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こてつ物語4  作者: 貫雪
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 香は木刀を握りしめ、相手の出方を待った。後ろにはハルオがドスを持ってかまえている。背中に視線を感じる。香と、その周辺の敵を、あの尾行で見せた広い視野を捕らえる能力で見据えているに違いない。


 正直、香自身も喧嘩は得意とは言い難い。刃物を持ちたくないだけではなく、人をむやみに襲う必要を感じていないから。それでもこんな乱闘になれば、結構体は動いてくれる。


 香がよけた相手がそのままハルオに向かって行ったりしている。ハルオはそれをすばしっこく器用によけ続けている。ドスを向ける様子はまだない。香はホッとしたり、その律義さにイライラしたりする。


 こんな律儀者に敵の相手なんかさせたくない。人を斬らないために自分が斬られそうじゃないの。


 香はハルオに向かおうとする相手に、つい、深追いをしてしまう。相手のナイフに木刀を跳ねあげられてしまった。


 ハルオが初めて香の前に出る。相手のナイフをドスでしっかりと受け止める。それを見た香が低い位置から相手を足でけり上げた。


「む、無理しないで、く、ください」ハルオはこんな時でもつっかえて言う。


「そっちこそ。私をかばう暇があったら斬りつけるフリだけでもしたらどう?」


「い、嫌だって言っても、ま、守るって、言いましたから」


 どうやらこの「守る」には二つの意味があるらしい。「香の身を守る」意味と「人を斬らない約束を守る」と言う意味。


「あんたってどうしようもないわね」


 香はハルオを「あんた」呼ばわりするのがすっかり板についてしまったようだ。



 田中が近づくと、当然こてつ組の幹部達は、会長の前に立ちはだかった。田中は銃を取り出して言う。

「どけ、無駄な弾は使いたくない。俺は今、人生を賭けてるんだ」


 人垣は動く気配が無い。田中はさらに言う。


「お前達、本当にこのまま会長の下にいるだけでいいのか? 時代は変わっていくと言うのに、一人の男の懐の中に収まっているような人生でかまわないと言うのか? もっと大きな流れを作ってみようとは思わないのか?」

 幹部達の目を見る。


「この辺で大きな波を立ててみようじゃないか」不敵に笑って見せる。


 しかし人垣は微動だにしない。視線をそらす事はあっても、身体は避ける気配が無い。何故だ?


 田中は怪訝な顔で幹部達を見つめる。すると、真柴組長が幹部達の後ろに立った。


「田中、会長を見てみろ」


 そう言われて田中はこてつ会長に視線を移した。会長はこっちを真っ直ぐ睨んでいる。突然感じる威圧感。

 田中は会長に見据えられる。全身が硬直する。圧倒される。


「大きな波? お前の人生程度ではせいぜい波打ち際の水しぶき程度のものだ。確かに時代は変わっていく。それが歴史になる。こてつ組は戦前、戦後のこの街の裏の歴史を担い続けて来た。必要悪としての歴史だ。お前如きの人生では及びもしない大河の歴史だ。こてつ組の長になるには、この街の負の歴史を背負い、担う器が必要だ。お前にそれが背負えると人が判断すると思うのか?」

 真柴組長はとうとうと語る。


「こてつ組の長は、現会長だけが務める事が出来る長だ。お前なんぞとは威厳が違う」冷やかに言う。


「裏の社会は、表の社会からこぼれ落ちた者たちで作られた社会だ。それゆえに闇も深く、濃い。その濃厚な社会をうわべの力や、金なんぞで支配できると思っているような、底の浅い奴には誰も任せようなどとは考えんよ。少なくともお前の器ではまるで足りない。腰ぎんちゃくから卒業できたぐらいで、調子に乗り過ぎたな」


 会長の視線に射すくめられた田中から、真柴組長はそっと銃を取り上げた。


「この先の人生はお前が決めろ。ただし二度とこの地は踏ませない。あきらめるなら何処ででものたれ死ねばいい。気がいを見せるならどこかの街で泥の真下から這い上がってみろ」

 田中を睨みつけたまま、会長はそう言った。


「これがお前に贈る事が出来るはなむけの言葉だ」そう、締めくくる。


「去れ」


 会長にそう言われて、田中はふらふらといずこかに歩いて行く。終焉を迎えつつある乱闘に、誰もかれもが疲れ果て、田中が立ち去る姿を気に留める者はいなかった。


 誰かが通報したのか、遠くにパトカーのサイレンが聞こえる。当然だ。目の前は病院なのだから。


 会長たちは車で去っていく。他の者たちも急いで立ち去って行く。あきらめた者、そして西岡のように、ここで捕まり、みそぎを行う以外にこの世界に残る方法が無い者達だけが、その場にたたずんでいた。


 無事に約束を果たして意気揚々としたハルオと、やや仏頂面の香を連れて、土間、礼似、御子と良平も一旦真柴組へと向かって行った。詳しい経緯を聞こうと、一樹も連れていく。


「で、この人はどういう知りあいな訳?」

 御子の質問に礼似は心を無にする方法はないものかと嘆いた。







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