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土間は華風組の稽古場にハルオを連れて来ると、さて、どうしたものかと思案する。
ハルオは自分のようにのぼせあがって冷静さを失うようなタイプではない。それはいいのだが、その分輪をかけて恐怖心が強く、しかも支配されやすい。いわば暴発タイプだ。
恐怖に駆られて身動きとれぬままに斬り殺されるか、恐怖の対象の力に頼り切って人を斬り、自らも自滅するか。どっち道、このままではハルオはこの世界では生き抜けない。
この世界で生き抜くには度胸よりも、それを支える信念が必要だ。たとえ命をかけようとも、どれほどの非難を浴びようとも、揺るがない程の強い信念。私はハルオにそれを持たせてやる事が出来るだろうか?
「ハルオ、あんたは本気で真柴組を守りたいと思ってる?」土間は尋ねた。
「も、勿論です。く、組は俺の育った、い、家ですから」
「でも、今のままじゃ守れないわよ。あんたがとる事の出来る道は二つだけ。一つはこのまま一生刃物は握らないと覚悟を決める事。もう一つは手足の一つも失おうとも命が尽きるまで刃を放さずにいる事。良平みたいにね」
「は、刃物を握らずに、く、組を守る事が、で、出来るんですか?」
案の定、ハルオはそこに喰いついてきた。
「出来るでしょうね。ただし、それだけ失うものが多くなるわ。組は守れるかもしれないけれど、いざ、目の前で自分の大切な人を身体を張って守る事が出来ないわ。もどかしいし、自分に自信も持ちにくいでしょう。もしも自分の目の前で組長や、御子や、良平が命の危機にさらされた時に、黙ってみていられる? その恐怖に耐えられるなら、刃物なんて持たないのが一番よ」
土間は華風組の失った命を思い出していた。この子の母親もそういう恐怖に耐えることが出来る、強い人間だったが、ついには刺殺されてしまった。その時ハルオはまだ赤ん坊だったが、おそらくトラウマもあるに違いない。
それが一層、刃物への敏感すぎる反応を呼んでいるのだろう。
「刃物を持ったからと言って、必ず大切な人を守りきれるとは限らないの。この世には力じゃどうしようもない事もある。最初っから持てなければ守りようもないけれど、幸か不幸か、あんたは刃物との相性が決して悪くはないわ。それでも持たない選択をするなら、それ相応の信念が必要よ。大切な人の命をも上回るほどの信念。逆に刃物を持つなら、たとえ大切な人を守りきれなくても、どれほどの後悔に襲われようとも、自分の力と技術を信じて持ち続けるしかなくなるでしょう。力に頼るのではなく、力を信じるの。これも信念が必要だわ。自分自身への信念」
土間はハルオを見つめた。
「ハルオ。あんたはどっちの信念を選ぶ?」
ハルオの答えを待った。