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確かに大して目立った功績が無くとも、それなりの地位にいるのはいかにも根回しが旨そうな気がする。
「田中の人間関係はおそらく広く、浅くだろう。確認してくれ。俺は組の外での金の使い方を探ってみる」
「分かったわ。でも、田中が黒幕なんて」
「組の中では地味でも、外に出た時に威圧的なら、田中が黒幕の可能性は高いと思う。安定した地位がじっくりしたやり方を取らせてはいるが、内心、組のほころびが早く出てほしいと願っているんだろう。真柴組の後継者を襲った中に組の人間はいなかったって言ったな?」
「ええ、資料や写真まで使って確認したわ」
「真柴の後継者をおそらく金で街のチンピラあたりに襲わせたのは、その程度の奴しか用意できない名前の通ってない奴だからだ。もともとは会長を脅かせれば儲けもの。ダメなら今の地位を維持するつもりが、西岡の旗振り具合が意外に功を奏して欲が出たってところだと思う。大谷にかぎつけられて、あせりもあるんだろう」
お見事。確かに筋が通っている。この世界を長年離れていたとは思えないほどだ。
「でも、よく田中をかぎつけたわね。本当は足、洗ってなかったんじゃないの?」礼似は皮肉った。
「白状すると、田中は施設にも顔を出していたんだ。トラブルの解決に会長の命令で。だが評判は最悪だった。なんでも金で解決しようとしたからな。弱者を相手にすると人間本性が出るもんさ。俺もその手の情報には耳をとがらせずにいられないしな」
「何のために足を洗ったんだか」礼似はあきれ顔になってしまう。
「足を洗ったからこそさ。外れ者と弱者の兄妹に世間なんて冷たいもんだぜ。目が見えなくて事故でも起こされちゃ困ると部屋の一つも借りられなかったり、三年務めてようやく慣れた仕事を、元請けの社員に顔が気に入らないなんてバカな理由で半強制的に辞表を書かされたり。情報集めと人間関係の掌握が出来なけりゃ、とてもじゃないが生きていけない。裏の家業よりよっぽど性質が悪いのが現実さ」
「そんな」
「裏なら自分のプライドと、命さえ張ればどうにか生きていける。表じゃ下手をすれば兄妹そろって飢え死にだ。社会に認められるためなら何でもやらなきゃならない。プライドどころじゃない、どんな我慢も必要だ。現に弱者を守る施設でさえも会長の力に頼っているんだ」
「……」
「今は、表の世の中の方がよっぽど狂ってるんだぜ」
これは反論できない。良かれと思って足を洗わせたが、高みに登る事に執念を燃やすタイプの男に、こんな人生を歩ませていたのかと思うと、さすがに胸が痛む。
「まあ、そんな顔しないでくれ。お前のあの時の判断のおかげで、妹も幸せな家庭を持てたんだ。本当に感謝してるよ。こっちの世界に戻ってきたのも、何かの縁があるんだろう。じゃ、田中の人間関係、しっかり確認してくれ」
そう言いながら一樹は席を立った。礼似はその場でしばらく呆然としていた。