ep,001 始まりの1日 (1)
鳳凰歴306年。30年に渡る、西と東に並ぶブランジア王国とイーグリス王国の長い戦いは、イーグリス王国王都ロドニスへの奇襲作戦の成功により、ブランジア王国の勝利に終わった。
それから3年。復興の続くブランジア王国ではある問題が発生していた。戦争末期より急増し始めた『魔族』の脅威である。精鋭揃いとはいえ、長い戦で消耗し、治安維持活動にも戦力を割いていた騎士団ではこれに対応しきれずにいた。
そこで、300年以上の歴史上において、多くの騎士を輩出した名門リヨール士官学校を一般にも開放し、若い力を広く育てることで、急ぎ騎士団の戦力を増加させることとなった……。
人魔戦争と呼ばれる新たな戦いの前哨である。
※ ※ ※
ショーマ・ウォーズカは記憶喪失であった。
黒い髪に、見慣れぬ格好、高級そうな眼鏡をしたその不思議な少年は、山の中で倒れていたところを老人オードランに助けられ、少しずつでも自分の記憶を取り戻そうと、彼とその妻の3人で静かに暮らしていた。
しかし彼には、とても静かには暮らせないであろう能力があった。
魔法の『瞬間修得』である。
魔導師を志す者が最初に覚えるのに相応しいとされる初級魔法、『アイスストーン』ですら、修得に2週間はかかるのが普通であるところを、彼は教本を一読しただけで修めたという。
初級魔法を容易く修得する……。それは才能ある者にはままあることではあったが、彼の能力はそうではない。高位魔法の『サンダーストーム』も同様に一読で修得したというのだ。2度ならば偶然で済ませたところであったが、後の検証により彼はさらに3度、計5つの魔法を同じように瞬時に修得したという。
記憶を失う前の彼は大魔導師であり、『修得した』のではなく『思い出した』のか。とも予想されたが、彼はまだ20にも満たない若者である。それは無いだろう。やはり、本当に彼だけの『特異さ』なのか。判断の難しいところであった。
いずれにせよ、経験の伴わない力は彼自身をも危険にさらしかねない。そう判断したオードランは、ショーマ・ウォーズカの正体を保留とし、彼を正しく魔法の修練ができる騎士学舎へと預けることを決めたのだった。
※
「とは言うけどね……」
当のショーマは、正直途方に暮れていた。
穏やかに日常生活を送る程度には問題の無かったショーマの記憶喪失ではあったが、都会に出て集団生活を送るともなれば、さすがに面倒も多いに決まっているだろう。
まずは記憶を取り戻してから……、と行きたいのだったが、恩人であるオードランのお爺さんの言うことも否定しにくい。自分の記憶を取り戻すことは確かに大事だが、他人に迷惑をかける危険性を孕んだままでいることが良いことなわけが無いのだ。
――急いては事を仕損じる。何もわからないなら、まずは今ある自分を固めてからだ。
オードランのお爺さんの経験則らしい。
「うん、そうだな。……頑張ろう」
厳かな石造りの門。リヨール士官学校を前にしてショーマは1人、決意を固めていると、
「ああ、頑張ろう!」
「うわっ」
いつの間にか隣に立っていた、同世代くらいの少年に同意された。
緩やかに波打つ金髪と、育ちの良さを感じさせる柔らかな笑みが印象的な少年だった。もちろん、今の記憶には無い人物である。
「ええっと……」
たじろいでいると、金髪の少年は自分から語り始めた。
「僕はレウス。レウス・ブロウブ。君がショーマ・ウォーズカ君だよね。兄から話は聞いているよ」
レウスと名乗った少年は気さくそうに微笑んだ。
ショーマもブロウブという姓には覚えがあった。オードランと暮らしていた小さな山村であるリウルの村から、ショーマをこの学術都市リヨールまで連れてきてくれた上、士官学校の入学や生活する寮の手配までしてくれた人物だ。手際良く物事を進めていく様子は、少し見るだけでも彼の優秀さを感じさせた。
なんでも騎士として歴史のある結構な名門の家系だとか。
「あ、ああ。その節は本当にどうもありがとう。こっちも色々と大変でさ。本当、助かったよ」
「どういたしまして。……申し訳無いが、兄はあれで結構忙しい人なんだ。だから学校では、代わりに僕が君の助けになろうと思う。ちょうど同じ時期に入学する事が決まっていたし。構わないかな?」
裏の無い笑顔にショーマは安心感を覚える。今の彼にとって、当てにして良い人物がいるというのは、それだけで随分と心を落ち着かせてくれるものだった。
「ああ。ありがたい話だよ。迷惑をかけると思うけど、どうぞよろしく頼む」
そっと手を差し出すショーマ。レウスは気の良い笑顔で、それをぎゅっと握り返した。
※
入学式は式というほど大袈裟なものではなく、学長による挨拶程度で終わってしまった。そんなことに時間を割くなら、生徒達は1秒でも多く教練に励めということである。
「……その髪はこの国の生まれでは無いよね。やっぱり外国から何かの用事でやって来たけれど、不幸な事故か何かで……。ってところかなあ。やっぱり」
ショーマ達新入生は最初の授業が始まるまで、教室で待機中である。退屈をもて余す学生達は、新しい友人達と交流を深めるため談笑中だ。
そんな中ショーマは、人の少ない一番端の席について、レウスと自身のことについて相談していた。
「でも隣国のイーグリスにもそんな髪の人はいないし、もっと遠くからかな?」
ここブランジア王国や、東に隣接するイーグリス王国の民は金髪や茶髪がほぼ全てである。ショーマのような黒髪はまずいない。よってレウスは彼をイーグリスより、さらに東方からの出身ではないかと予想した。ブランジアの西はかなり広い海しか無いので、海を越えてきたという可能性は低い。ゼロでは無いが。
「でも敗戦の影響でまだまだ治安の安定しないイーグリスの国境周辺を1人で越えられるとは思えない。もしそうなら仲間がいるんだろうけど、捜してくれている様子も無い。君のような目立つ人を捜しているなら噂も聞くはずだがそれも無い。その眼鏡はそこそこ高級な物のように見えるし、それなりの身分であるならなおさらだ。」
この国の地理に関する記憶も無いショーマにとって、次々と情報を挙げてくれるレウスは心強い。出てくる結果は空しいものばかりだったが。
「うん。……本当、何なんだろうね。俺は」
真剣に考えてくれているレウスに、ショーマは嬉しさと共に申し訳無さも感じてしまう。
「あのさ、あまり急がなくても良いよ。今はまず魔法の勉強からしてみたいしさ」
「そうか、うん。わかった。そう簡単に結論は出ないか」
話が一区切りしたので、2人は軽く教室の様子を見渡す。
120名の新入生は3つの教室に分けられ、今は40名の生徒達がこの教室に詰め寄っている。
「本来は貴族や騎士の家系か、その推薦を受けた人しか入学できなかったんだけどね。魔物の増大に対してその考えは改められたみたいだよ。平民からもたくさんの志願者がいて、例年に比べると倍以上の新入生らしい」
「へえ……」
と、言われても貴族や騎士、平民の違いなどショーマにはよくわからない。これがどれくらい多いのかというのもぴんとこなかった。
「でもやっぱり名のある騎士の生まれも多いみたいだね」
「……俺にはわかんないよ」
「はは、そうだね。例えば、あそこにいるのはガランマ家の次男だし、あっちで人だかりが出来ているのはララニー家の三男。それから、目の前の席にいるのがドラニクス家のご令嬢。だよね?」
話の流れとはいえ、突然前の席にいた金髪の少女に身を乗り出して話しかけるレウスにショーマは少し驚く。気さくだとは思っていたが。
声をかけられた少女は、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「……こんにちわ」
美しく気品のある金髪と、宝石のようにきらめく碧眼、決め細やかな肌とで整った顔立ちの、いかにもな美少女であったが、笑顔のレウスとは対称的な、機嫌の悪そうな仏頂面がそれを減じていた。
「……何か嫌なことでもあったのかな」
「貴方に話しかけられたせいかしらね」
「ひどいなあ」
2人は軽口を交わしあう。どうやら顔見知りであるらしい。
ショーマが置いてきぼりにされた気分でいると、レウスはすぐに彼女を紹介してくれた。
「ああ、こちらメリル・ドラニクス嬢。彼女の家と僕のブロウブ家は昔から家族ぐるみで付き合いがあってね。なんだか僕は彼女に嫌われているようだけども」
確かに愛想が良いと言えば良いのだが、裏を返せば馴れ馴れしいとも言える。それがレウスという少年だった。ショーマにはそれがありがたいのだが。
「メリル、彼はショーマ・ウォーズカ君。僕の友人だ」
「あ、どうも。よろしく」
どんどん話を進めてしまうレウスに戸惑いつつも、ショーマはメリルに頭を下げる。
「……こちらこそ、よろしく」
メリルは短いながらも確かに笑みを返した。明らかに態度が違う対応だが、レウスは特に気にしていないようだった。
※
ざわつく教室の扉を開き、恰幅の良い初老の男性が入ってくる。手にはいくつかの資料を持っている。彼が指導教員のようだ。
「はい静かに。……えーどうも。指導教員のボンボーラです。少々遅刻してしまいましたが、数分程度。まあ気にせずいきましょう」
1秒でも多く教練に励めと言われた覚えがあったが、ショーマは気にしないでおいた。
「えー早速。諸君らの今後ですが。えー学生諸君はまず目標とする『クラス』を決めてもらいまして、それを目指して、各授業を選択して参加し能力を身に付けていき、最後には是非とも立派な騎士になって頂きます」
『クラス』というのは騎士達に与えられる戦闘スタイルに基づいた称号だ。それくらいはショーマも事前に勉強している。
「えーまず、授業には実技講習と筆記講習があり、実技は選択式ですが、筆記は必修ですので、サボったり遅刻など無いよう。こちらでは騎士としての心構えや教養、戦闘行動に際しての戦術や戦略など『クラス』に依らない内容を学びます。
えーそれで肝心なのは実技講習についてです。武術系4科目、魔法系4科目の計8科目から自由に選択して、戦闘訓練を受けてもらいます。
武術系4科目の内訳は『剣術』、『槍術』、『拳術』、『弓術』。魔法系4科目の内訳は『黒魔法』、『白魔法』、『竜操術』、『薬師術』となります。えー内容はだいたい説明するまでも無いでしょうが……」
説明するまでも無いと言われても困る人物は1人いた。
「なあ、武術系4つと白黒魔法はわかるけど、竜操術と薬師術って?」
ショーマは小声で隣席のレウスに尋ねる。
武術系は剣、槍、拳、弓。それらを扱う武術を学ぶ、というのはすぐわかる。白魔法と黒魔法もわかる。それを容易く修得してしまったから自分はここにいるのだから。
しかし竜操術と薬師術は、知らないか覚えていない。字面通りの意味で良いのだろうか。竜を操る?
「竜操術は端的に言えば特殊な魔法技術だね。基本は同じだけど竜族の力を借りてさらに高位の魔法が使えるんだけど、結構難しくてあまり使う人もいないから、僕も詳しくはわからないよ。メリルが詳しいから後で聞いてみると良い」
前の席に座るメリルに目を向ける。彼女はそ知らぬ振りでじっとボンボーラ教員の話に耳を傾けている。
(難しい高位魔法ね……。結構すごい子だったのか)
「薬師術は薬草の調合を行う『クラス』だけど普通の薬剤師とは違い、魔法の力を織り混ぜるんだ。普通の魔法と違って薬の力にも頼るから準備に手間がかかるけど、そのぶん利便性に優れる技術だね。魔法の心得はあるけど、それだけで戦うには心許ない人向けかな」
「なるほど。ありがとう」
ボンボーラ教員の話に意識を戻す。
「えーどれか1科目を全て修めることで卒業が可能となりますが、実際騎士の称号を得ようとするならば、えー1科目だけでは難しいところですので、別にもう1科目の半分だけでも修める事を薦めます。理想は2科目ですが、……えー少々覚悟がいると思われますね。それ以上は体を壊しかねないのでお薦めはしません。若者は無鉄砲が取り柄と言いますが、無理はしないよう」
3科目は相当きつい、と。2科目でもちょっと大変だそうだが、自分の能力を活かせば白魔法と黒魔法での2科目なら比較的簡単かもしれない。それで満足しておこう。そもそも騎士になりに来たわけでは無いのだし。
と、ショーマが思っていると、学生達の中から1人が声をあげた。
「先生! しかしいずれ将軍クラスまで目指すのであれば、3科目以上は目指すべきだと思いますが!」
濃い色の肌をした、気の強そうな男子生徒だった。挑むような目付きでボンボーラ教員を睨み付けている。
「……無理はしないようにと言いました。志を高く持つのは良いですが、ここでの教練だけが君の騎士としての全てになるわけでは無いのですよ」
「それでも早いに越した事は無いでしょう!」
……これは食い下がらない。そう素早く判断したのかボンボーラ教員の方が先に折れた。
「出来ると思うのなら、精々頑張りなさい。
……えー、それでは。授業の選択は自由ですがおおよその参加人数は把握しておく必要があるので、こちらの用紙に名前と希望科目を書いて本日中に提出してください。期限は短いですが戦場でのんびり悩んでいる暇は無いとでも思って、さくっと決めてください。えーそれでは本日は解散とします……。この後は興味のある科目の様子を見学する時間に当ててください」
※
ボンボーラ教員が退室すると、教室はまたにわかにざわつき始めた。
「さっきの彼、すごい剣幕だったな」
「うん? ああ、そうだね。まあそういう人もいるよ。将軍クラスともなれば地位も名誉も得られる富も相当なものだからね」
「地位に名誉ね……」
「それよりショーマ、君はどの科目を受けるんだい? やはり白魔法と黒魔法かな」
何か話をそらされた気がするが……、気のせいだろうと判断した。
「ああ。ひとまずはね。レウスは?」
「僕はその2つと剣術かな」
レウスはしれっと3つの科目を挙げた。
「……大変なんだろ? あ、まさか」
「気にしないで良いよ。ちゃんと入学する前からその3つを選ぶつもりだったからね。
……名門ブロウブ家の一員である以上、末の弟とはいえそれは当然のように望まれることだし、成し遂げる覚悟もあるよ」
それは先程の男子生徒とは、また違う強い意思を感じさせる物言いだった。
「……かっこいいなあお前」
「そうかい? 照れるな」
そう言ってレウスは本当に照れ臭そうに笑った。正直な男である。
「あ、メリルはどうするんだい? 竜操術以外にも受けるの?」
照れ隠しか、レウスは前の席にいるメリルにも話を振った。
「……はぁ」
「どうしたのさ」
「私も黒、受けるのよ」
ため息をつきながらメリルは答えた。
「へえ。それじゃあ3人一緒だね」
「そーね」
嬉しそうなレウスと、そして対称的にダウナーなメリルであった。
ひょっとしてこれが定番の調子になるのだろうか。そんなことをショーマは思った。
2012年 03月01日
話数表記追加、誤字等修正




