26
翌日、礼似は早速会長の部屋へ直行した。今度ばかりは言いたいことが山ほどある。言わずにはいられない気分だ。昨日の一暴れでも発散しきれないほどだ。
バタンと派手な音を立てて扉を開けると、会長はしっかりと待ち構えていた様子。「来た来た」と、目が語っている。
「会長、お話があるんですけど。ちょっといいですか?」息もつかずに聞いてくる礼似に
「かまわんよ。いや、今回の件はご苦労だった」会長はわざとのんびりした口調で答える。
冗談じゃない。ご苦労の一言でかたづけられてはたまらない。ここははっきり言わないと。口を開きかけた礼似に会長は先制攻撃を浴びせて来た。
「ついでと言ってはなんだが、今後、一樹との連絡役はお前にやってもらうからな」
ちょっと待った。それをいの一番に断ろうと思っていたのに!
「一樹を使うのは今回限りじゃないんですか?」
「そんな無責任な事は出来んよ。足を洗った人間をわざわざ連れ戻しておいて、もう用はないと切り捨てるわけにもいかんだろう。そもそもが掟破りなやり方だった」
そうだ。この世界では足を洗った人間にかかわりを持つのはご法度なはず。今回は完全に会長の掟破りだ。
「連れ戻した以上、それなりに責任は取る。それが最初からの約束だった。もっといえば連絡役がお前になるのも条件のうちだった。一樹にはそれを承知で戻ってもらった。了解したか?」
「出来ません! よりにもよってなんで私が」
「一樹とはいろいろ因縁があるようだな」会長が言葉をひったくる。やっぱり知ってるんじゃないの!
「礼似、田中は何故、ああまで派手に自滅をしたのだと思うか?」会長はいきなり話題を変えた。
「話をそらさないでください」
「そらしてはいない。田中の自滅はこの世界での力のありようを見誤ったからだ。金と暴力と権力。それも必要な時もあるが、ここではもっと必要とされる物がある。義理と因縁だ。これは人の感情を揺るがす。それはいつか、人の信念となる。金の貸し借りは簡単に切れるが、感情の貸し借りはそうはいかない。本当に深い恨みや罪悪感、恩義と言った物は、時にどんな権力をも超える力を持つものだ」
確かにここは顔を張る世界だ。金や脅しにいちいち屈していたら生きてはいかれない。そんな虚勢を張った隙を狙うには、人の感情を動かし、動揺を誘うのが一番の武器だろう。と、同時にそこを狙われないように余計な恨みは買わず、むしろ貸しを作った方が本物の人脈で身を守る事が出来るのだろう。威厳もつく。田中の人脈は広く浅いものだった。尻尾はつかみにくかったが、つかんでしまえばその先はもろい。だから簡単に自滅した。
「お前は一樹に貸しがあるな?」足を洗わせた事を言っているのだろう。
「私にだって一樹に借りがあります」
礼似は本来一樹に殺されてもおかしくない。一樹も命を投げ出す事にためらいが無い男だ。よくまあ、二人とも生きていたものだと思うほど二人の因縁は深い。しかも一樹は過去への執着心が強いタイプで、執念深い事も知っている。案外情が深い事も。だから今更近づきたくなかった。
「悪いが私はお前達の因縁を利用させてもらう」会長は悪びれることなく言った。