ep,098 手に入れた決意を示して
「ただいま」
契約を終えたショーマはディアを伴い、竜の谷への入口へ戻って来る。
そこにはメリル、セリア、ステアが待ち構えていた。
「お帰りなさい」
「お帰りなさい……!」
素直に嬉しそうな表情を見せるメリルとセリア。
しかしステアは、
「やっぱり連れて帰って来てる……」
ショーマの傍に控えるディアの姿を見てジト目を向けるのだった。
つられてメリルとセリアの表情からも、じわじわと笑みが消えていく。
「まあそうなるんじゃないかなーとは思ってましたけど?」
「お見通しだな……」
もうそれなりに付き合いの長い仲間達の反応にショーマは苦笑せざるを得ない。
「改めて紹介するよ。俺と契約を結んでくれた竜の……ディアだ」
「我が主ショーマより名を授かった、ディアだ。これから行動を共にする故、改めてよろしく」
ディアはスカートの裾をちょんとつまみ、小さくお辞儀する。そのわざとらしい姿と『我が主』の一言に反応しメリル達は頬をひくつかせた。
「まあ……今に始まったことじゃないものね……」
メリルが諦めたように呟いたことで、三人がそれ以上の言及をすることは無かった。
「あ、ショーマくん。あのね……私も、何だよ」
そこへセリアが話題を切り替える。
「ん?」
「ほら、これ」
セリアは左腕の袖を捲り手首を見せる。そこには赤く輝く宝石が埋め込まれた腕輪が嵌められていた。
学術都市リヨールを後にする際、メリルがドラニクス家の別宅から持ち出して来た物の一つだ。セリアの魔法技術を補助するための装備品だったが、それはこの地でもう一つの役割を果たした。
「ちょっとごめんね。挨拶、してあげて」
セリアは腕輪の宝石に力を込め、呼びかける。するとセリアの背後に魔力が集まり巨大な姿を形成する。
「こいつは……!」
ショーマは驚きと共にその姿を見上げる。因縁ある一角竜がそこにいたからだ。
「……そっか、この竜と契約したのか……」
「うん。名前は、ルヴィナっていうの」
「ルヴィナ、かぁ……。良い名前だな」
「えへへ」
ルヴィナ。セリアと契約を交わしたその一角竜は隻眼をぎょろりと巡らせショーマを見下ろした。
よりにもよって自分に瀕死の重傷を負わせた相手と竜の契約を結ぶとは、ショーマもセリアの胆力には中々驚かされる。どんな心情でその決断をしたのか興味深い所ではあるが、セリア自身が決めたことなのだから少なくとも十分に納得した上でのことなのだろう。
「体が大きいからメリルのサフィードみたいにいつも連れ歩くわけにはいかないけど……ショーマくんも、それから、ディアさんも。……仲良くしてあげてね」
「仲良くって……」
まるで新しい友達か何かのように言うセリアに、ショーマも苦笑を禁じ得ないのであった。
※
ダグラス城塞への帰り道。
「メリル。ジェシカとのこと……絶対仲直りしてもらうから」
「……何よ、ここで言うこと?」
せっかくディアが力を取り戻し、いざ死都ゼヴィナスへの道が開かれようかというその時に言うことではないだろうと、メリルは嫌な話を振られ少し不機嫌になる。
「俺は欲張りだから。納得いかないことを『仕方無いことだから』なんて言葉で納得したくないし、全部ちゃんと解決させなきゃ気が済まないって気付いたんだ。だから……」
「……欲張りなことは前から知ってたけど。まあ、自覚したなら頑張ってね」
「あんまり期待してないな?」
冷めた様子のメリルにショーマは少しだけむっとする。
「だってもう……何年も経ってしまっているもの。今更心変わりなんて互いに出来るとは思えないわ。それに貴方の力は、人の心を動かすものではないでしょう?」
「それはまあそうなんだけど」
さっそく困難に直面しているショーマに、ディアはくくっと笑う。
「我が主も本当に気が多くて大変であるな。しかし生憎、妾には不得意な分野であるからあまり力にはなれんぞ?」
人の心ほど複雑なものは流石の竜神と言えど読み切れるものではない。ましてやそれを変えさせるなど。
契約を交わして早々にディアからは力を貸さない宣言をされることになってしまった。
「だがそなたの懸命さがあれば、きっと上手く行くさ。ああ、これは神ではなく年長者としての言葉であるから勘違いせぬよう」
「そう言ってもらえると心強いよ。うん……懸命さか……」
ショーマはディアの言葉に頼もしさを感じる。それと同時にどうやってジェシカへと向き合っていくか、そのヒントも得るのであった。
欲張りという言葉はショーマの背中を押すものだった。
叶えたい願いがあるなら相応の積極性が必要だということは、この旅で十分に自覚したことだ。
しかしどうしても、つい足踏みをしてしまう。それは何故かと言えば理性が押さえつけてしまうからだ。
和を尊び不和を嫌う。それはショーマの心に深く根差している理念だ。記憶があった頃からそうなのか、記憶を無くしてからの新しい日々の中で身に付いたことなのか、それははっきりしないが。
自分が欲望のままに行動すれば誰かに迷惑をかけてしまう。それは良くないことだ。そういう考え方をショーマは強く持っている。
だがそれは裏返せば、自分は本当は欲深い人間であるということを意味している。この日ショーマはそれをようやく自覚したのだ。
そしてその相反する考えを持っていることがわかったからこそ導き出せた答えがある。
誰かが嫌な思いをしないで済むようにお互いが納得出来る答えを見つけるまで、中途半端に折り合いをつけたりなどせずに諦めないという覚悟を持つことだ。
辛く険しい道ではあるが、諦めずに頑張り続ける。そうすればいつかきっと辿り着けるから。
そのために支えてくれる仲間だって、ちゃんといるから。だから大丈夫だと、信じるのだ。
※
ホテルに戻り、まずは新たに宿泊することになったディアを入れるための部屋を取り直す。二人部屋を一つ解約し三人部屋を一つ新たに用意してもらった。
「竜のくせに人間の部屋に泊まるんですね」
「ん? 貴様がそれを言うのか?」
「くっ……」
嫌味を言うステアと言い返すディア。何かと気の合わない二人だと、ショーマはつくづく感じるのだった。
「それとお客様、お手紙が届いております」
そして手続きを終えると、ホテルの受付嬢から一通の手紙を渡される。
差出人は、丁度噂をしていたジェシカからであった。
「ああ、泊まっていること教えていたんだっけ……貴方読みなさいな」
「え、俺? まあいいけど……」
メリルはショーマに手紙を渡す。宛名はメリルであったが当人はあまり読む気が無いようだった。
「どれどれ」
部屋に戻ってから封筒を開け中身を開くと、紙一枚が入っているのみであった。更に内容もあっさりとしたものである。
それはメリルではなく、ショーマを呼び出す旨だけの文面だった。
「願ったり叶ったりじゃない。行ってらっしゃいな」
「む……」
指定の時間は翌日の夜。場所は都市の中央にある高級レストラン。そこでジェシカはショーマと一対一での会合を望んでいるとのことだった。
※
そして約束の時間。
一通りの身支度を整えショーマは指定のレストランへ向かった。何分高級店の為、相応の衣装でなければ入店を許されないのだ。
指定されたのはショーマ一人だったのでメリル達はついて来ていない。ディアだけはついて来てしまったが。
「何、案ずるな。妾はカウンター席で酒でも飲んでおるから。邪魔はせんよ」
その代金は誰が持つんだというツッコミを胸に秘めつつ、ショーマはレストランへ到着するまでに質問する。
「ガゼット家がどうして今みたいなことになってるのか、ディアは知ってるかい?」
「もちろん。簡潔に説明すると先代当主……つまりジェシカ嬢の父親が資産の殆どをを戦災孤児救済のための寄付に充ててしまったからだな。ガゼット家の作った武器が戦争でイーグリス国民である兵達を殺害してしまった結果、多くの孤児が生まれてしまったから、というのがその理由だ」
「自分達の作った武器で生まれた戦災孤児を救う、か……。でもそういう責任を負うべきはガゼット家じゃなく戦争を命じたブランジア王国じゃないのか。いくらなんでも資産の殆どを寄付だなんて……」
「そうだ。だが一度生まれてしまった罪悪感からはそうそう逃れられるものではない」
「まあ、それはそうだけど」
「心を病んでしまったのかもしれないな。晩年の先代ガゼットはそれに由来する心労がたたって体を壊し、しかし薬を買うこともせず孤児支援を続けた結果早逝した。そして娘のジェシカは、日に日に弱っていく父をせめて元気づけようと、父の意志を継ぐかのように弱者に金を渡していた。幼稚で愚かな行為だったとは後に気付いたようだが」
「そっか……なるほど。そんな過去が……」
ガゼット家は何かにお金を使うようになって急激に没落した、という話は聞いていた。それはひょっとして貧民層を救うためかと思っていたのだが、どうやら救っていたのは敵国の戦災孤児であったらしい。
ブランジア王国の騎士にとってその行いはまるで、自分達の行いが悪であったことを突き付けられているようで、反感を買う行為だったかもしれない。ショーマからすればそもそも戦争なんて全て悪としか思えないが、戦っている本人達はそうは思わないだろう。……だから寄付対象のことは秘密にされていたのだろうか。
「今のジェシカ嬢は家の事業を再建させ、また金を生み出している。その金も今度はちゃんと正しく父の意志を受け継いで、孤児救済に使っているようだ。……結局また武器を売っている、というのは皮肉だがな」
結構重要そうな事実をジェシカでもなくメリルでもない相手から、しかも少しずるい形で聞き出してしまったことに罪悪感を覚えつつも、ショーマは当時のジェシカに思いを馳せる。
話に聞く限りでは、子供の頃のジェシカの行いは確かに幼稚だったとショーマも思う。けれど弱者を助けたいという気持ちは決して嘘ではなかっただろう。
武器によって生まれた孤児を救うため、武器を売って金を得る。ともすれば矛盾した行為だが、そうまでしてでも目の前の弱者を救いたいという気持ちが無ければそんなことは出来ないはずだ。
そんな矛盾をきっとメリルは許さない。それでも、きっと二人が納得出来る道はあると信じる。
そうでなければ、またどこかで悲しみが生まれてしまうかもしれないから。
※
「ご機嫌よう。この度は招待を受けて下さりまことに感謝します」
レストランでジェシカと向き合う。鮮やかなグリーンが眩しいドレスに身を包んだジェシカは、やはり相応の名家の生まれであることを感じさせる高貴さ、優雅さを纏っていた。
不覚にも高鳴る鼓動を隠しつつ、まずはディナーに興じる。お互い何気無い世間話をしながら場を繋いでいく。
「……そろそろ、本題に入りましょうか」
そして卓上にメインディッシュが並べられると共に、ジェシカが切り出した。
「単刀直入に申しまして、もう私には関わらないでほしいのです。貴方も、メリルも。失礼でなければ手切れ金も用意いたしました」
それは、無情なる絶縁の申し入れだった。
しかし当然ショーマとしては、そう簡単に受け入れることは出来ない。
「その前に……俺はもっとあなたのことを知りたいと、思っています」
「私を……?」
「よく考えてみれば、俺はあなたのことをあまり良く知らない。メリルの古い友人だとか、歴史のある家の生まれだとか、そういう表面上のことしか知らないんです。あなた個人のことを、もっと色々と知りたいです。……俺はメリルのことを大切に思っているから、彼女の悩みは解決してあげたいと思っています。それと同じように、メリルの友人であるあなたの悩みも」
メリルの友人関係を改善したいならメリルのことだけを見ていてはいけない。相手側であるジェシカのことをよく知り、メリルと同じくらい真剣に向き合わなければいけないのだ。
今のショーマにとってジェシカは『メリルの友人』でしかない。まずはその状態を変えていく必要があった。
「まずは俺自身のこと、聞いてもらえますか? 一方的に教えてくれなんてどうかと思うし」
そのためにまずショーマは自分のことを知ってもらおうとする。いきなり自分のことを根掘り葉掘り聞かれれば大抵の人間は嫌がるものだ。これも一つの礼儀というものである。
「私は別に、貴方のことについて興味なんて……」
しかしジェシカは素っ気ない素振りを見せる。
当然と言えば当然だ。疎遠になった友人の、その友人だなんて……一般的な価値観ならば『どうでもいい』相手にあたるだろう。
それでもショーマは何とか気を引こうとする。
「……俺がどこから来たのか、気にならないかい?」
色々と複雑な背景のある自分だが、その中でジェシカの気を引きそうなことは……。そう考えてショーマは話題を導き出した。敢えて口調も変えてみる。
ショーマの出で立ちはブランジア王国周辺においてはとても珍しい。滅多に見ない黒い髪に、高品質そうな眼鏡。これは異世界から来たことに由来する出で立ちなのだが、事情を知らない人物からすれば遥か遠くの外国からやって来た、それなりの家柄の人物ではないかと感じるものだろう。事実そう思われたことがあるし。
それは商人であるジェシカにとっては新しい商機に繋がるかもしれない事実。そう思ってもらえることを期待しての問いかけだった。
「む……」
願いが通じたのか、ジェシカは少しだけ切り捨てるのをためらう表情を見せてくれた。
騙しているようで少し気が引けたが、ショーマとしても譲れない所であった。