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真柴組の電話が鳴って御子に回される。
「もしもし? 交通課の者ですが、真柴良平さんが事故に会われたようなので、お知らせの電話をさせていただいているんですが」
「事故? 交通事故ですか?」
「そうです。現場の近くの病院に運ばれました。N病院を知っていますか?」
「よく知っています。うちからも近いですから」
「でしたらすぐ、そちらに向かって下さい。入口に職員がいますから声をかけて下さい。すぐに分かります」
「ええ、はい。……はい。分かりました」
御子は電話を切って隣の人物に話しかけた。
「良平が交通事故にあったんですって」
話しかけた相手は当の良平だった。良平は目を丸くした。
「間が抜けてるわね。今のが田中かしら?」御子があきれ返った。
「まさか。その下の者だろう。ここ数日、ずっと華風組に通っていたから、華風組長と出かけた男がいて勘違いしたんだろうな」良平がのんびりと言った。出かけたのは勿論ハルオだ。
「どうする? N病院に来いって言ってたけど、行ってみる?」と、御子は聞いたが
「からかってやりたいところだが、どうせ田中は出てこないだろう。それよりも、今はハルオの方が心配だ」
「ハルオに刃物が持てるのかしら?」
「持つさ。土間さんの息子なら、持たずにいられないはずだ。それにハルオはここが好きだからな。誰かを守る手段を選ばずにはいられないのさ」
「本当は良平が仕込みたかったんでしょう?」
「それはそうだが。俺が仕込めるのは技術だけだ。今回は、あの親子にしか分からない部分があるんだろう。そこを指導できるのは土間さんしかいない」
「でも、ハルオはやっぱり幸せ者よ。一番の理解者に指導してもらえるんだから」
「そうかもしれないな」
かなりややこしい事になってはいるが、本来は実の親子だ。感覚的に分かりあえる部分も多いだろう。
「なあに。精神的な事さえクリアすれば、後は俺が思いっきりしごいてやるさ。あの反射神経は面白いぞ」
「おお、怖い。厳しそうな師匠ばかりでハルオも災難ねえ」
御子はそう言って笑っていたが、何か思い出したような顔をすると良平に向き直り
「ねえ、華風組を訪ねる前に、やっぱりちょっとからかいに行ってみようか?」と、聞いた。
香は華風組へと急いでいた。西岡につけた盗聴器を無事に回収すると、取り急ぎ足を向けていた。
西岡は大谷と違って、用心深さに欠けるところがあったので、マイクを付けるにも回収するにも比較的楽ではあったが、昨日今日の事なので、香も慎重に事にあたった。
この慎重さが昨日あれば、こんなことにはならなかったのに。私、誰かと組むのには合わないのかもしれない。
「誰かを巻き込んだ時の覚悟を決めて、生き抜いていくのがこの世界なの」
前に礼似さんに言われたっけ。人の命は勿論、へたをすれば人生を巻き込んで歪めてしまう世界に私はいるんだ。自分の度胸試しのための世界じゃないんだわ。分かっているつもりでどこか分かってなかった。
反省はしているが、じっと考え込んでいるのは性に合わない。自分に何が出来る訳でもないが、とにかく華風組に行ってハルオの様子を確かめずにはいられなかったのだ。
案内されて真っ直ぐに稽古場へ行ってみると、いきなり刀を持ったハルオの姿が目に飛び込んできて、香は驚かされる。硬直して動けなくなっているのが一目で分かる。
「見学だったらおとなしくしていて頂戴。下手に声をかけると、ハルオは大怪我するわ」
土間が横目で香の姿を確認しながら、低い、けれどもきっぱりとした口調で言い放った。
結局ハルオは刃物を仕込まれる事になったのか。刀使いにいい印象を持たない香としては、落胆してしまう。
こんなもの持たなくったって、こっちの世界で生き抜く方法はありそうな物なのに。
しかし、目の前の二人の緊張感にのまれてしまい、香は声一つ、立てる事が出来ずにいた。