって来たのだ、ということだけを話した。世界がどうこうとかは一応まだ黙っておく。
「異世界から……ね」
2人ともやはりそれなりに驚いているようだった。
「……なんとなく得心がいったような、また別の疑問が出てきたというか」
「疑問?」
メリルは何かを考えている様子だった。
「ん……、ちょっと考えがまとまらないから、後で話すわ」
「そっか……。セリアは、どう思う?」
「え、ああ……うん。……異世界、かあ。……王子さまよりずっとすごい秘密だったね」
セリアは呑気な感想を伝えた。
「……それ割と本気で思ってたの?」
「え、いやあ……。へへ」
セリアは笑ってごまかそうとする。
「でも、そっかー……。へえ……」
セリアはまじまじとショーマの顔を見つめる。その表情はどこか嬉しそうである。
そうこうしていると、校庭の向こうからレウスが駆け寄ってきた。
「ここにいたのか、ショーマ」
と、メリルとセリアもいることに気付く。
「……話したね?」
「ああ、まあ……。異世界人って所だけね」
「……まあ、この2人なら、別に良いか」
「あ、あれ……。ひょっとして聞いちゃいけなかった、ですかね」
セリアはおずおずと手を上げる。
「いや、良いよ。……むしろ丁度良いかもしれない。ショーマ、君に話があったが……、その前にメリルとセリア。君達に聞いておきたいことがある」
レウスは改まって、2人に聞こうとする。
「……はい?」
「私もあるわよ。彼のこと、まだ何かあるような言い方だったわね、さっき」
「ああ、それに関することだ。
……まず君達、ショーマのこと、大切に思っているかい?」
「え!? た、たた、大切……って」
セリアにとってその言葉は不意打ちであったため、激しく動揺してしまう。
「もちろん、思ってるわよ」
「ええ!?」
それに対しメリルはさらっと答え、セリアはまた動揺する。
「ちょっと落ち着きなさい」
「あ、はい……」
「で、どうなの?」
「え……う……、そ、それは……」
メリルにたしなめられ一旦は落ち着くも、先をうながされまた動揺する。
「……た、大切、です……」
うつむき、顔を真っ赤にしながら、セリアは答えた。
……この時4人がそれぞれ考えた『ショーマのことが大切』という言葉の意味は微妙に異なっていたのだが、それはまだ誰も気付いていなかった。
「……で、このなんとも気恥ずかしい問いかけにはどんな意味があるんだ?」
ショーマは2人の言葉に照れ臭そうにしながらレウスに聞いた。
「ああ。……大事な話だ。君達3人は今後出来るだけ早く、ブロウブの別宅に移って生活するようにして欲しい」
「……は?」
「……ショーマは命を狙われている可能性がある。彼を守るためには、極力皆でそばにいるのが良いと僕は考えた」
「え、……命って」
「荒事になるかもしれないから、メリルとセリアには無理にとは言わない。だが彼を大切に思うなら、来てほしい。ああショーマ、君は強制だよ」
「強制って……」
「危険を承知で彼に力を貸したいと言うならば、別宅に来てくれ。彼に関する話の続きもそこでしよう」
「協力しないなら、聞かせないってことね。……私は、構わないわよ」
メリルがその要求を受ける。
「わ、私も! い、行きます……!」
次いでセリアも手を上げた。
「わかった。ありがとう」
「おいおい、そんな簡単に決めちゃって良いのかよ」
反論したのは当のショーマであった。
「君の問題なんだよ?」
「いや、そうだけどさ……。危ないんだろ?」
「自分1人で身を守れる自信があるのかい?」
「う、それは……」
確かに仲間のことは頼りにしている。だが急に危険に巻き込む具体的な話をされてしまうと、どうにも困る。
「私は気にしないわよ。ブロウブの別宅なら住み悪い所でも無いし」
メリルはあっけらかんとしていた。
「私はむしろ、そんなところにお邪魔して良いのかな、って感じ……。全然普通の平民だし……」
セリアも自分の小市民ぶりを心配していた。
「いや、そういう話じゃ無いだろ……。大体、」
「そういう話で良いのよ。……大切だって、言ったじゃない」
ショーマの言葉を遮り、メリルは言う。セリアもこくこくと頷いていた。
「…………」
ショーマは反論出来なかった。
こうして3人は現在暮らす寮、あるいは別宅から離れることとなった。
※
途中、ボンボーラ教員の元にも寄って寮から別宅に移ることを話し、了承を取っておく。
そしてショーマとレウスは、ショーマの暮らしていた一号宿舎に向かい、その管理人であるカターマ氏に事情は伏せて引っ越すことを話し、こちらの了承も取り付けた。
自分の部屋に戻ったショーマは手早く荷物をまとめる。記憶を無くした時に持っていた持ち物……、つまりは前の世界から持ってきた持ち物と、この街で揃えた着替えや生活道具くらいしか物は無く、すぐに準備は終わってしまった。
「これだけかい?」
手伝うために付いてきたレウスは若干拍子抜けであった。
「まあ、ここで暮らし始めてそんなに時間経ってないしな……。少し食材が残っちゃってるけど、これはどうしようか。持っていくか?」
「食べ物は別宅にも十分あるし、なんならカターマさんに処分してもらおう」
「そうするか……。あ、」
洗っておいたフィオンのハンカチを忘れずにしまっておく。
そして片付けは終わり、2人は手分けして荷物を持ち部屋を出る。
(短い間だったけど、今までありがとな)
何か思い入れの出来るほどの出来事は無い部屋だったが、いざ立ち去ろうとなるとこれまでのことを思い出してしまうのだった。
ショーマは心の中でひっそりと別れを告げ、部屋を後にする。
「あ」
1階ロビーに降りると、リノンが待っていた。
「……。僕は外で待っているよ」
レウスが気を利かせることを言った。
「あ、ああ……」
思い起こせばここでの思い出と言えば、ほとんどはこの人との思い出でもあったような気がする。
「お引っ越し、なさるそうですね……。父から聞きました」
黙って見つめあっていると、リノンの方から声をかけてきた。
「すいません。急な話で」
「いえ……。事情があるならしょうがないですし」
「あー……。あ、そうだ。部屋に残ってる物、処分しておいて貰えますか。食べ物とかが少し。なんなら食べてもらっても良いですけど」
「はい。そういうのもお仕事の内ですから、お気になさらず」
こんな状況なのに、どうでも良い事務的な話が出てしまう。そうでは無い。無いのだ。
「えっと……。あ、そうだ。……これ」
胸のポケットから預かっていたペンダントを取り出す。
ここを去るなら、持って行くわけにもいかない気がした。
「……いいですよ。まだ持っていてください」
「いや、でも……」
「別に……ずっと、遠くへ行ってしまうというわけじゃ無いんですよね?」
「そりゃあ、まあ……。そこそこ近くですけど」
リノンはいつものように、穏やかな笑みを浮かべていた。
「これでもう2度と、会えなくなるわけじゃないんですから」
「そう、ですけども……」
「だから……、たまにで良いですから、会いに来てくださいね」
「……え」
顔が熱くなる。見ればリノンもわずかに頬を染めているように見えた。
「えっと……じゃあ、はい。またいつか、必ず来ます」
「はい。待ってます」
そう伝えあって、ペンダントをしまい、代わりに部屋の鍵を渡した。
「確かに、お預かりしました」
リノンはいつもと同じ笑顔で、鍵を受け取った。
※
ロビーを出ると、すぐそこにレウスが待っていた。
「もう良いのかい?」
「……ああ」
「じゃ、行こうか」
荷物を持って、2人は歩き出す。
「また来いよー」
途中で警備兵に話しかけられる。
「ええ。また来ます」
ショーマもそれに笑って返す。
なんだかんだでこの人ともお別れだ。
こうしてショーマは、リヨールにやって来てから2ヶ月ほどの時を過ごした寮を後にした。
ブロウブの別宅はここからそう遠くも無い高級住宅街にある。
2012年 03月01日
話数表記追加