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こてつ物語4  作者: 貫雪
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28

「いいんですか? 土間さん。ハルオに会うのをやめて」


 良平は華風組で若い者達にドスさばきを披露した後、このままハルオに稽古をつけないかと誘って見たのだが、土間はもうハルオに会わないと言う。


「ええ、あの子は刀よりも短刀の方が向いているし、変に長く関わって素性がばれても困るし。それに私も情が移るといけないから」


 無理をしているのが透けて見える。まるで、犬か猫の子の話のようだ。


「ドスさばきは良平の方が上なんだから、あの子の仕込みは任せるわ。ただこれだけは守らせて」


「人は斬ってはいけない。間違っても刺してはいけない。でしたね」良平が続けた。


「良平にもこの呪文は届いた様ね」土間は満足そうに笑う。


「そりゃそうよ。良平は身体を失う事の苦しさをよく知ってるんだから」

御子が稽古場にひょっこり顔を出した。


「なんだ? 土間さんに用事でもあったのか?」


「違うわ。迎えに来たのよ。そろそろ帰る頃かと思って」


「ガキじゃあるまいし」


 良平をつけ狙う者は今、とりあえずはいない。昨日の実戦で義足にもほとんど慣れた。


「いいじゃない。時間が出来たからせっかく来てあげたのに」御子がむくれて見せる。


 当面の危機が去って、ようやく二人とも新婚気分に浸る事が出来たらしい。


「はいはい。人の組の稽古場で痴話喧嘩なんてしないでくれる? さっさと帰った、帰った」

 土間はくっくと笑いながら二人を稽古場から追い立てた。



「はい、今回の報酬だそうよ。経費も込みね」礼似は一樹に封筒を渡した。


 以前に待ち合わせた店で、礼似は一樹と会っていた。今日も店の中は混んでざわついている。


「たしかに。来年甥っ子が小学校に上がるんだ。準備金に出来るな」一樹が中身を確認した。


「妹さんは承知しているの? こっちの世界に戻った事」ふと気になって礼似は尋ねた。


「先に感づいていたよ。会長からの連絡を受けた時には、殆んど確信していたようだ。一緒に暮らしている訳でもないのに、視力を失ってから妙にカンが良くなってるんだ。隠しちゃおけないさ」


「どうしてもこの世界から縁の切れない人なのね。どうするの? こてつ組の組員になるの?」


「いや、俺が頼まれたのは情報屋としての仕事だ。これからも依頼があれば会長の仕事をするが、組員にはならない。かえって動きにくくなるからな。男の一人身だ。どうにでもなる」


 えっ? まだ一人だったの? そう言えばそういう話はしたことがなかった。過去が過去だから籍は入れなくても、パートナーくらいいると思った。……人の事は言えないが。


 それとも、こっちに戻るために堅気の女と別れたのかもしれない。何せこいつは極度に過去にこだわるタイプ。ややこしい事になりたくない。距離を置かなくては。


「そう。なら、また何かあったら顔を合わせなきゃね。会わないのがいちばん平和だけど」


「そうだな」


「じゃあ、また何かあった時に」そう言って礼似は席を立つ。長居は無用。さっさと退散しよう。


「上着の左内ポケット」


「え?」一樹の言葉に行きかけた足を止め、思わず振り返る。


「今も持ち続けているんだな。その銃」


 しまった。気付かれていた。二人の因縁の象徴のような銃。肌身離さず持ち歩き続けて今では習慣になっている。


 逆を返せば、これをいつも持ち歩くほど、昔の事を礼似もどこかで意識していたのだ。


 一樹に嘘やごまかしはきかない。御子に出会うまではこいつが唯一、嘘をつく必要のない相手だった。


「この銃で人を撃った事はないわ。今じゃ、ただのお守りよ」


 礼似は正直に答えた。こいつにすぐばれるような嘘をついても仕方が無いのだ。


「お守りか。やっぱりその銃はお前に持たせて正解だったんだな。俺を撃ってはくれなかったが、お前の身は守っているらしい」一樹は懐かしそうに言う。


 そう、本当に懐かしい。一樹はこれで「俺を撃て」と言ったっけ。それももう、遠い昔話だ。


 一樹も変わった。過去にこだわって憎しみと苦悩に振り回された頃の姿はない。しっかりと今を生きている。


 礼似自身も変わっている。御子の前で私は嘘をつく必要が無い。だって彼女は千里眼を持っている。それにもう、御子が力を使わなくても私は嘘はつかないだろう。土間に対してだってそうだ。


 過去に引っ掛っていたのは私の方か。一樹の懐かしげな言葉に礼似は安心感を得た。


 もう、あんな苦しい思いはする必要、なくなったんだわ。


「そうね。抜群の効き目があるお守りみたい。一樹のお母さんが守ってくれているのかもね」


 私の母はこの銃で一樹の母を撃ち殺した。それでも、彼女が守ってくれているような気さえする。あんな苦悩を乗り越える事の出来た男の母親だ。強く優しい人だったに違いない。


「そう言ってくれるのか、お前が」一樹がホッとしたように言う。


「勿論よ」礼似も笑顔で答えられた。


「じゃあ、またね」


 そう言って礼似は店を後にした。


 会長は私の因縁を利用すると言った。でも、それも悪くない。


 こんなしがらみの中で生きていくのも悪くない。


 礼似はそう思いながら家路をたどっていった。



                                                                                           完


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