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ブランジア人魔戦記  作者: 長村
chapter,04
104/104

ep,100 君の言葉で

 メリルとジェシカ、二人だけの時間はあまり長くは無かった。ただでさえ今日はもう遅い時間で、しかもジェシカには明日の仕事もあるのだ。ゆっくり話せるのは、また今度になるだろう。

 それでも最低限の話は出来たのか、去り際のジェシカの表情は朗らかだった。

 それを見て何か思う所があったのだろう。迎えにやって来た従者の深々としたお辞儀にも、何やら特別な思いを感じてしまうのだった。


 そしてショーマは部屋で一人横になっていると、ノックの音を聞く。

「どうぞ」

「……邪魔するわね」

 入って来たのはメリルだった。

「ちゃんと話せたみたいで良かったよ」

 ショーマは体を起こすと、メリルの表情を見てほっとしたように言う。

「ええ。これからは私も力を貸すから一緒に頑張ろうって、ちゃんと言えたわ。……貴方のおかげ」

「そうかな。俺はあくまで機会を作っただけだよ」

「よく言うわね」

 メリルは小さく笑い、ショーマの隣に腰掛けた。

「貴方の一生懸命さをぶつけられたから、私に会いに来れたって……あの子言ってたわよ」

「……そっか」

 真正面から褒められると照れ臭い。けれどそうやって、真正面から正直に気持ちをぶつけるからこそ、人は心を動かされるのだろう。ショーマはそれをここ数日の出来事でよく実感していた。

「どんな話、したんだ?」

「そうね。あの子は……私に対抗心とか、劣等感を持ってた、とか……そういう話かな」

「ああ。それであの子は、メリルとは違う形で人助けしようと思ったんだってな。俺もそのことは聞いたよ」

「貴方のおかげでそういう後ろめたい気持ちを自覚出来た、とも言っていたわ。正直……私のことをそんな風に思われていたなんて、全く考えてもいなかったからショックだったわ」

「そうなのか?」

 メリルは自分が抱いていたジェシカへの印象が実像とはズレていたことに気付いたことを語る。

「ええ。あの子はもっとしっかりしている子だと思っていたの。伝説に名を残すくらいの人物の子孫で、その名に恥じないだけの気高さや高潔さを持っているって、思っていた。でもそれは私の勝手な思い込み……ううん。理想の押し付けだったのかも」

 メリルは名家の生まれとして、幼い頃から強い責任感を持って育ってきた。けれど生家であるドラニクス家はあくまで比較的最近成り上がって来た家系でしかない。対してジェシカのガゼット家は建国のきっかけとなった英雄の家系である。現在では同等の名声や財力となっていたが、それでもメリルにとっては憧れ、理想とし、目指すべき存在に思えていたのだ。

 けれど今になってようやく気付いた。それはあくまで家の話で、ジェシカ個人とは微妙に違うということに。

「人がそんなに完璧じゃないなんて……子供の頃ならともかく、今の私ならちゃんとわかっていたはずのことなのにね」

「メリル……」

「私の中に卑しく身勝手な気持ちがあるように、あの子にだって人に見せられないような気持ちがあったって、おかしくないのに。……そのことから目を逸らし続けていた。勝手な理想像を崩したくなかった」

 メリルが度々口にしていた、お互い自分の意見を曲げるわけないのだから、顔を合わせて話し合った所で意味は無いという言葉。そもそもその前提が間違っていたのだ。

 何故間違っていたのか。メリルはジェシカにありもしない理想像を見て本当の姿から目を逸らし、ジェシカはそんな力強さを見せるメリルに要らぬ対抗心を抱いてしまっていたからだった。

 そうして生まれた溝は少しずつ広がり続け、いつかそれを修復したいとも思わなくなってしまった。

 お互いが歩み寄ることが出来れば、簡単に埋められたはずなのに。

 そう、簡単なことだったのだ。いざ事が終わってしまえば随分とあっさりしたものである。

 けれどそれを馬鹿にすることはショーマには出来ない。

 当人達はいたって真剣で、どこまでも本気だったのだから。


「あのね、ショーマ」

「ん?」

「そ、そのね」

「何さ」

 メリルはもじもじとした様子で何かを言いたそうにする。だがどうやら恥ずかしがって上手く言えないでいるらしい。

 ショーマはただ黙って、続く言葉をじっくりと待った。

「…………あ、ありがとう」

 やがてぽつりと、小さな声で感謝の言葉が述べられる。

「どういたしまして」

 気を抜けば聞き逃していたかもしれなかったが、幸い部屋は防音処理が施されているおかげで静かだったので問題は無かった。ダグラス城塞は戦闘に限らず、度々行われる修繕工事や旅人の喧噪などで騒がしくなりがちなので、高級な宿には十分な防音設備も完備されているのだ。

「ん……」

 感謝の言葉を伝えたメリルだったが、何やらまだ何かを言いたそうに目線を泳がせながら体をもじもじとさせていた。

 気位の高い性格であるので感謝の言葉くらいならともかく、それ以上の好意を示すのは苦手なのだろう。

(好意……)

 メリルが何を言いたがっているのかショーマには見当がついていた。ひょっとしたらただの願望かもしれないけれども。

 以前メリルはショーマに対して好意があったわけではなく、ただ他の誰かに取られるのが嫌だっただけと告白した。それに対しショーマは、だったら今からでも好きになってもらうと返した。

 その告白には少しだけ悲しくなったけれど、同時にその言葉は嘘なのではないかとも感じていた。メリルは気位の高い性格だから、自分のようなどこの誰ともよくわからない人を好きになってしまった、という事実をそう簡単に認めたくなかっただけなのではないかと。

「あの、えっと……」

 メリルは俯いて顔を隠しながら、必死に言葉を紡ごうとしている。表情は見えなかったが、耳が真っ赤に染まっているのは見て取れた。

「…………」

 ちらりと窺うように、碧い瞳が見上げて来る。それは何やら非難しているような目つきであったが、敢えて気付かない振りをしてやった。

「……わ、私の性格、わかっているでしょう? その……素直に、自分の気持ちを表すのが苦手、だって」

 するとまさかの開き直り。

 そっぽを向いてしまったその瞳は、意地悪をされて悲しむ子供の様である。

「メリル」

 ショーマはそっとメリルの髪に触れ名前を呼ぶ。さらさらと流れる金糸のようなその髪はとても触り心地が良い。きっと毎朝毎晩、丹念に念入りに整えられているのだろう。

 それを触らせてもらえること。それ自体が好意の証明であると思う。

 けれど。

「ちゃんと君の口から伝えてほしいよ」

 それだけではいけないと思うし、何より嫌だった。

 メリルの言葉で、メリルの声で、その気持ちを示してほしかった。

 好きな人に好きと言ってもらえることほど嬉しいことなんて、そうは無いだろうから。

「私……」

 見上げてくるその碧い瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、やがて観念したようにメリルはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「貴方の、こと……」

「うん」

「一生懸命で、誠実で、勇敢で……」

「うん」

「でもすぐ怠けようとするし、すぐ他の女の子にデレデレするし、決断力には欠けるし……まあこれは最近改善されてきたけど」

「……う、うん」

「そんな貴方のことが……何でこんなの選んじゃったのかなって、自分でもよく思うけど……それでも、」


 やけに激しく高鳴る鼓動が、うるさくて仕方なかった。

 賞賛も罵倒も全部含めたこの言葉を、絶対に聞き逃さないように耳を澄ませて、待った。

 そして、


「私の強い所も弱い所も、ちゃんと真っ直ぐに見つめてくれる貴方のことが……好き」


 その言葉を、例えどんなことがあっても忘れたりなんかしないようにと、深く深く胸に刻みつける。


   ※


 翌朝。ショーマはディアに連れられホテルの屋上へやって来ていた。眩しい朝日が、まだ少し寝ぼけ気味な頭を覚まさせていく。

「良い夜を過ごせたようだな、我が主よ」

「お陰様で。……あの谷での経験で、俺も自分の心をちゃんと見つめることが出来たからね」

「そうか。で、話があると言ったのは、少し今後のことについて相談しておこうと思ってな」

「死都ゼヴィナスのこと、で良いんだよな」

「ああ。すぐにでも向かいたい気持ちはあろうが、暫し我慢してほしい。何となれば、あの地へ無事に辿り着こうと思うならちょいと機を待たねばならんからな」

「確か、別の空間だか世界に隠れているんだよな。この世界から道を繋げることは、力を取り戻した君でも難しいことなのか」

「そなたとその仲間達を安全に送り届けるとなればな。世界に満ちるマナには満ち引きがあるのだ。ちょうど良い時期まであと……そうだな、二、三週間ほど、といった所か」

「それまでに準備を整えておけってことか」

「うむ、その通り。……少し王都の方も騒がしくなっておるようだしな」

「え……?」

「ブランジア騎士団もゼヴィナスへの到達法を発見したようだ。既に部隊を動かし始めておる」

「そうか……何があったかわからないけど、先を越されないようにしないとな」

 王都へはオードランが向かってくれている。こちらの事情を上手く伝えてもらう手はずだったが……少し不安になる。

「大部隊を率いるとなれば機敏な動きは出来まい。先んじることは十分可能であろうが、ま、一応気にしておけ」

「ああ」

「……なあ、我が主よ」

「……ん?」

「後悔は無いか?」

「後悔?」

「仲間と別れて、ゼヴィナスを目指しているということにだ。そなたには手を貸してやりたいと思う仲間が他にもいただろう」

 それは自分の愛する人を守るための、孤独な戦いを選んだレウスのことを言っているのだろうか。

「まあ、少しは心配だし、手を貸してやりたいとも思うけど……レウスならきっと大丈夫だろうって信頼してるから。何より、レウスがそこまでして守ろうとしたお姫様のために、すぐにでもフュリエスに会いに行かなくちゃいけないし」

「……そうか。どれだけの望みを抱こうと、そなたの体はたった一つ。幾千幾万の人の世においては出来ぬことだってあるものだな」

「……?」

 ディアの物言いに、ショーマは言い知れぬ不安を感じてしまう。

 そして、それでも、聞かずにはいられなかった。

「何か、あったのか……?」

「言うたろう。騒がしくなっている、とな」

 王都で別れた仲間達の身に何かがあった。

 そうとしかとれないディアの物言いに、ショーマはひどく心を動揺させてしまうのであった。

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